第三章 ピエロの風船 第二話
「薄羽くん、何度も言ってるでしょう。解決すればいいってものじゃないの」
細が捜査一課に配属されて、半年が過ぎた。その半年の間で、このやり取りは周囲の関係ない人たちがこの先を予測できてしまうほどに何度も繰り返されていた。
綴の淡々とした口調は物凄く怒っているからというわけではなくて、業務連絡をする時も常にこの調子だ。あまりにも淡々としているので怒っていると勘違いされやすいが、本人としてはただ普通に話しているだけ。
けれど今は少し怒っている。青みがかった灰色の瞳はいつもより氷のような冷たさが増していた。
「でも、解決できなかったら警察が捜査する意味がないですよね」
対する細も憮然とした態度で言い返す。周囲の人々はハラハラと成り行きを見守るだけで、仲裁に入ることはできずにいた。特に綴の冷たい印象を与える瞳には誰もが多少なりとも畏怖のような感情を抱いていて、綴相手に口論しようなどという新人は細くらいのものだ。
「解決するためなら他はどうでもいいっていうなら、それは変えた方がいい。被害者も加害者も、両方の事情を知ろうとしないとただの……」
「“やった”ことが分かっているのにですか?証拠も現場も鮮度が大事なんでしょう?」
「それって……」
これは昔、細が警察官を目指すきっかけとなった事件に遭遇した時に、他でもない綴が言った言葉だ。当時警察学校に通う生徒だった綴がたまたま居合わせて、犯人に繋がる情報を見逃さずに解決した。その姿が格好良くて、憧れて、同じ道を目指したのに。
それなのに当の本人は、当時の近寄りがたく冷たい雰囲気のままに柔らかくなっていた。何故犯人にまで寄り添おうとする必要があるのか。それが細には理解できない。
“やった”という事実があって、それを裏付ける証拠があって、本人がそれを認めたのなら理由も事情も自分たちには関係ない。それは裁判所が判決を決める際に必要なものであって、犯人の確保が仕事の自分たちが絶対に知らなければならないものではないはずだ。
けれど綴は、それを知ることも大切だという。何も知らずにただ逮捕するだけなのは、ただの独善的な正義だと。
被害者には被害者の、加害者には加害者になった理由がある。勿論、同情の余地のある事情を知ったからと言って見逃すなんてことはあり得ないけれど、知ったからこそできる会話はある。
何も知らず、交わす言葉もなく、ただ罪は罪だと突き付ける。昔の綴もそれでいいと思っていた。けれど今は違う。
そんな自分と同じやり方をする後輩がいるのなら、そのやり方は危ないのだと伝えなければ、と。こうして今日も、綴と細のすれ違いは続いた。
最初こそハラハラと二人のすれ違いを見守っていた周りも、事件のたびに同じようなことを繰り返していたら次第に慣れてくる。
また今日もやっているなと思うだけで、強いて止めようとすることはなかった。大喧嘩に発展するようなこともなかったし、いずれ綴が何も言わなくなるか細が変わるかしてこのすれ違いも終わっていくだろうと、誰もがそう思っていたのだ。




