453 ブラックヴァイパー ⑤
当然だがモブメッツに擬態していることもあり、ヤレコルが俺の正体に気がついている様子は現状無い。
あれだけの出来事があったので、もし本来の顔を出していれば、すぐに気がつかれていただろう。
そうなれば面倒なことになっていただろうし、であれば偶然とはいえ、モブメッツに擬態していたのは正解だった。
すると俺がそんな事を思っていると、ヤレコルが早速話しかけてくる。
「モブメッツさんって、強いのですね。すごいです。私、強い人が昔から好きなんです。私も昔冒険者をしていたので、とても尊敬します」
そう言って俺を褒め称えるヤレコルだが、俺にボディタッチはしてこなかった。おそらく先に俺がお触りを避けていたことを見ていたのだろう。
反射的にボディタッチをしようとしていたが、それに気がついたようで引っ込めていた。
ふむ。昔の話しか。ちょうどいい。その事について少し探ってみよう。
「そうか。ヤレコルも冒険者だったのか。昔というが、いつからここで働いているんだ?」
「ふふっ、気になりますか? 実はここに来たのは、ほんの三年前なんですよ。それまでは、とあることが原因で借金を背負ってしまい、街の息がかかったお店で働いていたんです」
ヤレコルは俺の気を引くためなのか、警戒することなくそう口にした。心の表層からも、それが嘘でないことが分かる。
「なるほど。それは大変だったな。その借金を返済できたから、ここに来たのか?」
「はい。といっても、ブラックヴァイパーが借金を肩代わりしてくれたのですけどね」
肩代わり? なぜブラックヴァイパーが、ヤレコルの借金を肩代わりしたのだろうか。そこがすごく気になるな。
「借金を肩代わり?」
「正確には、借金を返す相手がブラックヴァイパーに変わったという感じですけどね。けど利息は以前よりも少なくて、こうして働く場所も用意してもらっています。待遇も良いので、街の息のかかった店にいた時よりも幸せです」
どうやらまだ、借金自体は残っているらしい。だがその待遇は、かなり良いようだ。
しかし街からわざわざヤレコルを引き取って、ここまで待遇を良くした理由がわからない。
正直ヤレコルは化粧と香水で誤魔化しているが、とびきりの美人という訳ではなかった。
なので容姿を理由に引き抜かれた訳ではないだろうし、理由は他にありそうである。
だとすれば関係ありそうなのは、やはりタヌゥカ関連だろうか。
けどそう簡単には、それを話してはくれないだろう。今も引き取られた理由自体を避けるように、喋っていた。
であればここは、心技体同一で心の声を盗み聞くことにしよう。幸いヤレコルは弱く、ゴブリオックを倒したことで俺への好感度が高い。
俺はそう思い、こっそりとその場で心技体同一を発動してみる。
その結果としてハンス以上に、心技体同一の効果を発揮するのは簡単だった。
やはり好感度の高い弱者ほど、心を盗み聞くまでの時間が短くなるようである。
そうして俺はヤレコルの心の声を聞きながら、気になった理由について遠回しに訊いてみることにした。
「ふむ。ブラックヴァイパーがそこまでの事をするということは、ヤレコルには特別な何かがあるのか? とても興味深い」
「えっと、実は言いづらいのだけど、私は街の娼館で働いていて、そこに偶然ブラックヴァイパーのボスがやって来たの。そこで運良く、少しだけ気に入られただけよ。
ボスは優しくて、気まぐれに私の事情を知って助けてくれただけで、私自身、特別な力は何もないわ。あの時は、本当に運が良かっただけなの」
ヤレコルは俺の質問に対して、スムーズにそう答える。まるで最初から、その事に対する回答を持っていたかのように。
偶然や言いづらいこと、またブラックヴァイパーのボスが絡んでいるということで、それ以上踏み込むのが難しいように答えていた。
何も知らない者がそれを聞けば、間抜けではない限り、それ以上詳しくは訊かないと思われる。
むしろブラックヴァイパーのボスが話しに出てきたことで、ヤレコルから身を引く者もいる可能性があった。
しかし俺にとって、そんなことは関係ない。もっとも、心の声から回答を得ているので、深く訊く必要は無かった。
ヤレコルはそう答えると同時に、心の中でこう言っていたのである。
(転移者であるタヌゥカについて、知り得ている情報を全て話す代わりに、この待遇にしてもらったのよね。
それと今後身の危険が無い限り、外部にタヌゥカの情報を喋らないことも条件だったから、こう言うしかないわ。
でもこれでモブメッツさんが離れるのは困るわね。残りの借金もまだ多いし、モブメッツさんにどうにか近づいて愛人にしてもらえれば、借金を肩代わりしてくれるかもしれない。だから頑張らなきゃ)
どうやら俺の予想は、当たっていたみたいだ。ヤレコルはタヌゥカの情報と引き換えに、こうした優遇を得たようである。
なるほど。ブラックヴァイパーのボスは、転移者の情報を求めていたのか。確か王都にも一人いるみたいだし、少しでも転移者に関する情報を欲したのだろう。
それとヤレコルをこうして働かせている以上、情報を引き抜いて捨てるということはしなかったみたいだ。最低限の約束は守るらしい。
あとはタヌゥカが転移者だと知っていたみたいだが、まあタヌゥカは色々とやらかしていたし、ある意味転移者だと分かりやすかったのだろう。
しかしだとすれば、そのタヌゥカを倒した俺の情報も得ている可能性が高いな。
たぶんジンジフレ教の異端審問官という情報も既に知られているだろうし、そこまで特別な存在であれば、俺が転移者だと確信してもおかしくはない。
このシルダートの街には元の姿のまま正面から入ったし、もしかしたら既に俺がこの街にいることも掴んでいるのだろうか。
だとすれば、どのみちブラックヴァイパーから何らかの接触があったかもしれないな。
これは念のため幸運の蝶の店の周囲も、警戒しておいた方がいいだろう。
ゴートレール辺境伯やベックたちのパーティが関わっていても、何か起きるかもしれない。
そうして俺はヤレコルと話しを続けたが、他に有用な情報をあまり得られなかった。
ブラックヴァイパーのボスとも実際には会っていないみたいだし、あれは単なる隠れ蓑として言ったことのようだ。
またハンスが俺や幸運の蝶の情報を知っていたのは、おそらくブラックヴァイパー経由だったのだろうな。
両者は協力関係にあったみたいだし、取引の中でヤレコルから得た情報を、ハンス側に売ったのだと思われる。
なので逆にブラックヴァイパー側も、ハンスから俺の情報を得ている可能性は十分に高い。
これは本格的に、モブメッツに擬態して潜入したのは、正解だったな。
もしも本来の姿で行っていたら、間違いなく面倒なことになっていただろう。こうしてゆっくり、潜入しているどころではない。
しかしこれでより一層、ブラックヴァイパーのボスに会う必要が出てきたな。状況によっては、組織ごと潰す必要があるだろう。
そんな事を思いながら、ムードを上げようと必死にアピールしてくるヤレコルの話しを、俺は左に受け流し続けた。
またポッチも人族の女に囲まれてチヤホヤされるのも飽きてきたのか、マロンちゃんとイチャイチャし始めている。
レフも俺の膝の上に乗って周りの女を威嚇し始めたので、ここら辺で接待は終わりにしてもらおう。
故に俺はポッチに話し、そろそろ出ようと提案した。
「酒もフルーツも堪能したし、そろそろ出ないか?」
「ああ、そうだな。俺様も今日はもうマロンちゃんと、二人きりになりたいぜ。悪いがモブメッツさんへの案内は、俺様の配下にしてもらうが、いいか?」
「それでいいぞ」
「おう、助かるぜ! マロンちゃん! 今日は楽しもうな!」
「わん!」
そうして接待はお開きになり、俺はポッチの配下に連れられて、ブラックヴァイパーの本部に戻ることになった。
またその時ヤレコルは他の女よりも俺に接近できたことに手ごたえを感じたのか、また会いましょうと最後にハグをしようとしてくる。
だが俺がそれを回避したことにより、ヤレコルが間の抜けた顔をしていたことが印象的だった。たぶんもうこれ以上関わることは、無いだろう。
まあしかしある意味ヤレコルもタヌゥカによって人生を狂わされた被害者でもあるので、同情の意味も込めて情報料の代わりに、数枚ほど小金貨を握らせておく。
それによってヤレコルは俺がハグを避けたことを、恥ずかしがっているのだと勘違いしていた。
故にいつでも会いに来てと囁いてきたが、正直どうでもいいことだ。何らかの理由が無ければ、もう会うこともない。
「モブメッツさん、ここからは、あっしが案内をさせていただきやす。ポッチさんの権限で本部のほうに、部屋を確保してありやす」
「ああ、頼んだ」
ヤレコルとのやり取りが終わると、ポッチの配下がそう言って頭を下げてきた。
荒事部門はその役柄もあって出番も多く、基本的に本部に詰めているらしい。
そうしたこともあり本部にある一室を、俺に貸し与えてくれるようだ。ポッチの幹部権限で、既に確保してあるとのこと。
ちなみに別れ際にポッチに聞いたのだが、今回の活躍についてはあとで集計されて、給料日にまとめて支払われるらしい。
ゴブリオックの強者二人を倒したのは、かなりの活躍だったようなので、期待してもいいと言われた。
なのでそれなりに大きな活躍ができたみたいなので、明日ポッチにボスに会うためにはどうすればいいかを訊いてみよう。
今はマロンちゃんと早く二人きり、二匹きり? になりたいようなので、まともな回答は得られないと思われる。
それで機嫌を損ねても面倒だし、訊くのは落ち着いたときの方がいいだろう。
そうしてポッチとマロンちゃんと別れた俺とレフは、ブラックヴァイパーの本部へと案内されるのだった。




