448 潜入場所への移動
まず潜入するにしても、このままだと不味いだろう。俺の姿が知られている可能性がある。
セマカの町であれだけの事をしたのだから、容姿の特徴については、あっという間に広がっているはずだ。
故に俺は、エクストラにある偽装擬態を使うことにした。
普段は偽装の部分しか使用していなかったが、本来偽装擬態は擬態の能力もあるのである。
名称:偽装擬態
効果
・偽装および擬態が可能になる。
ただそこで問題になるのは、どのような擬態をするかだ。
とりあえず現状の容姿と似ているものは、止めた方がいいだろう。
あとは目立たず、それでいてモブのような存在がいいかもしれない。潜入がしやすそうだ。
明らかに目立ちすぎる容姿だと、この街での目撃情報が少ないと知られた場合、怪しまれるかもしれない。
だが一応強者ということで連れて行かれるので、それなりに強い雰囲気も必要だ。
なんとも矛盾した感じだが、俺は一人だけ心当たりがあった。
「潜入前に、俺は姿を擬態しておく」
「へ、へい」
一応そう言ってから、俺は偽装擬態で自身の姿を変更する。
三人にスキルを見せることになるが、既に強者警戒である程度強いと知られているので、別にいいだろう。
そうして俺が擬態したのは、どこにでもいそうな地味な二十代半ばの青年である。また特徴として茶髪茶色目であり、少し高そうな革鎧を身に着けていた。
一見モブっぽい感じだが、何とも底の見えない独特な雰囲気を纏っている。
そう、俺が偽装擬態で擬態した対象は、モブメッツだった。
「あー、あー。よし、声も変わっているみたいだな。口調は、別に以前のままでもいいか」
「す、すげえ、別人になっちまった」
「これなら、バレねえな」
「ジンの旦那、流石っす!」
俺の偽装擬態に、三人は驚きの声を上げる。
「とりあえずこの姿の時はジンではなく、モブメッツと呼んでくれ」
「へ、へい! モブメッツの旦那!」
「わかりましたぜ!」
「モブメッツの旦那万歳!」
俺の力の一端を目の当たりにしたからか、気持ちが高揚しているみたいだ。
それと俺はレフにも偽装擬態を発動して、白い子犬にしておく。
「よし、レフはその姿の時は、フーレとしておこう。ちゃんとワンと鳴くんだぞ?」
「ニャワン!」
「ニャワン? まあ、いいか」
ちょっとおかしな鳴き声だが、そのうち慣れてワンと鳴くだろう。これで、レフも問題ない。
あと武器についてだが、見た目は普通の鉄の剣なので、擬剣パンドラソードはこのまま使うことにした。
さて、ブラックヴァイパーとやらの場所へと、向かうことにしよう。
そうして三人に案内してもらい、路地裏を出る。その間に、いくつか話を訊いてみた。
まずそもそもとして、どうして代替わりの際に何かするという情報を得ているかだ。
こいつらが知っているのであれば、それは辺境伯にも知られていてもおかしくはない。
するとブラックヴァイパーの内部はかなり混乱状態にあり、うっかり口に出している者がいたようだ。
ただ一応小声で話し合っていたらしいが、ハイロウは聞き耳というスキルもあるらしく、話している内容が聞こえたらしい。
その中で辺境伯の代替わりの際に、何かすることを知ったようだ。
他にもハンスが消滅したことでご破算になったアレコレや、サーヴァントを失った者たちの処遇など、大慌てだったとのこと。
故に本拠地内ということもあり、そうした内容を迂闊に喋る者がいたようだ。
だからこそ少しでも使える人員を補充するために、ハイロウたちへ強者を勧誘するように命じていたらしい。
なるほど。ある意味叩くなら、絶好の機会かもしれないな。ブラックヴァイパーというマフィアは、現状隙だらけの状態なのだろう。
立て直すにしても優先順位があるだろうし、細かいところまでは目が届かないと思われる。
もしかしたら、俺以外にも潜入している者がいるかもしれないな。
だとしたら、無差別に皆殺しとかは止めた方がいいかもしれない。
それをして、後で面倒なことになる可能性も捨てきれなかった。やるにしても、確実にマフィア側だと判断できた者にしよう。
俺はそう思いながらも南地区から移動して、ブラックヴァイパーの本拠地があるという、東南端にあるスラム街へと入った。
やはりマフィアなどが潜む場所は、こうしたスラム街のようである。建物も古いものが多く、壊れかけなどが多い。
また浮浪者や落伍者、孤児のような者たちが見受けられる。
後はごろつきのような者も多く、こちらを目踏みしていた。しかし装備の整った四人で行動しているからか、襲ってくる者は皆無である。
逆に弱者は逃げるようにして、道を開けていった。
人の住む場所の規模が大きくなるほど、こうしたスラム街は発生してしまう。自業自得の者はともかく、孤児などは少々気の毒だった。
しかし俺がそれで何かすることは現状無い。今後旅をしていけば、スラム街など山ほど見ることになるだろう。
加えて辺境伯に孤児院を作れや、炊き出しをもっとやれとは言わない。
辺境伯もおそらくスラム街の現状は把握しているだろうし、やれることはしているだろう。それでいてこれなのだ。
口だけだして後はさよなら。今後スラム街を改善しろとは、流石に厚顔無恥も甚だしい。
もしかしたら気に入った者や見込みのある者は、今後拾上げることはするかもしれないし、手助けをすることもあるだろう。
しかし進んでスラム街をどうにかしようとは、思わなかった。それはその地を治める者が、どうにかする問題である。
まあ、俺がこうして今動いているように、その余波で現状が大きく変わる可能性も否めないがな。
するとそう思っていると、一人の孤児が少々足を引きずりながら、俺たちの前に現れる。
「お願いします。何か食べ物をください……」
ボロボロ服を着た孤児が、跪いて懇願してきた。
こんな武装した集団に懇願してくるほどに、追い詰められているのだろう。孤児は片足を悪くしているらしく、あまり食料を得られていないのかもしれない。
「ダメですぜ」
「……ああ」
だが俺が何か施すと思ったのか、ハイロウが顔を少し歪めながらそう口にする。
おそらくこの子供に何か与えたら、結果としてその後に奪われて、命を落とす可能性があるのだろう。
見れば隠れてはいるものの、この状況を観察している他の孤児や、浮浪者などがいた。
まるで獲物を狙うような視線であり、この孤児が何かを得れば、それをこのあと奪おうとするだろう。スラム街は、弱肉強食なのだ。
仮に俺がこの孤児に食べ物を与えて、食べ終わるまで見守った場合、その後は無限に似たような者たちが集まってくると思われる。
かわいそうだがここに来たのには目的があるし、無用な時間を浪費するわけにはいかない。
故に俺は、孤児を無視して通り過ぎる。
だがその際に聖滅師に内包されているセイントヒールを、瞬間的に目立たぬように発動しておいた。
孤児の足は何かしらの原因で悪かったが、たぶん先天性でなければ、これで治っていることだろう。足が治れば、何か食料にありつける可能性もある。
また同時にセイントオーラも付与しておいたので、しばらくは正常時以上に動くことができるだろう。なのであとは、この孤児次第となる。
これくらいは、別にいいだろう。単なる気まぐれだ。偽装擬態で発動エフェクトも誤魔化しているし、孤児がバカ騒ぎしなければ、すぐには他の者に気づかれはしないだろう。
「ニャぁ……わん」
それを見たレフが満足したように小さく鳴くと、俺の後ろをついてくる。レフも孤児に対して、何かしら思うところがあったのだろう。
ただ俺のしたことは、その場しのぎの自己満足に過ぎない。あの孤児の足が治ったとしても、その後に死亡する可能性も十分にあるのだ。
「俺たちには、救えねえ存在でさぁ……」
「わかっている」
またハイロウの口にした言葉が、なぜか俺の胸をチクリと小突いた。
はぁ、どうやら俺にも、そうした感情があったらしい。
神になったとしても、できることは限られている。それをこんなことで、思い知らされた。
それに俺は、全知全能では無いのだ。様々なしがらみや目的のために、その全てに手を伸ばすことはできない。
ならやはり俺は、ある意味デミゴッドのままなのだろう。半分は神でも、半分は人だということだ。
スラム街の孤児を救うために、連鎖的に起きる様々な問題の対処は大変だし、それを全て解決する覚悟もない。
それなのに、救えないことに対して心が痛むのだ。そのことに、自分自身でも辟易としてしまう。どうにも世の中は、ままならぬものである。
少々そんな感傷的な気持ちになりながらも、俺はハイロウたちに案内されて、スラム街を進む。
そうしてスラム街にしてはやけに立派な石造りの大きな建物の前へと、俺たちはやってくるのだった。
ここが、ブラックヴァイパーの本拠地らしい。




