440 鉄のドアの先にて
※少し長いです。
鉄のドアを開けると、そのまま廊下に出る。周囲には人がおらず、とても静かだった。
誰か一人くらい近くにいると思ったのだが、どうやら杞憂だったみたいである。
何かしらの魔道具で、先ほどの部屋にやってきたことを把握していると思ったのだがな。
ハパンナダンジョンをクリアしたときは、そんな感じだった。
いや、それ以前に、本当に人の気配がしない。
試しに生命感知のスキルを発動して、少しずつその範囲を広げていく。
ん? 一人だけ、誰かいるみたいだな。
すると一つだけ、生命感知に引っ掛かる気配がある。
広そうな建物の中に、ただ一つの気配。俺はそれがどうにも気になり、確認することにした。
とりあえず、様子を見に行くか。
そうして廊下をレフと共に歩き、気配のする方へと向かう。
ここは、食堂か。
結果として気配のあった場所は、数十人は余裕で入れる広々とした食堂だった。
見ればその中のテーブルの一つに、親衛隊の服を着た男が一人、酒を飲んだくれていたのである。
いくつもの酒瓶が、テーブルの上に散乱していた。
正直スルーしてもいいが、それで後々この見逃しが面倒なことに繋がる可能性も捨てきれない。
なにより、どうして一人で飲んだくれているのか気になる。
故に俺は、男に声をかけてみることにした。
「なあ、ここにはお前一人なのか?」
「んあ? 何だお前? ハンス親衛隊への志願者か? それともまさか、ダンジョン踏破者なわけないよな? まあ、今更どうでもいいか。
見れば分かるだろ? 俺一人だ。みんなどこかに行っちまったよ。俺は行く当てもないし、大切な相棒も失った。だからこうして飲んだくれているんだ」
そう言って男は、酒を口にする。全てがどうでもよくなったような、そんな雰囲気を感じた。
何となく理由が予想できるが、詳しく状況を訊いてみよう。
「なるほど。よければどうしてそうなったのか、詳しいことを教えてくれないか?」
「……まあ、別に構わないか。いいぜ、教えてやるよ」
すると男は誰かに話しを聞いてほしかったのか、ポツポツとこうなった経緯を話し始めた。
聞けば始まりは、親衛隊が闘技場へと召集されたところから始まる。
だがこの建物には最低でも一人は、親衛隊が常にいることが決まっていたらしい。
本来は順番的に別の者が残るはずだったが、この男、フダリケッタは、先輩にその役割を押し付けられたようだ。
つまりは、貧乏くじを引かされたのである。フダリケッタは親衛隊の中でも、損な役回りをよく押し付けられていたとのこと。
またこの建物には親衛隊の候補生や、縁故採用の雑務などをする信者が、何人も働いていたようだ。
ちなみにそれが一種のステータスになっており、町ではここで働いているだけで自慢になるほどらしい。
なおかつ仕事内容もそこまで難しくは無く、それでいて給料がよかった。
中には増長して町では態度の大きい者や、脅迫まがいのことをしていた者もいたらしい。
故にそれが結果として、ハンスに同調した者の範囲に入ってしまったようである。
そう。闘技場で起きたジンジフレの言葉は、ここにいる信者たちにも当然届いていたのだ。
なので同調した者の判定を受けたことで、サーヴァントを失ったのである。また自分たちが同調した者たちだと、自覚することにも繋がった。
つまり自分たちの雇い主であるハンスが、悪の根源たる者だと理解したのだ。
それにより建物内は大混乱に陥り、唯一建物にいた親衛隊員であるフダリケッタの元へ、人が殺到したらしい。
だがフダリケッタもこの状況の改善方法を知るはずもなく、説明することができなかった。
故になんとか状況を知るために、数人ほど闘技場とハンスの屋敷に向かわせたらしい。
結果として何人か消息を絶ったものの、唯一戻ってきた者から情報を得られた。
その内容はハンスがジンジフレの怒りに触れたことで死亡し、ハンスの発言の多くが嘘や誇張だったこと。またハンスの屋敷は差し押さえられ、関係者は実質的に全員解雇されるということだった。
また今月の給料が払われるどころか、これまでの行いによっては、捕まる者も出ると聞かされたのである。
報告しに来た者は鬼気迫る表情でそう叫ぶと、この建物に置いていた荷物をまとめ、逃げるようにして去っていった。
あまりの慌てようから、それが事実だと皆が理解したのである。
それにより建物内は先ほど以上の大混乱になり、逃げだす者が多発した。
加えて中には、フダリケッタに罵詈雑言をぶつける者、責任や賠償を求める者、助けを縋る者が集まってきたのだ。
当然フダリケッタに対処ができるはずが無く、結果として全員をこの建物から追い出したらしい。
サーヴァントを失ったとはいえ、元々中堅冒険者だったフダリケッタは、それだけの力があったようである。
そうして一人きりになって落ち着いたことで、改めて全てがどうでもよくなったようだ。
なのでこうして、一人酒を飲んだくれていたとのこと。
「そういう訳で雇い主だったハンスも消えたし、親衛隊は実質解散だ。もう全てが、どうでもいい。わかったら、もうどっかに行ってくれ」
そう言って再び、酒を飲むフダリケッタ。
だがそのように口では言うものの、実際の脳内では、意外にもある一つのことに支配されていたのである。
それは失った相棒である、サーヴァントのことのようだった。
途中から心技体同一で心を読んでいたのだが、その事ばかりを考えていたのである。
どうやらフダリケッタは、自身のサーヴァントのことを本当に愛しており、その喪失感が半端ではないようだった。
故にどうすればサーヴァントが戻ってくるのか、もし戻ってこなかった場合、これからどうすればいいのかを真剣に考えた上で、不安で押し潰されそうになっていたのである。
結果としてそれを落ち着かせるためなのか、酒に逃げていたようだ。
また自身のこれまでの悪事について、一つずつ思い出していた。それはサーヴァントを返してもらうために、何ができるかを模索するためなのだろう。
だがそんなフダリケッタが思い浮かべるこれまでの悪事は、正直大したことは無い。だいたいは、先輩たちの罪を嫌々幇助していたことばかりである。
フダリケッタ自身はそこまで悪人ではないのか、状況によっては相手を逃がしたりもしていたようだ。致命的な悪事は、働いていないと思われる。
故に罪は罪なのだが、まだ情状酌量のよちはあるかもしれない。
フダリケッタが心配しなくとも、罪を償い善行と祈りを欠かさなければ、そのうち戻ってくるだろう。
サーヴァントとの思い出を心の声から聞く限り、愛情をもって接していたのは間違いない。
であればサーヴァントも、戻ってきたいと願っていることだろう。
実際サーヴァントカードを収納している場所へ意識を向けてみると、フダリケッタのサーヴァントも主の元へ帰りたがっていた。
目の目のフダリケッタとの繋がりを頼りに探れば、一瞬で見つけることができたのである。
そして俺が覗いていることに気がついたのか、必死に帰してほしいと懇願する気持ちを向けてきた。
フダリケッタという男は、ここまでサーヴァントに愛されていたのか。
俺にとってそれは、かなりの好印象だった。故に、あることを決断する。
……ふむ。これも何かの縁かもしれないな。仕方がない、返還してやろう。
俺はそう思い、フダリケッタへと問いかける。
「サーヴァントに帰ってきてほしいか?」
「は?」
俺の突然の問いかけに、フダリケッタは唖然とした。しかしそれに構わず、俺は再度問いかける。
「サーヴァントに帰ってきてほしいかと、そう訊いている。どうなんだ?」
「――ッ! そ、そりゃ帰ってきてほしいに決まっているだろ! 俺にとってあいつは、大切な家族だったんだ! こんなことになると分かっていれば、親衛隊なんて入らなかった!」
その叫びは、心の底から出されたものだった。故に俺は、それに応える。
「であれば、お前の元へ帰してやろう。大切な家族なのだろう?」
するとその瞬間、俺の手に一枚のカードが現れた。それはまさしく、サーヴァントカードである。
「え? ……そ、そのカードは!」
当然そのカードは、フダリケッタのサーヴァントカードだった。一目見た瞬間に、そのカードへとフダリケッタが手を伸ばす。
「ああ、お前のサーヴァントカードだ。受け取れ」
そうしてフダリケッタは俺からサーヴァントカードを受け取ると、即座に祈るようにして、召喚を実行した。
「頼む、もう一度俺の前に出てきてくれ!」
そしてその祈りは通じ、カードからサーヴァントが召喚される。
「メェエエエエ!!」
召喚されたのは、巨大な羊のモンスター。人が数人乗れそうなほど大きく、特徴的なねじれた角が、まるで槍のように前方へと突き出ている。
その種族名を、グレートホーンシープという。Cランクのモンスターだった。
サーヴァントカードを取り出す際に、その情報が得られたのである。
「う、うぉおお! モコモコー!」
「メェエエ!!」
するとフダリケッタはモコモコという名前を叫び、涙を流しながら強く抱きしめた。
モコモコという名前のグレートホーンシープも、主と再会できてとても嬉しそうである。
ふむ。直接サーヴァントの返還が出来ることも確認ができたし、これは一石二鳥だな。
そうしてもう用が無いと思い、俺はその場を後にしようとする。だがそこで、フダリケッタから待ったの声がかかった。
「ま、待ってくれ! あ、あんたはいったい何者なんだ!」
その疑問はもっともである。故に俺は振り返って、こう口にした。
「俺の名前はジン。ジンジフレ教の異端審問官だ。ただちょっとだけ、ジンジフレ様に伝手があるだけのな」
「なっ――!?」
俺の言葉にフダリケッタは、驚きを隠せないようである。だが俺が再び歩き出すと、背後から慌てたように声をかけてきた。
「お、俺はあんた、いや貴方様に、どのようにして報いればいい!」
その言葉からは、切実な何かを強く感じる。このまま何もせずにいることに、耐えられないのだろう。
「ならセマカの町のために、励んでくれ。町は今、ハンスが消えたことで混乱をしている。これからはより一層、大変なことになるだろう。
またもしお前にその気があるのなら、ブッチ代官の元へ行くといい。俺の名前を出せば、協力してくれるはずだ。それとフダリケッタ。お前には、これをやろう」
俺はストレージからジンジフレ教のシンボルマークの付いたネックレスを取り出すと、フダリケッタへと投げ渡した。
「こ、これは……」
「それこそ、本物のジンジフレ教のシンボルだ。ジンジフレ教のために、これから精進してくれれば、それでいい」
「にゃんにゃ」
最後にそれだけ言って、俺は今度こそその場を後にする。レフもついでに、偉そうに鳴いた。
「――ッ! あ、ありがとうございました! これからは心を入れ替えて、ジンジフレ教のために尽くします!」
「メェエエ!!」
そうしてフダリケッタとモコモコによる心からの感謝を受け取ると、俺とレフは建物を出るのであった。
◆
ふう。なんか勢いでやってしまったが、まあ良しとしよう。
俺がさきほど出てきた建物は、ダンジョンの近くに建っていた。少し歩けば周囲には、冒険者たちなどがポツポツと見えてくる。
あの感じであれば、フダリケッタはこれから頑張ってくれるだろう。
それとフダリケッタのようにそこまで悪事を働いていない親衛隊員がいれば、フダリケッタの存在は希望になるかもしれない。
あのような親衛隊でも、セマカの町を守ってきたのは事実だ。これまでの事を反省して、更生してくれることを信じよう。
さて、これで本当に、この場所でやることは終わったな。
正直ハンスと再会したことには驚いたが、結果的には、ジンジフレ教のためになっただろう。
あとは今回のことで自分の力だとしても、まだまだ知らないことが多いことにも気がついた。
俺の力がハンスをあそこまで成り上がらせる理由になるとは、全くもって想像していなかったのである。
今回再会したのは偶然だが、仮に再会がもっと後になっていたら、かなり面倒なことになっていたかもしれない。
なのでこれからも似たようなことがあれば、俺自身の力が原因だし、そのときは解決していこうと思う。俺はそのように、決意をするのだった。
そんな事を思いながらも俺は、次の旅に向けて意識を集中する。ベックたちの気配は、変わらず同じ方向から感じていた。
ブッチ代官から事前に聞いていたが、その方向にはシルダートの街がある。
おそらくベックたちは、シルダートの街を拠点に活動をしているのだろう。
「シルダートの街か。なんだかとても、懐かしい響きだな」
「にゃぁん」
俺の呟きに、レフも反応を示す。あの頃のレフは、まだ単なるグレイウルフだった。そのことも、懐かしく感じる。
またこの先で様々な者と再会することを、俺は強く予感していた。その中にはきっと幸運の蝶のメンバーであった、プリミナもいることだろう。
再会を熱望する自分と、あんな別れ方をしたことによる不安が募る。だが、ここで引き返すという選択は無い。
「さて、レフ。そろそろ行こう。次に目指す先は、シルダートの街だ」
「にゃんにゃ!」
そうして俺とレフは、新たな旅へと一歩踏み出したのだった。
これにて、第十二章は終了です。
ある意味ハンスが大活躍して、ジンジフレ教にとっても重要な章になりました。
まさかハンスが主役になる章がやって来るとは、第一章からでは考えられませんね。(笑)
そして次の第十三章では、いよいよ懐かしい面々と再会する予定です。ここまで、本当に長かった……。
どのようになるかは、こうご期待ということで。
あと色々話すと長くなるので、今回も活動報告にまとめておきます。気になる方はどうぞ。
また今回も、一週間ほどお休みをいただきます。第十三章のプロットを練ります。
再開は1月4日を予定。
その間は連載がストップするので、代わりに合計500エピソードの突破を記念して、SSを毎日アップしようと思います。
内容は毎度おなじみの、カクヨムでサポーター様用に書いていたSSになりますね。
そういう訳で引き続き、『モンカド』をよろしくお願いいたします。
少し早いですが、良いお年を!
乃神レンガ




