後編。
あぁ……頷いて、くれた。
「そうねぇ……とりあえずは、学園で一番の健康優良児でも捕まえることにするわ」
「学園一の健康優良児と言うと、平民の特待生だと思います。確か、この前流行った風邪で唯一、症状の一つも出なかったお嬢さんだとか」
「ああ、あの平民の子ね。まぁ、どこぞの家の庶子として、それなりの家の養女にでもすれば大丈夫ね。あの子、努力家だし、一応下級貴族くらいのマナーは既に身に付けていた筈。側妃としても問題無い程度には持って行けそうだわ。正妃は別に添えるとして。でも……本人の意向を無視するのは、本意じゃないのよねぇ。無理矢理は嫌いだもの。う~ん、わたしに彼女、落とせるかしら?」
「まあ、王太子殿下は、その口調と仕種とをどうにかすれば、顔と身分は超一級品ですからね。男らしく迫ってみれば、割とイケるんじゃないですか?」
婚約者がわたしを見詰める。
「あら、辛辣だこと。この口調はもう仕方ないわ。だってうち、父以外は殆ど女性ばかりなんだもの。移っちゃったのよ。父も諦めているし」
一応、対外的にはちゃんと作った口調で話しているから、わたしが女言葉で話すことを知る人自体は、割と少ないのだけど。
「そうですね。というか、実は今まで聞けなかったのですが、殿下の嗜好はどちらで?」
どちら、って……これは多分、わたしの好みを聞かれているのよね?
「あらあら、イジワルな質問ね。でも、いいわ。答えてあ・げ・る。ふふっ♪あのね、わたし……ちゃんと女の子が好きよ♡」
そう、わたしは女の子が好きなの。
「それはようございました」
「それで、お返事は?」
「そうですね――――実はですね、殿下」
婚約者が声を潜め、わたしの目をじっと見詰める。
「なぁに?」
「愛人を認めてもいいと思っているくらいには、わたくしはあなたのことを愛しておりますよ?」
にっこりと、綺麗な笑顔で言った。
「あなたの方がわたくしより女性らしい言葉遣いでも、あなたの方が女性らしい仕種をしても、あなたのことをお慕いしています」
「っ……」
「あら? どうされましたか? お顔がいきなり真っ赤になりましたよ? 殿下」
「なにっ、この不意打ちはっ……ズルいじゃない」
顔が熱くなって行くのがわかる。
「ふふっ、ズルいどころか、とても酷い提案をわたくしにして来たのは殿下の方じゃありませんか?」
やんわりと責めるイジワルな言葉。
「ええ。そうね、ごめんなさい。それについては、謝るわ。けど……わかっているのかしら? あなたはこれから、辛い道へ進もうとしているのよ? わたしを切り捨てて、他の誰かと結婚すれば、女としての幸せを諦めることはないんだから」
「あなたって方は……」
呆れた視線を向けられる。
わたしだって、嬉しいのよ? 喜びたいのよ?
でも、ね……
「一応、言っておくわ。恋情があるのかは兎も角、わたしから見て、父は母を愛していると思う。けれど母は、わたしを生んだ後に流産を繰り返して……子供を生めない身体になってしまったの。だから父は、側妃達を娶った。わたしの他にも、王族男児が必要だったから。でも、見ての通りよ。結局は、王女達しか生まれていない。母達はきっと、辛い思いをたくさんして来たわ。だから、ね……?」
溜め息を吐いて、言葉を続ける。
真剣な顔の婚約者は、凛々しくて綺麗だ。
「愛だけでは、どうにもならない問題があるの。お願いだから、わかってちょうだい」
「……全く。わかっていないのは、殿下の方ではありませんか? そんな酷い条件で嫁いでくれるような女性の宛は、ありますか?」
「それ、は……今から見付けるわ」
少し、言葉に詰まって返す。
「これでもわたしは王太子だもの。一応、嫁になりたい女の子は沢山いる……筈、よ?」
「そうですか。それじゃあ、そういう都合のよい方が見付かるまでは、わたくしと婚約続行ですね」
都合のいい人。その言葉に、ツキンと小さく胸が痛む。酷いことを言っているのは、自分のクセして。
わたしには、傷付くような資格は無いのに。
「婚約を解消するなら、早い方がいいわ。その方が、あなたも早く次の相手を見付け易いもの」
「そうかもしれませんね。お互い、次のお相手が見付かるのなら、ですけど」
にっこりと、綺麗に微笑む婚約者。
けれど、その顔は先程の笑顔とは違い、なにやら腹黒い気配を孕んでいて……?
「見付かると宜しいですね。頑張ってください」
「あなた……」
「でも、そうですね。殿下はご存知ないかもしれませんけど……愛だけではどうにもならない問題があるように、愛がなければどうにもならない問題もあるんですよ? 知っています?」
「っ……」
「わたくしに、あなたを支えさせてください」
彼女に負けた、と思った。
なんだか、ものすごく敗北感があるのに……
問題も山積みで、なに一つとして解決していることなど無いというのに……
――――どこか清々しいような気分になるのは、一体どうしてなのかしら?
読んでくださり、ありがとうございました。
ということで、主人公は実はおねえ口調な王太子殿下でした。
作中での問題は特になにも解決していませんが……まぁ、あの二人ならどうにかすると思います。
この話は、王子や高位貴族の坊っちゃん達が元、だったり現在進行形で平民女子に心惹かれる理由はなんだろうな? と思い、魅了、洗脳、薬物、呪い、物語の強制力、その他を除くと、遺伝子なんじゃね? と思ったのがきっかけでできた話です。
血族婚を繰り返していると、遺伝子構造が似て来るため、病気なんかに弱くなるそうです。
言い方は悪いですが、血統書付きのペットが雑種ペットよりもデリケートなのと同じ理由です。
リアルの歴史でも、どこぞの王族が血族婚を繰り返して虚弱だったり、子供が生まれ難かったり、奇形児だったり、精神異常者が多くなったりなどの弊害もあったそうなので。
遺伝子構造が近い貴族令嬢より、遺伝子構造の遠い人を、本能で求めちゃうのかな? と。
感想はお手柔らかにお願いします。
月白ヤトヒコの別作品、『お城で愛玩動物を飼う方法』とは、ある意味真逆の話になりました。下にリンクを貼っておきます。こっちと違って不快になるような表現がありますが、よろしければ覗いてやってください。↓↓