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18歳の誕生日


 18歳の誕生日だというのに、ヴァレリーの気持ちはずんと沈んでいた。今日は誕生日だから一日一緒に過ごせるものだと思っていたら、彼は申し訳なさそうに仕事に出かけてしまった。


 すぐに戻るとは言っていたけど……。


 侍女たちが悲しみに沈む彼女を気遣って、見ごろの花が咲いている四阿に軽い昼食を用意をしてくれた。外の空気はとても気持ちが良く、四阿から見える花々はいつもなら彼女の心を慰めるが、今日ばかりは少しも前向きになれない。


 大切にされているけれども、愛されていない。

 特性惚れ薬のあともあれこれと頑張ってみたが、二人の関係は変わらなかった。ヴァレリーのコンラッドへの愛情は一つも届かなかった。


 この現実はヴァレリーをとても惨めな気持ちにさせた。コンラッドにしたらヴァレリーは子供すぎるのだろう。年齢差や身長だけでなく、中身も。だから女性としては愛されない。これは仕方がないことなのかもしれない。

 鬱々とした気持ちを持て余しながら、ため息をつく。


「ヴァレリー」


 名前を呼ばれて顔を上げれば、少し離れた場所にコンラッドがいた。驚いて立ち上がれば、テーブルに体が当たってカップが音を鳴らした。

 コンラッドは茫然とするヴァレリーから目を逸らすことなく近づいてくる。


「コンラッド様、どうして? 今日はお仕事だと」

「仕事はこの花束を取りに行くことだよ」

「花束?」


 コンラッドは抱えていた大きなバラの花束をヴァレリーに差し出した。ヴァレリーは突然の出来事に頭が混乱した。


「18歳、おめでとう。ヴァレリー、私と結婚してもらえないだろうか」

「え? わたくしたちはすでに夫婦で」


 理解できずにヴァレリーが狼狽える。コンラッドはなかなか受け取ろうとしないヴァレリーに花束を渡し、そのままぎゅっと花束ごと抱きしめた。


「君の祖国では18歳が成人なのだろう?」

「ええ」


 やっぱりよくわからず、ヴァレリーは首を傾げた。コンラッドはいつも以上に上機嫌で、非常に明るい表情だ。


「君を心から愛している。政略結婚ではなくて、きちんと申し込んで結婚したい」

「コンラッド様」


 想像していなかった愛の言葉に、ヴァレリーの瞳が自然と潤んだ。のぞき込むように彼を見上げれば、ちゅっと小さく唇にキスが落ちてきた。


 婚儀以来の唇へのキス。


 あれほど欲しいと願っていた。でも嬉しさよりも疑問の方が強かった。恨み言がふつふつと沸き上がる。


「今になってどうして……」


 コンラッドは申し訳なさそうに目を伏せた。


「私は君よりもはるかに年上だ。私と結婚しなくてはならない原因は我が国にあった。本来なら、きちんと賠償して白紙に戻すべきだ。だがニ国間のおかれた状況が婚約の白紙を許さなかった。そこで、君の両親は一つの条件を提示したんだ」

「条件?」

「君が成人を迎えるまでに他に愛する人ができたのなら、私との結婚を白紙に戻すこと。そのために18歳になるまでは夫婦としての関係は結ばないようにと」


 驚きすぎてヴァレリーはぽかんとした顔になる。


「え?」

「この条件を知っているのは国王夫妻と宰相、それから私だけだ。初めは政略結婚だからと思っていたが、一緒に過ごすようになって君を徐々に愛おしくなっていった」

「それはコンラッド様が妹のように思っていたからではなくて?」


 コンラッドは再び目を合わせてから、唇にキスを落とした。軽く触れるだけの優しいキスであったが、唇の熱さがコンラッドの愛を伝えていた。それだけでなく愛おしいと雄弁に語る彼の眼差しに、ヴァレリーの胸は痛いほど高鳴ってくる。


「非常に辛かった。君の行動から嫌われていないとは思っていた。だけど、手は出せないし、かといって寝室を分けて誤解されても嫌だ」


 余程の苦悩があったのか、コンラッドの顔が歪んだ。ヴァレリーはただただコンラッドの告白を聞いていた。


「君が素敵なナイトドレスを着ていることも、体がざわつくお茶を飲んだことも、苦し気な表情で見つめてくることも試練だと言い聞かせていた」

「……気が付いていたのですか?」

「もちろんだとも。約束なんて破ってしまおうかと何度思ったことか」

「コンラッド様が何もしないのはわたくしに魅力がないものだと思っていましたわ」


 コンラッドも苦悩しただろうが、ヴァレリーも悩んだ。だからとても嬉しい。ヴァレリーは笑みを浮かべつつも、今までのことを思い涙がこみあげてくる。コンラッドは妻の涙を見て慌てた。


「そんなことはない! 君は魅力的すぎて外には出したくないほどだ」

「ふふ、コンラッド様、愛していますわ」

「ヴァレリー」

「だから、素敵なキスをしてほしいの」


 そっと囁けば、コンラッドがとろけるような笑みを浮かべた。彼の顔が近づいてくるのをうっとりと見つめた。あと少しで唇が触れるほどの距離になった時。


 彼が動きを止めた。キスを待ちわびているのに、少しの距離が恨めしい。そんな気持ちを目で訴えれば、コンラッドは困ったように囁いた。


「私のお姫様。キスするときは目を閉じるものだよ」


 いわれるまま、目を伏せる。


 結婚して1年と少し。

 18歳の誕生日に初めてヴァレリーは大人のキスを経験した。


Fin.


◆クララの業務報告◆

よくわからなかったのですが、奥様が旦那様に恋をしていたのだから、別に18歳になるまで待たなくてもよかったのではないでしょうか。旦那様が理性を総動員させていましたが、それによってどれほど奥様が愛されていないと嘆かれたことか……。


どうなんでしょう? そのあたり。


◆侍女長のコメント◆

旦那様にモノ申したい気持ちは理解できます。なまじ身分と容姿がいいから誰も気がつきませんが、旦那様は基本的にヘタレなのです。そのあたりを理解して、奥様が辛くないようこれからもフォローをお願いします。


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