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2.割り込んだ天使

 俺には妹がいる。

 渡井夕月。俺、渡井洸の実妹だ。

 夕月は俺が生まれた一年後に産声をあげて、俺は齢一才にして、お兄ちゃんとしての義務を天から与えられた。

 そこまで歳が離れていないこともあってか、昔から仲のいい普通の兄妹だったように思う。

 幼少期の兄妹など皆そんなものだと言われれば返す言葉もないけれど、一緒に起きて、一緒に遊び、一緒に寝た。

 私はお兄ちゃんの『いもおと』だよって無邪気に笑うような、そんな一般的な兄妹だった。

 六年前、父親が突然事故で亡くなった。

 人の死は、誰にでも等しく、そして突然に起きること。パパのことが大好きだった夕月は、その事故でひどく塞ぎ込んだ。

 その当時、俺たちはまだピカピカの小学生。彼女がどれくらい父親の死の意味を正確に理解していたのか定かではないけれど、その事故の原因が俺にあると思い込んでいた夕月に俺はひたすら責められ、関係は瓦解。

 この事件を期に俺たちの距離は離れ、今日に至るまで、遠くなった関係を改善できていない。

 結論から言えば、父親の死に関して俺に原因は無かった。

 それでも幼かった夕月は、ずっと一緒に過ごしてきたパパが突然消えてしまったことを、誰かのせいにしていなければ正気を保てなかったのだ。

 俺はあの頃の夕月に、兄として何もしてあげられなかった。

 その時は夕月が俺を嫌っていたこともあって、そもそも近づくことすらできなかったけれど。

 そして現在、気づけば俺たちはもう二人とも華の高校生。

 時間が解決すると楽観視していた俺も、ここまで長引いた冷たい関係にどのように終止符を打っていいのかわかっていなかった。

 もしかしたら、これがどこにでもいる思春期の兄妹の姿なのかもしれない。

 けれど、両親が心配するほどいつも一緒にいた俺たちは、それから他人のようにお互いを避けて過ごしている。

 

 *

 

 家族の大幅増幅が見込まれる、約束の日曜日になった。

「今日だっけ?」

「そう、あと十分くらいで着くって」

 これから慎也さんたちがこの家にやってくる。

 本格的に一緒に住むことになるのだから、準備ができていても流石に落ち着かない。ワクワク、ソワソワ。

 正直なところ、慎也さんの方はあまり気にしていなかった。

 男同士、些細なきっかけですぐに打ち解けられるだろう。すでに知り合いだし。

 問題は彼が連れてくる娘の方だ。

 結局詳しくプロフィールを把握していないうえ、その子にすら嫌われるとなると俺はそろそろこの家に居場所がなくなってしまう。

 夕月はまだ自室にいる。彼女にとっては同性の家族が増えることになるけれど、一体どう思っているのか。

 リビングで彼らを待つ間、ぐるぐる渦巻くさまざまな思考を巡らせていると、ピンポーンと陽気に玄関のチャイムが鳴った。

「友梨さーん。俺ですー」

「はーい、今行きます」

 慎也さんの声だ。それを聞いて母さんが玄関へと向かい、扉を開ける。

 新鮮な午後の風が家の中に吹き込んできて、今日が過ごしやすい気温であることを知らせてくれた。

「お邪魔します」

「はい、いらっしゃい」

 母さんがリビングへ案内し、俺も彼の姿を目に捉える。

 少し焼けた色の肌。短髪で、黒縁メガネをかけたその人は、前に見た時よりも凛々しく見える。

「あ、洸くん、久しぶりだね。慎也です」

 人は見た目が九割という。

 多少の内面は、繕った外見でカバー。残りの三割は優しい心と、二割が金だ。

 そういう理屈で、俺もそれなりに見た目を整えてきた。寝癖を治し、服もきちんと着て、寝癖を治した。

「こちらこそ、母がいつもお世話になってます」

 と、寝癖のない頭を丁寧に下げて、新父親に対して挨拶を返す。

 あらかじめ大きな家具や荷物はこの家に郵送されていて、今の彼はそこまで多くのものを持っていない。

 彼の部屋になる場所に俺が段ボールを運んで一汗かいたのが一昨日。

 家で唯一の男手こと俺の貧弱な両腕は、ついに強力な味方を得たことになる。これからは重いものは全部ニューお父さんが持ってくれるぞ。ようこそ、労働力!

 新たな労働力(最低)を観察していると、彼の後ろに人影を見つけた。

 ああ、あれが例の娘。どれどれ、そのご尊顔をぜひ、と乗り気で覗き込んで、文字通りのご尊顔に俺は本当に驚いた。

 遥か先を見通しているような透き通った双眸。小さい鼻と口がその美しさを強調している。

 若干白がかった色素の薄い髪。肩あたりまで伸びたそれを頭の片側で結んでいて、まるで人形のような雰囲気が、この家に奇跡をもたらしたかのように感じさせた。

「まじ……」

 その圧倒的な綺麗さに見惚れていると、透き通るような大きな目が俺を捉えていることに気がつく。

「こ、こんにちは……」

 低すぎず、高すぎず、大自然の囀りみたいにちょうどいい音域の綺麗な声で、その子が俺に挨拶をした。

「あ、ああ。こんにちは」

「この子が、俺の娘の朝陽だ。よろしくしてやってほしい」

「渡井朝陽です」

 そう名乗った彼女は、俺とそこまで歳は離れていないだろうと思う。妹と同じか、それより少し下か。

 ぺこりと下げた頭から、艶やかな髪が流れて落ちる。

 苗字は、うちの方に統一するという話で決まっているらしかった。だから彼女の苗字も渡井。

 驚いた。まさかこんな秘密兵器を抱えていたとは。

「そういえば、夕月ちゃんは……」

 慎也さんがそう言いかけたタイミングで、ちょうどよく上から降りてきた夕月。

 妹は彼を確認して、出迎えに遅れたことを謝罪する。

「ごめんなさい、遅れてしまって」

 夕月に緊張している様子はない。彼女にしてみれば新しくできるパパを素直に受け入れるのは簡単ではないかもしれないが、もう高校一年生。取り乱すような精神状態ではないだろう。

 本来ならパパに対して反抗期真っ盛りの時期にあたると思うけど、その矛先は見事に俺へと向いているように見える。俺可哀想だなぁ、と遠い目。

 けど、俺の入った風呂にも後から普通に入っているし、同じ洗濯機で下着を洗っている。基準はよくわからない。

「いや、いいんだよ。改めてよろしくね、夕月ちゃん」

「はい、お願いし……」

 挨拶の途中。急に彼女の言葉が止まって、降りてくる音も消えた。

 不思議に思って俺が振り向くと、手すりを握ったまま階段の途中で硬直している夕月を見つける。

 慎也さんの娘も興味深そうに夕月の方を見て、彼女たちの視線が空中で交差したように感じた。

「…………」

 そして次の瞬間。

「っ……」

 夕月は唇を少し噛んだかと思えば、ごめん戻る、とだけ言い残して突然体を上階へ翻した。

「おい夕月!」

 俺は急に何が起きたのか分からず夕月を呼び止めようとする。

 突然のことに驚いた俺たちのことはお構いなしに、

「…………バカ……」

 と、彼女は俺にだけ聞こえる小さな台詞を吐き捨てて、ドタドタと急ぎ足で自分の部屋へと戻っていった。

「……」

「えっと……何か夕月ちゃんにまずいこと言っちゃったかな……」

「い、いや緊張してるだけだと思いますよ」

「そうかな……まあ夕月ちゃんも思春期の女の子だし、こんなおじさんに急に来られても迷惑だったかもしれないけどね」

 いきなりの出来事で、リビングが形容できない雰囲気に包まれる。

 夕月は朝陽ちゃんを見て逃げ出したようにも見えた。

 朝陽ちゃんと言っていい年齢なのかは分からないけど、どっちにしろあいつは決して人見知りな方ではない。挨拶もせずに逃げるようなこと、普通はしないはずだ。

 初日から順風満帆に行くものでもないのか、ここにきて楽観的に考えていた俺の現実が打ち砕かれてしまった。

 朝陽ちゃんも自分と目があった後に逃げられたことに戸惑っているようだった。

 まあ、一番戸惑っているのは突然バカと言われた俺だったりするのだが。

 

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