SEQ1――裏切った少女たち――3/5
「どうだ? 鈴音」
「うーん……」
髪を切られた後、そのまま体も洗えと言われた俺は、それに従って身を清めてから風呂を出た。
脱衣所には服とは別に男物の真新しい下着もあったので、それらを着てから廊下へ出てみると……案の定、鈴音が待ち構えていたのである。
「いい! いいよ、ケイくん!」
「鏡で見たけど、そんなに変わってなかったぞ」
「それがいいんだよー。エリー、グッジョブ!」
リビングの方に向けて、鈴音が言う。エリザベッタは今、そこにいるんだろう。
「じゃあ、私もシャワー浴びるから、ケイくんは部屋で待っててねー」
「部屋って、さっきのとこか?」
「だってー、そこ、私とケイくんの部屋だもん」
「は? あそこ、ベッドが1つしかなかったぞ」
「1つでいいよね?」
よくねーよ。
と言いたいところだが、鈴音が風呂に入るなら、その間にいろいろ調べられる。
「……分かったよ」
頭を掻いて渋々感を演出し、階段へ向かう。
(……ついてきてないな)
3階に上がった段階で気配を探ったが、誰も階段を上がってきてない。
ここにいるのは、俺だけだ。
(鬼の居ぬ間に何とやら)
先ほども鈴音と入った部屋に入り、近場から調べていく。
クローゼットやベッド……おかしなモノは何も見つけられない。
まあ、クローゼットに男物の服があるのは俺に着せるためだとして……男子用の制服まであったのは少し不思議だな。
次に化粧台。引き出しも多いし、二重底なんかにして何か隠している可能性は少なくない。
(……ん?)
この化粧台、置いてあるものがチグハグだな。
薬局でも買える色つきリップと、ブランド品の口紅……チークやアイシャドウも安物と高価なものが、混在している。
しかし、それらはしっかりと区分けされていた。どちらの予備もある。
鈴音は使い分けているんだ。普段のどこにでもいそうな女子高生と、仕事やプライベートの姿を。
(とすると……)
ブランド品の方の収納スペースに妙な空きがあるのは、鈴音が持っているからか?
「何してるの? ケイくん」
ゾワッ。
「す、鈴音……」
ポニーテールを解き、濃い赤紫色の髪をしっとりと濡らした鈴音は、バスローブ姿だった。その下に服を着ているかは……定かではない。
そんな事より、鈴音の頭部にコウモリっぽいケモノ耳が生えている事の方が問題だ。
「おいた、だよねー?」
鈴音に突き飛ばされる。
俺が背中から倒れ込んだ場所は、ちょうどベッドの上だった。
「悪い子には、お仕置きしないとねー」
鈴音がマウントポジションを取る。
よく見れば、鈴音は薄っすらと化粧をしていた。
「何をするつもりだ?」
抵抗のために手を伸ばすが、鈴音は顔色も変えずに指を絡めてきた。
(やっぱこの姿だと、力が強い……っ)
単純な押し合いじゃ、勝ち目がないぞ。
「ほら、楽しい事しましょー」
柘榴石と紫水晶が混ざり合ったような鈴音の瞳が、少しずつこちらへ近付いてくる。
鈴音が口を軽く開き、首筋に噛みついてきた。
「あむあむ」
「……やめろ、くすぐったい」
すぐ横に鈴音の顔が来て分かったが、人間の耳はなくなっている。
って、別に気付かなくてもいい事だな。それは。
(……む)
電話が掛かってきた。
「あーあ、興醒めー」
そのおかげか、鈴音が離れてくれた。
「出ていいよ。その電話」
いつもより冷たい口調で、鈴音が言った。
「もしもし?」
鈴音を気にかけつつ、携帯を耳に当てると……
『ケイスケ! どこにいるのよ!』
画面に表示されていた名前で分かってはいたが、ライラの声が大音量で聞こえてきた。
「拉致られた」
『……どういう事よ?』
「今から説明――」
「やっほー、ライラ」
鈴音が、俺から携帯を奪う。
『あんた、もしかして鈴音?』
ご丁寧に、鈴音はスピーカーモードにしたらしい。俺にも、ライラの声が聞こえる。
「せいかーい。川堀鈴音でーす」
『ケイスケを攫ったのは、あんたなのね?』
「そうだよー。ケイくんは私の家でヨロシクやってるから、ジャマしないでねー」
ポチッ。鈴音が通話を切った。
「メイク落としてくるね。それとー、携帯は没収」
鈴音は、はだけかけていたバスローブを正すと、部屋のドアを開けた。
なんだ? 先ほどまでとは違って、妙にあっさりとした雰囲気だ。
「うふふ。焦らしてるんだよー?」
「焦らす?」
「誘導するんだー。ケイくんの方から、手を出してくれるようにねー」
「……残念だが、そうはならない」
「どうかなー。さっきだって、ケイくん、ドキドキしてたでしょ?」
俺は黙った。図星だったからだ。
「まあ、そういう事だからー、先に寝ていいよー」
鈴音が部屋から出ていく。
(先に寝てろと言われても、寝れるワケねーよな……)
ベッドに染みついた鈴音のニオイを感じる俺は、心の中でそう呟いた。
どっと疲れたのに、眠気も来ない。つらいな、これも。
「ケイくんってば、ホントに寝ちゃったのー?」
ん?
ああ、そうか……結局、疲れに負けて寝落ちしたのか……
「もうすぐ夏だけど、夜はまだ冷える日もあるんだからー」
誰かが俺の寝相を直して、布団まで掛けてくれる。
「ありがとう……み……」
――違う――
「……鈴音」
「起きてたんだー」
目を開くと、至近距離に鈴音の顔があった。
茶髪に黒目。通常状態だ。
「お邪魔しまーす」
鈴音がベッドに潜り込んできた。
服も着ているらしく、モコモコとした生地の感触が皮膚に伝わる。
「眠いんだ。構ってやらないぞ」
「いいよ、別にー」
ぎゅっ。
胴体に手を回された。
「寝苦しいんだけど」
「ガマンしてよー。ケイくんは、体で支払う立場なんだから」
そういや、そんな話だったな。
「お前たちのおかげで、潜入任務が上手くいった。助かったよ。だから、支払方法を変更させてくれないか?」
「ダメだよー。陽子ちゃんはいい思いしたのに、私はお預けなんて許せないしー」
当然、陽子の事も調べられているか。
「あーあ、どうしよっかなー? 陽子ちゃん、いま京都にいるんだよねー?」
「分かった、分かったよ。陽子には手を出すな」
「分かればよろしい。とにかく、ケイくんにはしっかり払ってもらうからねー。体で」
「もういいよ、それで。この添い寝は何円相当だ?」
「5万円かなー。相場より高めに設定してあげてるんだから、値段交渉には応じないよー」
「……敵わないな」
諦めて、眠ろうと目を閉じる。すると、鈴音の温もりが程よく睡眠を促してきた。
この分だと、スムーズに寝られそうだぞ……
もう既に、瞼、落ちてきたし……




