SEQ1――裏切った少女たち――1/5
月光眼のライラⅢ 雨音に鈴を濡らして
SEQ1――裏切った少女たち――
「これから、ケイくんを好きにできる……楽しみだなー」
鈴音が恐ろしい事を呟いて、俺の右腕を胸に抱き寄せる。
彼女の髪色は、いつの間にか濃い赤紫色から茶色に戻っていた。
「ケイくんもそうだよね?」
ふにょん、と鈴音の胸が肘に当たる。というか、押し当てられている。
「俺は帰りたい」
「乙女の誘いを断るとは、信じられないな」
左から非難が飛んできた。トリケラ――プラチナブロンドを三つ編みで一束にまとめた少女――だ。
前はレインコートや鎧を着込んでいて分からなかったが、トリケラの胸も中々に大きい。鈴音と同じか、一回り大きいぐらいだ。
「そうだ、そうだー」
便乗した鈴音が、さらに体を密着させる。この状況も楽しんでいる様子だ。
(流されるな。俺よ)
せめて車内の情報を取ろう。
後部座席に腰掛けるのが、左からトリケラ・俺・鈴音だ。
加えて――脱出を試みる俺としては不幸な事に――運転席と助手席の両方に人影がある。前屈みになって覗くと、2人とも知らない顔だった。
運転席に座っているのは、クセ毛の暗い茶髪をショートカットにした少女だった。少々やせ気味で、俺と同じく目つきが悪く、ネクラそうな印象だ。
助手席に座っているのも少女だ。金髪を毛先が肩にかかる長さのツインテールにしていて、小柄に見えるが胸だけは陽子と争うぐらい大きく、シートベルトが谷間に食い込んでいる。
(見事なまでに、女ばかり)
制服を着た鈴音以外は、統一性のない私服姿に見えるが……
4人とも女子なのは、おそらく偶然じゃない。
「もう! ケイくんってば!」
鈴音が、俺を強く引っ張った。
「もっと密着してよー」
耳元に口を寄せて、鈴音が囁いてくる。くすぐったい。
「どこに連れてく気だ?」
「言ったでしょ? 私たちのアジトだよ!」
アジト……考えようによっちゃ、敵の拠点だ。
つまり、何か得られるモノがあるかもしれない。
(これは、ピンチなだけじゃない。チャンスでもあるんだ)
乗り込んでからの脱出でも遅くない。だったら、このまま攫われてやるぜ。
小一時間ほど車に揺られて連れてこられたのは、3階建ての一軒家だった。
(これがアジト……?)
詳細な場所は分からないが、住宅街の一角である事に間違いはない。
……きな臭さのカケラも感じない、平和な場所だ。
「さあ、入ろーねー。私たち、ヒュアデスのホームに」
「ヒュアデス?」
「私たちのチーム名だよー」
ウキウキ顔で説明した鈴音と共に、その家へと入る。外観と違わず、中身も普通の家だ。
ますます信じられないな。アジトだとは。
「トイレは1階と2階にある。風呂と洗面所、それから食事をするのは1階だ」
「随分と親切に教えてくれるんだな。トリケラ」
「そういえば、まだ話していなかったな」
「何を?」
「私はもう、トリケラではない」
まさか……
「抜けたのか? Dを」
「その通り。今の私は貴様の友人、エリザベッタ・ルクレツィア・レーヴィだ」
「偽名か?」
「いいや、本名だ。フフッ……」
何が面白いのか、トリケラ――いや、エリザベッタが笑う。
「だったら、トリケラじゃなくてレーヴィと呼ぶ事にするぜ」
「エリザベッタで構わない。これから仲よくするのだ。少しくらい、親密になっておかないと……な?」
「ちょっと? エリー?」
鈴音が不機嫌そうに言った。
「ケイくんを盗らないでよ?」
「鈴音、私にそんな考えはない」
エリザベッタが鈴音を宥める。
「しかし、だ。2人の紹介もしておくべきだろう?」
「はいはーい。じゃあ、手短に済ませてねー」
鈴音も一応、納得したらしい。
「まずは……ローズだ」
エリザベッタが指さしたのは、金髪ツインテールの女子だった。
こうやって立った姿を見ると、身長はライラと同じぐらいだと分かる。まあ、胸は比べるまでもなく、ローズと呼ばれたコイツの方がデカいが……
「ローズ・リーフェンス。ローズ、でいいのです」
「彼女はまだ、日本語が上手ではないのだ。だから、あまり話したがらないが……許してほしい」
「別に気にしねーよ。よろしくな、ローズ」
俺の方からも、歩み寄りの姿勢を見せてみた。
今は、コイツらに主導権を握られている。いい顔しておいて損はない。
「お前たちが壊したドローン、弁償しろ、です」
そんな俺の考えとは反対に、ローズから睨まれてしまう。
「ローズは、男がニガテなんだ」
「……そういう事なら、ライラと交渉してくれ」
俺の言葉に、
「ふんっ」
と、ローズは完全に背中を向けた。
「もう1人が、フィオナ」
エリザベッタが、ネクラそうな娘を視線で示した。
身長は157㎝前後。エルと同じぐらいだが、若干猫背なせいで実際の数値より低く見えていそうだ。
体の線が細く、凹凸はなだらかで、胸や尻は小さい。スレンダー体型というやつだろう。
「フィオナ・ロック。フィオナでいい」
「日本語が喋れるのか」
「日本の車、好きだから……興味あった」
ローズとは違い、フィオナが話す日本語は比較的流暢だ。
だが、別種のぎこちなさを孕んだ喋り方をしている。
(コミュニケーションが苦手なのか……)
なんだか親近感が湧くね。
「むぅー」
ふと気が付くと、鈴音が頬を膨らませていた。
「ケイくん、ケイくん。構ってくれないと、私、怒っちゃうよー?」
エリザベッタを見ると、「言う通りにしろ」、とでも言わんばかりに肩を上げた。
「分かったよ。何をすればいい?」
「私の部屋で着替えてー」
「……? 俺の着替えがあるのか?」
「そうだよー。サイズもピッタリのハズ」
なんで俺の服のサイズを知っているのかは、聞かないでおこう。
鈴音は諜報特武だし、然もありなん。
「私たちは夕食の準備をしておこう。手製のリゾットはどうだ?」
「やったー! エリーの作るリゾット、おいしいから好きなんだよねー」
エリザベッタがリビングと思われる部屋のドアを開けると、ローズとフィオナが中に入っていく。
「私たちはこっちねー」
対して鈴音は、俺の手を引いて階段の方へ行ってしまう。
そのまま階段を上がっていき、3階にある部屋の前まで来た。
「ここがお前の部屋?」
「そうだよー。正しくは私たちの部屋」
イヤな予感がする。
「ケイくんも、今日からここで寝泊まりするんだよー」
予感が当たった。
ガックリと肩を落とす俺をよそに、鈴音はドアを開けてしまう。
(ヘンな汗が出てきやがった)
ふわっ、とスモモっぽい鈴音のニオイが鼻に届く。
「スーツ、シワになるから脱いじゃってよー」
俺の腕を取った鈴音に、ジャケットのボタンを外されながら部屋に連れ込まれる。
「お風呂には後で入るとしてー、とりあえずこれでどう?」
鈴音がクローゼットから取り出したのは、半袖のTシャツと丈のあるジャージ生地のズボン。
「私も着替えるねー」
「あ、おい!」
鈴音がブレザーを脱ぎ、スカートのチャックに手を掛けたので、慌てて後ろを向いた。
するする、と布が擦れる音がする。それを聞く俺は、動くに動けない。
(ダメだ。気をしっかり持て)
そんな音に耳を傾けるから、体が固まるんだ。
俺も着替えを始めれば、気を逸らせるかも……って、よく考えたらTシャツもズボンも鈴音が持ってたな。
万事休す。おとなしく、鈴音が着替え終わるのを待とう。
「あれ? 着替えないのー?」
鈴音が俺の肩に手を置いた。着替え終わったらしい。
「あ、ああ。すぐに着替え――」
振り返って、仰天した。
鈴音が下着姿だったからだ。
「あはっ、ケイくん、照れてるー」
ニヤリと笑って目を細めた鈴音は、白地にオレンジ色で花の刺繍がなされた上下揃いのブラとショーツだけを身に付けていた。
「服を着てくれよ」
「着てるよ? ほら」
「下着じゃなくて、上着の事だよ!」
鈴音の持つ俺用の服を引ったくり、またも後ろを向く。
「俺も着替えるから、出ていてくれ」
「えー? あっ! もしかして、私の部屋を漁るつもりなんだー」
「バカ。ちげーよ」
バレてやがる。何かDに繋がる証拠――メンバーのリストでもあればと思っていたが……
「ケイくんのエッチ」
「だから、違うって。はぁ……このまま服脱ぐけど、文句言うなよ」
アラミド繊維のこのジャケットは脱ぎたくないが、指示に従わずに鈴音たちと険悪になるのも、後々を考えると得策じゃない。
というワケで、着替えを始めたものの……ガッツリ視線を感じるんですが。
「司法取引でもしたのか?」
司法取引とは、簡単に言うと、何か――たとえば共犯者の情報など――と引き換えに罪を軽くする制度だ。
「そうだよー。Dの情報を売って、私は解放されたの!」
「なるほどな。公安警察も女の子1人の身柄より、次に繋がる情報の方が欲しかったワケか」
というか、そろそろ目を離してくれませんかね。鈴音さん。
ついでに服も着て下さい。お願いだから。




