SEQ5――ヒッサツの切り札――1/4
SEQ5――ヒッサツの切り札――
2歩、3歩、と後ずさるも、俺の腹部から血は吹き出ていない。
銃弾が制服を貫通しなかったんだ。制服の防弾性能に救われた……
「ケイスケ!」
「ケイくん!」
ライラと鈴音の声が、前後から同時に聞こえた。
鈴音の顔からは、あの凶悪な笑みが消え失せていた。代わりに、額に汗を浮かべている。
2人とも、被弾した俺を心配して、焦っているんだ。俺を撃った本人である鈴音でさえも。
(鈴音が狙ったのは、あくまでライラなんだな……)
そう確信した俺は、援護のために真後ろまで近寄っていたライラを押し倒し、自分の身を盾にする。
さっきもそうだったが、モードAに戻った俺には、こんな事ぐらいしかできない。
「ケイくんッ、その女から離れて!」
鈴音が声を張り上げるが、やはり撃ってこない。
俺がこうして盾になっている限り、鈴音は撃てない。
だが、別の問題が起こっている。
(息が……できない……)
俺は今、呼吸困難に陥っていた。鳩尾を撃たれた時に、横隔膜に強い衝撃が加わったせいだ。
腕の下で組み敷いているライラが、俺の異変に気付き――不安そうに見上げてくる。
そのライラに作り笑いを返す事もできないほど、苦しい……
(い、意識が……)
視界が狭まり、白黒になっていく中、理性が状況を整理していく。
鈴音は、トリケラたちの協力者だった。
人質にされたのではなく、人質のフリをして、ライラを撃つタイミングを窺っていた。
敢えて戦わず、俺たちが油断する時を待っていたんだ……ッ。
(クソッ……全部コイツらの計算通りかよ……)
しかし、なぜ鈴音が? 一体いつからトリケラたちに協力していた……?
(ダメだ……もう……)
俺は、眠るように意識を手放した。
「――っ!」
自然と目が開いた。
まだぼんやりとしていた視界に、次第に色が戻っていく。琥珀を光に透かしたような色……ライラ……?
「んぐっ⁉︎」
唇に柔らかいものが押しつけられる。ハニーミルクのような甘いニオイで頭を埋め尽くされる。
何が起こった? 何をされている?
まさか……
これは、キス、なのか……?
1秒ほどして、ライラが唇を離した。
「目を覚まして。お願いよ……」
ライラの口が僅かに動き、また口付けされた。
甘く温かいものが、送り込まれてくる。
(ああ……)
俺の体が、燃え出した。胸の奥が灼ける。体の芯が熱くなる……ッ。
お互いの鼓動が、激しく跳ねている。それが、伝わってくる。ライラと繋がっている。
――カチッ――
スイッチが入った!
「――ライラ」
「ケイスケ……よかった……」
呼吸・意識、共に正常。
ライラの人工呼吸によって、俺は蘇生したようだ。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
「バカ、心配させないで。あ、あと、今のは――」
パァンッ!
顔を真っ赤にしたライラの言葉は、鈴音の発砲によって遮られた。すぐ横のコンクリートが抉られている。威嚇射撃だ。
ライラを庇うようにして立ち上がると、鈴音の手にある小型のオートマチック――グロック26が銃口から白煙を上げていた。
「ケイくん、どいて」
鈴音の要求に対し、俺は拒否の意思を示すためにストームを構える。
「どうして俺たちを狙う?」
「……ちょっと誤解してるね。私が狙ってるのはケイくんだけだよ。だからGPSを使って、ライラを引き離す予定だったのにさー」
息を吹き返したとはいえ、まだ呼吸が荒い。鈴音との会話を長引かせて、息を整えないと。
「……トリケラの写真を使ってライラを信用させ、港区の工事現場に誘き出して殺すつもりだった。そういう事か?」
「そそっ。爆弾でね。爆発に巻き込まれたら、仮に生き延びたって戦えないでしょー? その間に、ケイくんを誘拐しちゃうって作戦だったんだー。でも、ケイくんが一緒にいたから、サブプランに切り替えたの」
「それが、人質偽装……」
「だいせいかーい!」
イタズラに成功した子供みたいに、鈴音が笑いかけてくる。
「ぜーんぶ私が考えたんだよ! 廃ビルの作戦だって、即興で立てた割には上手くいきそうだったのに。ライラがジャマしなかったらなー」
俺の後ろにいるライラを睨みつけた鈴音が、溜息をついた。
「……あの時使ってたインカムは、お前に渡されたやつだ。アレを通して会話を盗聴して、俺が孤立したタイミングでトリケラに襲わせたんだな?」
「さすがケイくん。よく分かったね。通信を辿れば、使用者の場所も特定できるんだよー」
「それで、廃ビルが亀戸にある事も分かったってワケか。あれは偶発的な事件だったから、お前らもすぐには尾行できなかった。だから、インカムを俺に渡したんだな?」
「あはっ、ケイくんってば、私のこと分かりすぎー。じゃあ、私がケイくんをここから帰す気がない事も分かるよね?」
前髪の隙間からギラついた眼を覗かせて、鈴音が言った。
異様なプレッシャーを感じて、ストームを握る手に力が入る。
「鈴音、油断するな。花村は強い」
手錠で支柱と繋がれたままのトリケラが、そう鈴音に忠告した。
「分かってるよー。だから、アレになる」
「……本当にいいのか?」
「うん……」
2人の会話は抽象的だ。何の事だか一切分からない。
「イヤって言ってもムリヤリ連れてくよ。ケイくん……」
愛おしそうに俺の名前を呼んだ鈴音が、グロックを持たない左手、その人差し指と中指を立てて顔の前に持っていく。
何をするつもりなんだ……?
「気に入ってもらえるといいな……私の真の姿……」
鈴音の明るい茶髪が、濃い赤紫色へと変色していく。最初はメッシュを入れるように、そして最後には全体がその色になった。
瞳すら赤紫に変色し、闇の中で柘榴石のような輝きを放っている。
しかし、それ以上に驚いたのは――いつの間にか、鈴音の頭部に2つの突起が現れていた事だ。
形容するなら、大きなケモノ耳。一番近いのは、コウモリの耳だ。髪色と同じ、赤紫の毛色をしたコウモリの耳だッ!
「――獣人……っ⁉︎」
ライラが何かを呟いた。英語のようだったが、その意味は分からない。
「改めて、川堀鈴音でーす。よろしくね、ケイくん!」
変身……したってこと……かよ……っ。
「どう? この姿……カワイイ?」
ほんの少し不安の色を顔に浮かべつつ、鈴音がそう訊いてきた。
よく見れば、スカートから覗く足の向こうに細長い尻尾まである。
コスプレの早着替えだと思いたいとこだが、ぴくぴくと動く耳や尻尾は明らかに作り物じゃない。
「ケイくんなら……この耳も尻尾も触っていいよ? 他の所だって……」
鈴音が胸から太ももにかけて、その凹凸を協調するように自分の体を撫でた。男なら思わず、目を奪われる動作だ。
……鈴音は、こんなにも妖艶な少女だったのか……
「あはっ。目で追ってくれるんだー。ねえ、ケイくん? 私についてきてくれるなら……ホントに何でもやらせてあげちゃうよ!」
そう言った鈴音の周りの空間が、ほんの一瞬、振動するようにブレて見えた。すると、どこからともなく現れた黒いマントを鈴音が纏っていた。




