SEQ4――白銀の剣――4/5
現在8階部分が作られ始めているD棟の1階を取り囲むガードフェンスが、1部だけ倒されている。そこから入れという事らしい。
ブービートラップに警戒しながら、D棟に足を踏み入れる。
明かりは一切なく、月の光も外壁によって入ってこないD棟内部を、ペン型の小型懐中電灯で照らす。
D棟1階は未完成そのもので、壁も天井も床もコンクリート剥き出しの空間が、約200㎡も広がっている。
しかし、各部屋の仕切りの壁や階段は既にできていて、全く何もない空間というワケではない。
だが、それは敵の隠れる場所があるという事でもあった。
「どうするの? 1階ずつ、全部見て回るのはムリよ」
「全部見る必要はないさ。向こうは、高い所で戦いたいハズだからな」
階段の横にエレベーターシャフトと思われる、上まで吹き抜けになったスペースがあったが、そこを素手で登るのは難しそうだった。
なので、素直に階段で2階へ上がると、1階とは違って金属製の細い支柱がいくつか立っていた。
3階、4階と上がっていくにつれ、その支柱は数を増やしていった。
そして、7階まで上がった時、支柱はちょうど1mほどの間隔で設置されていた。まるで金属の竹林だ。
「ケイスケ、あれ」
ライラの視線の方――7階の中心部を照らすと、支柱に縛りつけられて力なく座る鈴音がいた。
鈴音は気を失っているようで、ぐったりとしている。
「鈴音!」
呼びかけつつ近付こうとするが、グィーン……という機械の作動音に足を止めた。
音がした方に懐中電灯を向けると、監視カメラが照らし出された。カメラは支柱に取りつけられていて、下部に円筒状のモノがくっついている。
それが銃口のようなモノだと理解するより先に、パシュッ、と空気が抜けるような音がし――俺たちの足元に何かが飛んできて、コンクリートに傷を付けた。
(銃撃……ッ!)
俺とライラが、左右に跳んで散開する。
さっきのは……銃口から出る光が見えなかった事と、音の大きさからして空気銃だ。
火薬を使わない分低威力だが、マズルフラッシュがないから、この暗闇の中では厄介なシロモノだぜ。
「ケイスケ! ライト!」
再び懐中電灯をカメラを照らすと、即座にライラがソーコムでカメラを撃ち抜いた。
しかし、そんな俺たちの連携プレーを嘲笑うかのように、別の場所から発射音が鳴った。
(複数台あるのかよ……)
俺の方に弾は飛んでこなかった。だとすると、狙いはライラだ。
暗闇の中でぼんやりと見えるライラが、こちらに手を振っている。よし、弾は当たらなかったらしい。
安堵したのも束の間、今度はエレベーターシャフトから、ヴィイイィ……と騒がしい音を立てて、全長40㎝程度の小型ドローンが出てきた。
エレベーターシャフトは階段の近くにある。即ち、俺とライラからも近い。
2人して、突然現れたドローンに注目する。その一瞬の隙を突かれた。
ライラの背後に、何者かが忍び寄っていたのだ。
「後ろだ! ライラ!」
闇の中から浮かび上がったのは、要所だけを守る簡略化された甲冑姿のトリケラだった。
トリケラは暗がりの中に潜むためか、あの黒いレインコートを手に持っている。
ガゥンッ!
ライラが振り返りざまにソーコムを撃つ。手甲で銃弾を防いだトリケラは、手に持っていたレインコートをライラへ投げつけた。
視界の塞がれたライラが、レインコートを払いのけるようとするが、それよりも早くドローンが真横からライラにぶつかった。
ライラが、ドローンの体当たりでエレベーターシャフトに落とされた……っ!
「……ッ」
息を呑む。
だが、落ちる寸前、ライラはワイヤーのフックを投げて、一番近くの支柱に絡めていた。
そのワイヤーへ、レイピアを握るトリケラが迫る。
「しぶとい女だ。そう思わないか?」
ワイヤーを切られたら、ライラは完全に落ちてしまう。なんとか、ライラが登ってくるまで時間を稼がないと。
「動くな!」
ストームを構えるが、トリケラは鼻で笑っただけだ。
「この鎧に、銃弾は効かないぞ」
「……鎧のない頭を撃てば、話は別だろ?」
「できるかな?」
挑発的に口角を上げたトリケラが、瞬く間に剣を振り下ろした。
切断され、張力から解放されたワイヤーが、エレベーターシャフトへ吸い込まれていく。
(させるか!)
モードBで強化された瞬発力で床を蹴り、懐中電灯を放り出し、空いた左手で切断されたワイヤーを掴む。
ギリギリ間に合ったが、エレベーターシャフトを覗き込むようにうつ伏せにならざるを得なかった。
ワイヤーにぶら下がるライラと目が合った瞬間、ライラは声を出さずに口を動かした。
(少し待ってなさい……か)
読唇術で読み取ったセリフを頭の中で反復している間に、ライラが背後の壁を蹴った。
そうして勢いを付けたライラは、エレベーターシャフトから姿を消した。自らワイヤーから手を放し、どこかの階層に転がり込んだのだ。
「榊原ライラを、あの程度で仕留められるとは思っていない。妨害策は用意してある」
素早く身を起こし倒れに、背後からトリケラが語りかける。
「もう1人の仲間か? 空気銃付きのカメラ、今は動いてないな。という事は、ソイツがカメラやドローンを操作してたんだろ?」
「察しがいいな。我々は最初から、貴様たちを分断するつもりだったのだ。先日と同じ失敗はしない」
「だったら、お前から倒すまでだ」
「勝負は、これで3度目だな」
「ああ、ケリを付けよう」
俺がストームを撃つのと、トリケラが突きを放ったのは同時だった。
銃弾がトリケラの右胸に命中し、体勢を僅かに崩す。トリケラの突きが失速し、軽々と避ける事ができた。
「む……」
口をへの字に歪めたトリケラが、もう一度突きを放ってくる。
以前の戦いでもやられた、連続突きだ。
ヒュンッ、という風切り音と共に、剣が俺の右肩に突き刺さる――寸前、身を捻ってなんとか回避した。
しかし、トリケラは続けざまに右肩を突いてくる。そのスピードが、前よりも断然速い。
右足を大きく引いて体を開いてこの2撃目も回避するが、半歩踏み込んできたトリケラが目にも留まらぬ速度で3撃目の突きを打つ。切っ先が向かってくるのは、またも俺の右肩だ。
2撃目で右足を引いてしまっていた俺は、右膝を折り曲げる事で体を沈み込ませ、突きを避けた。
だが、避けきれずに右頬を剣が掠めた。鋭い痛みが走り、血が流れ出る。
(なんて切れ味だ……)
触らずとも、頬の皮膚がパックリと開いているのを感じる。掠っただけでこれなら、モロに受けるのはヤバい。
俺が着ている制服にも使われている特殊なセラミックをコーティングしたアラミド繊維――CCA繊維――は、拳銃弾程度なら貫通させないが、銃弾よりも細く鋭い刃物には斬られる事がある。
俺は今、拳銃よりも脅威的なモノを相手にしているという事だ。
「トリプロ・ストッカータを避けるとは」
「……少しもらったけどな」
片膝をつく俺を、トリケラが感心した様子で見下ろす。
トリプロ……ってのは、先ほどの三連突きの事らしい。同じ場所を超高速で3回突く事で、敵の回避や防御を掻い潜る技なんだろう。
通常の速度の突きの中に混ぜられたら、スピードの変化に対応するのはかなり難しいハズだ。
実際、俺も廃ビルでの戦いで見せられた連続突きを想定していたがゆえに、最後の突きを躱しきれなかった。
「武器を捨てるなら、それ以上傷は増えないぞ」
「捨てなくても増えないさ」
挑発に乗ったトリケラが、剣を振り下ろしてきた。
即座に反応し、ストームで剣の鍔元を撃つ。銃弾に弾かれ、剣の動きが瞬間的に止まった。
その隙に飛び上がりながら蹴りを放ち、爪先で剣を握るトリケラの右手を撥ね上げた。
「そうでなくては……ッ!」
楽しそうに笑ってみせたトリケラが、よろめきながらも剣を突き出す。
三連突き対策に、後ろに下がるのではなくサイドステップで切っ先を躱した。
そのままステップを続け、支柱の立ち並ぶ方へ移動するが……支柱がジャマで動きにくい。
(ミスったな)
こうなると、突きを得意とするトリケラの方が有利だ。剣を振るのに比べて、突きだけなら横のスペースは必要ない。ヤツに銃弾が効けば、話は別だが……
支柱の合間を縫って追ってきていたトリケラが、早くも俺の進行方向に先回りしていた。
ストームを左手に持ち替え、右腰に提げた折り畳みナイフを取り出し、刃を展開する。
「そんな小さな剣が、私に届くと?」
トリケラが突きの構えを取る。
「届かせてみせるさ」
先手を取り、ナイフで斬りかかるが、トリケラも突いてきた。
リーチの差で先に俺の左肩を捉えかけていたトリケラの剣を、ナイフの側面で受け流す。
連続突きだろうが、三連突きだろうが、1つ目の突きに合わせて間合いの内側に入ってしまえば――




