ⅩⅣ
外を目指して、走る。
ここではない『外』を目指して、走る。
まだまだ敷地の中。
自由は程遠い。
なのに、エータは足を止めた。
「待て、待ってくれ!」
途切れ途切れに息をしながら、エータはセッテの腕を掴んだ。
「どうなされたのです、まだ敷地の中ですぞ!」
焦り。
その感情が、軍人であり体力もあるセッテの呼吸を乱す。
だが、エータも焦っていた。
「ここ、シークのお気に入りの場所なんだ!」
「ここ……?」
逃げることしか考えていなかった二人は、この時冷静になった。
今、そんな二人を包む、この場所を。
この景色を。
エータはシークに見せたいが為に、焦っていた。
時間がない。
追われる身として、焦ったのだ。
「…薔薇園、ですか。」
それは、古い記憶。
幼きセッテとシークが遊んだ、薔薇園。
『身分は違っても、いつか本当に結婚ができたらいいのに』
セッテが強く、そう願った場所。
そこがシークにとっても思い入れのある場所だとすれば…。
郷愁に浸りつつ、セッテはシークへの想いを、より強く募らせる。
「少しだけでいい。この景色をシークに見せてあげたい。」
「……わたくしも、お嬢様とお話がしたいです。」
そんな男の気持ちを、エータはすぐに理解する。
シークの兄として、妹を愛する男の気持ちを、理解する。
「へ、オレは邪魔ってか?いいぜ、今度はオレが眠ってやる。」
それは一瞬だった。
カクン、とエータの首が落ちた。
そして、彼女は目を覚ます。
「…?あ、れ?ここ、ワタシ??」
「お嬢様…!」
「セッテ??…セッテ聞いて!」
長い長い眠りの中。
シークは一度だけ目を覚ましていた。
兄が母親を殺そうとした時、突発的に目を覚ましていた。
虐待の記憶を、無意識に消そうとしている彼女にとって、それはショッキングな出来事であった。
現在の状況を理解することも忘れ、シークはセッテにすがった。
「大変なの、お兄様を止めて!お兄様がお母様をナイフで…!」
起きてみたら、兄が母親を殺そうとしている。
起きてみたら、屋敷の外にいる。
そんなことよりも、シークは母を心配した。
「落ち着いてください、お嬢様!大丈夫です、大丈夫ですから。」
「そう、なの??よくわからないけど、貴方がそう言うなら…。」
今のシークには、目の前のセッテしか頼れる人物がいない。
故に彼女は、男の発言を信用し、安心した。
だから、気になった。
安心したからこそ、今、自分が置かれたこの状況が、気になった。
「何でワタシは眠ってたの?何でお外にいるの?こんな真っ暗なのに…。」
そして、彼女は、
「わぁ…!」
今を、感じる。
「薔薇…!」
今だけを、感じる。
他のことは忘れて、美しいモノだけを見る。
「覚えてる、セッテ?薔薇は色で花言葉が違うんですって。二人で図鑑片手に全部毟り取っちゃって怒られて…。」
「はい、よく覚えています。」
シークの笑顔が、昔から変わらぬ笑顔が、セッテには愛おしい。
その笑顔を守りたかった。
今までは守れなかった。
これからは、守る。
男の決心は、強固なモノになる。
「…お嬢様、時間がありません。だから伝えたいことだけを伝えます。今、お嬢様にはこの状況が飲み込めないかと思います。ですがもし、もし全てが上手くいったら…。」
心臓が、高鳴る。
手に汗が、滲む。
「ここじゃない、どこか遠くで、二人…いえ、エータ様と三人で暮らしませんか?」
それは、求婚に近かった。
身分が低くても。
頼りなかったかもしれないけど。
これからは隣で、ずっと、守る。
彼の思惟が、今までの想いが、その言葉には含まれていた。
「え、…?」
セッテの想いを、シークがどこまで理解できたのかは定かではない。
だが、
彼女は笑った。
『これから』を想像し
『今まで』とは違う未来を夢見て
笑った。
「それ……凄く面白そうだわ!そうなったら、お外にも遊びに行けるわ!」
「えぇ、毎日、遊びましょう。」
「いいの!?……誰にも怒られない?」
「もちろんです。」
何もかも忘れて。
遊びつくせたら。
「そんな幸せなこと、本当にいいの?」
シークの言葉を否定するかのように、それは鳴った。
軽快な音が、園に響く。
耳心地が良いからこそ、夜に響き渡りやすい音だからこそ。
認めたくなかった。
その音を認めたくなかった。
弾丸を放つ音が、園を穢した。




