第1話 黄昏の街にて
ここ数日止むことのない冷たい雨が、崩落しかけた石造りの巨大な通路へ、ザーザーと不快な音を立てて降り注いでいる。
上層の神殿へと続いていたであろう長い石段は、なかば崩れて苔に覆われ、とうの昔にその役割を終えている。
エレボスの市街に入る門の真上には、かつて街の象徴とされた刻印の光があった。しかし数十年かけて積み重なった瘴気のせいか、つい先日その光が潰えてしまった。
誰もが今日を生きるのに必死なこの落ちぶれた街でも、「当たり前にあった光」が消えたということで、ちょっとした騒ぎになっていた。
半地下の薄暗い酒場。湿気と安酒の油分、そして生乾きの雑巾のような不快な臭気が充満する店内で、俺は食欲を削ぐどんよりとした緑色の豆スープに、石のように固い黒パンの切れ端を浸して食べていた。
スープを吸って泥のように柔らかくなった木屑混じりのパン。舌にまとわりつく粗悪な塩気と、一噛みごとに砂でも混ざっているかのようなジャリッとした不快感が歯裏を突く。
満腹感を得るためだけに存在する代物だが、あいにく放浪の旅を続ける身としては、これでも上等な部類だった。
雑多で不快な店内の喧騒の中、近くの席から酒臭い男たちのダミ声が嫌でも耳に届いた。
「昨日はさすがにびっくりしちまったな。門の光が急に消えやがって……」
「おいおい、よせって。縁起でもねえ」
カウンターの端で、俺は黙って木匙を口へ運び続けた。旅人という立場上、現地人の無駄で不快な愚痴に付き合う気はない。
器を傾け、腹を満たすことだけに集中していた。
だが、隣の席にドサリと腰を下ろした客が、店主に向かって安酒の匂いとともにダミ声を張り上げた。
「さっき聞いたぜ、また間抜けな『転移者』がここに来たって」
聞き流すつもりだった雑音の中で、その一語が拾い上げられた瞬間、木匙を動かす手がわずかに止まった。
『転移者』――どこからやってくるのか、どのような理屈なのか、その真実を知る者はいない。そして、誰も興味すら持っていない。
――なぜならこの世界において、『転移者』という存在は何ら珍しくないからだ。
知識やこの世界の魔術適性を買われて軍事戦力へ成り上がる者もいれば、言葉すら習得できず路地裏で野垂れ死ぬ者もいる。それらはすべて、この街ではとうに見慣れた日常にすぎない。
そして世間は彼らを「歩く災厄」と忌み嫌う。それには確かな理由があった。転移者は死ねば例外なく、『変異体』という怪物に変貌してしまうのだ。
――そして、俺自身もまた、いつ変貌するとも知れぬその「災厄」の一人にすぎない。
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