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すり潰した女  作者: じいちゃんっ子


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2/5

すり潰された親友

 山内政志が訪ねて来たのは6月の日曜日、梅雨の長雨が続く昼下がりだった。


「まあ座れ」


「すまん」


 政志をリビングに案内し、テーブル横のソファーに座らせた。

 コーヒーを淹れ、テーブルに並べる。

 18年振りに会う政志は年を重ね、疲れ切った顔をしていた。


「これお土産」


「気を使わなくていいのに」


 政志は手にしていた土産袋を手渡す。

 中には俺達の地元で有名な和菓子が入っていた。


「いい家だな」


「ありがとう」


 政志がこの家に来たのは初めてで、18年前に会ったのは近くの喫茶店だった。

 あの時の事は思い出したくない、苦い記憶だ。


「亮一は今も一人か?」


「結婚は懲り懲りだ」


 23年前に離婚して分かった、俺は結婚に向かない男だ。

 あれほど愛し合ったのに、妻は会社の同僚と浮気をした。

 俺は妻の心を繋ぎ止められなかった。

 妻を憎むあまり、破滅するのが分かっていたのに、最悪の結末を迎えるまで何も動かなかった。


「お互い歳をとったな」


「そうだな」


 話を変えると政志は自分の顔を少し触りながら笑う。

 最後にあったのが18年前だから、俺達は今年で48歳になる。

 年を取るのは当然だろう。


「お前のところはどうなんだ?

 確か謙一君は…」


「息子の名前、覚えてくれていたんだ」


「当たり前だ」


 名前くらい覚えている、親友なんだから当然だ。


「謙一は23歳になったよ。

 去年就職して家を出た」


「そっか」


 俺の記憶にある謙一君は5歳で止まっている。

 それが今は立派な社会人、本当に時間が過ぎるのは早い。


「下に娘もいるんだ、16歳になる。

 今年から全寮制の学校に入った」


「…そうか」


 初耳だ。

 よくあれから子供を作る気になれたな、俺には絶対に無理な事だ。


「全然知らなかったかった。

 祝いもしなくて悪かったな」


「教えてないから当然だ」


「確かに」


 まあ教えられないだろう。

 俺が地元の知り合いと今も連絡を取り合ってるのは政志だけ。

 俺の両親すらここを知らない。


「今日はどうした?

 出張のついでに来ただけじゃないだろ」


「あ…ああ」


 コーヒーカップを手にした政志は一口すすり、ゆっくりテーブルに置いた。


「…離婚…離婚をしようと考えている」


「今になってか?」


 静かに強い決意を秘めた親友の言葉だが正直今更だ。


「理由を聞いていいか?」


 18年前、政志から浮気された相談に俺は離婚を強く勧めた。

 それなのに政志は再構築を決めた、その決断を今になって覆すというのだ、何かあったと考えるのが普通だろう。


「先に言っとくが、互いの浮気とかじゃない」


「…そ、そうか」


 先に言われてしまった。

 政志が浮気をするとは考えてなかったが、また嫁に浮気されたと思ったんだけど。


「だったらなぜ?

 急に許せなくなったのか?」


 傷ついた人間の心は元通りにならない、俺自身が一番分かっている。


「亮一」


「なんだ?」


「あの時、俺に離婚しろって言ったよな」


「ああ言った」


 不倫相手の家庭が元サヤに収まったから、自分も元に戻ろうなんて虫が良すぎると思った。


「亮一に言われた通り、あの時に別れていたら良かった…

 そうすればこんなに悩まなかったんだ」


 政志はブツブツと呟く。

 頭の中はまだ整理が着いてないのだろう。


「それでも娘まで作ったんだ、政志はやり直すつもりだったんだろ?」


 俺の言葉を聞かず、結局は再構築を決めて更に次の子供まで作った。

 信用しなければ出来ない、そうでなければ更に不幸になる人間が増えてしまうだけだ。


「確かに信用した…

 娘も正真正銘俺の子だった。

 DNA検査もした、妻が強く申し出たんだよ。

 俺は必要ないと言ったんだけど」


「そうなのか…」


 聞きもしない事まで政志が呟く。

 托卵なんか考えてなかったが、妻なりの誠意だったのかもしれない。

 もっとも最初から不倫なんかするなって話だ。


「亮一はどうだった?

 お前は妻を許せたか?」


「お前な…」


 何が俺の妻だ?

 アイツとは離婚したから俺の場合、元妻だろうが。

 それに許せないから離婚したのを知ってるだろうが。


「言い方が悪かった、今は許してるかだ」


「んな事分からん、もうこの世に居ないからな」


 24年前、元妻の浮気に気づいた俺が追及すると、アイツは浮気相手と謀り離婚原因を俺から受けたDVにすり替えた。


 それは一年以上前から周到に用意されていて、病院の診断書や嘘の日記まであった。

 当然捏造を主張したが、全く信じて貰えず、地元の信用だけじゃなく両親からまでも罵られ、地獄を味わった。


「確かにそうだ、死んだ人間と比べるのは間違ってる。

 すまない」


「謝るなよ」


 政志は最後まで俺を信じてくれた。

 裁判するなら、証人として法廷に立つとまで言ってくれた。

 だが親からも見放され、心が折れていた俺にそんな気力はもう無かった。

 莫大な慰謝料と貯金を取られ、俺は全てを失った。


 風向きが変わったのは離婚の二ヶ月後、元妻に妊娠が分かったからだ。

 妊娠4ヶ月、着床時既に俺と別居状態だったから父親は誰となった。


 元妻は俺に襲われたとか言ったが、さすがに誰も信じず、DNA検査をするとなり、ようやく父親は浮気相手だと認めた。


 その時元妻は浮気相手に金を全て巻き上げられ捨てられており、堕胎も出来ない状態だった。

 元妻の両親は浮気相手を見つけ出し、真相は全て明らかになった。


 浮気相手には本命の女がおり、暴露された男と元妻の泥仕合が始まった。

 俺は冷ややかに経緯を見ていたが、どうして堕ろさなかったとか、先に誘ったのはお前だったとか、責任を押しつけ合う酷い物だった。


 窮地に追い詰められた元妻は何を思ったか、復縁を迫った。

 当然俺は拒否したが、しばらくして女は遺書を残し自ら命を絶ってしまった。


「イヤな事思い出してしまったな」


「構わん、今はなんとも感じない」


 本当は今も胸が疼く。

 真相を知り、謝罪してきた両親や地元の連中に思うところはあるが、縁を切ったので今は気が楽だ。


「政志の奥さんがどんな気持ちで今まで来たか俺は知らない。

 だが18年の間本当に反省して来たなら少し哀れに思うかな」


 政志の嫁はキャリアウーマンで上場企業に勤めていた、それくらいしか知らない。

 ただダブル不倫をする人間が簡単に更生すると思わなかった、だから18年前俺は離婚を勧めた。

 だが今、哀れに思うのは18年という時間の重みかもしれない。


「そうだな…再構築を決めたのは俺だ」


 政志の返答は弱々しかった。


「…意地になっていた。

 あの時息子も小さかったし、浮気をする前の史佳が本当のアイツだと、ここを乗り越えられたなら元に戻れると信じてた」


「政志、お前…」


 政志はこんな弱い奴だったか?

 高校から知る政志は誰からも頼られる人間で、いつもリーダーとして正しい道を示す、そんな男だった。


「なぜ離婚を?」


 政志が離婚を口にする要因が見えない。

 単に過去の離婚騒動だけじゃないだろう、政志はそんな奴じゃない。


「因果応報だ」


「なに?」


「結局俺は妻を信じてなかった。

 許したつもりで、実は許して無かったんだよ。

 だから今更になって」


「待て!」


 なぜ因果応報に話がなるのか分からない。

 悪いのは浮気した政志の妻だ。

 因果応報なら悪因は向こう(政志の妻)で、政志にまで返って来るのはおかしい。


「取り返したかった…」


「取り返す?」


「浮気相手からさ」


 確か政志の嫁が浮気した相手は元カレだったな。

 詳しく聞いたが、結局くだらん浮気の言い訳にしか思えなかった。


 俺の元妻が浮気した男も、勤めていた会社の同僚だった。

 相手がどうとか、浮気した理由に関係ない。


 モラルの問題だ。

 どんな事情があったにしろ、お互い結婚して家庭を築いたなら気持ちに蓋をするべきだ。


「すまん、こんな話を亮二にするべきじゃないのは分かっているんだ。

 だけど今になって思い出してしまう。

 アイツが俺に言った、

 この結婚が間違いだった。

 お願いだから別れてくれ、と言った言葉が…」


「それでよく再構築を選んだな」


 18年前、そこまで言われていたとは知らなかったぞ。


「取り返せた、そう信じていた」


「やっぱり何があったのか」


 やはり理由があったんだな。



「年賀状…」


「年賀状?」


 なんだそりゃ?


「毎年妻の実家に届いている年賀状があって…」


 政志は年賀状から始まった妻への疑念を口にし始めた。

 書かれていた来世との言葉に俺は何も言えなくなった。


「疲れた」


「そうだろう、それは疲れて当然だ」


 政志は疲れてしまった。

 興信所にも何回か頼んだが、怪しいところは一切見つからなかったそうだ。


 仕事が終われば真っ直ぐに帰って来る、ラインも直ぐ返すし、携帯はロックすらしない。

 だが政志は妻を信じられなくなった。

 痛々しい、よくあるサレラリとは違う。

 やはり制裁は必要だったんだ。

 するべきケジメをしなかったから、今になって心の中で折り合いが着かなくなっている。

 年賀状は切っ掛けに過ぎなかったのだろう。


「子供達は母親が昔浮気した事を知ってるのか?」


 離婚となれば家族がバラバラになるのは避けられない。

 俺に子供はいないが、政志は親としてどうするつもりなのか。


「この前聞いたら、息子は覚えていると、妹にも話した事があると言ってた」


「…キツイな」


 当時5歳なのに、よく謙一君は覚えていたな。

 それだけショックだったのか。


「母親との仲は?」


「悪くないと思う、表面上だけかもしれないが。

 子供達から母親の浮気については今まで1度も聞かれた事がなかったから詳しく分からない」


 母親の不貞を知って普通の親子関係なんか築けるものなのか?

 歪だ。

 こんな家庭、到底理解出来ない。


「畜生…史佳…」


 髪を掻き毟る親友の姿に俺は何も言えなかった。


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― 新着の感想 ―
娘が生まれたのを知らないって事は連絡も取ってなかったのかな。メールもあるこの時代に18年間も音沙汰なしで親友?? 不思議な関係だなぁ。もし事故とかで死んでも気づいたらお葬式が終わってたりして·····…
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