第七話 姑獲鳥(中)
「お前、本当のこと言っていないな」
その言葉に、空気が騒つくのが分かる。追加のお茶菓子を持ってきて丁度その場に居合わせてしまった太鳳は、修羅場な空気に身を屈めていた。
「な、なんのことだ!?俺は嘘は言っていない──」
「確かに嘘は言ってないね」
ぼりぼりと煎餅を食べる蛭子は、若旦那を鋭い視線で射抜くとノラに向き直る。
そして、こてりと首を傾げて言った。
「ねぇノラ、違和感、ない?」
その言葉に、ノラははっとする。今までの若旦那の言動を思い出し、あることに気がついた。
「まるで……まるで、姑獲鳥を知っているような口ぶりですね」
「アタリ」
蛭子はノラに煎餅を渡しながらケラケラと笑う。
「ねぇ、お前は何を知っている?ほら、全部言いなよ」
最後の言葉にうっすらと覇気が混じっていて、若旦那はひっと小さく声を漏らした。
『姑獲鳥を……あいつを止めてやってくれねぇか!』
そんなたった一言。でも、ノラが違和感を覚えるには十分すぎるほどの言葉だった。
薄い覇気を纏い警戒している蛭子を宥めながら、ノラは震える若旦那に向き直る。
「貴方は、姑獲鳥の正体を知っているのですね」
「……」
俯きながら震える若旦那に、ノラは優しく声をかける。
「そんなに警戒しないでください。私達は、ただ貴方の力になりたいだけ」
「一体、何があったのか。教えて頂けませんか」
その言葉に、若旦那は目を拭うと、ぽつりぽつりと話し出した。
◇◇◇
その日、若旦那とその嫁、お鶴は二人で久しぶりの逢瀬を楽しんでいた。しかしいつもと少し違ったのは、ブツブツと何かを呟いているお鶴の様子だった。
『どうしたんだい?鶴代さん』
『正和さん、私、子供が欲しいの』
その言葉に、若旦那──正和は眉根を寄せた。
昨年、お鶴は流産を経験していた。妊娠八ヶ月での出来事だった。その時、お鶴は心に深い傷を負ってしまったらしい。その日から、お鶴は度々子供が欲しいと言うようになっていった。
それはもう、異常な程に。
『正和さん、子供って可愛いわよね』
『子供がいたらなぁ』
『可愛い赤ちゃん、早く欲しいなぁ』
一見可愛く見える言葉だが、背景を考えるとなんと残酷な言葉だろうか。お鶴は変わってしまった。まるで、あの出来事が無かったように振る舞うようになったのだ。
そして、その違和感が確信に変わったのは、昼下がりのある日のことだった。
『正和さん、見て!可愛い赤ちゃんよ』
『っ鶴代ッ!!』
お鶴の腕には、野干の子供が抱かれていた。明らかに自分との間の子ではない、お鶴に攫われてきた子供だった。
『ダメだッ!何を考えている!』
『いいじゃない!野干の子は沢山いるのよ!少し借りたっていいじゃない!』
『そういう問題じゃない!!』
お鶴は変わってしまった。正和は落胆した。そして同時に、今日までお鶴の異常な状態に気がつけなかった自分を責めていた。
その日から、お鶴は度々子供を攫ってくるようになった。野干の子、子沢山の家に鬼の赤子……。そんな、数日赤子を攫っては家へ戻すという行為を何度も繰り返していれば、例によって花街では大きな話題となった。
そして遂に、お鶴は親戚の子供を攫ってきて、数日経っても帰さなくなってしまった。まるで自分の赤子のように、大事に大事に育てていたのだ。
甘えていた。そう思った。正和は、赤子と嬉しそうに笑うお鶴の顔を見て、その光景に安心していたのだ。その胸にはもちろん焦りもあったが、数日経てば帰すから大丈夫、と。そう甘えていたのだ。
『鶴代……ごめんなぁ、ごめんなぁ……!!』
『どうしたの?正和さん。ほら、赤ちゃんが泣いてるわよ』
お鶴を抱きしめながら、正和はある噂を思い出していた。
それは、この花街に、何でも屋のようなものをやっている薬師がいる、ということ。
その薬師に頼れば、お鶴はこの行為を辞めて、前の穏やかで優しいお鶴に戻ってくれるかもしれない。
そう思い、正和はノラのいるという、紅蓮楼へ足を踏み入れたのだった。
◇◇◇
「騙していて……本当にすまない。この通り、姑獲鳥の正体は俺の嫁だ」
正和の話を、ノラは神妙な面持ちで聞き終えていた。隣で聞いていた蛭子はつまらなそうにノラの髪を弄っている。太鳳に至っては、お茶菓子を握りしめ号泣していた。
「話してくれて、ありがとうございます」
ノラは頭を下げると、正和の手を取った。そして、両手で強く握りしめて言う。
「今まで頑張ってくれた貴方のおかげで、これ以上被害が広がらずに済みました。あとは、私たちにお任せ下さい。必ず何とかします」
その頼もしい言葉に、正和は今度こそ号泣したのだった。




