一つの心は、一つの名前のために。
パン屋の扉の上に吊るされた小さなベルが、かすかに音を立てた。その繊細な響きは、朝の冷たい空気に溶けるように広がった。それと同時に、ダークなジャケットを着た一人の少年が中へと足を踏み入れた。
その姿はまるで、夜明けの霧から切り離された影のように、静かで閉ざされていた。
多くを語ることなく、彼は長い木製の棚へと歩み寄った。そこにはまだ薄く湯気を立てるパンが整然と並んでいる。彼の指は迷いなく、すでに覚えきっている一点へと伸びた。バターの香りが濃く漂う、温かいクロワッサン。
それは彼の好物であり……同時に、かつて彼の世界を満たしていた誰かの苦い記憶でもあった。
レジの奥から、中年の女性が優しい笑みで彼を迎えた。その目には、わずかな憐れみが混じっていた。
「おはよう、アーロン。学校に行くの?」
「ん。」
アーロンの返事は、窓辺に宿る朝露のように冷たく、短い呟きだった。
店員の女性は小さくため息をついた。
「こんな朝は本当に冷えるわね。昔はこの時間でも、あなたはちゃんと笑っていたのに。」
アーロンは振り向きもせず、淡々と答えた。
「それは昔の話だ。今じゃない。」
彼はクロワッサンをレジに置いた。ジャケットのポケットから数枚の紙幣を取り出し、機械的でぎこちない動きで差し出した。
女性はそれを受け取りながらも、アーロンの閉ざされた表情から目を離さなかった。
「あなた……まだ忘れられないのね?」
アーロンの動きが止まった。パンの包みを手に取りながら、彼の視線はガラスのショーケースへと空虚に向けられていた。外の世界は、彼の目には灰色にしか映っていないようだった。
女性の声が柔らかくなる。
「ねえ、アーロン。あの子はもう戻ってこないわ。手放しなさい。世の中にはまだたくさんの女の子がいるのよ。あなたはまだ若いんだから、こんなふうに枯れてしまうには早すぎるわ。」
アーロンはようやく口を開いた。その声は、かすれるように低く、胸を裂くようだった。
「この世界に、グロリアみたいな人間はいない。誰一人として。俺は絶対に忘れない……いつまでも。彼女が俺の中で生きている限り、俺は誰も好きにならない。」
返事を待たず、アーロンは背を向けた。扉のベルが再び鳴る。今度は、彼の背中に引きずられるように、どこか切なさを帯びていた。彼はそのまま、人混みの中へと消えていった。
女性はただ静かに首を振り、その背中を見送った。
「こんなに一途な子、今どき珍しいわね……」
***
アーロンは机に肘をつき、青白い手で顎を支えながらぼんやりと座っていた。窓の外へと視線を投げ、校庭に舞い落ちる木の葉を眺めている。
周囲では朝の雑談が広がり始めていたが、彼だけはその喧騒から切り離された静寂の中にいた。
突然、その静けさは破られた。軽やかな足取りと満面の笑みを浮かべた少年が近づいてくる。名前はケンゼル。
「おい、アーロン! すごい重要な情報があるんだ!」
まるで世界中の幸運を運んできたかのように叫ぶ。
アーロンは片眉を上げただけだった。
「情報か、それとも噂話か。」
「おいおい、そんな冷たくするなよ。」
ケンゼルは両手を上げて降参のポーズを取った。
「これはマジでちゃんとした情報だ。今日、うちのクラスに転校生が来るらしい。たぶん女子。しかも……かなり可愛いって噂だ。」
「それで?」
ケンゼルは瞬きをした。
「え、それだけだけど……」
「へえ。」
ケンゼルは天井を見上げてうなった。
「“へえ”だけかよ? 普通はさ、“おお”とか“マジで”とか、少しは驚くだろ……」
「なんで? 転校生なんて珍しくもない。男でも女でも、興味ない。」
ケンゼルは力なくアーロンを見つめ、それからぐったりと自分の席に座った。
(なんなんだよ、この冷蔵庫みたいなやつ……。俺、ただの通り風みたいな存在じゃん。)
その時、チャイムが鳴り響き、廊下の騒がしさを切り裂いた。教師が教室に入ると、生徒たちはすぐに静かになった。
「おはよう、みんな。」
先生は教室の中央に立った。
「今日はこのクラスに新しい仲間が来る。温かく迎えてやってくれ。入ってきなさい。」
一斉に視線が扉へ向けられる。
一人の少女が、自然な優雅さで教室に入ってきた。長い髪は整って流れ、教室の光を受けて輝いている。彼女は全体を見渡しながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「こんにちは、みんな。」
その声は小川のせせらぎのように澄んでいた。
「私はシオリア・クインザ・カシュヴィです。普段はヨヨって呼ばれることが多いけど……ちょっと変に聞こえるかもしれないから、シオリアって呼んでください。よろしくお願いします!」
何人かの生徒が元気よく答えた。
「よろしく!」
先生は教室を見回し、アーロンの隣の空席を指した。
「シオリア、あそこに座りなさい。アーロンの隣だ。」
シオリアは少し困ったように笑い、視線を向けた。
(どうしてアーロンの隣なの……)
一方、アーロンははっとして教師を見た。
「先生……なんで俺なんですか。女子の列に空席あるでしょ。」
先生は眉を上げた。
「文句を言うな、アーロン。ただの生徒だ。怖い存在じゃない。」
「でも――」
「いいから。授業を始めるぞ。」
アーロンは苛立ったようにため息をつき、鋭い目で本へ視線を落とした。
(ちっ……面倒くさい。)
シオリアはゆっくり席に着いた。ちらりとアーロンを見て、周囲の空気が急に冷えたように感じた。
「ね、ねえ……怒ってる?」
小さな声で尋ねる。
アーロンは答えない。机に顔を伏せ、彼女を存在しないかのように扱った。
「わかった。もし嫌なら……あとで席変わるね。」
「いや。」
アーロンは低く言った。
「そこにいろ。でも……うるさくするな。おしゃべりなやつは嫌いだ。」
シオリアはかすかに笑った。
「わかった。安心して。」
(本当に変わっちゃったね、アーロン……)
*
休み時間のベルが鳴り響き、廊下に解放のような音が広がった。教室は一瞬で椅子の音と足音に満ちる。
アーロンは一秒も無駄にせず立ち上がり、そのまま教室を出ていった。
シオリアは一瞬手を伸ばしかけたが、その前に女子たちに囲まれた。
「ねえ、あなたシオリアでしょ?」
「え、うん……そうだけど。」
「どこから来たの?」
「他の町から。つい最近引っ越してきたの。」
「すごく可愛いね! モデルみたい!」
「え、わ、私? そんなことないよ。」
「彼氏いるの?」
「いないよ。」
シオリアは微笑みながらも、視線は扉へ向いていた。アーロンの姿はもうない。
「アーロンの隣ってどう? あの人、めちゃくちゃ冷たいよね。」
シオリアは少し笑った。
「冷たいけど……怖くはないかな。」
「すごいね、よく耐えられるね。」
シオリアは優雅に立ち上がった。
「ちょっと失礼するね。食堂に行ってくる。」
そう言って、彼女は静かに教室を出た。アーロンの後を追うように、その足取りは軽く、ほとんど音を立てなかった。




