表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

一つの心は、一つの名前のために。

パン屋の扉の上に吊るされた小さなベルが、かすかに音を立てた。その繊細な響きは、朝の冷たい空気に溶けるように広がった。それと同時に、ダークなジャケットを着た一人の少年が中へと足を踏み入れた。


その姿はまるで、夜明けの霧から切り離された影のように、静かで閉ざされていた。


多くを語ることなく、彼は長い木製の棚へと歩み寄った。そこにはまだ薄く湯気を立てるパンが整然と並んでいる。彼の指は迷いなく、すでに覚えきっている一点へと伸びた。バターの香りが濃く漂う、温かいクロワッサン。


それは彼の好物であり……同時に、かつて彼の世界を満たしていた誰かの苦い記憶でもあった。


レジの奥から、中年の女性が優しい笑みで彼を迎えた。その目には、わずかな憐れみが混じっていた。


「おはよう、アーロン。学校に行くの?」


「ん。」


アーロンの返事は、窓辺に宿る朝露のように冷たく、短い呟きだった。


店員の女性は小さくため息をついた。


「こんな朝は本当に冷えるわね。昔はこの時間でも、あなたはちゃんと笑っていたのに。」


アーロンは振り向きもせず、淡々と答えた。


「それは昔の話だ。今じゃない。」


彼はクロワッサンをレジに置いた。ジャケットのポケットから数枚の紙幣を取り出し、機械的でぎこちない動きで差し出した。


女性はそれを受け取りながらも、アーロンの閉ざされた表情から目を離さなかった。


「あなた……まだ忘れられないのね?」


アーロンの動きが止まった。パンの包みを手に取りながら、彼の視線はガラスのショーケースへと空虚に向けられていた。外の世界は、彼の目には灰色にしか映っていないようだった。


女性の声が柔らかくなる。


「ねえ、アーロン。あの子はもう戻ってこないわ。手放しなさい。世の中にはまだたくさんの女の子がいるのよ。あなたはまだ若いんだから、こんなふうに枯れてしまうには早すぎるわ。」


アーロンはようやく口を開いた。その声は、かすれるように低く、胸を裂くようだった。


「この世界に、グロリアみたいな人間はいない。誰一人として。俺は絶対に忘れない……いつまでも。彼女が俺の中で生きている限り、俺は誰も好きにならない。」


返事を待たず、アーロンは背を向けた。扉のベルが再び鳴る。今度は、彼の背中に引きずられるように、どこか切なさを帯びていた。彼はそのまま、人混みの中へと消えていった。


女性はただ静かに首を振り、その背中を見送った。


「こんなに一途な子、今どき珍しいわね……」


***


アーロンは机に肘をつき、青白い手で顎を支えながらぼんやりと座っていた。窓の外へと視線を投げ、校庭に舞い落ちる木の葉を眺めている。


周囲では朝の雑談が広がり始めていたが、彼だけはその喧騒から切り離された静寂の中にいた。


突然、その静けさは破られた。軽やかな足取りと満面の笑みを浮かべた少年が近づいてくる。名前はケンゼル。


「おい、アーロン! すごい重要な情報があるんだ!」


まるで世界中の幸運を運んできたかのように叫ぶ。


アーロンは片眉を上げただけだった。


「情報か、それとも噂話か。」


「おいおい、そんな冷たくするなよ。」


ケンゼルは両手を上げて降参のポーズを取った。


「これはマジでちゃんとした情報だ。今日、うちのクラスに転校生が来るらしい。たぶん女子。しかも……かなり可愛いって噂だ。」


「それで?」


ケンゼルは瞬きをした。


「え、それだけだけど……」


「へえ。」


ケンゼルは天井を見上げてうなった。


「“へえ”だけかよ? 普通はさ、“おお”とか“マジで”とか、少しは驚くだろ……」


「なんで? 転校生なんて珍しくもない。男でも女でも、興味ない。」


ケンゼルは力なくアーロンを見つめ、それからぐったりと自分の席に座った。


(なんなんだよ、この冷蔵庫みたいなやつ……。俺、ただの通り風みたいな存在じゃん。)


その時、チャイムが鳴り響き、廊下の騒がしさを切り裂いた。教師が教室に入ると、生徒たちはすぐに静かになった。


「おはよう、みんな。」


先生は教室の中央に立った。


「今日はこのクラスに新しい仲間が来る。温かく迎えてやってくれ。入ってきなさい。」


一斉に視線が扉へ向けられる。


一人の少女が、自然な優雅さで教室に入ってきた。長い髪は整って流れ、教室の光を受けて輝いている。彼女は全体を見渡しながら、穏やかな笑みを浮かべた。


「こんにちは、みんな。」


その声は小川のせせらぎのように澄んでいた。


「私はシオリア・クインザ・カシュヴィです。普段はヨヨって呼ばれることが多いけど……ちょっと変に聞こえるかもしれないから、シオリアって呼んでください。よろしくお願いします!」


何人かの生徒が元気よく答えた。


「よろしく!」


先生は教室を見回し、アーロンの隣の空席を指した。


「シオリア、あそこに座りなさい。アーロンの隣だ。」


シオリアは少し困ったように笑い、視線を向けた。


(どうしてアーロンの隣なの……)


一方、アーロンははっとして教師を見た。


「先生……なんで俺なんですか。女子の列に空席あるでしょ。」


先生は眉を上げた。


「文句を言うな、アーロン。ただの生徒だ。怖い存在じゃない。」


「でも――」


「いいから。授業を始めるぞ。」


アーロンは苛立ったようにため息をつき、鋭い目で本へ視線を落とした。


(ちっ……面倒くさい。)


シオリアはゆっくり席に着いた。ちらりとアーロンを見て、周囲の空気が急に冷えたように感じた。


「ね、ねえ……怒ってる?」


小さな声で尋ねる。


アーロンは答えない。机に顔を伏せ、彼女を存在しないかのように扱った。


「わかった。もし嫌なら……あとで席変わるね。」


「いや。」


アーロンは低く言った。


「そこにいろ。でも……うるさくするな。おしゃべりなやつは嫌いだ。」


シオリアはかすかに笑った。


「わかった。安心して。」


(本当に変わっちゃったね、アーロン……)


*


休み時間のベルが鳴り響き、廊下に解放のような音が広がった。教室は一瞬で椅子の音と足音に満ちる。


アーロンは一秒も無駄にせず立ち上がり、そのまま教室を出ていった。


シオリアは一瞬手を伸ばしかけたが、その前に女子たちに囲まれた。


「ねえ、あなたシオリアでしょ?」


「え、うん……そうだけど。」


「どこから来たの?」


「他の町から。つい最近引っ越してきたの。」


「すごく可愛いね! モデルみたい!」


「え、わ、私? そんなことないよ。」


「彼氏いるの?」


「いないよ。」


シオリアは微笑みながらも、視線は扉へ向いていた。アーロンの姿はもうない。


「アーロンの隣ってどう? あの人、めちゃくちゃ冷たいよね。」


シオリアは少し笑った。


「冷たいけど……怖くはないかな。」


「すごいね、よく耐えられるね。」


シオリアは優雅に立ち上がった。


「ちょっと失礼するね。食堂に行ってくる。」


そう言って、彼女は静かに教室を出た。アーロンの後を追うように、その足取りは軽く、ほとんど音を立てなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ