栄誉桜は染められた?
作中で地名や物の名前が色々出てきますが、全て実話を参考に作ったフィクションです。
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れべ(@rebetyan0101) 様
民泊に帰り夜になると、また昨日のように会議が始まる。アリスはあの時の大きな紙をまた取り出し、床に広げた。
「さてさて…まずは病じゃな!これが名前と症状だけでも判明してよかったわい」
「神痛病…症状は神経痛や手足が勝手に動くや麻痺やら…どれもこれも神経に関わる症状ばかりですね」
「そうじゃの…全く!神からの天罰だから神痛病とは!勝手もいいとこじゃわい」
ぷんすこと頭から煙でも出そうな勢いでアリスは怒っている。あの時アリスが言っていたが、神からの祟りなどはあり得ないらしい。確かに目の前にいる神は怒ったら何しでかすか分からないが、そんな人を苦しめるようなことをするやつではない。神は八百万いるというから、もしかしたら別の神の仕業ならあり得なくないのかも知れないが。
「…じゃあ、アリスから見てもあの病は自然に表れたものであるってことですか?」
「少なくとも妖術や神の力に起因するものではないな」
「…ならやっぱり…秋野先生が言った通り、神痛病は立派な病の一種…」
ペンで紙に情報を書き込み、ついでに秋野先生の名刺も貼り付ける。四日村のことも大分わかってきたようなそんな気がする。とは言ってもまだ触れたばかりでホントは何もわかっていないのだろうな
「…あ、それから…村長の評判が悪いらしいな…」
フルネームは分からないが、村長の名前は花白と言うらしい。近くにいた農家たちからの話によれば、村長は四日村がこんな状態であるにも関わらず何もしないのだという。顔も実際の性格もよくわからないが、村民からそこまで言われているのなら、相当性格が悪いのは想像に容易い。
「家の様子からするに全然帰って来ておらんようじゃな…あれじゃ村にも長らくおらんのではないか?」
「…村長のことはどうも出来ませんね」
「そうじゃの…」
今日はこのぐらいだろうか、とふぅとため息ついてペンを放る。
「今日も疲れたのぉ…」
「…この調子で事件解決出来るんですか?」
ふと疑問に思って独り言のようにアリスに問う。不安とか自信がどうとかではなく、単純に解決できるのだろうか?と疑問に思ったのだ。
「出来るじゃろ」
けろっとした声と表情で淡々とアリスは告げる
「元よりこの問題は、未来では解決したことになっておるのじゃ、もし汝と私が解決に失敗しても、いづれは解決するのじゃ」
「…んならなんで…」
「ほれほれ、寝る準備をしようではないか!」
こっちの疑問はさておきアリスはさっさと就寝準備を始める。思わずまたため息を零すと、アリスは不機嫌そうにしながら先に寝るぞと言ってさっさと寝てしまった。
「…相変わらず勝手な人…」
電気を切ったり荷物を片付けると、雑に布団へ寝転がる。明日のことも考えて早く休まねば………
アリスに連れていかれた令和の未来も、今の1960年代の未来も、源太にとってはかなり成長した近未来的世界であり、体の負担もとても多い。
だから令和の時代でもここでも布団に入れば疲れ切ってすぐに眠れたのだ。なのに今日は全然寝れないというか、寝る気にならなかった。
(……寝れん)
ぼんやりと木材の天井を見つめる。耳を澄ませばカチカチと時計の音がして、しんとした空気が広がっているのを何となく感じる。
本当は早く寝ないと行けないのに、そわそわする様な、ぼんやりとしてる様な、よく分からない気持ちで眠る気には全くならない。
「………」
くるりと寝返りを打ってアリスの方を見る。多分寝てるのであろう、軽い呼吸が聞こえる。
「………ちょっとぐらいっ…いいじゃろ…」
アリスが起きないよう慎重に慎重に布団から起きて部屋の外に出る。廊下も外ももうすでに真っ暗で、空は星がまるで見えない。
少しだけだからと上着を脱いで、タンクトップで来たのは間違いだったかもしれない、春と言えど気温は涼しいというよりは少し寒いぐらいだ。
(……静かじゃの……)
夜道をこうして歩くのは随分久しぶりな気がする。薄っすらとした記憶だが、自分が元々居た時代で暮らしていたのは都会の様な騒がしい場所ではなかった。それこそ四日村の様な農村のほうが、感覚的に馴染みがある。だからか段々と楽しくなってきて、夜の散歩の足取りは軽やかで、何処までも行けそうな気がします。
(……風が気持ちいい…)
令和の未来で過ごした夜でも、四日村の昼でも得ることのできない自由な風は、気楽で、神痛病や桃太の受けているいじめで張り詰められた心をふっと軽くしてくれる。あぁ、もっとこの時間が続けばいいのに…
「………ここまで来てしもうた……」
気がつけばもう四日村の入り口まで戻ってきており、不気味に水色が輝く栄誉桜の場所まで来てしまっていた。
栄誉桜の水色はほんの少しだけ顔を出した月に照らされて、まるで大きな灯台のようだった。幻想的なまでに美しい桜の花が揺れて、ハラハラと散ってゆくのが一瞬見えると、春が終わるな……と直感的に思ってしまった。あぁ、春が終わって栄誉桜が散る前に一度でいいから花見をしたいものだ。
「………ふぅ……」
ドカンと栄誉桜の下に腰を下ろすと、サラサラ流れる天ノ川や聳え立つ山々が見えて、力が抜けてゆく。ここで寝てはいけないし、早めに退散しなくてはな…とは心で思っても体は動かず、ぼぉっとその風景を目に焼き付けていた。
「………誰かいんのか?」
栄誉桜の木の後ろから声をかけられ、思わず肩がビクッと動く。人が居るなんて気が付かなかった……
「……はい…僕以外にも居たんですね、気が付きませんでした」
「……酒でも飲んでたか?」
木の後ろから聞こえてくるのはガサガサとした男性の声だった。太く低い声で、大体50歳とかぐらい何じゃないだろうか。
「……んや、そういうわじゃないです…ただぼーっと………」
「…あんた、聞いたことない声だな」
しっかりとした低い声でそう言うものだから、ぼーっとしていた頭がすっかり起き上がって、次は焦り始めていた。外の人間だと、声だけでバレるなんて思いもしなかったからだ。
「……悪い人やないですよ?」
焦って口が早くなってただろう、弁明のためにそう言った。すると軽い陶器の鳴る音がしてから、木の後ろに居た男性が現れた。
そいつは髪が薄く、ヒゲがボソボソと生えていて、服も適当な…まるで貧乏神にでも取り憑かれたような男だった。秋野先生より深く多い皺に隈、オマケにその手には日本酒が入った盃を持っていた。
「……よいせっ……と…」
男は隣に座ると「飲むか?」と酒を勧めてきたが、「いえ、結構…」とすぐ断った。何となく…関わっていいのか分からなかったからだ。目の前にいる男が人間なのは分かっている。だが、その容姿や様子から本物の貧乏神じゃないかと錯覚してしまったからだろう。
「……お前さん、どっから来た」
「……ちょいと遠くから」
自分が元々住んでいた場所は思い出せない。かといって東京と言うのも少し違う気がしたのでそう曖昧な返答をした。どうも相手はそこまでの関心が無いのか、「ほー」と軽く言うだけだった。
「………花見ですか?」
盃に注がれた酒を覗き込みながら会話を繋げるためにもそう投げかけた。
「……近しいもんかね」
「……綺麗ですもんね…栄誉桜……」
「……んや、全く」
「え?」
素直に驚いた。ここまで幻想的な雰囲気を纏っているのに、全く綺麗でないとこの男は言うのだ。益々男がここで何をしているのか疑問に思った、花見でもしてると思ったが、そうじゃないのだろうか?
「……いや、すまん……綺麗だよ、栄誉桜はな………」
「……どういうことですか」
「…栄誉桜にゃ……昔は……こんなんじゃぁなかった」
男の悲しそうに潤んだ瞳は、キノコの傘のように広がっている桜の幹と花に向けられていた。
「……昔は……栄誉桜は美しい桜色だった」
「…こんな…水色なのに……元は桜色…?」
「……あぁ……」
ざぁっと風が吹いて桜の花は散る。散って落ちてきた花に触れてみるが、青空を吸収したかのように水色で、桜のピンク色の影は何も見えない。
「……ずっと前に……こんな色に染まっちまったんだ」
「染まった……?」
「………お前さん、神痛病は知っとるか」
じっと睨むかのような、だが芯があって何かを見据えているような目でこちらを見てくる。これは、何か知っている…と直感的に感じ取り、こちらもぐっと目力を強くして男と真っ直ぐ向き合う。
「知ってます。……今僕は……神痛病を解明しようと思っとるんです」
男の目が少し大きく開き、潤む
「…公害だ」
少し間を空けて、男ははっきりとした声でそういった。
「神痛病の原因は………栄誉桜の汚染は……公害が原因だ」
「……公…害………」
源太には聞き馴染みのない言葉だ。その意味も、ぼんやりとして分からない。だが核心に迫るその言葉を忘れたりなどしなかった。
「……すまん、こんな事言ったって……信じちゃくれねぇな」
グビグビと酒を飲み干して男は栄誉桜に背を預ける。そしてその胴を撫でてやるのだ。
「だぁれも信じちゃくれねぇ………村中の誰もが苦しんでるのによぉ………」
「……公害ってやつが……原因……」
「……もういい……忘れとけ」
「っあぁ待ってください…!」
男はさっさとその場を立ち去ろうとした。だがもっと話を、神痛病の事を聞かなければ、後悔する。きっとそうだ。それにもしかしたら…彼は四日村に広がるあの神痛病をどうにか出来るのかもしれない。
「っそうだ……名前……貴方の名前だけでも覚えさせてください!」
名前さえわかれば、小さな四日村の中でなら捜索も容易いと瞬時に考え、引き止めるようにそう叫ぶ。男は振り返らず下を向いて
「花白真」
と呟いて、栄誉桜からは離れていった。
「……花白………」
そう、彼があの悪名高い、花白村長なのであろう。
「………公害………栄誉桜……」
恐ろしいほどの情報量に思考は回らない。とにかくそれを、報告しないと、誰に?アリス?秋野先生?それとも追いかけてもっと話を聞くべきか?
混乱する中で、栄誉桜がざぁっと揺れる。強い風に流れる栄誉桜は、別れを嘆き泣き叫ぶ人間のように思えて、一気に心が冷える思いだった。
帰ろう…とにかく帰らないと
揺れる栄誉桜に何か恐怖を感じで、その場から逃亡するかのように走り出す。伝えなければ、ほかの皆に
「っはぁ……はぁ………」
「どわぁぁっ!!?な…何じゃわれ!!」
勢いよく宿のドアを開けると驚いたアリスが飛び起きる。起こされて最初は不機嫌にしていたが、こちらを見ると心境を察したのか、急に落ち着いてこちらへ駆け寄ってきた
「どうしたのじゃ、何処に行っておった?」
「……栄誉桜じゃ……栄誉桜んとこに……」
「落ち着け、何があったのじゃ」
「っ花白村長らしき人に会ったんじゃ……本物か知らんが……っそしたら……神痛病は公害じゃと……言って……栄誉桜は汚染されたんだと……」
「なんと……公害じゃと……!」
驚きながらもしっかりと会話を紙に書き写したアリスは、源太の汗を拭い、布団へと誘導した。
「分かったが落ち着くのじゃ。汝、さては寝ておらんじゃろう」
「だけど………早くそれを……!」
「今は何時だと思っておる、落ち着くのじゃ……」
「……」
「話は分かった、じゃが汝、一度休まねば……焦った状況で報告も出来んじゃろ?」
アリスは子をなだめるかのように源太を落ち着かせる。ふぅと息を吐くと段々落ち着いてきて、アリスの言う事が理解できるようになってきた。
「……そうですね……一回……寝ます」
「それでよい。汝が寝取る間に、私は汝の記憶からその会話を書き起こすからな」
「……んなこと出来るんですか……便利ですね、神様って」
「ふふん、そうじゃろう?」
そんな会話が出来るまで回復して、布団に寝転がる。寝転がると、いつものように眠りについてしまった。
確かにタイムリミットは刻々と減っていた。だが今更、例えばさっき聞いた情報をもっと早く伝えるだとか、花白村長にもっと話を聞くだとかしても、遅かっただろう。
なぜなら、もう既に手遅れだったからだ。どう急いでもタイムリミットの先にある絶望は……止められなかったのだ。
四日村…源太達がポータルを使い訪れた田舎の農村。山に囲まれ、草木が生い茂っているが、大きな川が流れ水源は豊かである。
八日街…四日村の隣町。記憶フィルムの映像から察するに、四日村と比べ都会である。隣町といっても四日村からはそこそこ距離があるらしい。
栄誉桜…四日村の開けた地に聳え立っている、水色の巨大な桜の木。四日村の名物で、この世に1本しかない。
銀牙山…四日村の中でも特に高い山で、てっぺんには見方によって煙突の本数が変わる不思議な工場が経っている。桃太曰く、誰かの所有地らしい。
天ノ川…銀牙山のてっぺんから四日村の最端に至るまでの距離を流れている川。四日村にとって大切な水源であり、住民たちにとっても親しみ深い川でもある。
神痛病…原因不明詳細不明のナゾの病。患者は皆、強い痛みを訴えている。秋野医曰く、神痛病は神経に異常が起きる四日村でのみ発病が発見されている病らしい。症状は手足が勝手に動いたり、神経痛がしたり、ひどい麻痺など。治療法は存在せず、悪化すると脳が停止し死亡する。
桃太…記憶フィルムに移っていたいじめ被害者の少年。元気が良く明るい性格で、最初こそ疑っていたが源太にも優しい。地元である四日村のことが大好き。
桃実…桃太の姉。中学生で正義感が強い。外から来た人間に対してかなり警戒している。
秋野実…神痛病治療を目指している医師。四日村内の診療所で先生をやっているほか、八日街で神痛病の研究も行っている。年齢は若いものの、見た目のせいで老けて見られる。誠実な人間であり、いつも優しい顔をしている。




