第七十四話 アーシャ、神殿の絡まった事情を知る
「……そう言えばここに来る際に同行した神官殿は、王宮に魔王が勇者との面会を望んで書状を送っていると、言っていたな……」
「ええ。魔王は自分の選んだ花嫁に会いたいのですよ。そして、魔王が偽物の勇者であるアンドレ王子にあったら何が起きるかわかったものではありません」
「にしても、何で王宮よりも、神殿の方が詳しいんだっぺか? 魔王のそう言った事情に」
「魔王は馬鹿ではありません。王宮に拒絶されたなら、神殿の関係者に話を持って行く事くらいできますよ。そこで私たちは、魔王が勇者に求婚していて、何とか勇者の心をつかむために、会いに来ていると知ったわけです。さて私たちは、平和な世界で信心深い人たちが、自由に行き交い出来る世界を求めています。なのでアンドレ王子を勇者だと会わせられて、魔王が温厚なままでいられるとは思えません」
確かに、おいらに……ありえないけど、求婚してたのに、会う勇者が別人だったら、自分と戦った勇者はどこにいるのだ、と思うに違いない。
そしてそれは、魔族の頂点である魔王にとって、この上ない侮辱だろう。
平和な西の地域が、一気にきな臭くなるに違いない。
「そのためには、アーシャを探して、魔王と会ってもらうほかないでしょう? しかしただアーシャに会わせては、王宮が何を言いだすかわかりません。下手すれば王宮の方から、神殿が偽物の勇者で魔王の注意をひく、と言われるでしょう」
確かに、世間様的に勇者はアンドレ王子になっているのに、神殿が突然、ちびなおいらを勇者だって言って、魔王にあわせれば、神殿が偽物を立てた、という風にうわさが広がるだろう。
神殿の信頼が失墜してしまう。
……だから神殿は、おいらに、美の女神の泉の水をとってこさせて、それなりの功績を持たせて、これが本物の勇者だってやりたいわけだ。
ううん、いろんな事情が絡みついてるっぺ。
「ですが、ただの少女ではなく、北の魔の山に行き、美の女神の泉の水という、アンドレ王子がとってこられなかった物を持ってきた彼女が、実は本物の勇者だった、という風に触れ込めば、話は変わってきます」
アンドレ王子が出来なかった事が出来る、おいらの方が勇者だろう、と世間の目を持って行きたいのだろう。
神殿もいろいろ苦労しているんだっぺな。
「本物の勇者が神殿の所属だとなれば、神殿は偽物を王宮に渡し、訓練を受けさせたなどという侮辱を払いのけられます。さらに魔王が、アーシャの方が本物の、自分と一対一で戦った勇者だと認めれば、偽物と入れ替えたのは王宮だと誰しもの目に明らかになります。そうなれば、聖域の川を、神殿は王宮から、よこせ、と言われなくなりますからね」
何度も思ったが、利益と信仰と面子が、色々絡み合ってるっぺな、王宮って。
そこでディアノン様が、問いかけた。
「アーシャに手柄を立てさせて、本物の勇者だと明らかにしたいわけはわかった。だがそこに何故、聖女が出て来るのだ?」
「最初はただの、噂だったのですよ。神殿が、神に選ばれた女の子を探している、というだけの。それがどう転がったのか、勇者とともに戦い、勇者を癒す聖なる乙女を探している、という風に広まって、最終的には、勇者のための聖女を、神殿が新たに探している、という風に持っていかれてしまったんです。神殿は正式に否定しているんですが、なかなか噂が消えなくてですね」
大神官さんは、そう言ってため息をついた。
おいらを探している、という事が、雪だるま式に変な噂と合体して転がって、もう収拾がつかないのだろう。
もっと衝撃的な噂が出て来なくては、静まらないといった具合に。
「さて、聖女を神殿が探している、という理由はわかりましたね? そしてそれを前提とし、王宮は、聖女が見つかったら勇者とともに北の魔の山に向かわせろ、としつこいのです」
勇者のための、神に選ばれた聖なる乙女が見つかったら、勇者が真の力に目覚めるとでも思ってるんだろうか? 思っていそうだっぺな。
「なんでも、勇者が王からの勅命に失敗続きなのは、共に進む仲間たちに問題があるからだ、と王宮は考えていまして、もっと条件のいい仲間を、……つまり誰がどう考えても最上の条件だろう、聖女……を仲間にして、北の魔の山に向かわせて、功績を残させたいのです、王宮は」
確かに、失敗続きは面目丸つぶれだもんな。
王宮も、噂に踊らされているんだろ。だって聖女なんて存在していないんだから。
「そして、王宮も、神殿の探す勇者が女の子だとはわかっています。きっと女の子だから、アンドレ王子にころりと参って、彼のために尽くす都合のいい物に、なるとでも考えているのでしょう。まして神殿が大掛かりに一人の少女を探しているのは誰しも知っていますからね」
そこで大きくため息をつき、大神官さんが続けた。
「そのため王宮は、神殿が目的の少女を見つけ出したら、神殿に勇者を向かわせて、唾でもつけさせようと考えているのです。そしてアーシャを見つけたら、北の魔の山に勇者を同行させろと、圧をかけて来ているわけです」
大神官さんの説明はこうして、一通り終わった。
その時だ。
大神官さんの仕事部屋の扉が、こつこつこつ、と機械的に三回たたかれた。
その音を聞いた彼女の顔が険しくなって、すっと表情の一切が抜け落ちて、立ち上がる。
彼女は先ほどまでの人間めいた表情を削ぎ落して、何の対応をするのだろう。
「来ましたか、早すぎませんか?」
「大神官様が、アーシェニカさんと会話をしているのを、見られていましたから、王宮に伝わった模様です」
おいらはさっそく、王宮に見つかってしまったらしい。
「今から、アンドレ王子が、そのお仲間とともに来ます、と先触れが来ました」
「うっかり表で喜んでしまったからですね。さて……」
大神官さんが、おいらを見て問いかけてきた。
「アーシェニカ、あなたちょっと物陰に隠れてもらえませんか?」
「できるけど……何で?」
「あなたが偽物勇者を観察して、どう思うかが知りたいのです」
「ふうん……」
「神官たちには、もう見えないものも、きっとあなたなら見える気がしますので。さて、こちらの暖炉の前の衝立に隠れてください。うまくのぞき見が出来ますよ」
「俺もかまわないだろうか」
「ええ、アーシェニカの信頼している人なら、問題ないでしょう、二人とも、変な音を立てないでくださいね」
大神官さんがそう言ったから、おいらたちは大急ぎでその衝立の後ろに隠れた。
そして、ディアノン様の婚約者を奪い、おいらから勇者としての功績を奪った、アンドレ王子を、のぞき見する事になったのである。




