第七十一話 アーシャ、女だと知られる
神殿の衣装は、大まかな形だけなら、かなり男女差が分かりにくい仕様になっている。
ただ少しだけ、女性の物の法が、ウエストラインが絞られているのだ。
それから、男性はあまり使わない、髪留めとかが用意されているものである。
おいらも髪の毛だけは割と長く伸びているから、それを使って髪の毛をまとめると、髪の毛をまとめている、という事だけで、女だと周りは判断するのだ。
「……女物がどうして用意されたんだっぺか?」
おいらの見た目で、女性だと判断する事は、極めて難しいはずだ。
そして女性だと誰も気付いていないから、ディアノン様の護衛として、周りに何も言われる事なく、過ごしていたし、西の国にいた時だって、おいらの事を女の子だと判断している人は、誰もいなかったはず。
もしかして、衣装の大きさが合わないから、女物を用意されたとかそんな事だろうか。
あり得ないわけじゃない。神殿所属の男性の制服で、小さなおいらにあう大きさの衣装がなかったから、仕方がなくとか、十分にあり得そうだ。
まあ、いいか。
おいらは鏡の前でぐるりと一回転して、自分の装束に問題がないか確認してから、部屋を出た。
そこで気付いたのだが、この場所は、女の神官さんたちが暮らす建物だ、という事である。
「……ますます、ただ服の大きさが合わなかったってだけじゃないって感じだっぺな……」
誰か、注意深く観察している人が、おいらの性別に気付いたのだろうか。
それなら話が早い。きっと大神官さんに、おいらが女の子だと知らせたのだろう。
「……でもディア兄ちゃん驚かせるっぺなぁ」
おいらは今まで、男だ友女だとも明言はしていない。
ただ周りがなんとなく、おいらを男の子扱いしていただけだ。
だから、嘘は言っていないし、騙してもいないのだが……きっと女だってわかったら、ディアノン様は驚くだろう。
「裏切られたって思われるのだけは、勘弁してほしいっぺな……」
別に裏切ったわけじゃない。
ただ仕事をしていたかったから、ディアノン様にお仕えしていたかったから、おいらは適当に誤魔化していただけなのだ。
だがそれも、人によっては裏切られたと感じる事だろう。
「それで、北の魔の山に入れなくなるのは、面倒だっぺな……」
北の魔の山は、おそらく、おいらくらい体が頑丈で、魔物と戦うのに慣れていて、逃げ足が速くなければいけないだろう。
そう考えれば考えるほど、女の子扱いされてうれしいと思う衣装は、厄介で面倒なもののような気がしていた。
まあ、とりあえずディアノン様と合流しなくちゃな。
考えを切り替えて、おいらはさっそく、女神官とその客人用の建物から出て、大神官さんたちがいそうな、本棟の方に向かった。
「おいらは何を見させられてるんだっぺか?」
何度も目をこすったのだが、おいらの視界で繰り広げられている事は、変わらなかった。
すっかり身ぎれいにしたディアノン様は、鬘が外れていて……きっと体を清めたのが、いい香りの薬草を使ったお湯だったのだ……つやつやとした黒髪があらわになっていた。
そして身にまとっているのは、神殿の人から借りたのだろう、神殿のお客人がよく着ている衣装だった。このお客さんの衣装は、おいらも、海の国で何度か見たから、それがお客人用の衣装だとすぐに分かった。
神殿のお客さんたちは、神殿の人たちがすぐに見てわかるように、特徴的な腰布を巻いているのだ。
ちゃんとズボンをはいて、腰布を巻くその衣装は、ちょっと異国風で、神殿の成り立ちが、ここから遠い砂漠の異国にあるのだと感じさせるものだった。
それから、お客人は、首から護符付きの飾りを下げている物なのだ。この護符は、神殿のお客さんに貸し出される護符であり、ちょっとしたことから身を護る力があるそうだ。
おいらが、神殿の制服を着ていても、先生が渡してくれた護符のピンを止めているのと、似たような物だろう。
これを見れば、失礼な振る舞いは出来ない、と誰もが分かる衣装なのだ、お客さんの衣装は。
さて、そんな恰好をしているディアノン様に、誰か女の人が話しかけている。
女の人を見ると機嫌が悪くなる人が、その女の人とはまともに会話をしている物だから、びっくりだ。
一体誰だろう?
くるくると豪華に巻いた髪の毛を、頭頂部でまとめて、垂らしているその人は、迫力満点の美人だった。
ちかちかと目が痛くなるような金の髪の毛を持っている彼女の、髪飾りが照明を反射していて、これも目に刺さる。
遠めから見ても大変に、整った顔立ちの女性だ。
それから、体つきも、大変に魅力的な、出るところが出ていて、引っ込むところが引っ込まれている。
そしてそれを、明らかに布地からしてお金がかけられているとわかる造りの、ドレスで覆っているのだ。
神殿関係者の、時代を超えた衣装とは大きく違う、流行の最先端を追いかける衣装のように、おいらの目には映った。
そんな彼女は誰なのだろう?
明らかに上流階級の女性だ。持っている持ち物からも、飾られている物からもそれは明らかで、何より、神殿の人たちが、割って入らないから、なかなか重要な人物であるらしいのだ。
会話が聞こえたら、何かわかるかもしれない。
そう考えて、そっと彼等に近寄ると、とんでもない会話が聞こえてきた。
「ディア様、私の辛い暮らしを聞いて、迎えに来てくださったんですね!」
辛い暮らしって、その格好で辛い暮らしってなんだ?
「そう言うわけではない。あなたはアンドレ王子に見初められて、迎えられて、それは満ち足りた生活をしているはずだろう」
ん……? アンドレ王子に見初められたってのは、たしかディアノン様の婚約者のはずで……?
「私はちっとも満ち足りておりませんわ! あの方はご自分の不誠実さを隠していたのです!」
いや、あんたも不誠実だっぺよ、似た者同士じゃないっぺか?
「不誠実さを隠していたとはいったい……?」
ほら、ディアノン様も困惑してるっぺよ……何してんだあんた……
「あの方は国にたくさんの恋人を抱えていたのです! 私を愛している、綺麗だ、大事にする、と言っておきながら、山ほどの女性に愛を囁いていたのです!」
「あなただけを愛している、とは言っていないのだろうから、隠してはいなかったんじゃないか……?」
「ひどい! 殿方はどうして、そんなことをおっしゃいますの、皆そうですわ! 唯一と誓っていないのだから、嘘じゃないとか、誠実だとか!」
ディアノン様は、話の流れがよく分かっていないらしかった。
だから当たり障りのない事を喋っていたのだが、彼女はその答えにすら激昂しているらしい。
……婚約者がいる身の上で、他所の男に夢中になって、ついて行ったあんたは不誠実だっぺよ……?
いかん、わけがわからない。
もうこうなったら、聞く方がいいだろう。
きっと割って入る人間が誰か必要だっぺ。
そう判断し、声をかけた。
「ディア兄ちゃん、お待たせしたっぺ」
「……アーシャ? どうして女性神官の衣装を着ているんだ?」
ディアノン様はすぐに、女性神官の衣装だと判断した。時代を映さない神官服は、女性的な線を描かなくても、細かい所から、女性ものと男性物の違いが分かるようになっているのだ。
例えば腰の飾りが、男性の物は朽葉色の房飾りのついている紐だが、女性の物は青と白の房飾りで、紐も二色を編み込んでいるとか。
そんなささやかな違いだが、見る印象は大きく違う。
そして、彼の疑問に答えたのは、別の場所から歩いてきた大神官さんだったのだ。
「アーシェニカは女性ですよ? 手を見ればわかるでしょう?」
「……は?」
ディアノン様が見るからに固まった。
おいらも意外な思いだった。まさか手を見ればわかる、なんて言われる事になるとは思ってもみなかったのだ。
「それに、いくらアーシェニカが成長の遅れた姿をしていても、見るからにわかるではありませんか」
大神官さんは、何を当たり前の事を、と言いたそうな顔をしているが、色々な人が、おいらを見て、愕然としている事に、気付かないのだろうか……?
「アーシャが女……だと?」
ディアノン様は絶句している。
おいらはううん、と唸った後に、言うしかないのでこういった。
「誰もおいらの性別をとやかく言わなかったから、言わなかったけど……おいら女の子なんだ……」
「まあ!」
おいらの発言を聞いて、一番に反応したのは、ディアノン様に絡みつこうとしている女性だった。
彼女はおいらを上から下まで眺めて、あまりにも貧弱な体つきだからか、自分の敵にはならないと判断した様子だ。
視線が、見るからに嘲笑っていた。
「あなた、殿下のお付きのものなのでしょう? お可哀想なディアノン様! こんな見た目の悪い従者しかついてこないなんて!」
「シルヴィニア嬢。彼女を罵倒する事は、神殿が許しませんよ」
せせら笑うように言ったシルヴィニア嬢に、大神官さんが、きつい言葉を告げる。
「こんな性別もわからないような子供に真実を告げたから、私が罰せられるわけがないでしょう。大神官様」
「彼女はあなたよりも神殿に重要視される者です」
大神官さんが、おいらの脇に立って言う。
明らかにおいらよりの彼女に、シルヴィニア嬢が機嫌を悪くした。
「大国である海の国の公爵家に連なる私よりも、重要だなんておかしな話ですわ。その者は殿下の従者ではありませんか!」
「従者であるかどうか以前の問題です、シルヴィニア嬢。これ以上この子に不愉快な言動を続けるのでしたら、それ相応の対応をさせてもらいますよ」
なんか話が大掛かりになっている。おいらは別段彼女に言われた事を気に病んだりはしないので、慌てて大神官さんの袖を引っ張った。
「大神官さん、大事にしなくていいから!」
「あなたを侮辱するという事は、あなたを見出した神殿も侮辱するという事です。それは看破しがたい事ですからね」
「要は面子の問題だっぺな……」
面子の問題は、哀しい事に、おいらにはわからない世界の事だった。
ただ、神殿が見出したと聞いて、シルヴィニア嬢が目の色を変えた。
「では、神殿が見出した、勇者とともに北の魔の山に行くという聖女は、そのちんちくりんなのですか!?」
…………
………………
……………………はい?




