第六十四話 アーシャ、意外な再会をする
神殿の建物はいつ見ても綺麗になっている物で、本当に面白い。
そしてこのあたりの国の神殿は、みんな同じ神話の神様を祭っているからか、宗教争いが起こらず、比較的平和な宗教をしている。
そして国をまたいで、神殿はつながりを持っていて、困った時は助け合う事もするのだ。
戦争をする国同士でも、神殿は我関せず、と言わんばかりに、お互いを助けるのである。
そんな神殿は、あちこちからの寄付金とかで、綺麗な建物をしている事が多い。
貧しい村の司祭さんはそれでも、その村で尊敬されるのだ。
生まれた時の祝福も、死んだときの祈りの言葉も、皆司祭さんが執り行うのだ、当たり前である。
そして、おいらが今目の前にしている神殿は、都にそこそこ近いという事もあってか、海の国の都のそれと比べてはいけないが、そこそこ立派な建物だった。
神殿は共通の建築様式、とかいう物だと西の国で聞いたけれども、どこに行っても似たような建物が、神殿だというのは目印になるし、文字が読めなくてもわかりやすい。
おいらは、ぜえぜえと息を切らしているディアノン様の背中を撫でていた。
「アーシャ、お前、……なんて早さだ、追いつけないとは思わなかった……」
「おいら鍛え方がそこら辺のぼんぼんとは大違いだっぺ」
「確かに話ではきいていたが……なるほど、これが竜の生ける死体をどうにかした速度か、と思うと納得だ……」
「あん時は命からがらだったから、今よりきっと速度出てたっぺな」
「今より速いのか……?」
あり得ない、とディアノン様が荒い息で言い切った。そろそろ歩けそうだ。
「じゃあ、さっそく、聞いてみるっぺよ」
まだ宿泊所の空きがあるのか、確認しよう、とおいらはそれらを管轄とする、地母神の印を胸につけている女性に、近寄った。
「あら、旅人なの?」
「うん、西の国を目指してるんだ、今宿泊所の空きはある?」
「それがねえ、西の国の神殿の人たちが来ていて、一番小さな部屋しか開いていないのよ、それでもいい?」
「屋根があって壁があって、虱のいない寝台があれば小さくていいっぺ」
「そう、だったら最後の一つが空いているわ。ところで何人で泊まるの? 貴方みたいな子が、一人で旅ができるわけないもの」
「あそこにいる兄ちゃんと一緒!」
おいらはディアノン様を示した。当然、鬘の結果、ディアノン様だとは気付かれない。
それ位、その鬘の色は、おいらの地毛に似た色なのだ。
親戚、くらいには思われるだろう。
「そうだったの、でも一人分でも小さい部屋よ? いいの?」
「うん!」
おいらがにっこり笑って頷くと、それなら、といって彼女が鍵を渡してくれる。
ちなみにこの鍵の合い鍵は、このお姉さんのように、地母神の神官さんが持っているため、立てこもったり居ついたりは出来ない事になっている。
神殿は広く平等に民を迎え入れる、というのがモットーなのだ。
「あっちの棟が、宿泊所よ。何か食べたかったら、こちらの食堂を使うといいわ。あまり……立派なご飯じゃないけど」
「足りなかったら、どこかの飯屋からもらってくるっぺよ」
「あら頼もしい」
神官の彼女が、にっこりと笑ったから、おいらは鍵を持って意気揚々と、ディアノン様の所に戻った。
「一番小さい部屋が空いてたっぺ。そこ借りたっぺよ」
「お前は優秀だな」
ディアノン様が目を瞬かせてから笑ったので、おいらは目が離せなくなった。
やっぱり、この人を、笑顔でいさせたいっぺな……だから二人で逃げ出したのは正解なのだ。
きっと結婚させられていたら、ディアノン様は未来永劫、笑う事が出来なくなっていたと、なんとなく思うのだ。
「早く行くっぺよ、食堂だって開いている時間は決まってるし」
「食堂?」
「うん。神殿の宿泊所は、格安でご飯が食べられるんだ」
主にそれらの材料は、神殿への貢ぎ物である。供物でもある。
そう言った物を使って、安く宿泊所で過ごせるようにしてあるのだ。
おいらはそのまま、宿泊所の棟に行こうとして、不意に手を掴まれた。
「何だっぺ、ディア兄ちゃん」
「おれが迷子になりそうだ、アーシャ、手を握っていてくれ」
握った手は、おいらの手よりも柔らかくて、これが王子様の手なのだと思うと、王子様ってあまり訓練とかをしないのだな、と思う手だった。
傷痕もないし、すべすべだし、皮膚が硬くなったりしていない。
それに比べておいらの手は、見た目に似合わない皮の厚さに傷痕とか、えぐれた痕とかでぼこぼこだし、なめらかとはとても言えない手だ。
「……」
なんとなく、もっときれいな手になりたかったな、と思ってしまった時だ。
「アーシャの手は頼もしい手触りだな」
「へ……?」
「アーシャは見た目はただの子供なのに、手だけがその歴史を物語るように強い手をしている」
ディアノン様が、変な事を言うから、おいらは何も言えなくなった。
「……ディア兄ちゃんが、嫌いな手じゃないならそれでいいや」
「こうなるまでにどれだけ時間がかかったと思うと、単純な言葉は似あわないな」
そう言いながらも、おいらたちは手を離さなかったので、見ていた神官のお姉さんが、微笑まし気にそれを見ていた。
確かに宿泊所の部屋は、一人部屋というのもおこがましいほど狭かった。
だがおいらは体が小さいから床で寝れるし、頼めば黙祷用の分厚い敷布を貸してくれる、と経験から知っていた。
そのため、とりあえずちゃんとした寝台は、ディアノン様に譲る事にした。
「アーシャは床で寝ても疲れないのか?」
「敷布借りれるから大丈夫だっぺよ」
「アーシャ、寝れなかったら寝台にもぐりこんで構わないぞ」
「……」
真顔で言われたから、ああ、やっぱり、おいらはこの人にとって、ちっこい男の子のアーシャなのだな、と思った。
女嫌いの王子様が、おいらが女だとわかっていて、そんな発言をするわけがなかったからだ。
それをわかっていたのに、おいらはどうしてか胸が痛んで……不思議だった。
「アーシャくらい小さかったら、布団から蹴りださないだろうしな」
昔スーズは蹴り飛ばしてしまった、お化けが怖くて一緒に寝たのにな、とディアノン様が思い出して笑ったから、おいらは笑って誤魔化した。
そして、食堂に行こう、と二人で食堂に言ったその時の事である。
「アーシェニカ? アーシェニカじゃないか!!」
食堂の出入り口で、おいらは意外な呼びかけで呼ばれた。
なんだ、誰だ、その名前を知っているのは、西の国の神官とかだぞ、と思っていると、おいらの前に、一人の神官が転がるように走ってきた。
そして膝をついて、おいらの両手を握って、まくしたてるようにしゃべり始めたのだ。
「神は我らを見放さなかった! ああ、アーシェニカ、お前は死んだと王宮に言われたが、そんな事があり得るわけがないと、神殿の誰もが思っていた! 何度もアーシェニカは神殿所属だから返してほしい、と言っても王宮は返してくれないどころか、死んだ、もういないなどと言って! 死んだ理由をはっきり説明しろ、と第神官殿が言っても、あいまいな答えしか返ってこない! 絶対に生きていると信じていた、ああ、やはりアーシェニカは生きていた、神よ、感謝いたします!!」
おいらはそこで思い出した。
「そうだった……王宮で訓練受けたけど、おいら神殿所属って事になってたっぺな……」
神に見いだされたのだから、勇者は見出した神殿の所属となる。
おいらは勇者だと判明したらすぐに、訓練のために王宮に連れて行かれ、地獄のような訓練を受けさせられていたため、すっかり忘れていたのだ。
思い出せば、神殿の人たちから、困った時は相談してくれ、とかかくまってほしい時は神殿に駆け込め、とか言われていたっぺな、忘れてたけど。
「……?」
話が見えないのだろう。ディアノン様が怪訝そうな顔で、一連のやり取りを見ている。
そしていい加減空腹に耐えかねたのか、こう言った。
「まずは食事をしてから、今後の話をしないか? アーシャも腹が減っているだろう」
そう、おいらの空腹は限界に達していた。




