第六十三話 アーシャ、王子様にずるを教える
外壁の所では、すでに伝令の人からの通達があったのだろう。
色々な行き交う人達が、顔を確かめられて、さらに目の色とか髪の色とかを調べられて、迷惑そうだった。
そりゃそうだ、先を急ぐ身の上だというのに、こうして足止めを食らって、愉快に思う人はいない。
中には、後ろ暗い事情の人もいるはずだ。おいらたちみたいな人もいるかもしれない。
誰もが、このいきなりの検閲に、非常に気分を悪くしている。
それはおいらたちの前に並んでいる人たちの、険しい顔からも明らかだった。
「なんで急に?」
「何か知らないが、とんでもない罪人が逃げ出したとかいう話だぞ?」
「もう夕暮れ時なんだぞ、宿に入れないじゃないか!」
「迷惑な罪人だな」
「なんでも超が付く高貴な罪人なんだとか」
「どうせ金を使って逃げ出したんだろ、この町にそんなに長く滞在するわけないし」
「早く終わってくれ、宿はいつも空きがないんだ!」
人々がそんな不平を言いながらも、確認するまで中に入れないため、大人しく待っている……わけがなかった。
皆急いでいるんだ。特に今は夕暮れ手前、早く宿を探さないと、路上で寝る羽目になる。
そしてそうなったら、何を盗まれるかわかったものじゃない。
今の季節なら、凍え死ぬ事はないだろうけれども
「おい、割り込みなんてするなよ!」
「ずるいぞ!」
「俺だって仕事の締め切りがあるんだぞ!」
「納期に間に合わないじゃないか!」
いつまでも終わらない検閲に、とうとう待っている人たちの不満が爆発してしまった。
いったい誰が始めたのか、いつのまにやらもみ合いとか取っ組み合いが、待っている人同士でも、検閲をする兵士さんと待っている人とでも起きている。これはいい。
「あれを止めなければ」
そんな事を言ったディアノン様の裾を掴み、おいらは喧嘩の方を止めるのに躍起になっている兵士さんたちの隙間をすり抜けて、町の中に入った。
「あんなやり方をしていいのか?」
「揉め事が起きるって分かってるのにあんなやり方してるんだ、出し抜かれてもしょうがないっぺよ。ちょっと旅慣れている人だったら、誰でもやるっぺ」
「それで後々面倒な事にならないか?」
「いざという時は、あの揉め事の前に街の中に入ったから、知らないって言えばいいっぺ」
それが嘘か真か、分かる人はいないのだから。
「お前は本当に場慣れしているな……」
ディアノン様がぼやく。悪い事をどんどん教えてる気もするが、下町の庶民なんてこんなものだ。
そしておいらは、下町どころか物凄い辺境の田舎出身である。
大体において、おいらはいいお育ちじゃないから、こんな事も思いつくのであった。
他にも、勇者時代に街の事情を見て、覚えた事も幾つもあった。
「さて、宿はどうするっぺ……」
「どんな宿に泊まるんだ?」
ディアノン様は、庶民の宿に泊まった事もないだろうから、興味津々である。
「ディア兄ちゃんは、どんなのだったら経験があるっぺ?」
王子様の旅行とかって、どんな感じだろう。
そんな興味から問いかけると、ディアノン様は思い出すように額に指をあててから答えた。
「夕暮れ時に到着した町の、一番いい建物に泊まったな。食事はその土地の一番おいしい物だったそうだし、風呂もついていた。布団の上掛けなどは、新品の様に上等なものだった気がするな。そしてなんでも我儘を言えたはずだ」
「はずっていうのは?」
「おれは我儘を言わなかったから、どこまでやってくれるのか知らないのだ」
流石王族、豪華な旅をしていたんだなあ。
「それって、崖の国に留学しに行く時だったっぺか?」
「そうだな。思えばあんなに長距離移動をしたのは、崖の国と行き来する時だけだった」
なるほど。でもおいらはそんな上等な宿に泊まれるほど、懐が豊かではないので、一番の目標は……
「できればノミにも虱にもたかられない布団がある宿がいいっぺ」
「宿というのはそれらがたかっている物なのか?」
信じられない、と言いたそうにディアノン様が言う。彼の中で、ノミや虱は無縁のものだったのだろう。
おいらは、故郷では放牧をしたりしていたから、結構なじみ深いものだ。
蚤取粉や、虱を殺す粉は、あの村で大変人気のある物々交換の品物だったっけな。
おいらはよく、羊の毛皮を何十枚と引き換えに、瓶一つ分のそう言った粉を交換したものだ。
商人のおじさんは、おいらが頑張っているから、と言って、一番大きな瓶の粉を交換してくれたものだ。
あの親切なおじさんは、今どうしているだろう……
そんな事を思いながら、ディアノン様の疑問に答える。
「おいらが知っている所は、割とそんな感じだったっぺ」
「いやな話だな」
ディアノン様は大きく顔をゆがめ、そういう場所は嫌だ、と態度に現した。
「こういう時は……神殿を頼ると割といいんだけど、神殿の宿泊所に空きがあるかだっぺな」
「神殿が旅人に宿を提供しているのは知っているが、そんな簡単に泊まれるのか?」
「空きによるっぺな」
言いながらおいらは、早く行こう、とディアノン様を促した。
「神殿の宿泊所は、割合人気の所だから、早くしないと、虱だらけの寝台の宿になっちまうっぺ!」
「そういう大事な事は早く言え、走るぞ!」
「はい!」
おいらたちはそうして、夕暮れの中、全速力で、大通りの先に見えている、神殿の建物に走って行った。




