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第五十六話 アーシャ、波乱を察知する

「一難去ってまた一難って本当にあるんだっぺな……」


おいらは何故か、お城の柱にこそこそと隠れて、ディアノン様の部屋の様子をうかがっている使用人の、女性たちから、また何か問題が発生した事を知った。


「ねえねえ、今回は何時間滞在できると思う?」


「私二時間だと思う」


「そんなに長い事いられるかしら、一時間半」


「やだ、王妃様直々のご指名による婚約者なんだから、今日一日は彼女と一緒に過ごすでしょ? だって殿下はすぐにでも呪いを解くために、西の国に向けて出発するんだから!」


彼女たちはどうやらディアノン様で、何か良く分からない賭け事をしているらしかった。

いったいどんな賭け事なのだろう、とおいらは彼女たちの後ろから、聞き耳を立てていたのだが、全く持って賭け事の中身が分からない。

わからなさすぎる。

しかし、一つだけわかったのは、ディアノン様の部屋に誰かが来たという事である。それも王妃様直々のご指名で。

ここの所、王妃様というと何かしらよくない知らせなので、おいらはちょっとげんなりした。

だがいつまでもここに突っ立って、待っているのもおかしいだろう。

だっておいらは、ヴィリア嬢を送り届けてきた帰りなのだから。

ちゃんと送ってきたと、ディアノン様に知らせなければならない。

ついでに、彼女のお屋敷の皆さんが、とても喜んでいて、いい気持になった事もだ。

そこでおいらは、柱の陰の使用人さんたちに、声をかけた。


「こんにちは、一体何をそんなに隠れてやってるっぺか?」


「あ、アーシャちゃん」


振り返った彼女たちは、厨房の使用人さんとか、掃除をしている皆さんだった。

皆おいらと顔見知りである。何故ならば厨房に、おやつをもらいに行くとき、用意を待っている間お喋りをする人たちだからだ。

彼女たちの顔をおいらも知っているし、当然彼女たちはおいらの事を知っている。

彼女たちは、おいらの事を、従者の仕事もする護衛騎士、といった認識で見ているので、彼女たちよりはおいらの方が、一応肩書の上では、格上という事になっている物の、彼女たちと喧嘩をしたら、間違いなくおいらの方が不自由な身の上になるだろう。間違いない。

そんな彼女たちは、おいらの事を皆揃って、アーシャちゃんと呼ぶ。

子供扱いなのか、半人前扱いなのか、微妙な線引きの呼び方であるものの、不愉快だとかそう言った事は思わない。

さて、そんな彼女たちだが、彼女たちが隠れて見ているのは、ディアノン様の部屋である。

そのため、そこの部屋付きのおいらが戻ってきた事で、彼女たちは色めき立った。


「ねえねえ、アーシャちゃん、今ね、公爵家のスカーレット様が、明日の出発の事の確認で、ディアノン様の所を訪ねていらしたの」


「どんな会話をするのか、私たちとっても気になるんだけど、私たちは入れないでしょう? 殿下は厳しいお方で、用もないのに使用人を入れてくれたりなんて、しないから」


「そこでアーシャちゃんは、あの部屋の中に戻るんだから、会話も聞き放題でしょう? ねえねえ、今度厨房に顔を出した時に、その時のお話を聞かせてほしいのよ!」


つまりおいらから、スカーレットさんとディアノン様の会話を喋ってほしいというわけである。

それっておいらがぺらぺらと、主の情報を喋ると思われてるって事だっぺか。

ちゃんとした護衛は、そうやすやすとは、お仕えしている人の話をばらさない、と言われているのに?

でも、厨房って、皆が情報交換する場所でもあるから、……護衛がやり取りを漏らすってのは、よくあるのかもしれない。

もしかしたらそこも、ディアノン様の従者が十六人も辞めた理由じゃなかろうか。

おいらは腕を組んで考えた後、期待に満ちている彼女たちに、こういう事にした。


「あまり具体的な中身は喋れないし、ディアノン様に口止めされたら、何も話せないけど、それでいいっぺか?」


「いいわよ、口止めされたらしょうがないし」


「そこでは恨まないから安心して!」


よし。言質はとったっぺ。これでだんまりを決め込むしかなくなった時も、彼女たちといさかいを起こす事にはならないだろう。

おいらはここでようやく、ディアノン様の部屋の前に戻り、扉を叩き、戻ってきた事を告げたのだった。

おいらが戻ってきたと聞くと、即座に入れと許可が下りたので、おいらは背後のわくわくとした気配を感じつつ、扉の中に入ったのであった。


「叙勲式で見た時は思わなかったけれど、ずいぶんと小さくてみすぼらしいのですわね。こんな者が、ディアノン殿下の護衛として、共に北の魔の山に行くのですか?」


まず初めに、部屋の中には来客がいた。

そしてその来客は女性で、緩やかなおしとやかそうな、波打った髪の毛のお嬢さんだった。髪の毛の色は朱色である。

そしておっとりとしたたれ目の色は青色という、派手な色彩の、お嬢さんでもあった。

その彼女が、入ってきたおいらを上から下まで眺めて、そんな事を言い放ったのだ。

これにはさすがに、ちょっとどうなんだろう、と思ってしまう。

小さいのは知っている。

だがみすぼらしい恰好はしていないぞ、この服は騎士の正しい恰好だっぺよ、皆こんな格好じゃないか、と声を大にして言いたくなる。

だが彼女からすると、おいらはずいぶんと役に立たなさそうに見えるらしい。


「非力そうな体で、勇気もなさそうな顔で、おまけに世間知らずの役に立たそうな子供にしか見えませんわ、こんな者を護衛に指名するなんて」


「こんな者、というが、アーシャは並の実力の持ち主ではないぞ? そんな体だが力は普通の男を凌駕する。胆力もある。そして何より持久力を備えている。少人数の護衛とともに行く事になっているのだ、これ以上頼りになる護衛もそうやすやすとは見つからないぞ」


ディアノン様が、気分を害したように答えている。おいらは言われた中身に嬉しくなった。

おいらちゃんと、役に立つって認められてるっぺ! やった!

そんな風に内心で喜んでいるのを隠していると、彼女が不機嫌そうに言う。


「だってこんな弱そうな子供が、わたくしを守ってくれるなんて思えませんわ」


「守ってもらえないと思うのであれば、西の国に同行しなくていいだろう。あなたは西の国に行く理由がないのだから」


「まあ! わたくし、婚約者を死地に送り、帰りを待つ消極的な女ではございませんわ。ともに参るに決まっているではありませんか」


それまでも、結構ないらいらするやりとりをしていたのだろう。

ディアノン様の瞳が鋭く尖り、唇に辛辣な笑みが浮かび、声は吹雪のように冷たくなった。


「いい加減にしろ。あなたは俺の婚約者ではない。母上が勝手に言い出しているに過ぎない。俺はそれを受け入れていないし、婚約の契約書に署名もしていない」


うぎゃあ、とおいらは悲鳴をあげたくなった。だってこの声はものすごく怒っていた。

いい加減に黙れ、と言っているに等しい声だった。

言われているわけじゃないおいらが、かなり怖くなったその声は、まだ続きそうで、ディアノン様の背後に控えているスーズさんが、視線で、こっちにこっそり来い、と手招きしていたから、おいらは目立たないように大急ぎで、そちらに小走りで近寄った。

おいらは、魔王と一騎打ちはしたけれど、怖いものなしなわけじゃない。怖いものはいっぱいあるのだ。先生のゲンコツとか。激怒している人とか。荒れ狂う海とか。

とにかく、怒っているディアノン様の機嫌をこれ以上悪くするのは遠慮したい。

そんなわけで、スーズさんの脇に並ぶと、お嬢さんが言い返した。


「わたくしは、王妃様に認められた婚約者ですわ、王妃様に認められたという事は、正式な決定と同じですわ」


「残念ながら、おれが婚約の契約書に直筆で署名をするまで、その言葉は妄言にすぎない」


「まあ、ひどい……」


お嬢さんははらはらと涙をこぼした。ディアノン様は更に容赦なく言う。


「空涙など流しても、無様なだけだ。目障りだ、止めろ」


これに、彼女が泣くのを止めて、顔を真っ赤にして怒りの表情をとる。

本当に空涙だったらしい。演技が上手なお嬢さんである。

そしてディアノン様は、いい加減に今日の予定をこなしたかったらしい。


「俺はあなたを連れて行かないと決めている。父上にもしっかりと話している。第一あなたを連れて行く事を、公爵は許可していない。父親に許可もなく、国を出られるわけがないだろう」


言外に、馬鹿かおまえは、という言葉が聞こえてしまったのは、おいらだけだろうか。

きっとおいらだけであったのだろう。


「殿下、お聞きください。愛するものだけが、殿下をお救いする事が出来るのです」


「俺がいつあなたを愛したのだ? いい加減に出て行ってくれ。仕事の邪魔だ」


「殿下! わたくしこそが、殿下を悪しき呪いから救い出せるのです! 王妃様がそうおっしゃいました!」


「母上は魔法の事を何一つわからない人だ。そんな人が言った事を、信じるとはあまりにも世間知らずになってしまうぞ。スーズ、部屋の外までお送りしろ」


「かしこまりました」


スーズさんが優雅に彼女に一礼し、退室を促す。

そしてそのお嬢さんは、強制的に、部屋から追い出され、そこでようやく、部屋の中は静かになったのであった。


「北の魔の山に、大した護衛もつけずに良家の子女を連れて行けというとは……母上は馬鹿なのか?」


「王妃様にとっては、もうここまで来たらお伽話の世界なのでしょう。北の魔の山の危険性を、愛の力が打ち勝つと思っていらっしゃるのかと」


スーズさんがげんなりした声で言う。


「お二人とも疲れてるっぺな……」


「当たり前だ。出発のための目録を確認しているさなかにやってこられて、延々、連れて行く、行かない、とやっていれば誰でも疲れるに決まっている」


ディアノン様がここで、がちゃがちゃと引き出しを乱暴に開き、中から砂糖菓子入れを取り出した。

そしてそこから二つも飴玉を取り出して、無作法に噛み砕いた。


「殿下、それは下品ですよ」


「知っているがやらせろ、これ位しなければ意識も切り替えられない」


噛み砕いた飴を飲み込んで、ディアノン様は落ち着いたらしい。

そこでおいらに問いかけてきた。


「伯爵家に送り届けてきたのだろう、どうだった」


「皆喜んでたっぺ」


「それはよかった。……女が嫌いだから、不幸になれ、とは思えないからな」


「すみません、ディアノン殿下」


そこでディアノン様が、ちょっと機嫌がよくなった時、扉が叩かれて、向こうから声が響いたのだ。


「明後日の出発の前に、陛下からお言葉があるそうです。急ぎ大広間まで」


「父上が。いったい何の用事だ……?」


いいつつすぐさま、王に会うために相応しい公式の衣装に着替えたディアノン様を見て、おいらはこの嵐が、そう簡単にすぎない気がしてきた。


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