第四十九話 アーシャ、謁見の間に行く
「魔女を倒してきたのか、ディアノン」
「いいえ。魔女殿に謝罪を行い、一つの約束と引き換えに、一時的に呪いを抑えてもらっております」
「だろうな。王妃が、ディアノンが魔女を殺して、呪いから解放された、と主張していたが、それならば医療院にいる伯爵家令嬢の呪いも、解けなければならないからな。おかしいとは思っていたのだ」
おお、話が早い。王妃様が話を聞かない人なのに、王様は話をちゃんと聞く人のようだ。為政者だからだろうか。誰の話も聞かない、専制君主の国は滅びやすい、って誰かが言っていたっぺな。
「で、何の約束をしてきたんだ? ディアノン」
問いかけてきたのは、ディアノン様より年上の、でも王様よりはずっと若い男の人だった。
顔の感じが何となく、王妃様を思わせる。
ご兄弟だろうか。
「せっかちですよ兄上、今から説明をしようと考えておりました」
「魔女との約束は重んじられる物だ、中身を早く聞きたいと思って何がいけない」
兄上だったのか。兄上は呆れた、と言わんばかりの態度である。
何というか、弟の出し惜しみに呆れている感じでもある。
別に説明するんだから、出し惜しみじゃないっぺよ、なんて思うのはおいらだけだろうか。
と思いつつ、ディアノン様が口を開く。
「海辺の魔女殿は謝罪を受け入れてくれました、しかし呪いを解く対等な対価を必要とするため、対価として西の国の、北の魔の山にあるという、美の女神の泉の水を所望しましたので、それを叶えると約束いたしました」
「ああ、誰でも美しくなれるという、あの驚異的な魔法の泉の水か」
どこか納得した声で、兄上が言う。
「兄上はこれに関して、詳しい事をご存じなのですか?」
「我が婚約者である、西の国の王女が、顔にひどい跡が出来てしまい、それを治すために、欲しがったと聞いている。腕利きを遣わせようとしたところ、西の勇者とその仲間たちに依頼したから問題ない、と拒否されたのだ」
「そして西の国の王女殿は、それを手に入れたのですか?」
「その知らせはまだ入ってこない。大方勇者であっても、北の魔の山の攻略は難しく、時間がかかると言った所だろう」
兄上の答えである。そうか、まだ手に入っていないのか。
……皆生きてるだろうか。もう関係ないけど、死んでほしいとは思わない。
それはおいらがお人よしなのだろうか……わからない。
そんな事を思った時だ。
だが、と王様が口を開いた。王様がそう言った事で、兄弟たちは父親を見る。
「海辺の魔女殿は、ディアノンの幼い護衛が、西の勇者と同じ力を持っている、といった事を言っていただろう」
「ああ、確かに……」
「魔女の呪いをはね返せるのは、当代では西の勇者だけだとおっしゃっていましたね……」
「そうだ、そこが気になる。西の王女が偽物の勇者に依頼したのならば、北の魔の山で、望みのものを見つけられるわけもない」
確かにそうである。北の魔の山の魔物は強い。そして北の魔の山は険しい事でも知られている場所だ。
余程の腕が見込まれない限り、北の魔の山で、目的の物なんて見つけられないだろう。
だから、一般的な兵士たちではなくて、西の勇者に、西の王様が命令したのだから。
「勇者の素質は置いておこう。……ディアノン」
ここで勇者の是非を問うても、話が進まないと思ったんだろう。
王様が厳かな声でこう告げた。
「はい」
「王としてお前に命令を下す」
「はい」
ディアノン様が姿勢を正す。いや、もともとぴしっと立っていたんだけれども、ちょっと空気が変わったのだ。
後ろのおいらまで、姿勢が変わりそうな位に。
「お前が、北の魔の山に赴き、美の女神の泉の水を持ち帰ってくるのだ」
「わかりました」
「ついでに、俺の婚約者の近況も聞いてきてくれないか、手紙ではどうも書く仕事がある気がしてならない」
「ボルドニオ。私情を挟むな。だがそれも行ってくるように」
なるほど、兄上の名前はボルドニオなのか。おいらは一つ覚えたので、頭の中に入れておく事にした。
「わかりました」
ディアノン様はそう言って、一礼し、退去の作法を守ったまま、謁見の間から出て行った。
おいらもその後に続こうとしたのだが……
「そこの護衛は残るように。直々に話がある」
そう、王様の傍に控えていた……確か宰相さん……男の人が言ったため、その場に残る事になったのであった。
いったい何を言われるんだっぺか?
「ディアノンの護衛よ、竜退治の騎士よ」
「はい」
「お前はずいぶんと、我が妻を怒らせたらしいな」
「そうでしょうかね」
「お前を解雇しろ、と物凄い剣幕だったぞ」
おいらは、昨日の王妃様を思い出した。
確かに滅茶苦茶怒っていたし、解雇だのなんだのと言っていたのは間違いない。
「では、解雇にするんだっぺか」
「竜の生ける死体を一人で何とか出来る子供を、野放しにすると思うか?」
「個人的には思わないっぺな」
でも王妃様が、そこの所をわかっているかどうかは知らない。
おいらが野放しにして、他所の国に取られたら、どれだけ面倒か持考えていなさそうだったし、竜の生ける死体に対しても、魔女と同じくらい軽く考えているかもしれないと、ちょっと思ってしまった。
「そうだ、お前を解雇だの追放だのをしても、この国に益はない。そしてお前はどうやら、私の息子に対しては、限りない真心を尽くすようだ」
「まごころ……?」
言われておいらは大真面目に、ディアノン様への真心の有無を考えた。
だが思い至らなかった。でも……
笑ってほしい、幸せでいてほしい、そのために力を尽くそう、と思う事が真心ならば、おいらは真心を王子様に向けているに違いなかった。
「父上、どうやら子供過ぎて、自覚もないようです」
ボルドニオ殿下が、肩をすくめた。呆れていそうだが、おいらは最近、変な事ばっかり聞かれている気がした。
愛とか真心とか、縁のないものばっかりだ。
いったい何なのだろう、ここ最近は……
「そうか。自分ではわからないか。だがわからなくてもかまうまい。そして我妻がいくら解雇だのなんだのと言っても、お前を他の国にくれてやるわけもない。王妃の言葉は、気にしなくて構わない」
「構わないっぺか……」
「お前がディアノンに対して、忠誠を尽くしているという事実は消えないからな。……ところで」
王様がおいらを見て、おいらのはらわたの中身まで見透かそうと言わんばかりの視線で、こう問いかけてきた。
「お前は、行方不明になっている、真なる西の勇者、アーシェニカか?」
おいらはぎょっとして唇が引きつった、アーシェニカは、おいらの名前だった。
おいらが、西の国に置いてきてしまった、本当の名前だった。




