第十三話 アーシャ、初仕事をする
「だがしかし、納得がいかない部分はあるな、お前は筋力などを増強する薬でも飲んでいたのではないか?」
「そんな物飲まされてたら気付くっぺよ」
おいらは西の国で死ぬほど苦しい訓練を受けたし、訓練の途中で気を失う事だってざらだった。
でもそのたびに、水をかけられて、たたき起こされて、また訓練がはじめられたのだ。
「お前以外に西の魔王と戦える奴はいないのだ! お前がここで倒れるなど生意気だ!」
とか何とか言われていた事をどうしてか、思い出した。
「おいらにそんな高価なものを使うなんて、出来なかったはずだし」
筋力増強の薬などは、副作用が出ると生死にかかわる。
西の魔王と戦ってもらわなければならないおいらに、副作用で死なれたら困るはずだ。
だからそう言った物は、極力避けられたのだ。
「つまり生まれ持った体質の結果か?」
「んじゃねえかな、と思うっぺよ」
おいらはそれ以上話す事が見つからなかったから、ディアノン様に問いかけた。
「おいらは、ディアノン様のなんだっぺ?」
「何だとは?」
「お貴族様は、じゅーしゃとか、ごえーとか、あるっぺよ。あと小間使いとか侍女とか……」
おいらが西の国の宮中で聞いた事を喋ると、彼は顔をしかめた。
「俺は女を雇わない。……女は苦手だ。何かと口うるさくてな」
「へえ……」
おいら女なんだけど、きっと気付かれてないんだっぺな……
おいらはここでその事実を言うか考えたのだが、言わない事にした。
女を雇わないと言いつつもおいらを雇う事は確定していたみたいだから、言わない方がいい気がしたのだ。
せっかく雇われる事になったのに、一日でやめるなんてもったいない。
「それに女は……お前に言ってもどうしようもないな。こんな子供に」
またしても子供扱いである。だがおいらの見た目はまだまるで子供な自覚があるから黙っていた。
もしかしたら、子供だから女という枠に入れられていないのかもしれない。
きっとそうに違いない、とおいらは判断した。
流石に、男か女かの区別が全くつかないほど、おいらが男に見えるわけもないと信じたいのだ。
きっと子供時代限定の仕事先になりそうだな、女っぽく見えるようになったら、やめる事になるに違いなかった。
「お前の役割は、そうだな、護衛だ」
「子供の護衛なんてありだっぺか?」
子供に見える事が事実だから聞くと、ディアノン様が不敵に笑った。
「だから得なんだ。一見するとか弱い従者に見える子供が、不測の時代になった時戦える……というのは何かと重宝する」
おいらは戦闘能力は認められたらしい。
そりゃおいらは、魔王と戦えるだけの筋力も持久力もあるから、気にしない事にした。
そしておいらは、一通り道を復習した後、こう言われた。
「休憩だ、茶をもらいに行ってこい。お前の初仕事だ」
それは護衛じゃなくて従者の仕事だっぺと、言いかけて、ああなるほど、おいらは従者の皮を被らなきゃいけないのだな、と察した。
従者と思わせるには、なにかとそう言った事をしている場面を、色々な人に印象付けなければならないに違いない。
おいらはさっそく、厨房へ行く道を歩き出した。
「あ」
茶って言ったけど、何のお茶だっぺ……
大事な事を聞き忘れた事に気付き、おいらは慌てて引き返した。
もう一度ディアノン様の部屋に入ると、彼は妙だな、といった顔になった。
「どうした、早すぎるぞ」
「茶って何茶をご所望だっぺ。それ大事だってのに聞きはごっちまった」
「……普通丹茶だろう」
丹茶とは、赤い発酵させたお茶である。ちなみに手間がかかるから高級品だと、西の国では言われていた。
この海の国でもそうなのだろう。お貴族様が当たり前だと思っているのならば。
「んじゃあ、丹茶とお菓子は何がほしいっぺ」
「それは厨房任せだ。早く行ってこい。時間は有限だ」
さっさと行けと言わんばかりに手を振られ、おいらは急ぎ足でもう一度、厨房に行く道を進んだ。
厨房は休憩時間だったらしく、厨房の人たちがカードゲームにいそしんでいた。
その彼等に、おいらは声をかけた。
「なあすみません」
「なんだ、見ない顔だな」
「あ、聞いているかもしれない。ディアノン殿下の新しい従者だろう」
「ああ、おととい十六人目の従者が追い出されたって聞いたしな」
厨房の人たちは、あっという間においらの仕事を当ててきた。
にしても、十六人も従者を追い出すって、従者が、何をしたんだろう。
そんな事を思いつつ、今はお茶の用意だと気を取り直し、おいらはディアノン様の注文を告げた。
「ああ、いつもの。お菓子はこれを持って行ってくれ、力作だ。数日酒を塗って寝かせたから、今が一番おいしいんだ」
「へえ、甘いお酒を塗ってるっぺ」
「そうだ。塗ると塗らないとでは菓子の仕上がりに大きく差が出るんだぞ」
丹茶の用意と一緒に、丸々一本、四角いケーキが皿に乗せられる。
「ディアノン様は甘党だからな。いつも厚くケーキを切るんだ」
「かなり甘党だっぺな」
「そうだ。砂糖もかなり使うらしい。覚えておくように」
そんな会話をしつつ、おいらは保温機に入っているお湯と、茶葉の入った鍵付きの箱と、茶器一式をお盆に乗せて、来た道を戻る事になった。
「保温機なんて初めて触るっぺよ……」
魔術の付加された保温機は、お貴族様の中でもさらに高位貴族の家にしかないもので、確かにお城にはあってもおかしくないものだ。
しかしおいらには一生縁がないものと思っていたから、人生何が起きるかわからないな、とおいらは改めて、人生の数奇さに思いをはせる事になった。




