第十二話 アーシャ、遅刻をする
「アーシャちゃん大抜擢じゃない! おめでとう!」
「アーシャちゃんがいなくなるのは寂しいけれど、アーシャちゃんが幸せならその方がいいさ!」
王宮にお勤めとなったら、今までの仕事は出来ない。だから朝早いうちに、おいらはいつもお世話になっていた勤め先とか、仕事を紹介してもらった斡旋所とかに、挨拶をして回った。
皆最初はびっくりしたものの、おいらが王子様を暗い海で助けた事は、結構知られていたから、誰も疑問に思わなかった。
そして、寂しくなるけど、って言いながら、おいらの新しい仕事をお祝いしてくれた。
そんな区切りをつけてから、おいらはお城に向かった。お城に向えば、後はディアノン様の所に行けばいいから、問題ないのだ。
そう思っていたのだが、まず初めから大変だった。
「お前のような庶民に、王子殿下がお会いするわけがない!」
と兵士に、門前払いをされかけたのだ。
幸いというべきか、その辺を通りがかった、昨日の道案内の人が説明して、おいらは無事に王宮に入れた。
だがここからも大変で、まず道が分からない。道をこれから覚えるにしろ何にしろ、とてつもなく王宮という物は複雑だった。
そして迷いに迷って数時間、日も高くなってからやっと、昨日の場所についた時、おいらは初日から遅刻か、まずいな、と思うだけの理性はあったわけだ。
そのため、そろそろと慎重に扉を開けると、そこではディアノン様が、書類と戦っていた。
「誰だ」
扉が開いた音に気が付いたから、そう言ったのだろう。
おいらは答えた。
「今日からここで働かせてもらう事になった、アーシャだっぺ」
「ふん、初日から遅刻か、なかなか図太いな」
「道が覚えられなかったっぺ」
「誰かに聞かなかったのか」
喋りながらも、ディアノン様は、書類から目を離さない。よっぽど大事なものなのだろう。
「道を聞いてもナントカの間、とか言われてお手上げだったっぺ」
そのナントカの間が、分かれば苦労しなかったに違いない。
おいらが心底そう思うと、彼は顔をあげた。
「たしかに、右も左もわからない田舎者に、部屋の説明をしてもわかるわけがないか」
「ちゃんと廊下を歩いてきただけ褒めてほしいっぺよ」
道中、何度、目的地のために屋根を移動したくなったか……というのは言わない事にする。
屋根の上を渡ろうなんて、さすがに言えない。
「そうか。なるほど」
ディアノン様はしばし書類を見た後、それを片付けて立ち上がった。
「スーズ」
「はい」
その呼びかけに答えたのは、部屋の隅でそっと控えていた使用人の人だった。
「少し休憩がてら歩いてくる。戻ってきたら茶を入れてほしい」
「かしこまりました」
休憩をするのか、だったらおいらは何をすればいいのだろう。
そう思ったおいらを見て、ディアノン様がこういった。
「大まかな場所の説明をしてやる。ついて来い、アーシャ」
「王子様直々だっぺか」
恐れ多いな、と思ったおいらを見て、ディアノン様が言う。
「俺が自分の我儘で雇ったのだ。俺が教育しないで役立たずのままにするわけがないだろう」
おいらを雇うのは我儘だったのだろうか。
我儘を貫きたかった理由は何だっぺな……と思いつつ、おいらは彼の後に続いた。
「とにかく、仕事で使う通路を初めてに覚えろ」
そういう事で、おいらは初日に、五本の道を覚える事になった。
近衛兵の詰め所に向かう道、玉座の間に向かう道、厨房に向かう道、訓練所に向かう道、書類を宰相に提出するための道。
大体この五つを覚えれば、しばらくは何とかなるらしい。
それだけ必死に覚えたため、ちょっと未来が明るくなる気がした。
「お前は道を覚えるのがうまいらしいな」
復習のために、おいらを先に歩かせて、どこへ行くか指示を出したディアノン様が、感心したようにいう。
それはおいらが、どこと指摘された道に、ちゃんと向かえるかららしい。
「目印なしの山の道を覚えるよりはましだっぺよ」
目印がない状態で、険しい山脈を横断しなければならなかったあの大変さに比べれば。
目印になる装飾品が置いてある城は、結構覚えやすかった。
「お前はどんな生き方をしていたんだ……?」
流石にそれはない、と思ったらしい。だがおいらは胸を張ってこう答える。
「ディアノン様が考え付かない人生だっぺな!」
勇者だったとか、魔王と一騎打ちしたとか、普通考え付かないだろうから、これであっているのだ。
そして功績は横取りされたけれども、おいらが戦ったから、今西の国は平和だと思うと、まあ腹も立つし悔しいが、過去の事だと割り切れる。
おいらの仲間を見る目が足りなかっただけだっぺよ……言っていて寂しくなってきたっぺ。
「……そうか。ところでお前は、戦えるのか」
「魔物とかとだったら行けるっぺよ、でも人間相手はあんまり得意じゃないっぺ」
「何故だ?」
「だって人間ってすぐに潰れるっぺよ。だから殺さずに戦うのが難しいから、人間は得意じゃない」
「人間がすぐに潰れる……か?」
「おいらけっこうきつい訓練やったから、馬鹿力になり過ぎてんだ」
それを聞いたディアノン様が納得する。
「だから海で、俺を助けられたというわけか……」




