番外編 この王子本当に大丈夫?
多くの方に読んでいただき、ジャンル別日間ランキングでも予想外の上位になることができました!
本当にありがとうございます!嬉しいです!
もう少し楽しんでいただきたくて、番外編を加えました。
リンデルの侍女であるエレナ視点です。よろしくお願いします!
私の朝は早い。
王宮の侍女頭に、リンデルの予定を確認するところから仕事は始まる。
侍女や侍従が集まる朝礼を済ませてから、そっとリンデルの私室に入ると、続きの間にある寝室からはまだ何の音もしない。
少し時間も早いのだ。
今日は、リンデルに朝一の予定はない。
彼女は連日の王妃修業で疲れている。まだ寝かせてあげたい。
私の仕事はリンデルの身の回りの世話なのだ。
洗面の桶やタオル、化粧水、保湿液、コットンやその他の化粧品などをチェックする。
クローゼットにある部屋着とドレスの確認をして、アクセサリーとの相性を見る。
靴の傷や汚れも見逃さない。
それを済ませると、厨房へ朝のお茶用のワゴンを取りに行く。
朝食はそれとは別なワゴンに乗せて、三十分後に取りに来ることを厨房の料理人に伝える。
卵などは直前で焼いてもらうのだ。
戻ってくると、寝室からすっと誰かが出てくるのが見えた。
「おはようございますお嬢様。お早いですね、お茶の用意…を…」
言葉が途中から迷子になってしまった。
なぜなら、リンデルの寝室から出てきたのは、彼女ではなかったからだ。
慌てて深く礼をする。
「し…失礼しました」
「いや、いい。見つかってしまったな」
悪戯を見つけられた子供のように微笑む彼は、つい先日リンデルの婚約者となったルーイ・パライア王子殿下だ。黒髪碧眼のこの国の第一王子。
先日、彼は旧知の公爵令嬢と婚約破棄し、男爵令嬢であるリンデルを王宮に連れ去って、彼女を婚約者にしたのだ。
ここは王宮の一室。
リンデルは、彼の妻となるためここに軟禁されて王妃修業をしているのだ。
頭を下げたままの私の横を、ルーイ王子は失礼すると言って部屋から出て行った。
私は頭を上げると、もう一度寝室のドアを見た。
(寝室からは、何の物音もしなかったのに……いたの……?)
それどころか、この部屋に誰かが入った形跡もなかったのに。
というか、さっき通り過ぎた彼の足音、聞こえなかった気がする。
いくら厚い絨毯が敷いてあるにしても、おかしいのではないか。
私はぞっとした。
そもそも、彼はなぜリンデルの寝室にいたのだ。
私は確かに昨日彼女が寝入るのを確認して退室した。その後で、侵入してきたのか。
それに、今部屋からでてきたということは、婚約したてで結婚もしていないリンデルと一夜を共にしたということか?
(まさか…)
私は、意を決して寝室のドアをノックした。
「お嬢様。お目覚めですか?」
「…………エレナ?今起きたわ。入って」
いつも通りのリンデルの声が返ってきて、ひとまず緊張を緩めた。
カチャリとドアを開けると、まだむにゃむにゃとしたリンデルが目に入る。
その様子にも変わりはない。
しっかり寝巻を着ているし、ベッドのシーツにも怪しい乱れはない。
いつも通りの朝の寝室だ。
「おはようございます。お茶はこちらで?」
「ここでお願い。まだ少し眠いの」
「今日の予定は、十時から座学だそうですよ」
「ではまだゆっくりできるのね。助かったわ」
リンデルはそう言うと、もそもそと枕を抱えてベッドに座り込んだ。
私がポットにお湯を注ぐのを寝ぼけ眼で見つめている。
(いつもと変わりないように見えるけど…リンデルが隠しているだけ?)
「お嬢様。昨日の夜はよく眠れました?」
「えぇ、連日座学やらダンスレッスンやらで、くたくただもの。夢も見なかったわ」
「さようですか…」
(殿下は何してたんだろう…まぁリンデルに何もしてないならいい…か…?)
リンデルの表情や、話し方はいつもと同じなのだ。
何かされたとは思えない。
彼女とは幼いころから一緒にいるので、私が彼女の変化を見逃すはずがないのだ。
私は表情を変えないようにしながらも、ほっと一安心した。
彼女はお茶を飲んで少し目が覚めてきたらしい。
私とリンデルは、同じ年に生まれ、下町で育った。
リンデルの両親は没落した伯爵家の息子と、男爵家の娘。彼らは駆け落ちしてリンデルをもうけた。
私の両親は、そんな彼らを心配して着いてきた男爵家の侍従と侍女なのだ。
彼女の両親の逢瀬を手引きしていたのは私の両親らしい。
そんな私たちは、まるで姉妹のように育った。しかし、幼いころにお互いの両親が亡くなってしまい、二人で孤児院へと入ることになってしまったのだ。
だが、そこは色んな意味で危なかったのでスラムへと逃げ延びた。
性別や名前を偽り、二年ほどそこでどうにか暮らしていたが、リンデルに男爵家から迎えがきた。その男爵家の恩情で、私も男爵家で雇ってもらえたのだ。
私は、一生リンデルに尽くすつもりだ。
男爵家へ一緒に連れて行ってもらった恩からだけではない。
下町で、スラムで、男爵家で、彼女の存在がどれだけ私の支えになったか。
可愛らしい顔をして屈託なく笑い、何事にも前向きで、さらに度胸もある。
そんな彼女が、私は大好きだった。
彼女は身分が分かたれてからも、私を親友だと言ってくれる。
私も、ずっとそう思っていた。
いつか、彼女が男爵家から他家へ嫁いでも、絶対に着いて行こうと思っていたのだが。
(まさか王宮に来ちゃうとは…)
リンデルの希望は田舎の貴族に嫁ぐことだったので、私も将来的にはのんびり過ごせるかなと思っていた。
なぜこうなってしまったのか、今でも信じられない。
(うん…さすがに王子に拉致られるとは思ってなかったもんね…)
あれは忘れもしない、リンデルの学園卒業パーティーの夜。
リンデルを馬車で待っていたところ、静かに馬車の扉が開いた。
(あれ?思ったより戻ってくるのが早いな。油断してた。外で待ってるつもりだったのに)
彼女は馬車でくつろいでいてくれていいと言っていたが、最低限の礼儀は保たねばならない。慌てて、主人を迎えるため居住まいを正す。
「おかえりなさいませ。お早いお戻りで…」
「あぁ、そのまま。静かにしていてくれたまえ。私はルーイ・パライア。第一王子だ。悪いがここで少し待たせてもらう」
いきなりそうやって、すらすらとしゃべりながら入ってきた男性を見て、お辞儀の途中で固まってしまった。
なにせその人は、この国の王子であると名乗ったのだから。
話には聞いていた。
滑らかな黒髪に宝石のような青い瞳。長身ながらしなやかな体躯。美しく堂々とした出で立ち。
ルーイ王子は世にも麗しい美青年だと。
目の前の男性は確かにその特徴に当てはまる。
その人が有無を言わせず馬車の座席に陣取ったのだ。
「…………!?」
本当なら、同席するにはあまりに雲の上のお方。この場を辞するべきだと出て行こうとしたら、かすかに首を振られてしまった。動くなということだ。
そのまま対峙して約五分。あまりの出来事に、呼吸が浅くなり目の前が暗くなってきた。
私にとっては永遠にも思える時間だった。
次に馬車に乗り込んできたのは、私の主人であるリンデル。
何も気が付かずに座り込んだ彼女は、王子から声をかけられると、のけぞって悲鳴を上げた。
(やはり本物なのね…この様子だとリンデルも、何も知らなかったんだわ…………)
リンデルからは、なぜか王子に追われると聞かされていたが、どうやら違うらしい。
淡々とリンデルへの愛を語る王子と、慄きながら反論するリンデル。
何も言えずにそれを見ていると、最後の最後に王子がこう言った。
「…君が逃げてしまうと、エレナがどうなるかわからないよ」
私はどうやら人質になってしまったらしい。
(というか、なんで私の名前知ってるんだろう…!?)
何故、たかが男爵家の侍女の名前など知っているのか。面識はないはずなのに。
仄暗い笑みでリンデルを抱える王子。恐怖を浮かべたリンデル。
あまりの状況に私が震えていると、リンデルと目が合った。
一瞬、馬車の中に沈黙が広がった。
それを合図に王子が御者へ命じて、馬車は王宮へと向かったのだ。
それから、リンデルは軟禁され、私は彼女の世話をするよう命じられた。
王宮に勤める女官や侍女から必死でここのやり方を学び、なんとか今に至る。
今、寝起きでぽやぽやと紅茶を飲むリンデルに、王子のことを聞いてみることにした。
「最近、ルーイ王子殿下とはどうですか?」
「…なっなんで!?どうにもなってないけど!?」
「いえ、昨日両陛下に挨拶されたでしょう?一応正式に婚約されたので、何か変わったかと…」
「な…何もないわ!」
珍しく、お茶をこぼしそうになるくらいリンデルが動揺している。
言いながらぶわりと頬まで染めてしまった。
私は、いきなり態度が変わったリンデルに、おやっと目を瞠ってしまった。
今までは、ものすごく渋い顔をしたり、怯えて王子の悪行を訴えてくるだけだったのに。
(さすがに、殿下のことを意識するようになったかなぁ)
周りから外堀を埋められ、もはやどうにもならない状況なのだが、リンデルが王子を好きになるならそれが一番だ。
(でも、いきなりどうしたのかな?)
あれだけ怖がっていたのに、どうしてリンデルの態度が変わったのかと不思議に思っていたのだが、すぐにわかった。
午後、いつも王子は一時間ほどリンデルとお茶をする。
その席のことだった。
「リンデル、今日も可愛いね」
そう言いながら、王子がリンデルの髪に口づけたのだ。
お茶の準備をしていた私は一瞬止まってしまった。
今まで、リンデルをからかったり、微妙なことを言ったりすることはあったのだが、ストレートに褒めることはなかったからだ。しかもあんな甘やかな表情で。
私は何事もなかったかのように準備を終え、部屋の隅に下がった。
そこから、お茶の時間の初めから終わりまで、王子はリンデルを褒め上げて愛を囁いていた。
見た目は大変麗しい王子。
そんな彼から熱い瞳で見つめられ、頬や手に口づけを落とされ、腰を抱かれて愛を囁かれるのだから、たまったものではないだろう。
一時間ほどそれを見せつけられ、胸やけを起こしそうになってしまった。
どうやら、王子は方針転換したらしい。
その日から、お茶の時間はずっとそういうことをしていた。
私は無になることに徹した。
リンデルは、そんな王子にささやかな抵抗を見せていたが、真っ赤な顔で目を潤ませながらそうしても意味がない。
どうぞ続けてくださいと言っているようなものだ。
思った通り、王子は大変楽しそうにリンデルを翻弄した。
すっかり腰砕けになってしまった彼女に喝を入れ、次の授業に連れて行くのは私の役目なのでそれからの日々は大変だった。
さすがのリンデルも、日々の王妃修業に追われ、王子にそんなことをされ続け、すっかりまいってしまったようだ。正常な判断ができているか今一つわからない。
だが、王子の話題を出せば頬を染めるのだから、きっとまんざらでもないのだ。
結婚式の前夜、私は寝室に入ったリンデルに声をかけた。
「リンデル、本当にいいの?」
「エレナ…。久しぶりに口調を戻してくれたね」
「明日リンデルが結婚かと思うと、少し感慨深くなって」
「二人の時は、いつもそうしてくれていいのに」
「そうはいかないわ。ここは王宮だし」
「そうね…」
リンデルはふと遠い目をした。彼女は何を思い出しているのだろう。
さすがに親友が望まぬ結婚をするとなると忍びないので、つい聞いてしまった。
「やっぱり、ルーイ王子殿下は嫌?」
「え…?」
「あれだけ怖がっていたから、結婚して大丈夫なのかと思って」
「でももう、どうにもならないわ」
「そうだけど…」
「正直言うと、怖いと思う時はあるわ」
「…やはり殿下が怖いのね」
「で、でも。ああ見えて、殿下にも可愛いところがあるのよ?」
「え?」
「お顔はよく見ればかっこいいし、私のことを好きってことは本当らしいし、ああやって迫っては来るけど、きちんとわきまえてらして、口にキスされたことはないし」
照れながら話し始めるリンデルを見て、私は悟った。
(あ、これ心配することないわ)
「あー、もういい。もういいわリンデル」
「え?ちょっと!まだあるんだけど!」
「もう寝て。明日は早いから」
「聞いといてそれ!?」
私はベッドにリンデルを押し込んで寝室を後にした。
寝室から続く部屋を片付け、明日の準備を整える。
そして、退室した。
と、見せかけて静かに戻り、ドアの陰に潜んだ。
なんとなく、予感がしたのだ。
リンデルは寝てしまったのか、すぐに寝室は静かになった。
しばらくすると、ふわりと空気が動く気配がする。
目の前で、音もたてずにドアが開いたのだ。
「殿下。困ります」
私がそう言って進み出ると、困った顔をしたルーイ王子がそこに立っていた。
「入るところを誰かに見咎められたのは初めてだな」
「…不敬を承知で申し上げます。明日は結婚式ですよ?殿下も早くお休みになってください」
「リンデルが心配で」
「お嬢様はもう寝ておられます。」
「寝顔が見たいんだ」
「明日から一緒に寝るのでは…」
「リンデルを眺める機会を無駄にしたくないからね。昼間は私も忙しい」
「まさか、…毎日夜中にいらしてました?」
「そうだが?」
「…………さようですか…………」
私は深くお辞儀をして道を譲った。
(こわっ!!やっぱり怖いよこの王子!!前回だけじゃないんだ!!寝顔見て何してるの!?)
心底ぞっとしてしまい、せめて一時間で戻るよう王子に伝えてその場を後にした。
(逃げた私を許して!ごめんねリンデル!)
結婚式当日の朝、緊張してそれでも幸せそうなリンデルに、実は夜中に毎日王子が覗きに来てたよと伝えることはできず、粛々と準備を手伝った。
当日になって花嫁が逃げたとなれば、シャレにならないからだ。
リンデルのことは大事だが、私も自分の命が惜しい。
(大丈夫よリンデル。この王子はきっと絶対に浮気しないし、一生リンデルを愛してくれるはずだから…やり方はちょっとあれだけど。…………うん!幸せになってね!!)
私は、そう真剣に祈りながら、大聖堂へ向かうリンデルを見送ったのだった。
王子とリンデルの話は、ひとまずこれで終わりにしようと思います。
お付き合いありがとうございました!
次は王子の婚約者だった公爵令嬢のお話を書こうと思いますので、良ければまた見てくださいね!




