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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第10話 夢が迷う真っ直ぐな道
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 結局るうかはその日も一晩朝倉医院で過ごした。母親である順が夕方見舞いに訪れ、娘の顔色が悪いと心配をしてから帰っていった。るうかは夕食を終えてから消灯までの少しの時間を佐羽の部屋で過ごし、彼と他愛のない話をした。佐羽は何やらとても喜んで、終始優しい笑顔を浮かべていたものだった。

 夢の世界では輝名(かぐな)が虹色の女王の領地だった場所を自分達がどうにかするまでるうか達は休養をしてはどうかと提案し、佐羽が率先してその案を了承した。何しろあの巨大な“天敵”を一撃でばらばらに破壊する程の大掛かりな魔法を使ったのである。佐羽の身体の疲労は相当のものだった。昨夜心停止により朝倉医院に緊急搬送されたというのもどうやら夢での過負荷が原因らしい。輝名は佐羽の体力のなさを責めつつも、とにかく今は身体を休めろと呆れ顔で言った。

 るうかもまた休息を欲していた。身体の疲れも勿論だが、心がひどくくたびれていると感じていた。無理もない、と佐羽が言ってやはり優しい笑顔を向けてくれた。そこで湖澄(こずみ)が2人の静養も兼ねて一度ネグノスの里に行かないかと提案した。

 ネグノスの里は重い病気を抱えながらも治癒術による治療を受けずに痛みや苦しみをなくしながら穏やかに過ごすことを選んだ人々が、不思議な白銀の花に導かれて住む“楽園”である。湖澄は行方不明になっていた年月をそこで過ごし、里の人々の苦痛を和らげたり、里を守るための結界を張ったりして働いていた。るうか達と共に行動するようになってからも10日に一度程度は里を訪れ、苦痛を和らげるための魔法と結界の管理をしているのだという。確かにあの場所であれば“天敵”も出ることはないし、常に癒しの風が優しく吹いている穏やかな土地であるために休息にはもってこいだ。

 るうかも佐羽も湖澄の意見に賛同し、すぐにネグノスの里へと発った。以前2人で里に辿り着いたときには白銀の花による導きを頼りにしたが、今回は湖澄の転移魔法による移動である。負担はないに等しい。そして突然里を訪れたるうか達を、里の長であるセイマは穏やかな笑みで歓迎してくれたのだった。


 翌日、るうかは朝倉医院を退院して自宅に戻った。準夜勤務明けの順を起こさないようにそっと自室に入ったるうかはひとまず次の日に学校へ行くための支度をして、それから静稀(しずき)と理紗に連絡を取った。るうかの送ったメールに、学校にいる2人から返信が来たのはちょうど昼休みの時間帯のことだった。


『退院おめでとう!

 あんまり無理しないで、

 休める時に休んでおいた

 方がいいよ~(o~-‘)b

 明日は金曜だし、週末

 いっぱい休んで来週から

 出てきたら?』


『おめでとー! (>∀<)/

 るーかに会いたいよっ!

 あたしは元気o(^m^)o

 だから早くガッコ来て!

 待ってるぜっ!(≧ω≦)b』


 どうやら学校の方は特に問題はないようだ。理紗からのメールにも特に変わったところはない。彼女の夢の中での出来事についての記憶が一体どうなっているのかは気になるところだったが、るうかはひとまず安心して携帯電話をベッドの上に放り投げた。

 本当は彼女達より先に連絡したい相手がいた。改めて問うまでもなく、頼成である。しかしるうかは悩んだ。彼に連絡を取ることによって彼をさらに追い詰めるようなことになりはしないだろうか? るうかにとってそれは恐ろしいことだった。

 しかし最後に彼女はとうとう我慢できずに頼成のアドレスへとメールを送信した。1時間が経過し、2時間が経過しても返事はない。るうかは居間に行き、起きていた順と共に遅めの昼食を取ってから再び自分の部屋に戻った。しかしやはり頼成からの返信はなく、るうかは思い切って彼に電話を掛けた。

『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』

「……」

 そうだろう、とるうかも予想はしていた。彼女は黙って赤い携帯電話を折り畳むと、それを再びベッドの上に丁寧に放り投げる。退院前に佐羽から聞いた話では、どうやら柚木阿也乃の方でも頼成の足取りを追えない状態にあるらしい。つまり彼は毎朝呑むようにと阿也乃から支給されているカプセル発信機を呑んでいないということだ。とすると恐らく自宅のアパートや大学にも姿を見せていないのだろう。

頼成はこちらの世界でも消えてしまったのだ。

 かつて、湖澄もまた同じように行方をくらましていた。彼の場合は家族の安全や自分の考えを整理する時間を得るための雲隠れだったわけだが、頼成の場合はまた事情が異なる。彼は今もるうかの身の安全のために己の信念を犠牲にして浅海柚橘葉(ゆきは)や佐保里の利となる行動を取っている可能性がある。湖澄は自分と家族のために姿を消した。頼成は、るうかのためにいなくなった。

 るうかはそのことにこそ打ちのめされていた。自分のせいで頼成は彼が懸命に貫いてきた信念を曲げたのだ。彼自身がどれだけ苦痛に苛まれようとも決して曲げなかったものを、るうかのために曲げたのだ。彼はそれほどにるうかを大切に想っていた。そして想われていたるうかがそれに気付いたときにはもう、彼はるうかの手の届かない場所へと消えてしまった。「じゃあな」という短い一言だけを残して。

 るうかにできることは何もない。輝名もそう言っていたように、彼女が動けば頼成の想いは無駄になり、るうか自身も再び身の危険に晒されることになるのだろう。それこそ頼成の行動の全てを無に帰す最も愚かな結果を導いてしまう。だから頼成がこうやって消息を絶っている以上、るうかは何もするべきではないのだ。

 るうかはベッドに背を向けて机に向かい、今日の授業後に提出する予定になっていた英語の課題に取り組み始めた。体調不良による欠席が理由であれば、1日遅れでも受け取ってもらえるだろう。元より英語はるうかの苦手科目であり、真面目に取り組まなければ平均点を取ることすら危うい。

「“Having failed several times, she didn’t want to try again.”……ええと……」

 完了分詞構文、と題された和訳問題を前にるうかは苦い顔で首をひねる。せべらるって何だっけ、と言いながら辞書を開き、それから改めて構文の訳し方を思い出して解答を作っていく。

「“何度か失敗しているので……彼女は再び挑戦しようとは思わなかった……”」

 大体このくらいの内容だろうか。それから同じ内容で英文を分詞構文を用いずに書き換える。

「“As she had failed several times, she didn’t want to try again.”……?」

 一応英文らしきものはできたが、あまり自信はない。いっそのこと佐羽にメールで添削してもらったらいいのかもしれない。何しろ彼はあれで春国大学文学部英文科に籍を置く、英文スペシャリストの卵である。るうかが悩んでいる高校英語レベルの問題であれば苦もなく解いてみせるのだろう。

「何回か失敗したから、もう挑戦したくなくなっちゃたー……かぁ」

 るうかは赤いシャープペンシルを机に置き、ノートに綴られた自分の文字を目で追う。“彼女”が誰なのかはまったく分からない、ただの例文である。しかし“彼女”は諦める前に何度か挑戦したらしい。一体何度の失敗を繰り返して、“彼女”はこの例文のような結論に至ったのだろう。

「何回も失敗して嫌になっちゃうのは、当たり前だよねぇ……」

 再びるうかは独り言を呟き、シャープペンシルを手に持つ。そしてたった今訳した1文の下にこう書き付けた。

“しかし、私はまだ挑戦していない。”

「“However, I have not challenged yet.”」

 呟き、るうかは目を細めてその1文を睨む。そう、るうかはまだ何もしていないではないか。

 失敗すれば自分自身の命に関わるというのだから、諦めることもまた正しいのかもしれない。しかし、それでも可能性に怯えて挑戦すらせずに諦めてしまっていいのだろうか。るうかはそうやって頼成を切り捨てることができるというのか。ただ彼が彼女を想ってしてくれていることを切なくもありがたく受け取って、そうやって安穏と暮らしていればいいというのか。

 きっと、彼はそれを望んでいるのだろう。しかしるうかはそれを望まない。たとえその方法でしか彼女自身の安全が保障されないとしても、何もしないままただ諦めるなどできるはずがない。頼成に会えないということに、耐えられない。

「耐えられない」

 ぎり、とるうかは奥歯を噛み締めた。悔しさにまた涙が滲む。裏切りが何だ。信念を曲げて憐れな犠牲を生み出して、そこまでして彼女を守ってくれた彼のその裏切りを誰が責めようとも、彼女だけは責めることができないのだ。彼女にだけは、感謝と共にその辛さを等しく背負う義務があるのだ。

 るうかはそれから猛然と英語の課題に取り組み、さっさと翌日の用意と夕食の支度を済ませた。順は再び準夜勤務のために出掛け、その後部屋の掃除をしている内に父親である(さとる)が帰ってきたために一緒に夕食を取った。それから掃除の仕上げと風呂を済ませたるうかは早々にベッドに潜り込む。

 彼女はすでに決意していた。頼成を、たとえ拒絶されようとも捜し出そうと。

執筆日2014/03/14

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