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同じ夜の夢は覚めない 3  作者: 雪山ユウグレ
第9話 オルターナティヴ
36/42

3

 青みがかった魔法の光が消えたとき、そこにはもう2人の姿はなかった。輝名(かぐな)が言うにはそれぞれの身体はいるべき場所、つまり城へ戻ったということらしい。彼らはこれからあくまで“ホギ”と“リサ”という名前の別人としてこの世界で生きていく。そしてそれは向こうの世界に生きる(ほぎ)と理紗には全く関係のないものとなる。

「……良かった」

 るうかがそう小さな声で呟くと、輝名がそっと彼女に歩み寄ってその頭に軽く手を載せる。

「大したもんだな、お前も。あそこでよく迷いもせずにいられたもんだ」

「自分でも不思議です。でも、私の夢はまだまだ終わらない気がしているんです」

 答えたるうかに輝名はふうんと思わせぶりな相槌を打つ。そして彼はふと思い出したように口を開いた。

「そういやぁ、頼成が裏切っただの何だのと言っていたな。ありゃあ何だ」

 どうやら彼はまだ湖澄(こずみ)から事のあらましを聞いていなかったらしい。るうかは彼に頼まれて調査に赴いたイナトの村で黒い蝶と佐保里(さおり)の目撃情報を得たことから始まって今日までのことをできるだけ細かく話して聞かせた。一通りの話を聞き終わった後で輝名は再びふうんと頷く。

「で、頼成が鼠色の大神官に協力して黒い蝶を作った。それはほぼ間違いねぇんだな」

「槍昔さんから直接聞いたわけではありませんけど、否定もしていませんでしたから」

「ふん。それで、お前の言い分はどうなんだ?」

「と、言いますと?」

「頼成が裏切ったと本気で思っているのか」

 呆れたように輝名は尋ねた。どうやら彼は頼成がそんなことをするとは夢にも思っていないらしい。そう分かる顔つきで尋ねてくる輝名に対してるうかは少しだけ困ったような表情をしながら頷きを返した。

「はい、思っています。少なくとも黒い蝶のことや……タヨさん、あの大きな“天敵”をお城の庭に運んだのは槍昔さんです。それは私達にとっては裏切りです」

「……ほう。彼氏に向かって随分と酷なことを言うじゃねぇか」

「槍昔さんが何の理由もなく裏切るなんて思えないですから」

 それはそうだ、と輝名も頷いた。ここの見解は互いに一致している。では頼成がるうか達を裏切るような真似をした理由とは一体何が考えられるだろうか? 少しの時間を置いて、輝名は一瞬ぱちりと目を見開いた。逆にるうかはそっと目を伏せる。

 今までずっと考えていて、ついでに祝の自分に対する想いの告白を聞き、それに対する答えを返し、そしてやっと気付いたのだ。

 高校が夏休みに入る前、定期考査の後に起きた頼成の誘拐事件の直後だった。るうかも向こうの世界で浅海柚橘葉(あさみゆきは)によって拉致され、鎮静剤を投与されて人質にされた。佐羽と緑によって2人は無事に救出されたが、それはやはりるうかにとって衝撃的な出来事だった。

 向こうの世界、現代日本という世界も決して安全ではないのだと思い知らされた。向こうでは何の力もないただの女子高生であるるうかにとってその毎日は危険すぎた。しかし、結局その後浅海柚橘葉はるうかに何もしてこなかった。

 佐保里にしてもそうである。佐羽と暴力団を関係させて陥れようとした彼女の作戦にるうかが巻き込まれそうになったとき、佐保里はむしろるうかを守る方に動いていた。そう、“一世”は人間を殺すことを禁じられているというが、彼女にはその制約はない。彼女がその気になればあの状況を利用してるうかを現実からも夢からも排除することだってできただろう。以前彼女は「勇者という存在は希望を与えるものであるために、たくさんいられると困る」とそう言っていた。そのときはるうかを遠慮なく殺すつもりでいたのだろう。その後一体何が彼女を心変わりさせたのか。


「るうか、あんたのことは俺が守る」


 るうかの脳裏に、あの暑い日の公園で頼成から告げられた言葉が蘇る。彼は向こうの世界でるうかを危険な目に遭わせることは二度とないと言った。どうやって、と尋ねたるうかに彼は答えなかった。一瞬だけるうかから視線を外し、そして再び上げられた目には鋭い決意の光が宿っていた。

 やっと分かった。その答えがこれだったのだ。頼成はるうか達を裏切り、浅海柚橘葉・佐保里に協力することによってるうかを守るという交渉を行ったのだ。全てはるうかの安全のためだったのだ。

 どうして今まで気付かなかったのだろう。頼成の様子がどこかおかしいことにはるうかも前々から気付いていた。優しいのにどこかよそよそしく、かと思えば急に熱を帯びた言葉をかけてきたりする。彼自身が自分の信念とるうかへの想いとの間で板挟みになり、苦しんでいたことが今なら分かる。

 再び、るうかの頬を涙の筋が伝い落ちていった。輝名はそれを眺めるように見ながら、なるほどなと独りごちる。

「そうか。あいつにもとんだ弱点ができたもんだ」

「でも、槍昔さんはできる限り自分の信念を貫こうとしたんだと思います。“天敵”化の特効薬を用意していたり、黒い蝶を自分の血で浄化したり」

「都の鱗粉が収まったのもあいつの仕業かも知れねぇな。浅海佐保里がわざわざそんな後始末をしていくとは思えねぇ」

「そうですね……」

 だが、と輝名はわずかにるうかを睨みながら言う。

「あいつは自分の中で一番忌み嫌っていただろうことを実行した。分かるな?」

「……自分の手で“天敵”を生み出す」

「そうだ。元々賢者として治癒術を使っていたあいつは、佐羽に呪いをかけさせて全部の代償を自分で負う気でいた。そして実際に全身が石になるまでそいつを貫き通した。そこまでした男が、たかだか女1人のためにあれほど馬鹿でかい“天敵”を生み出す手助けをした。馬鹿で、愚かで、無様だ」

「……っ」

「……と、あいつ自身はそう考えるだろうな」

 そこまで言うと、輝名はくるりと踵を返して城の方向へと歩き出す。るうかは思わず彼を呼び止めた。

「待ってください! 私は……私は、どうすれば」

「……俺が何か答えたところで状況は変わらねぇ。頼成は二度とお前の前に現れないだろう。お前があいつの目的を知ってしまったなら、あいつはもうお前の隣にはいられねぇ。そうじゃねぇのか? お前を守るためにお前を裏切る。その矛盾に苛まれるあいつに、お前は何をしてやれる」

 輝名は振り返ることなくそう言いながらどんどんと歩みを進めていく。仕方なしにるうかも後を追った。

「二度と、会えない?」

「だろうよ。万が一会ったとしても逃げられる。今回みたいにな」

「それは槍昔さんが私を裏切ることでしか私を守れないからですか」

「そういう契約を“一世”と交わしたならな。むしろお前がそれに気付いたことが“一世”に知れた時点で契約は半分壊れたも同然じゃねぇのか? 向こうにばれると厄介だろう」

「じゃあ……じゃあ私には何もできないんですか。槍昔さんに会うことも、私達の方に連れ戻すことも」

「……それをすれば、お前はあっという間に浅海佐保里に消されるぜ」

 そう言って一瞬だけ輝名は足を止めた。るうかは少しだけ距離を置いてやはり立ち止まり、彼の淡い青色の瞳を見つめる。輝名の目には冗談やからかいの色は見られない。彼はただ真実と、考えられる可能性を語っているだけだ。

「お前がもし頼成にこのことを話して頼成がお前達のところに戻れば、契約不履行でお前が消される。そういう条件でもなければ頼成がお前達から……お前から離れる理由なんてどこにもねぇよ」

「……」

「別にお前を責めているわけじゃねぇから、そこは勘違いするなよ。お前は実際よくやった。お前に非はねぇ。頼成に裏切られても心折れることなく“天敵”と対峙し続けたお前を、あいつ自身も誇らしく思っているだろう」

 輝名の言葉がるうかの胸に刺さる。慰められているというのに、それこそがまるで鋭い槍の穂先であるかのようにるうかを貫くのだ。頼成は以前るうかに対して「尊敬している」と言ってくれた。その言葉に込められていた意味が今になって分かる。彼は自分がるうかを裏切るようなことをしていたために、なおさらるうかのことを眩しい思いで見ていたのだろう。ただ何も知らないがために素直に信念を貫くことのできるるうかに嫉妬に近いものを感じていたのかもしれない。

 るうかはその場で泣き叫びそうになるのを必死で我慢した。歩き出すことのできない彼女を置いて、輝名は今度こそ振り返ることなく城へと戻っていった。

 輝名の目立つ白銀色の後ろ姿がすっかり見えなくなってから、るうかは泣いた。どうせ林の中だ。人目をはばかることもない。子どものように大きな声を上げて、意味の分からない言葉を叫んで、泣いて泣いて泣き尽くした。

執筆日2014/03/08

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