第十一回 入学の目的について
『…………………ウィス』
学長レアリスは、その凛々しいタキシード姿とは打って変わって軽薄な挨拶を放った。
「なにあれ」
「いまなんて言った?」
「ウィス………、学長が?」
「あの人大丈夫な人?」
その意外な第一声にざわめきだした会場の生徒たちの間からは、怪訝そうな声が上がっている。
(そりゃそうなるだろ……)
「へー、おもしれー学長だな」
(変人同士だと抵抗はないのか)
開式の重々しい空気感を物ともせず大皿料理に手を付けていたゼスタは、そこまで気にしていないらしい。食事中にたまたま面白そうなテレビ番組を見つけたというような程度の反応だ。
『オレは学長のレアリス。まずはアカデミー入学マジおめっと!学長センセーはキミたちを心のド真ん中から歓迎しちゃうゼ!』
レアリスが一言、二言と続けるたびに、その都度会場がざわつく。
無理もない。レアリスのひょうきんな言葉選びはそのどれもが入学式の学長の祝辞として相応しいものではないからだ。
構わずレアリスは続けた。
『いやーにしても、今年もメッチャ新入生入ったなァ〜。毎度壮観な眺めだねぇ』
まるで他人事のような言い草だ。
レアリスは遠くの景色でも眺めるかのように、額に手をかざして壇上から会場を見渡した。そうして視線を右から左へと横切らせると、それが自分の辺りに差しかかったところで、不思議とヒロはレアリスと目が合ったような気がした。
そんなわけはない。ヒロの席から壇上のレアリスまではかなりの距離がある。その上この人数だ。一人ひとりの顔を判別できるはずがない。それでも、ヒロは目が合ったような感覚に思わず身をすくめた。
どうやらそれを感じたのはヒロだけではなかったようだ。レアリスの学長らしからぬ態度を不審がって声をあげていた生徒たちが次々と静かになっていく。そうして会場はたちまち静寂と妙な緊張感に包まれていった。
隣を見ると、真面目に話を聞くつもりすらなさそうだったゼスタでさえ、姿勢を正して座り直していた。
『ンー、みんなイイ顔してんジャン。カンシンカンシン』
『…………ほんじゃ、まーみんな既に知ってるとは思うケド、まずは改めてアカデミーについてオレの口から簡単に説明させてもらおっか』
『アルトニア魔術アカデミーは、その名の通り魔術を勉強するガッコーだよん。魔術を研究・開発する「魔術学科」、魔術戦闘を学ぶ「実技学科」、魔法具の開発を行う「魔法工学科」、魔術を用いた医療技術を学ぶ「魔法医学科」、魔法生物や幻獣の生態研究や飼育管理を学ぶ「魔法生物学科」、一般教養と魔術基礎全般を扱う「普通科」の六つの学科に分かれてるね。世界でも有数の規模を誇る魔術学校ってワケだ』
『みんなは720期生ってコトだけど、前身である王国軍直下の魔術研究機関時代まで遡ると千年以上の歴史があるらし〜よ。マジエグいよね!』
(千年………。日本なら平安時代くらいまで遡れる長さか?たしかディナは勇者が魔王を倒したのが八千年くらい前って言ってたっけ。この世界は全体的に歴史のスケールが大きいな………)
『だからみんな、そんな歴史に恥じない自覚をチョー持ちまくれ!……………なんてことはなくて、まーオレ的にはのびのびやってってほしいかな〜ってカンジ!厳格な風紀とか規律は二の次。アカデミーは生徒の自主性を大事にする自由度高めな校風を目指してまっス』
「自由か〜、ワクワクしてきたな」
(ゼスタのような生徒にも自由を与えていいものなのかは甚だ疑問だ…………)
『ところで、みんなは何をしにアカデミーに来たのかな?』
(…………!)
『将来の夢のため。家業を継ぐため。学びたいコトがある。なるほど理由は人の数だけあるだろーね』
(………入学の動機、か。流れのままに行き着いた俺には、そんなものはない。本当はあるべきなんだろうけど)
『でも、中にはなんとなくで入った子や、親に言われて入った、他にやりたいことがなくて仕方なく来た子もいるかもしれないね』
『………だけど、全然それでもオッケー!モチロン理由があることもサイコーだけど、理由がないといけないコトなんてないよネ!』
(……………そうだろうか)
(そんなことはない。明確な目的があった方が良いに決まってる。それが例えゼスタみたいにくだらない目的だったとしても。目的のために費やした時間と、目的もなく費やした時間のどちらが価値が高いかは明白だ。そうして俺は、これまで何も目的を持たず無為な時間を過ごしてきたのだから)
『オレが大事だと思ってんのはサ、このアカデミーでの生活で何を学ぶかなんだよね』
(………………)
『ガッコーのお勉強だけじゃないよ。人と関わったり、日常の中で新しいことを知ったり。アカデミーにはアルトニア中から人と知識が集まる。それら全てがキミたちにとって学びになり得るものなんだ』
『今やりたいことがなくても、学びを通して見つかるかもしれない。既に夢が決まっている子だって同じだ。見える景色が広がって、違う夢が見つかるかもしれないよね』
『だから今は、とにかく色んなコトに興味を持つんだ。……………人を知り、世の中を知り、そして自分を知れ。知識はキミたちに新しい世界を見せてくれるゼ』
(……………新しい、世界)
『今のキマってたくね?……………んじゃ、以上ォ!おつおつー。みんな楽しんでネ〜』
そう言ってレアリスは、ひらひらと手を振りながら軽快に降壇していった。
言いたいことを言って嵐のように去っていったレアリスの奔放さに、会場から送られるまばらな拍手には若干の困惑が表れているようにも思える。
『学長先生、ありがとうございました。…………スピーチが短すぎたためタイムテーブルは前倒しせざるを得ませんが、まあいいでしょう。続いて、ご来賓の紹介です』
司会の褐色の女性教師が進行を続ける。
向かって左手に並ぶ来賓席に座る十数名の紹介が行われる。仙人のような出で立ちの老人や、礼服姿の厳格な軍人のような男性が一人ずつ紹介を受け祝辞を述べていく。どうやらその一人ひとりが著名な学者や権威のある人物のようだが、ヒロには知る由もない。
それよりも、ヒロは先ほどの学長のスピーチの内容について振り返っていた。
(大事なのは何を学ぶか、か)
(いいんだろうか。理由も目的もないままこのアカデミーで生活を送って)
(………………分からない。けど、学ぶことでそれを見つけられるというのなら。まだ俺の知らない世界があるのなら、俺はそれを探したい)
ヒロは膝の上に置いていた両手を、テーブルの下に潜めたまま、ぐっと握りしめた。
自分の身の振り方の正解が見つかったわけではない。それでも、少なくとも今はアカデミーでの新しい生活に期待を感じていた。
その気持ちだけは、自分の中ではっきりとした輪郭を持っていた。
『続きまして、本校教職員の紹介です』
いつの間にやら来賓の紹介が終わり、次の予定に進んでいたようだ。会場の生徒たちが一様に顔を向けていた方へヒロも視線を移す。向かって右側の教職員陣の席には、五十人近くの大人たちが座っている。
「うへぇ、ガチぃ?あの人数の紹介すんの?」
「でも多分あれが全員ではないと思う。一年生だけでこの人数なら、四年制の高等部の全校生徒はかなりの数になる。そう考えたら教員はもっと必要だろうし、あそこにいるのは少なくとも学科ごとの代表や一年生の担当教員だけなんじゃないかな」
「おぉ………さすがデータキャラ。なんか頭良さそうなこと言ってる!」
「なんでその概念こっちにもあるんだよ…………」
学科ごとに教員の名前と担当科目を読み上げるだけの、簡単な紹介が進んでいく。そうして教職員紹介が終わると、司会の女性教員は満を持してとでも言うように咳払いをし、次に進めた。
『…………それではお待たせしました。学具の贈呈です』
「……………学具?なに?」
「お前データキャラのくせにアカデミーのことはほんとなんも知らねーのな。まー見てろって」
「………?」
『皆さん、テーブルの上に手を差し出してください』
ゼスタを含む周囲の生徒たちが、それぞれ期待に満ちた表情でアナウンスの通りに手を伸ばした。手のひらを上に向け、上から落ちてくる何かを待ち受けているように見える。ヒロもそれに倣った。
すると、司会の女性教員の長い詠唱と共に、各々が伸ばした手の上に魔法陣が展開された。
「わっ、なんだ」
「ちゃんと受け止めろよー、落としたらダセーぞ」
ゼスタがそう言ったのも束の間、それぞれの魔法陣が一斉にまばゆく光ると、そこから首紐付きの黒いとんがり帽子が現れた。突然のことにヒロは慌てながらそれを掴み取る。
同様にそれを受け取った会場の生徒たちからは嬉々とした歓声が上がっていたが、ヒロは状況が飲み込めずにいた。
「えっと…………なにこれ?」
「アカデミーの伝統で、各学科をしょーちょーする学具ってのがもらえるんだよ。ウチの魔術学科は帽子。オレはローブがよかったんだけどなー」
少し離れた別学科の席を見ると、ヒロたちのとんがり帽子とは異なり、ゼスタの言う大きい黒地のローブを始めとする様々な着用物をもらっているようだ。
『皆さん行き届きましたね。知っての通り、学具は由緒正しきアカデミー生の証です』
『魔術学科の帽子は深遠な智恵を、実技学科のローブはその身に纏う誇りを、工学科の手袋は洗練された手腕を、医学科のマスクは苦悶を見せないひたむきな献身性を、生物学科のポーチは恵みを分け与える博愛を、普通科のバッジは品行方正たる誠実さをそれぞれ象徴するとされています』
『学具は制服と併せて着用が義務付けられています。決して失くさないように』
「へー。よいしょ」
そう言われるが否や、ヒロはすぐにそのとんがり帽子を頭に被せた。
「……………ブハッ!お前マジかよヒロ。今のアカデミーでは首から下げるのが最先端のリューコーだぜ!お前それ…………いつの時代の学生だよ!ウハハッ!」
「いやこんなの渡されたらとりあえず普通に被るでしょ………」
ゼスタは首紐を頭に通すと、とんがり帽子を後ろ側にぶら下げた。その姿をヒロに見せびらかすようにくるくると体を回す。
ヒロにとってはどちらでもよかったが、ゼスタに笑われたままなのも癪だったので同じようにすることにした。
「なーんかこれ着けると、いよいよ始まった感じするなー。頑張ろーな」
「何を頑張るのか本当に分かってるのか?…………まあいいけどさ」
その後、食事や新入生同士の交流のための自由時間を挟むと、在校生のスピーチやらオーケストラ倶楽部の演奏やらを経て、やがて入学式は終わりを迎える。その頃には、時刻は昼前に差しかかっていた。
司会の女性教員が閉式の宣言をすると、その後のヒロたちの予定についての説明が入る。
どうやらアカデミーはクラス制らしい。各学科棟のロビーに掲示された組分けに従い、それぞれの学級の教室に午後から集合とのことだった。
ヒロとゼスタの二人は、大ホールを出た足でそのまま魔術学科棟のロビーに張り出された組分け表を確認しに行った。
「やったなヒロ!同じクラスだぜー」
「なんとなく薄々勘付いてたけど………。頼むからあんまり問題は起こさないでくれよ」
「人をなんだと思ってんのさ!そんなのお互いそうでしょ?お前ってば世間知らずなんだからさー。困ったことがあったらやらかす前にこのオレに言えよな!」
「お前に言ってどうにかなるとも思えないけど………。気持ちは受け取っておくとするか」
「おう、受け取っとけ受け取っとけ」
(まあ実際知ってる人がいて少し安心したのは確かだ。一人が嫌ってわけではないし、むしろ好きな方だけど、勝手も分からない異世界の学校のクラスだ。気になったことを気軽に聞ける相手がいないと少し不便だ)
ヒロたちは1年1組のようだ。
魔術学科の学級は1組から4組。人数は一学級それぞれ30人程度。
このあたりの仕組みはヒロの知る学校像となんら変わらない。むしろ、組分け表を見て同じ組になったことを喜び合ったり、離ればなれの組になったことを惜しむ友人同士のその絵面は、どこか安心感すらあった。
「…………なんかいいな。こっちに来てから見たことないものばかりだったから、こういう見慣れた光景があると心が安らぐ」
「なにカンショーに浸ってんの。なんかキモいよ」
「お前には分からないさ………」
「ふーん、なんか知らないけどお前も大変なんだねー。まあでもオレもこういうの好きだよ。なんていうかワクワクするしね」
そうして、ヒロたちは各教室があるという魔術学科棟中腹の階層に向かう。
階段ホール中央にある鳥かご型の魔導昇降機は、同様に教室へ移動する魔術学科の一年生たちで混み合っていた。
待機列に並び、ようやくその順番が回ってくると、ヒロとゼスタの他に数名の生徒が同乗し、魔導昇降機は階段ホールを駆け上がっていく。
昼時なこともあってか、上昇する魔導昇降機からは階段ホールを利用する多くの生徒の姿が見られた。
(途中の階にいる生徒たちは、きっと上級生だろう。明日から通常授業らしいし、帰省から戻ってきた生徒なんかも増えて、これが本来のアカデミーの賑わいなんだろうな)
(こうして見てると、なんだか本格的に学校生活が始まるんだっていう実感が湧いてくる)
「オレずっと思ってたんだけどさ、ここの昇降機って頑張れば女のコのスカートの中見れそうじゃない?なんかこう…………ッ、スキマからいい感じに頭出してさ、上の方の階段のはしっこ歩いてるコなら…………ギリいけそう………な…………うぎぎぎぎ」
(大事なのは、何を学ぶか。ここでの生活で何か有意義なものを見つけられたら、それは俺の人生にとって転機になる……………のかもしれない)
「うあーーーッ!抜けない!頭抜けなくなっちゃった!助けてヒロッ!」
鉄格子の隙間に頭が挟まって身動きが取れなくなったゼスタをさも他人であるかのように置き去りにして、魔導昇降機を降りたヒロは自分の教室に向かった。
階段ホールを抜けて、迷路のように入り組んだ廊下を進む。その先にある、「1-1」と彫られた木製の扉。その前で足を止めると、ヒロは目を閉じ、浅く息を吸って吐いた。
(ふぅ…………、よし)
「あのー、きみ邪魔なんですけど」
「…………ほぁッ!」
背後からかけられた声に、ヒロは思わず変な奇声を上げた。
振り返ってその声の主を見る。
明るい金髪を巻いて、制服を着崩した少女。その派手派手しい存在感は、ヒロの世界で言うところの"ギャル"を思わせた。
「なにこの人。なんか挙動不審だし、もしかしてまた変質者?さっきは昇降機の鉄格子に挟まって喚いてるのもいたし。なんか…………魔術学科ってもしかしてハズレ?」
「い、言いすぎだよルコアちゃん。きっと教室の前で緊張しちゃってただけだよ。わ、わたしもルコアちゃんがいなかったら一人で入れないもん………」
もう一人のか細い声の少女は、ルコアと呼ばれる少女の陰に隠れるようにして、小さく体を丸めていた。
赤毛を三つ編みに結えたその少女の様子からは、いかにも引っ込み思案な性格が窺える。
「ネネリさぁ、そうやってオドオドしてるからいじめの標的なんかになるんだよ?こういう時はね、舐められたら終わりなの。ほらっ、ネネリも言ってやろうよ。邪魔だどけーって!」
「う、うぅ………。ううう………」
(な、なんだこの人たち。まさかクラスメイト?)
「じゃ………じゃじゃじゃ…………邪魔だこのウジ虫インキャ野郎〜〜〜〜〜っ!」
「!?」
「もさもさしやがって……ぇ、その野暮ったい髪の毛刈り上げてツルツルに磨き上げたろか、このっ………毛量過多チビスケがぁ〜〜〜っ!」
ネネリと呼ばれる少女は、その弱々しい声色とは裏腹な豊かな語彙でヒロを罵り上げた。
ヒロは突然飛んできた罵声に理解が追いつかず、呆然と立ち尽くす。
「ルコアちゃん………っ!わたし………わたしやれたよ………!」
「やるじゃんネネリ!この調子ならアカデミーでの学校生活も安心だね!」
「うんっ!あっ、ごめんなさい。私たち先に入るねっ………」
そう言って、二人組の女子生徒はヒロの横を通り過ぎると、教室の中へ入っていった。
「やっぱり帰ろうかな………」




