第一回 大魔術師の異世界召喚魔術について
三沢ヒロは高校二年生にしてその人生をくすぶらせていた。
なにか大きな挫折があったわけでも、裏切りにあったわけでもない。ただ彼には、将来の具体的な計画もないのに大人に言われたとおりに勉強に勤しむ同級生が理解できなかった。好きな人や物事ができて、それに夢中になるあまり今後の人生の方針を考慮しだす気持ちに共感できなかった。いつからそうだったのかはわからない。
自分がおかしいのか、自分以外がおかしいのかを考えているうちにやがて辟易した彼は、「平穏な生活を送って死ねたらそれでいい」とだけ結論を出して、それから考えることをやめた。
高校にはしばらく行っていない。勉強が嫌というわけではないし、行けば会話する相手がいないわけでもない。かと言って家に篭って何かしたいことがあるかというと、そういうわけでもない。ただ単に、行かない理由と行く理由をそれぞれ数えた結果、「めんどうくさい」という行かない方の理由の1票と、理由がこれといってない行く方の0票の1対0で、行かない選択が勝るという内容の評決がここ二ヶ月に渡って続いていたからだ。
そんな不良児をまっとうに叱ってくれる大人でもいれば違う結果になっていたかもしれないが、あいにくヒロにそのあてはなかった。
その日に限っては、ここしばらくの連続欠席に痺れを切らした担任との二者面談の予定、それにたまたま天気が良くて外に出たら気持ちが良さそうだと思ったヒロの気まぐれの2票の理由によって、1対2の評決で登校することにした。
ついさっきまで遊んでいたゲーミングパソコンをスリープさせ、夜中にコンビニで買っていた適当な菓子パンを適当に口に放り込んだ。
自室の二階からなるべく足音を殺しながら階段を降り、階下の洗面台へ向かう。不登校児の身分で、どんな風に家族と顔を合わせたらいいのか分からない。それだけだった。
幸いにも家族と顔を合わせることなく洗面台での身支度を済ませられたヒロは再び自室へ戻る。ウォークインクローゼットの奥にしまい込まれた学校の制服を探し当てると、作業的に袖を通す。
二者面談と天気の良さが登校の理由ならいっそスクールバッグなどいらないような気もしたが、朝から手ぶらの高校生が歩いている様子を客観的に想像した結果、あまりに不自然だったので持っていくことにした。
家を出て、自宅が面する路地を抜けバス通りに差し掛かると、登校や出勤で往来する人がちらほらと見え出す。ヒロはなんとなくばつが悪い気持ちになって、意識を別のものに移したくなった。
季節の変わり目を縫うように吹いた秋風に乗せられた一枚の黄色い落ち葉がヒロの眼前を横切った。ヒロは自然とその落ち葉を目で追いかける。それと同時に、今しがた吹いた風が肌を優しく伝った感触と、秋晴れの日差しの心地良さに気付いて、久しぶりに朝の外を歩けたことを少しだけ嬉しく思った。
「………二者面談に感謝だな」
次第に遠ざかっていく落ち葉をいまだ目で追いながら思い耽っていたヒロは、横断歩道の信号が赤く光ったままなことには気付きもせず歩みを進めていた。
茫然としていたヒロの意識を呼び覚ましたのは、自分のすぐ隣から鳴らされるけたたましいクラクションだった。即座にその方向を振り返るも、それが大型のトラックであると認識する間もなく、ヒロの意識は暗転した。
* * *
「…………!………!」
「………さか本当に成功するとは!これは我ながら己の智恵を誇らずにはいられないッ!」
混濁する意識の遠くで声がする。
おそらく知らない、幼い少女の声だ。
「むははッ、この大魔術師め!こっ、この期に及んで深遠なる魔法史の沿革に偉業を残さんというのか、この……この…………、ん〜〜…………欲張りさん!欲張りさんめ〜〜ッ!むはははははは!」
その喋り方からは、唾を飛び散らせている様子がなんとなく想像できた。可憐な声にそぐわない下品さである。
とりわけ気分の悪い起こされ方で意識を取り戻していくヒロは、やがてまぶた越しに当てられるちかちかとした光の明滅によって無理やりその目を開かされる。それは風に揺れてそよぐ黄色く色づいた木々の間から差し込む木漏れ日だった。
上体を軽く起こして辺りを見渡すと、そこは深い森の中。黄色く色づいた木々たちがまるで意志を持って避けたかのように楕円状に開けた空間。ヒロはその中央で、敷き詰められた落ち葉の絨毯を下にして倒れていた。
そして、自分のすぐ傍らには声の主、少女がいた。
まず目に映ったのは、その小柄な体格にそぐわないほど仰々しいとんがり帽子。さらに手には自身の背丈ほどもある、青い宝石が取り付けられた厳かな白銀の杖。その身は高価そうなドレス衣装に包まれている。いずれも白を基調に統一された装いからなるその風体は、一目で「魔女」という言葉を連想させる出で立ちだ。
消え入りそうな白い肌、シルクのようになめらかな光沢を走らせてたゆたう限りなく薄い金髪、青にも紫にも見える宝石のような光彩を帯びた不思議な瞳。それらはまるで人智を超えた技術によって作られた精巧な人形を思わせた。
しかしそんな可憐さとは裏腹に、少女は引き続き品のない喋り方でなにかぶつぶつとひとりごちながら、その小さな体躯を一心に動かし、なにやら奇怪な舞を繰り広げて喜びの感情を表現している。
「あの…………」
ヒロが目を覚ましたことに気付かず夢中で謎の感情表現に勤しむ少女に、ヒロは申し訳なさそうに声をかけた。
それと同時に少女の奇怪な舞はぴたりと静止した後、あらぬ方向にくねらせていた四肢をゆっくりと時間をかけて正常な位置に戻し始めた。さも常識人を装うかのような佇まいに直りヒロの方へ体を向けると、何事もなかったかのように平静な表情でヒロに語りかけた。
「おはよう。お目覚めは如何かな?」
少女は薄く微笑みを浮かべながら、上体を起こした体勢のままのヒロを見下ろしている。
喋り方には、先ほどまでと打って変わって品性が感じられた。言葉遣いこそ幼い少女の口から出るそれではなかったが、少なくともヒロは唾を飛ばされずに済んだことに安堵した。
「普通ですけど………。それよりさっそく聞きたいのは、ここがどこで、あなたが誰なのかです」
見た目だけなら小学生くらいだろうか。それでもヒロは敬語を使ってしまっていた。いやに仰々しい口調と尊大な態度、そして先ほどまでの奇行を目にした生物的な警戒心が自然とそうさせた。
投げかけたい疑問は既に山ほどあったが、あまりに奇妙な光景を寝覚めに目撃したばかりに、ヒロの思考は混乱を通り越してむしろどこか冷静になっていた。
その様子を見た少女も話が早いといわんばかりに、ヒロが投げかけた質問への回答を開始する。
「ここは王国アルトニア。と言っても、君には聞き覚えもないだろうから、君が解るように言うなれば君の住んでいた世界とは異なる"異世界"とでも言うべきであろうね」
「そして私はアルトニアが誇る大魔術師が一人、ディナ・メルリン・ナルクプーシュ。親しみと尊敬をもってディナと呼んでくれたまえ。その誉れ高き叡智をもってしてキミをこの異世界に召喚せしめた張本人だよ」
ディナと名乗る少女は度々その手に握る白銀の杖をずしずしと地面に打ち付けながら、誇らしげな様子で語る。
幼い少女の見た目にそぐわない偉そうな態度が若干癪だ。しかしそれよりも、その説明で語られた聞き覚えのある単語にぴくりと反応した。
「異世界………魔術………………召喚?」
突拍子もなく現れたそれらの単語群は、とても現実の状況説明で語られるものではない。そのため一瞬の思考の硬直があったものの、それらが共通してヒロの持つ知識の一分野に対応していることに気付くと、そこから考察の展開は容易だった。
(そうかこれは………、ラノベなんかでよく見る、”異世界モノ”というやつ…………ッ!)
(俺はここで目が覚める前、学校に行く途中で事故にあった。あれは恐らくトラック…………だったと思う。トラックに轢かれて意識を失った俺は、この変人魔女の魔法によってこの異世界に飛ばされた…………なるほど確かにどこかで聞いた覚えのある展開だ)
(ともすれば、自ずと次の展開も推測することができる。その流れになぞらえるなら……………)
その間、ディナは考え込むヒロを何事かと訝しげに眺めていた。
しばらくして突然ヒロが俯いていた顔を勢いよく上げてディナに向けると、ディナは思わずびくと小さく跳ねた。
「まさか…………俺に魔王を倒せと………?」
ヒロが導き出した答えを告げる。ディナは驚いたかのようにはっと目を丸くさせた。
その反応にヒロは確信を得た。そういうことだ。この世界を脅かす魔王の野望を阻止するため、魔女はそれに立ち向かう勇者を呼び出した。そして、それに選ばれたのは一介の高校生であるヒロ。
ヒロは動揺を隠しきれなかった。その肩はわなわなと震えだす。
これまでその人生をくすぶらせ、目的も、意味も、情熱も、何一つ見出せずにいたただの少年。しかし運命は時に残酷に、あるいは良かれと思ってか、そんなヒロに一つの使命を与えようとしている。
初めは恐怖だと思った。だが状況を飲み込むほどに、それとは別の、これまで感じたことのない何かが胸の中で形を成していくのが分かった。
「俺はずっと、自分がなんのために生まれてきて、なにをしていけばいいのかわからなかった」
ヒロは俯き、地にこぼすように語り始める。
「周りの人間が当たり前のように自分の目標を、生きがいを見つけていく中で、俺には何もなかった。だけど、きっとこれがそうなんだ。俺の人生に意味があるとしたら、きっとこの使命がそうなんだと思う」
そう言って顔を上げたヒロの表情には覚悟が宿っていた。
「やらせてくれ、俺に。……………俺に魔王を倒させてくれ」
「魔王は今から8360年前に勇者一行によって討伐されたぞ」
「ああ、任せてくれ。必ず成し遂げてみせる。……………………ん?」
「だから、魔王は今から8360年前に既に倒されているのだよ」
聞き返してみても、自分の甚だしい勘違いだったことを理解するのにはしばらく時間がかかった。
ヒロはその覚悟を掴んで離さないといわんばかりに強く握りしめた拳を掲げたまま、しばらく動けずにいた。
「………………ちょっと待って。それじゃあ、えっと………なんだ、世界を襲う未曾有の大災害とか?」
「一部地域に磁場とマナの乱れによる異常気象の存在は確認されているが、それを世界の危機と呼ぶには些か大袈裟であるな」
「じゃあ………えっと、ゾンビパンデミックとか?」
「ゾンビ?あー、アンデッドの類いのことを言っているのだろうか。たしかに現在の魔術において確立された対処法が考案されていないことは今後の課題と言えるだろうね。教会がもっと我々魔術師に協力的であればこんな手間をかける必要はないのに。世の中難儀なものだよ」
「……………………人喰いサメ」
「そんなものは各国自治体の漁業団体の仕事だ。我々魔術師がどうしてサメごときのために海に駆り出されなければならない!高名な大魔術師である私などもってのほかだ」
「……………なんなんだよォッ!」
「ぴゃあ!?」
期待を裏切られて思わず激情したヒロが耐えきれず怒声を上げると、ディナはその小さな体をびくりと震わせた。
ヒロはおかまいなしに続ける。
「じゃああんた、何のためにわざわざ俺を呼んだんだよ!こういうのって世界の危機を救うために異世界の人間を呼び出すみたいなのが相場じゃないのか!?」
ヒロがまくしたてるようにディナに詰め寄る。その様はヒロ自身でさえ自分で驚くほどの勢いだった。
ディナはひたすら詰問を受け蒼白な面持ちで小動物のように震えながらも、なんとか虚勢だけは保って必要な説明を語り出す。
「わっ、私は太古の昔に魔王を討った勇者を召喚したとされる異世界召喚魔術を現代で再現する実験を行っていたのだ」
「…………実験?」
自分でも予想外の昂りだったが、それだけに冷静さを取り戻すのに時間はかからなかった。
今はこのふざけた少女の話を聞く必要がある。使命を与えられたと勝手に勘違いして先走ったときはこの不可解な状況を妄信的に受け入れ、むしろ自分にとって喜ばしいことだとさえ思ったが、そうでないならちゃんと話を整理させるのが先決だ。
ディナは聞き返したヒロの言葉にこくりと小さく頷き、説明を続ける。
「魔術は深遠なる学術体系。しかしそれが学問として確立されたのはおよそ3000年前以降の話だ。それ以前の魔術は基本的原則が共通していても術式構造や実用方法が大きく異なり、伝来が途絶えたものはロストテクノロジーと化し再現が困難になっている。しかし、勇者時代の歴史的な戦乱期に生み出された魔術には学術的価値の高いものが多く、今後の魔術の発展において重要な参考要素であると言わざるを得ない」
「中でも私が目をつけている異世界召喚魔術は、既知の魔術の中でも非常に奇異な魔術だ。転送魔術や世界構造の仮定を媒介に再現するとされる理論上の時空干渉魔術ともかけ離れたそれは、世界有数の誉れ高き叡智を持つ大魔術師の私でさえ当初はその一端に触れるだけですら三年を費やした」
なにやら突然長大そうな話が始まって全くついていけない。一瞬耳をかすめたファンタジー異世界観に似つかわしくない横文字が気になるも、情熱的な眼差しで語るディナを静止することははばかられた。
「しかし、数多の仮説と検証を繰り返し、ついに今しがたその実現が成功したのだ!わずかな記録を元手にした以上実際のものとの差異はあるかもしれないが、こうして無事に異世界のキミが召喚されたことで、その基盤となる理論は実証されたと言ってもいい………!」
「流石は誉れ高き叡智の大魔術師。狂気の…………マッドソーサラー。いや、狂気の天才美少女…………マッド…………………ええいこの際なんでもいい!とにかくすごいのだ!むは、むははッ!」
ディナはふんぞり返って鼻息を荒げる。次第に興奮が高まっていったのか、再びあの奇怪な舞を繰り出す予備態勢を取り始め、それを察したヒロは即座に軌道修正を試みる。
「それで、俺はこの後どうなるの?実験なら、すぐに元の世界に戻されるってこと?」
「ん?ああそうだね。すぐに準備に取りかかろう。キミも、えー、そうだな。私の魔術で行ったり来たりするだけかもしれないが、なんか、んーと………………よくやった!これでキミも魔法史に功績を刻む偉大な実験動ぶ…………………英雄だ!たぶん」
いかにも取ってつけたかのようにおだてた。
彼女のいい加減さはいいとしても、役目がなければないでただ帰されるだけというのもヒロにとってはあまり納得しきれることではなかった。
せっかくの異世界訪問が、どこか様子のおかしい美少女魔法使いと戯れただけで終わってしまうというのもどうなのだろうか。
ヒロはその不満を恐る恐るぶつけてみる。
「あのさ、実験だってことは分かったけど、それにしたって勝手に呼び出されてすぐに帰されるって、さすがにどうなのかなと。魔法とかいう訳のわからないものに巻き込まれて、土産の一つでもないと割に合わないっていうか………………」
「……………………」
ディナは、あからさまに怪訝な表情をしてみせた。
しばらく考えた後、ディナは足元に置かれている小さなラタンのバスケットからバゲットサンドを取り出して、その一切れを渋々といったように差し出してきた。
バゲットサンドはヒロの世界のものと一見変わりないが、よく見るとレタスだと思ったそれがレタスに限りなく近いが似て非なる何かの葉っぱだったり、輪切りのトマトだと思ったものが柑橘類のような断面をしていたり、見たこともない木の実が擦り潰されたものが振りかけられていたり。望んでいた見返りとは違うものの、それはそれで少し興味を惹かれるのが些か悔しい。
ヒロが差し出されたそれを受け取らずまじまじと注視していると、痺れを切らしたディナはそれを無理やりヒロの胸元に押しつける。形が崩れて溢れ落ちそうになるのをヒロが慌てて受け取ると、それと同時にディナは後退してヒロから距離を取り始めた。
懐から右手に取り出したのは、いかにも魔法使いが使う魔導書ですといった古ぼけた物々しい装丁が特徴的な書物。その一ページを開いてそこに書かれているのであろう呪文のようなものを詠唱し始めた。さっそくヒロを元の世界に送り戻すつもりらしい。どうやらいまのバゲットサンドで手打ちにしたつもりのようだ。
ヒロは半ば諦めた様子でため息をつく。
異世界への到来という夢のような体験をしたかと思えば、それはほんの束の間の出来事だった。あらぬ幻想を抱いて期待を裏切られたことも含めて、こんなことなら最初から来たくなかったとさえ思う。
そう思い耽っている視界の隅で、なにやら青白い発光が現れていることに気が付き視線を向ける。
発光しているのは、ディナが持つ杖の頭に取り付けられた青い宝石。いくつかのか細い閃光が現れては消えてを繰り返したかと思えば、みるみる一本の長い帯を形成し始める。それはまるで星々が集まった天の川のような神秘。その光の帯はヒロを中心に巨大な魔法陣を描きだした。
それまでどこかで聞き齧った知識だけで話をしていたヒロにとって、初めて目にする実際の魔術の幻想的な美しさは、想像を優に超えたものだった。元の世界で見るライトアップショーやイルミネーションの類いなんかとは根本的に違う。それは川辺の闇夜に輝くホタルの光の群れのような、あるいは暗い部屋の中に灯した蝋燭の火のような、そんな有機性を伴っていた。
ヒロはディナに目をやる。詠唱を続けるディナの青にも紫にも見える宝石のような光彩を帯びたその瞳は、いつの間にか意識から外界を遮断したような、どこか虚ろで、儚く、それでいてなにか強かさを持ったものになっていた。これまでの彼女のいい加減な言動からは意外性を感じる真剣な面持ちと、青白い光が織りなす芸術は、いずれもヒロの目を奪った。
やがてヒロを取り囲む青白い光の帯で描かれた魔法陣は、その輝きをより一層強め、いよいよ術が発動するのだとヒロは息を呑んでその様子を見守る。
「…………………ところで、これはとても些細な疑問だが、キミはなんていうところからやってきたのだろうか?」
詠唱を続けていたディナの口の動きが急に止まったかと思えば、しばらくの間を置き、目線を魔導書に向けたまま、ヒロに投げかけた。
思いがけないタイミングでヒロは少し面食らう。
「東京。………………えっと、太陽系第三惑星地球の、日本の首都、東京」
ヒロはなにか嫌な予感がして、咄嗟に太陽系から始まる東京の所在を示し直した。
ディナはそれを聞くや否やふと顔をヒロの方に向けると、滝のような冷や汗を垂らしながら、何かを取り繕っているのか、口元が波線のようにくしゃくしゃに歪んだぎこちない微笑みを浮かべている。
「詠唱しながらこの帰還魔術の術式構造を再確認していたのだが、どうもこの術式には世界線の座標を指定するプロセスが含まれていないみたいだ……………」
「はい?」
「ええとつまりだね、この術はキミを別の世界に転送することはできるが、それがどこかまではこちらで選ぶことができないようになっているんだ…………」
ディナはばつが悪そうに説明した。
ヒロはもはや呆れて言葉も出ないでいた。
「つまり、元の世界には帰れないということ?」
「そのようだね」
ディナは渾身の作り笑いをしてみせた。引き攣った表情とぎこちなく上がった口角がもはや邪悪な何かにすら思えた。
現実から目を背けるように視界を逸らしたヒロは、今はただ何も考えずにその青白く輝く魔術の光の美しさを楽しむことにした。
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