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ご先祖様、訴状です  作者: Rastarock


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9/10

第九件 点数で人を見る罪 正式名称:狭隘評価指標の金科玉条化に伴う人的価値評価の歪曲及び人間的評価制度発展遅延確認請求事件

さてさて、賢明なる読者諸兄。


みなさまは、点数というものを、いかほど信用しておられるでしょうか。


学校では、答案用紙の右上に赤い数字が踊ります。

会社では、評価シートの小さな枠に、達成率だの、貢献度だの、行動評価だのが並びます。

通信簿を開く子どもの手が震え、査定面談を待つ大人の胃が縮む。

まことに、人類は年を取っても、赤点の夢から逃げられぬ生き物なのであります。


数字は便利です。

数字は比べられます。

数字は会議に持ち込めます。

数字は、言い訳の声を少し小さくします。


しかしながら、ここに大きな落とし穴がございます。


一つの数字が、何かを照らす。

すると人間は、照らされなかった暗がりを、なかったものにしてしまうのです。


足元に小さなランプを置いただけで、世界のすべてを見た気になる。

道端の石ころを照らして、「山を測った」と言い張る。

まったく、ずいぶん便利な目玉をお持ちであります。


今回、未来時際裁判所に呼び出されましたのは、株式会社グロース・ブリッジ代表取締役、御堂晴人氏。


彼は数字を愛しました。

KPIを愛しました。

可視化を愛しました。

そして、自分が人を公平に評価していると、心の底から信じていたのであります。


信じていた。

そこが、たいへん厄介なのでございます。


悪人は、悪い顔をしております。

しかし、正しいつもりの人間は、たいへん清々しい顔で、未来への請求書を書いてしまうのです。


では、みなさま。

第九件、開廷であります。


   *


株式会社グロース・ブリッジの会議室は、ガラス張りだった。


都心の高層ビルの二十八階。

壁面の大型モニターには、売上進捗率、商談化率、顧客継続率、社員別KPI達成率、オンボーディング効率、マネージャー別エンゲージメントスコアが並んでいる。


御堂晴人は、黒いジャケットの袖を軽く直し、リモコンでスライドを送った。


「今期は、全員のKPI達成率をさらに明確にします」


役員たちは、静かにうなずいた。


「感覚ではなく、ファクトで語る組織にしたい。上司の好き嫌いで評価される時代は、もう終わりです。数字は嘘をつきません。数字を共通言語にしましょう」


御堂の声は穏やかだった。

押しつけがましさは少ない。

むしろ、よく訓練された経営者の声だった。


「未達は責めるものではありません。ただ、事実として向き合う必要があります。数字に出ない貢献がある、という言葉で評価の透明性を曖昧にしてはいけない。定性は、分解すれば定量になります」


次のスライドには、赤く塗られた社員名が表示された。


KPI未達。

行動目標未達。

自己評価乖離あり。

改善計画提出対象。


御堂は言った。


「本人にも、きちんと説明します。これは処罰ではありません。成長のためです」


その瞬間、大型モニターのグラフが消えた。


画面が白く光り、黒い文字が浮かび上がる。


訴状送達

第九件 数値評価差し止め訴訟

正式名称:狭隘評価指標の金科玉条化に伴う人的価値評価概念歪曲及び人間的評価制度発展遅延確認請求事件


会議室に沈黙が落ちた。


役員の一人が、恐る恐る御堂を見た。


御堂は、数秒ほど画面を見つめたあと、静かに言った。


「これは、どこのリーガルテックですか」


   *


次に御堂が目を開けた時、彼は法廷に立っていた。


正面には裁判長席。

左右には検察側と弁護側。

中央には被告席。


御堂は周囲を確認し、すぐに姿勢を整えた。


「これは、何らかのコンプライアンス研修でしょうか」


裁判長が資料から目を上げた。


「違います」


「では、シミュレーションですか」


「違います」


「では」


「裁判です」


御堂は口を閉じた。


検察官が立ち上がった。


「被告、御堂晴人。あなたは、狭隘な評価指標を客観性と公平性の名において金科玉条化し、評価という営みを点数算出へ矮小化しました。その結果、数字に出ない貢献、数字を下げてでも守るべき判断、そして人が人として評価される制度史の発展を遅延させたものとして、本裁判所に提訴されています」


御堂は、すぐに反論した。


「お待ちください。私はむしろ、評価を公正にしようとしたんです。主観や好き嫌いではなく、誰にでも分かる基準で評価する。これは組織にとって前進です」


検察官はうなずいた。


「その点は認めます」


御堂の表情がわずかに緩んだ。


「では」


「本裁判は、数値評価そのものを裁くものではありません」


御堂は、眉を動かした。


検察官は続けた。


「本件で問うのは、不完全な数値評価を、あたかも完全な評価であるかのように振り回した責任です」


弁護人が立ち上がった。


「異議があります。被告の時代において、評価可能な項目には技術的制約がありました。未来の基準を過去に適用するのは不当です」


裁判長は、静かにうなずいた。


「検察、回答を」


「本裁判所は、未来水準の評価体系を過去に求めるものではありません」


検察官は資料を開いた。


「当時の技術、記録能力、管理負荷を考えれば、評価可能な項目に限界があったことは情状として考慮します」


御堂は、今度こそ反論の足場を得たような顔をした。


しかし、検察官は続けた。


「しかし、制約があったことと、視野が狭かったことは同義ではありません」


法廷の中央に、巨大な評価表が投影された。


未来標準人的貢献評価体系

基礎観測項目:七万二千四百十六

補助観測項目:二十三万八千九百四

応用観測項目:本件では省略


御堂は表示を見上げた。


「七万……?」


裁判長が言った。


「安心してください。本日は基礎項目のみです」


弁護人が低い声で言った。


「安心できる要素が見当たりません」


検察官は、一つ目の分類を表示した。


第一分類:成果発生前土台形成


「過去の評価制度は、主に成果を測りました。売上、件数、達成率、受注率、資格数。それらが重要であることは、未来側も否定しません」


御堂はうなずいた。


「当然です」


「では、成果が発生する前に、誰が土台を整えていたのかは、どのように測っていましたか」


画面に、細かな項目が並んだ。


後任者初読時舌打ち発生率

ファイル名『最終版』虚偽使用件数

手順書更新日と実業務乖離日数

退職後三か月以内問い合わせ誘発件数

『たぶんこういう意味だろう』推測作業発生時間

コメント不足による未来考古学的探索負荷


御堂は、すぐに言った。


「後任者の舌打ちを、人事評価に入れるんですか」


検察官は平然と答えた。


「直接評価せよとは言っていません。しかし、後任者が舌打ちせざるを得ない資料を残した人と、後任者が迷わず作業できる資料を残した人を、同じ評価にしてよいのですか」


御堂は、言葉を探した。


「少なくとも、手順書の更新日、後任者からの問い合わせ件数、引き継ぎ資料の有無は、当時でも測定可能でしたね」


御堂は答えなかった。


検察官は次の分類を表示した。


第二分類:未発生事象抑止


「起きた成果だけでなく、起こさなかった事故も評価対象です」


画面に項目が並ぶ。


ヒヤリハット報告未提出による未来事故誘発可能性

会議で誰も言わなかった危険指摘の代理発言件数

ロールバック可能性維持貢献

炎上前エスカレーション成功率

『まあ大丈夫でしょう』発話後事故発生相関

楽観バイアス冷却発言による空気悪化許容度


弁護人が立った。


「場の空気を悪くする人物が、全員有益とは限りません」


「その通りです」


検察官は即答した。


「だからこそ、文脈評価が必要です。数値だけでなく、なぜその不快情報が必要だったかを記録する必要がある」


御堂は表情を変えなかったが、視線だけが少し下がった。


「第三分類」


画面が切り替わる。


第三分類:共有空間・共用資源維持


最初に表示された項目で、弁護人が一瞬だけ目を細めた。


共用冷蔵庫内不明物体早期発見件数

賞味期限超過物処理調整率

所有者不明タッパー特定努力指数

冷蔵庫奥地由来液体発生阻止率

『これ誰のですか』発話による職場沈黙軽減効果

プリン名前未記入時所有権曖昧化防止貢献

調味料長期放置による共有空間心理汚染抑止率


御堂が言った。


「冷蔵庫ですか」


「はい」


「人事評価ですよね」


「はい。人は職場で働きます。職場には冷蔵庫があります」


裁判長が弁護人を見た。


「異議はありますか」


弁護人は、少し考えた。


「ありますが、冷蔵庫から争うべきか、人事評価から争うべきか判断しかねます」


検察官は続けた。


「未来側は、冷蔵庫を掃除した人を必ず高評価にせよと言っているのではありません。問うているのは、冷蔵庫が荒れない職場を誰が支えていたのか、被告の制度が見ていたかどうかです」


御堂は口を閉じた。


「なお、同分類には密閉空間配慮項目も含まれます」


次の表が表示された。


エレベーター内無申告放屁回数

異臭発生後天井凝視逃避率

咳払いによる責任撹乱試行回数

同乗者間冤罪発生可能性指数

降車階偽装による責任回避行動

密閉空間における沈黙負荷増幅係数


法廷が、しばらく静かになった。


御堂が言った。


「それを本当に評価するんですか」


検察官は答えた。


「本当に評価するかどうかは、文脈によります」


「文脈」


「はい。単発の生理現象を責めるものではありません。ただし、密閉空間で発生させた負荷を、周囲に沈黙として背負わせる行為が反復的である場合、職場環境への影響として観測されます」


裁判長が小さく咳をした。


「検察、次へ」


「はい」


検察官は、何事もなかったように次の分類を出した。


第四分類:周辺負荷


「被告の制度では、高い成果を出した人物は高く評価されました」


「当然です」


御堂が答えた。


「では、その人物の成果を維持するために、周囲がどれだけ負荷を負ったかは、どのように測定していましたか」


画面に、項目が並んだ。


後任者退職率

特定人物依存度

周囲残業時間増加率

他部署苦情件数

顧客依存固定化指数

抜けた瞬間の業務崩壊速度

『あの人じゃないと分からない』発話頻度


御堂は、しばらく黙っていた。


「これらも、当時でも測定可能でしたね」


「すべてを評価項目に入れれば、制度が複雑化します」


「制度が複雑になることは、評価対象を狭くしてよい理由にはなりません」


検察官は、次の分類を表示した。


第五分類:会議内集団負荷


画面には、細かな項目が続いた。


『一点だけ』と宣言して三点話した回数

会議終了三分前の新論点投入件数

議題外自分語り展開率

既決事項蒸し返しによる集団疲労指数

『確認ですが』から全体説明をやり直させた回数

議事録に残らない空気悪化発言件数

オンライン会議におけるミュート解除忘れ秒数


御堂が、少しだけ顔をしかめた。


「それは、コミュニケーションスタイルの多様性では」


検察官が即座に言った。


「未来評価では、会議終了三分前の新論点投入は、多様性ではなく遅延行為です」


弁護人が目を閉じた。


検察官は最後の分類を表示した。


第六分類:数値低下を伴う保全判断


画面の文字だけで、法廷の空気が少し変わった。


処理件数低下を伴う新人育成時間

短期売上放棄による長期信頼保全件数

稼働率低下による属人化解消貢献

顧客満足度一時低下を伴う無理要求拒否判断

進捗率低下を伴うロールバック可能性回復判断

KPI低下許容判断記録

数値を上げないことで防いだ未来負債推定量


御堂は画面を見つめた。


検察官は言った。


「数字は、上げるためだけにあるのではありません」


御堂は顔を上げた。


「下げてよいと判断するためにもあります」


法廷は静まり返った。


「被告の制度には、数字を下げてでも守るべきものを書く欄がありませんでした」


弁護人が立った。


「被告の時代において、そこまでの評価制度を作ることは困難でした」


検察官は弁護人を見た。


「未来側は、七万項目を過去に要求していません」


そして、御堂へ視線を戻した。


「しかし、当時でも測れたものはありました。測れないものにも、重みを残す方法はありました。被告は、それらを評価の外へ押し出したのです」


   *


最初の証人として、安西修平が呼ばれた。


第六件で被告席に立ったことのある男である。

星五評価を、期待や気遣いやメンマ嫌いを流す排水口にしてしまった人物だった。


安西は、証人席で落ち着かなさそうに座った。


検察官が尋ねる。


「安西さん。あなたは、評価を汚染した経験がありますね」


「言い方」


安西は小さく言った。


裁判長が視線を向けると、安西は観念したように答えた。


「あります」


「今回の被告の評価制度を、あなたはどう見ますか」


安西は、少し考えた。


「私は、評価を気分の排水口にしました」


御堂が安西を見た。


安西は続けた。


「でも、この制度は逆だと思います。気分を抜こうとして、人間まで抜いている」


検察官はうなずいた。


「ありがとうございます」


次に呼ばれたのは、小野寺梢という女性だった。


かつて御堂の会社で働いていた社員である。

評価ランクは、ほぼ毎期、標準より少し下。

処理件数は多くない。

資格取得も遅れがち。

改善提案数も少なく、自己評価欄も短かった。


検察官が尋ねた。


「あなたは、当時、どのような仕事をしていましたか」


小野寺は、少し困ったように笑った。


「普通の事務です。あまり、目立つ仕事ではありません」


「新人の相談に乗っていた記録があります」


「相談というほどではありません。お昼の前とか、帰り際に少し話しただけです」


「共用冷蔵庫の確認もしていましたね」


「誰もやらないままだと、みんなが少しずつ嫌な顔をするので」


「顧客対応で、危険な契約条件を止めたこともあります」


「止めたというより、あとで揉めそうだったので、営業さんに一度確認してもらいました」


「その結果、短期売上は下がりました」


「はい」


「評価は」


小野寺は、静かに答えた。


「未達でした」


検察官は、少し間を置いた。


「あなたは、自分の仕事をどう説明しますか」


小野寺は視線を落とした。


「私の仕事は、何かを起こすことではありませんでした」


法廷の空気が止まった。


「何も起きないようにすることでした。でも、何も起きなかったので、何もしていないことになりました」


御堂は、証人席の小野寺を見ていた。


弁護人が立ち上がった。


「小野寺さんの貢献があったことは理解します。しかし、こうしたものをすべて評価に入れれば、制度は曖昧になります。かえって恣意的になる危険があります」


裁判長はうなずいた。


「重要な指摘です」


検察官もまた、うなずいた。


「その危険はあります。未来側も、評価項目を増やせば人間に近づくとは考えていません」


御堂が顔を上げた。


検察官は言った。


「だからこそ、評価には責任が必要です。数値が示したものを見る責任。数値に入らなかったものを見る責任。そして、数値を下げてでも守るべきものを判断する責任です」


裁判長が判決文を開いた。


「本裁判所は、被告の時代における技術的制約を認める。評価可能な項目に限りがあったことは、情状として考慮する」


御堂は、裁判長を見つめた。


「しかし、制約があったことと、視野が狭かったことは同義ではない」


裁判長の声は静かだった。


「被告は、数値評価を用いることで、主観的評価からの脱却を図った。その意義は否定しない。だが、被告はその途上の道具を完成した正義として扱った」


判決文が、法廷の空間に浮かび上がる。


「被告の制度は、測れる範囲が限られていたにもかかわらず、その限られた範囲を人的価値の全体として振り回した。これにより、評価とは人を見る営みではなく、点数を算出する手続きであるという誤認を広めた」


御堂の手が、膝の上で固く握られた。


「被告は、人を数字で見たのではない」


裁判長は、一度言葉を切った。


「数字にしやすい部分だけを、人として扱ったのである」


法廷に沈黙が落ちた。


「よって、本裁判所は、被告に対し、原始評価制度史質問応答補助刑を命じる」


御堂が顔を上げた。


「原始……?」


「刑の執行に移ります」


   *


次に御堂が立っていたのは、明るい教室だった。


窓の外には、見たことのない形の校舎が並んでいる。

机に座っているのは、高校生くらいの生徒たちだった。


黒板には、こう書かれていた。


高等基礎社会史

第十二講:初期数値評価制度と人的価値把握の未成熟


教室の前に立つ教師が言った。


「本日は、二十一世紀前半の企業評価制度について、当時の実務経験者にお越しいただいています」


御堂は口を開きかけた。


教師が小さく言った。


「なお、あなたは講師ではありません」


御堂は止まった。


「教材協力者です」


生徒たちが、一斉にこちらを見た。


ひとりの生徒が手を挙げた。


「質問です。当時の企業は、本当に数十項目くらいで人を評価していたんですか」


御堂は、胸の奥に何かが刺さるのを感じた。


「数十項目でも、当時としてはかなり先進的でした」


教室が少しざわついた。


別の生徒が言った。


「数十で?」


悪意はなかった。

本当に不思議そうな声だった。


御堂は静かに息を吸った。


「当時は、技術的にも運用上も、それが現実的だったんです」


また別の生徒が手を挙げた。


「では、営業成績が高いけど、後任者を毎回潰していた人は、どう評価していたんですか」


「それは、上司が総合的に判断していました」


生徒は、ノートに書きながら尋ねた。


「総合的、という項目は何ですか」


御堂は答えに詰まった。


別の生徒が続けた。


「共用スペースを維持していた人は、どこに反映されていたんですか」


「それは、評価というより、本人の善意で」


「善意で会社を維持していたんですか」


教室は静かだった。


責められているわけではない。

ただ、質問されているだけだった。

それが、御堂には一番こたえた。


女子生徒が手を挙げた。


「KPIが下がるけど、三年後の事故を防ぐ判断をした人は、加点ですか、減点ですか」


御堂はゆっくり答えた。


「当時は、短期目標の達成が重視されていました」


「つまり、未来負債は評価対象外だったんですね」


その言葉に、御堂は目を伏せた。


別の生徒が聞いた。


「昔の人は、数字が上がることを、だいたい良いことだと思っていたんですか」


「基本的には、そうです」


「下げるべき数字もありますよね」


「あります」


「では、人を守るために、あえて上げない数字は?」


御堂は、しばらく黙った。


そして、答えた。


「当時は、そこまで整理されていませんでした」


授業の終わりに、一人の生徒が手を挙げた。


「あなたが当時に戻って、評価制度に一つだけ欄を足せるなら、何を足しますか」


御堂は、教室の前に立ったまま考えた。


会議室のモニター。

赤く塗られた社員名。

未達。

改善計画。

ファクトで語ろう。

数字は嘘をつかない。


そして、証人席の小野寺の声。


何も起きなかったので、何もしていないことになりました。


御堂は、静かに言った。


「数字を下げてでも守るべきものを書く欄です」


生徒たちは、ノートを取った。


御堂は続けた。


「それと、点数にできなかったものを、なかったことにしない欄です」


教師が、少しだけうなずいた。


   *


刑期が終わった日、御堂は元の会議室へ戻された。


モニターには、先ほどまでのKPI一覧が表示されている。

役員たちは、何も起きなかったように座っていた。

時間は、ほんの数秒しか進んでいないようだった。


御堂は、リモコンを持ったまま、しばらく黙っていた。


やがて、赤く塗られた社員名のスライドを閉じた。


「評価シートを一度、見直します」


役員の一人が言った。


「KPIの定義変更ですか」


御堂は首を振った。


「KPIは必要です」


そして、少しだけ苦笑した。


「ただし、KPIだけで人を見たことにするのは、やめます」


会議室は静かだった。


御堂は、新しい白紙のスライドを開いた。


そこに、最初の一行を打ち込んだ。


数字を下げてでも守るべきもの


その下に、もう一行。


点数にできなかったものを、なかったことにしないこと


   *


さて、ここまでお読みいただいた紳士淑女のみなさま。


今回の教訓は、たいへん簡単です。


数字は、悪者ではありません。

数字を見ない社会は、すぐに「なんとなく偉そうな人」と「なんとなく声の大きい人」に支配されます。

それはそれで、なかなかの地獄でございます。


けれども、数字は万能の神様でもありません。


たとえば、体重計は体重を測ります。

しかし、昨日こらえた涙の重さまでは測りません。

テストの点は、答案の正誤を示します。

しかし、隣の席の子が消しゴムを忘れて困っていることに気づいた力までは示しません。

KPIは、仕事の進み具合を示します。

しかし、冷蔵庫の奥で正体不明の液体が発生する前に、それを防いだ者の名までは、なかなか表示してくれません。


数字は、たいへん便利な灯りです。

しかし、灯りを当てたところだけを世界と呼び始めた時、人間はだんだん目が悪くなります。


御堂晴人氏は、数字で人を見ようとしました。

その志には、たしかに理がありました。

好き嫌いで人を裁くより、数字で語ろうとした。

これは一歩前進でありましょう。


しかし、彼はその一歩を、到着地だと思ってしまったのです。


測った範囲は、一部でした。

けれど、下した判定は、全体でした。

そこに、未来への請求書が発生したのでございます。


読者諸兄も、どうかお気をつけください。


点数を見てはいけない、という話ではありません。

数字を使ってはいけない、という話でもありません。


ただ、数字を見たあとに、もう一度、人を見ること。

点数を付けたあとに、点数に入らなかったものを捨てないこと。

数字が下がった時に、何かを守るための低下ではなかったかと、一度だけ考えること。


それだけで、人類は少しだけましになるかもしれません。


もっとも、人類が本当にそこまで賢明であったなら、未来時際裁判所など開廷していないのでありますが。


それでは、みなさま。

次に評価シートを開く時は、どうか思い出してください。


その人は、点数の中にいるのか。

それとも、点数の外で、何かを支えていたのか。


そして、エレベーターの中では、なるべく誠実に。


未来は、案外、鼻が利くのでございます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回の教訓は簡単です。

人間らしく見えることと、人間として責任を負うことは、同じではありません。


便利だから任せた。

それっぽく返ってきた。

誰かが確認していると思った。


そうして責任の輪郭が薄くなった場所には、だいたい後世の請求書が落ちています。

未来裁判所は、そういう薄い責任の膜を、妙に丁寧にはがしてくるようです。


次の事件では、トイレットペーパーの芯だけを残す者たちが裁かれます。

いよいよ罪状が家庭内に入ってまいりました。

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