表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モトモド  作者: ともども
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第1話 …夢…

少年の意識が、静かに沈んでいった――


はずだった。


どれほど経ったのかも分からないまま、ふいに瞼が持ち上がる。


「……っ」


目を開ける。


視界に映ったのは――何一つ変わらない。


薄暗い岩肌、鉄格子、その向こうの老人も、同じ位置に立っている。


「……は?」


喉の奥から漏れた声は、かすれていた。


夢であることは分かっているのに、


なぜ、目が覚めない?


胸の奥に、じわりとした不安が広がる。


少年はゆっくりと体を起こそうとする。


脚が、ちゃんと動く。


驚きはない――夢の中では、何が起きても不思議ではない。


むしろ、動けることにわずかな安堵を覚えた。


続いて鉄格子へ近づき、両手で掴んで力を込めて引く。


「……っ!」


びくともしない。


もう一度、今度は全身の力を使って揺さぶる。


わずかに鳴るだけで、開く気配はない。


脚が動くという感覚には、どこか現実味がない。


だが、地面と金属の冷たさには、やけに現実味がある。


その向こうで、老人はただ黙って見ていた。



                 ・・・



老人は何も話していなかった。


代わりに、左側の頭を指でぽりぽりと掻きながら、じっと少年を見つめている。その仕草は、何かを考え込むときの癖のようにも見えた。


まるで――


「こいつは、話せないのか?」


とでも判断しようとしているかのように。


沈黙が続く。


やがて、少年は口を開いた。


本来なら、自分の家に知らない奴が勝手に入り込んできたときに言うはずの言葉だ。


だが状況は真逆だった。


それでも、口をついて出た――


「お前、誰だ?」


日本語で。


老人はぴくりと反応した。


だが――それだけだった。


わずかに首を横に振って、理解していないことがはっきりと伝わってくる。


「……通じてないのか」


少年は一瞬だけ考え――ふと思いつく。


なら、逆にやればどうだ!


さっき聞いた、あの意味不明な言葉をぎこちなく、真似るように口にする。


「……グラ、エル……トゥ、ナ……?」


自分でも何を言っているのか分からず、もはや音を並べているだけだ。


だが、老人の表情がはっきりと変わった。


困惑が浮かび、眉は寄せられ、目は泳いでいた。


「言葉が通じない」のは、お互い様だと。


だがその中で何かがひらめいたのか、表情が揺れ、さまざまな感情が入り混じった。


「……!」


くるりと背を向けた。


近くの木箱へ歩み寄り、ごそごそと中を探り始める。


やがて質素な服を取り出し、それを無言で鉄格子の隙間から差し入れた。


少年は一瞬ためらったが、寒さと状況を考え、黙々とそれを受け取り、身に着けた。


それを確認した老人は再び箱へ戻り、今度は分厚い本を取り出して同じように差し出した。


だが、少年は受け取らなかった。


代わりに、再び棒読みの日本語で問いかけた。


「こ、こ、ど、こ、だ」


「な、ん、で、閉、じ、込、め、て、い、る」


「家、に、帰、った、と、こ、ろ……」


だが老人は何も答えず、本を指し示すだけで、「読め」とでも言うようだった。


少年は首を振り、明らかに拒否の意思を示した。


その態度に老人は一瞬固まったが、続いて本を指し、少年を指し、さらに自分の頭を指した。


「読む?」


少年は少し考える。


「読めば……お互い理解できるってことか?」


少年がまだ考え込んでいる間に、老人は本を鉄格子の下から足元へ滑り込ませるように置いた。


そして、何も言わず、背を向けて暗闇の奥へと歩いていく。やがて、遠くで扉の閉まる音が響いた。



                 ・・・



静寂。


「……なんだよ、あいつ」


苛立ち。


だが同時に、現実世界に戻る手段がないことも理解していた。


どうせすぐには目覚めそうにないと悟り、少年は舌打ちし、床に置かれた本を拾い上げて、渋々、ページをめくる。


それは、古びた革装の絵本だった。


ページは厚く、ざらついている。丁寧なインクの線と、ところどころに差された色。だが表紙はひどく損傷していて、何が描かれていたのか分からない。


内容は、単純な単語で綴られた、幼児向けの世界の起源の物語だった。


少年は興味なさげに、皮肉を口にしながらページをめくっている。


                 ・・・



むかしむかし、


この世界には、ただ一柱の神が存在していた。


数え切れない金色の魂の集合体で、壮大な力を湛えた神だった。


「金色?魂?やけに尊そうだな」


その神は。


空を、海を、大地を、光を、


欠けることも、歪むこともなく、完全な世界を創り上げた。


その世界は――聖の世界と呼ばれていた。


そして神は、自らの魂を分け与え、次々と命を生み出していった。


草や木、鳥や獣――世界は徐々に賑わいを増していった。


「そっか、神様もずっと残業していたのか」


ついに、人間が生まれた。


人々は永遠の命を持ち、神の教えに従い、聖を守っている。満ち足りた心で幸福に暮らしていた、悲しみも痛みもなかった。


「幸せすぎるだろ……」


しかしある日、魔が現れた。


魔は、人々に囁いた――


この世界を、自分たちの思うままに変えてもいいのだと。


同時に、静かに、ゆっくりと、魂の奥へと染み込んでいく。


憎しみを、


嫉妬を、


欲望を、


怒りを、


そうしたものを、少しずつ、植えつけていった。


「……魔がいなくても、人間はこんな感情くらい持っているだろ」


魔の意図に気づいた人間がいたが、魔の誘惑に、抗えなかった人たちもいた。


彼らは魔を拒まなかった。


むしろ、自ら近づき、受け入れ、魂の奥へと迎え入れたのだ。


やがて彼らは、魔に染まった魂を持つ魔人へと変わり果て、互いに争い始めた。


奪い、傷つけ、壊し合う。


神は最初から止めようとした。


何度も、何度も。


だが、


その争いは止まることなく、ついには――


聖の世界そのものが、崩れ始めた。


残されたのは――魔が混じった聖の世界の欠片、金色の■■■■だけであった。


「金色の何……分からない、専門用語か?」


神は、失望した。


あまりにも容易く、人が誘惑に屈したことに。


あまりにも簡単に、聖を手放したことに。


神は最後まで裁きを下すことはなかった。


ただ、この世界を去った。


「まあ……そろそろ引退したくもなるか」


そして別の場所へ向かった――死後へ


新たな聖の世界を創った。


「って……まだ働くのかよ」


残された人間たちは、この壊れた世界で生き続けるしかなかった。


だが、まだ希望がある。


神が遺したものを守るために、


世界を乱す魔と己の弱さに抗いながら、


聖を積み重ねていく。


そうすれば――


いつか、


我らが死を迎えたとき、


時も場所もない無へと落ちることなく、


神は再び我らの魂を迎え入れ、


新たな聖の世界で、


もう一度――


幸福に満ちる新たな生を、始めることができるのだ。



                 ・・・



少年は最後まで読み終えた。本を閉じて、鼻で笑う。


「……夢にしては、やけに設定が細かいな」


体から金色の粒子があふれ出し、宇宙へと飛び出したあの光景を思い返す。


「……なるほど、どうやらこの夢、神様の魂が私を引っ張ってここに連れてきた設定らしいな」


「そして、今までで一番バカバカしい夢だ」


皮肉を言いながらも、考えがあった。


発音はまだわからない。だが、この言語は決してでたらめではない。


そして自分の世界には存在しないものだと理解できる。


その事実が、じわじわと心を侵食する。


少し間を置いて、少年は軽く首を振った。


「……いつ起きるんだよ」


「車椅子で寝ているんだぞ……風邪ひくだろ」



                 ・・・



やがて老人が戻ってきた。


無言のまま、固いパンと茹でた芋、煮込みをぎこちない手つきで一つずつ鉄格子の隙間から押し込む。


少年は黙って食べた。


その味は普通だが、妙に現実的で、逆に気味が悪かった。


食べ終わると、今度は藁と粗い毛布、丸めた布が差し入れられる。


寝床らしい。


老人は机に座り、ろうそくに火を灯すと、紙に何かを描き始めた。


描き終えると、それを左手で少年に差し出し、机に戻って何かを記録しているようだった。


「……は?」


描かれていたのは――


ベッドのようなもの。その上に横たわる棒人間。顔には大きなバツ印。周囲には謎の線と、黒い塊。


どう見ても「夜に寝る」ではなく、「夜に殺される」図にしか見えない。


少年は無言で首を振った。


「下手すぎだろ……」


思わず呟くが、伝えたいことはなんとなく理解できる。


寝ろ、ということだ。


少年は藁を敷いて毛布を広げて横になり、静かに状況を整理する。


「どうせこの夢は、すぐには終わりそうにない」


「なら、脱出も試してみるか」


「……風、あるな」


「空気が動いている」


「洞窟か……どっかに出口がありそう」


「匂いある……土と腐敗臭」


「森の近くか」


「温度は一定……地下かもしれない」


「鍵の音がなかった」


「あの扉、施錠されてないのか……」


考え、分析しながら、疲労がじわじわと押し寄せてくる。


少年はそれを感じて気が楽になっていた。


「……どうやら、このバカみたいな夢も、そろそろ終わりそうだな」


「ロケットの回収も……しないと……」


少年がそっと目を閉じる。


その夜、少年は夢を見なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ