誘惑
恵里菜は、この年で全く経験がないわけではないので、急に安紀を見下したような態度になって笑った。「えっ、安紀くん、抱けるの?」。安紀は、ちっとも悔しがったり、屈辱的に思ったりしていない様子で、「分からない。」と答えた。恵里菜は、何だかこの会話自体、ばかばかしいと思うが、この冷静な人を興奮させたら、どうなっちゃうのかな?と、わくわくしてきて、まんざらでもないどころか、やってみようかな、と乗り気になっている。だけど、悔しいのでおくびにも出さない。安紀は、分からない、と言ったきり、黙っていたが、「そろそろ塾の時間だ、行くね。」と、何事もなかったように言う。恵里菜は、また呼び止めて、「塾と私だったら、どっちを選ぶ?」と挑戦的に言う。短いスカートに、細い太ももが映える。安紀は、「塾。石川さんとは、同じクラスだし、いつでも話せるから。授業は生物で毎回違う。」と言って、「時間だ、もういい?」と聞いてくるので、恵里菜は、絶対、行かせない!ふざけんな、と思って、「石川さんじゃなくて、恵里菜!」と言って、安紀について行く。
安紀は、「どこまでついて来るの?」と何度も聞いた。結局、安紀の家まで、恵里菜は、ついて来た。安紀は、鍵を取り出して、マンションのエントランスの自動ドアを開けて、中に入った。恵里菜は、正直、戸惑ったが、そのまま中に入った。安紀は、どこまで入ってくるのか、面白そうに観察しているようにも見えた。しかし、そこには、愛しさとか、好意的な感じは全くない。エレベーターで、安紀は、8階のボタンを押した。恵里菜は、「安紀くん、8階に住んでるんだ?」と言うと、安紀は、「うん」と答えた。エレベーターがつき、二人で廊下を歩く。安紀の後をついていくが、振り向きもしない。ついに、803号室の前で、安紀が、手に持っていた鍵を刺して、ドアを開けた。恵里菜は、もう、ここまで来て、引き返すなんてできない、と思って、中に入った。
安紀は、廊下を抜けて、すぐ左に曲がり洗面所で手を洗った。恵里菜も洗おうか迷ったが、結局、洗わなかった。安紀は、次に真ん中の部屋のドアを開けた。そこは、安紀の部屋らしく、勉強机と本棚とベットがあった。安紀は、リュックを取り出して、そこに、塾の教材を入れ始めた。恵里菜は、ベットに腰掛けた。シーツからは、石鹸の香りがした。恵里菜はそのまま安紀のベットに寝転ぶが、安紀は、見もしないで、リュックに教材を入れ終えて、チャックを閉めた。そこで、ようやく振り返って、「外の服で、寝ないで。」と言った。恵里菜は、内心傷ついているが、やはり笑顔で隠して、「外の服で寝てみるのも、たまにはいいよ、試してみる?」と、安紀を誘う。安紀は、「変わらないよ。」と言うので、無理やり腕を引っ張って、制服の安紀を座らせる。安紀は、また眉をひそめて黙って、恵里菜を見つめるので、恵里菜は、隣に座る安紀に抱きついた。しばらくすると、安紀は、時計を見て、「電車、行っちゃった。」と言った。恵里菜は、「残念だったね。」と、安紀の頬にキスをした。




