35.お姫様と七人の子ども
おばあちゃんの一言がトドメとなったようだ。
お母さんは蒼白なまま放心状態となり、お父さんはおじさんに踏まれたまま泣き伏した。
そろそろ足をどけてあげてほしいなー、と思っていると、何やら外が騒がしくなった。
……この音は。
あの子たちったら、どうして移動手段が駆け足一択なのか。
ドタバタと近づいてくる足音は、間違いなく弟妹たちのものだろう。
慌てて扉へと向かい、勢いよく開け放った。
「こら! 廊下を走ったらだめでしょう!」
「姉ちゃん、いた! ごめーん、どの部屋だったかわかんなくなった!」
足音の犯人は、ノアとバネッサだった。
この家は広いから、簡単に迷子になっちゃうのは分かる。でも、走っても歩いても部屋がわからないことに変わりはないだろう。
「あれ? 父さん、何してるのさ」
「あ! お母さんの髪なくなっちゃった!」
……大失敗。何も考えずに扉を開けちゃったけど、室内は修羅場だった。
「父さん、また叱られたのかよ」
しかし、ノアは驚いた様子もなく呆れ顔でお父さんを見下ろしたのだ。
「またって?」
「やっぱり話してないじゃん。姉ちゃんが家出したせいで昨日は町中大騒ぎだったんだぞ」
「……家中ではなく?」
どうして町ぐるみでの騒ぎになったの?
「あのねー、市場のおじちゃんが怒っててねー、マリーちゃんも怒ってねー、おばちゃんたちも怒ってねー、お父さんほうきで叩かれたの!」
なぜそこでマリーが出てくるの。……たまたま市場のおじさんから話を聞いて、それをマリーがみんなにしゃべっちゃったのかしら。
「あの子は相変わらず噂が好きなのね」
思わずため息が漏れた。だめだめ、幸せが逃げちゃう。
「うん? 姉ちゃん、なんでそんな反応なのさ」
「……だって、また大げさに噂したんでしょう?」
マリーがうちのことを噂するのは初めてではない。幼い頃は、そのせいで喧嘩したことすらあるもの。もう記憶はおぼろげだけど、泣きながら怒ったことだけは覚えている。
「『フィリシアが髪を売って王都に行ったって! またポンコツなご両親があの子をこき使おうとして、とうとう堪えられなかったのよ!』だってさ。これ、大げさか?」
……ほぼ真実な気がする。おかしいな、前はもっと嫌な気持ちになったのに。
「それを聞いたおばちゃんたちがすっごい怒ってて、『無事に連れて帰ってこなかったら容赦しないからね!』って父さんをしかったんだ。ココアのせいで伝えるの忘れてたからさ」
「……美味しかったでしょ?」
「最高だった! グレース姉ちゃんは一気に飲むなんてもったいなすぎるって、まだちびちび飲んでる」
「ねえ! だからー、お母さんの髪だってば!」
バネッサが、ダンッ! と足を踏み鳴らした。
自分を無視して笑っていたことが許せないらしい。
「バネッサ? お姉ちゃんは一人しかいません」
「わ、わかってるもん! ちゃんと待ったもん! なのに、お話二つになっちゃった!」
あ、それは私が悪いか。
「ごめんね、待ってくれてありがと。でも、ココアは美味しかったでしょう?」
「……うん。また飲めるかな」
ふふっ、やっぱりバネッサもお気に召したようだ。そんなバネッサの言葉を聞いて、おじいちゃんが笑った。
「もちろんだとも。あとで缶ごと持って帰るといい」
「やった! バネッサ、えらいぞ!」
「うん! あたし、えらいの!」
二人がぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。きっとおじいちゃんの株が爆上がりしていることだろう。
それにしても、どうなることかと思ったけど、二人のおかげで室内の空気が変わったわ。
「おじさん、そろそろお父さんを許し──……てくれなくていいけど、足だけはどけてあげてください」
「フィリシア素直すぎ」
レイさんがくすくす笑っている。でも、まだお父さんは何もしていないのに、許してとは言えない。
「バネッサ。お母さんはね、これからはおばちゃんたちみたいに働くの。そのためには長すぎる髪が邪魔だから、おばあちゃんとマチルダさんが切ってくれたんだよ」
バネッサがぱちくりと目を瞬かせた。
「……おかあさん、おばちゃんになるの? 髪、お姫様だったのに」
「馬鹿だなぁ。子どもが七人もいるお姫様なんかいないぞ。お姫様と一緒にいるのは七人の小人だろ?」
「ほんとだ! じゃあ、お母さんおばちゃんなの? おいしいごはん作るの? ……作れるかなぁ?」
バネッサが納得したような、でも納得したくないような顔でお母さんを見た。
そんな二人のやり取りを聞いて、おじいちゃんはまるでしょっぱいものを食べたみたいな顔をしているし、おばさんはボロボロになった扇で顔を隠しながら笑った。




