28.限界を打ち破る扇
王都では、人が飛ぶようだ。
たった二日間で、すでに二人も吹っ飛ぶ姿を見てしまった。
おじさん、暴力はだめだよ? と言いたいところなのだが、ちょっとスッキリした自分もいる。
だって、私の質問に答えてないし。
「……お父さん、不正解」
おかしいな。そんなにもむずかしい質問だった?
お母さんのきれいな手。私の荒れた手。
毎日、お母さんの手にクリームを塗りこんでいるお父さんが、違いに気が付かないはずがないのに。
「お母さんの手はきれい」
「……フィリシア?」
「でも、私の手は荒れてるよ? こんなにも違うのはどうして? 私、それを聞いてるんだけど。もしかして、目が悪くなっちゃった?」
お父さんが呆然と私を見上げた。
これは、質問の意味が理解できた……のではなく、殴られた父親の心配もせず、質問を繰り返す私に驚いているのかな?
「フィリシア、諦めろ。どうやらお前の父親は自分にとって都合のいい世界だけを見ることができる、稀有な人間のようだ」
「おじさん。手、大丈夫?」
おじさんは武闘派には見えないもん。
「……少し痛い。が、これは駆け落ちなんかをした愚か者たちを長年放っておいた報いだから、君が気に掛ける必要はないぞ」
「え、無理。そこは気になるよ?」
私の言葉を聞いて、おじさんが目頭を押さえた。どうしよう、本当はすごく痛いのかもしれない。
「……お兄様はいつからそんなにも野蛮になったのです?」
荒事には慣れていないお母さんが、青ざめた顔でおじさんを責めた。
「そんなものは、お前たちが不義理を働いたせいだろう」
「……だって、私はルパートを愛しているのだもの。仕方のないことでしょう?」
「どこがどう仕方がなかったのか……いや、お前たちには何を言っても無駄か。なんせ、聞く耳がない。人の痛みを感じることもできない。見たいものしか見ない。ないない尽くしの、ど阿呆なのだからな」
「ひどいわ、お兄様!」
……本当にひどい。ひどいと言えてしまうお母さんがひどい。
お母さんってこんな人だった?
ここまで人の話を理解できない人だったんだ。
『フィリシアの家族は変だよ!』
いつ言われたのかは覚えていない。
でも、ずっと記憶に残っている言葉。
私は『そんなことない!』と否定していたと思う。大切な家族を馬鹿にされて、悔しくて悔しくて泣いた。……泣きながら否定したのになあ。
みんなが親身になってくれる優しい町で言われた言葉を、どうしてちゃんと考えなかったの、小さい私!
誰の言葉か覚えていないけど、真実を教えてくれた誰かさん、ありがとう。それと、ごめんね? ようやく心に届きました!
おばちゃんたちにも言われたんだよね。
『一回くらい家出してごらん! どれだけ困るか理解するよ!』と。
あの頃は、そんなことをしたら弟妹が困るからと笑って躱してしまった。
でも、こういうことだったのか。
離れたら見えちゃったよ。お父さんとお母さんのおかしいところ。
「ねえ、お母さん。お父さんもだけど、どうしておじいちゃんたちに謝らないの?」
『お父さんとお母さんは、お互いに大好きで離れたくなくて。だから、家を飛び出してきちゃったの』
幼い頃から聞かされていたお母さんの言葉は、まるで絵本の物語のように、自然と私の中に収まっていた。
だけどね?
「お母さんたちが家を飛び出したせいで、おじいちゃんたちはすっごく大変だったんだって。たくさんみんなに謝って、それでもたくさんみんなに叱られて、しまいにはおじさんの結婚もなくなりそうになって、おばあちゃんなんて倒れちゃったんだって」
「……うそ。……あ、それは……悪かったと思っているわ。でもね?」
「『家族は助け合うもの』なんでしょう? どうしてお母さんだけは助け合わないの?」
お母さんが視線を彷徨わせた。そして、みるみるうちに瞳が涙で滲んでいく。
「……ごめんなさい、フィリシア」
涙を浮かべて謝る姿は、残念ながらよく見るので動揺はない。
お母さんは謝りはするのだ。だから私も仕方がないなとため息一つで終わらせてきた。
「ソフィア! 見せかけだけの謝罪など何の役に立たんのだと、昔から言っているはずだ!」
おじいちゃんが怒った。気持ちはわかるけど、そんなに怒ると倒れちゃいそうで怖い。
突然、パシリ! と音が響いた。
思わず心臓がきゅっとする、聞き覚えのあるこの音。そーっと、おばさんを見た。
「お義母様。私、そろそろ限界ですわ」
「そうねえ。フィリシアさんの前だからと遠慮していたけど。……これは駄目ねぇ」
おばさんとおばあちゃんが怖い。
おばさんがずっと黙っているからおかしいとは思っていたのだ。でも、我慢していただけらしい。
パシリッ! ともう一度、扇が打ち鳴らされた。そして。
「そこのあなた。どうしてソファーに座っているのかしら」
ぴしりと扇で指されたのはお母さんだ。
「あなたは……キャロライン……?」
「平民ごときに名前を呼んでいいと許可を出した覚えはないわ! いますぐその場に跪きなさい!」




