19.本当の気持ち
「雑草には熱湯をかけるといいらしいぞ」
「あれ? お酢じゃないの?」
「酢もいいけど、土壌が一時的に酸性になるし、近くに金属があると錆びたりするから」
「へえ、物知りだ」
……ところで、今のはただの豆知識なのか、それともお母さん達にお湯をかけろということなのか。
いや、人間にお湯をかけると大変なことに。でも、そろそろ恋愛脳から脱却してもらいたいのだから、恋の根を枯らすべきなのだろうか。
「雑草には熱湯かお酢。じゃあ、恋愛脳には何が効くのかな」
「馬鹿に付ける薬はないと言うけど、恋愛はなんだろう」
んん? と二人で首を傾げる。
「……お嬢さんたち。そろそろ夜も更けてきたし、何よりもおじさんたちがいろいろと限界なんだ。難しいかもしれないが一度だけおじさんたちのことを信じて、今日はゆっくりと寝てくれないだろうか」
あら、いけない。おじさんはまだしも、おじいちゃんとおばあちゃんは早く休んでもらわなきゃ!
「ごめんなさい、こういうことを相談できる相手がいなかったし、ゆっくり考える時間もなかったからつい」
「俺もです。最近ずっと逃亡生活が続いてたから、こうしてのんびり話せるのが嬉しくて。遅くまで付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」
二人でぺこりと頭を下げる。でも、おじいちゃん達はしおしおしたままだ。よっぽど眠たいのだろう。もしかすると、貴族は早寝早起きなのかもしれない。
「おじいちゃん、もう寝よ? お部屋まで送っていくよ?」
お腹いっぱいだもん。ちょっとは動かないとね。
「……気持ちだけ受け取る。早く寝ないと大きくなれんぞ」
本当に一言余計だなあと思いながらも、これはおじいちゃんの素直になれない優しさなのだともう知っている。
「おじいちゃんは私のことが心配なの?」
でも、いつまでもこのままではいけないと思うのよ。
「なっ!」
まさか、聞き返されるとは思わなかったのだろう。面白いほどにうろたえている。
「心配じゃないの?」
「ぐっ……」
「ねえ、どっち?」
おじいちゃんのそばでじ──っと見つめ続ける。
「孫を心配して何が悪い!」
「うん、全然悪くないわ。むしろ最高よ?」
えへ、おじいちゃんに勝ちました!
急には無理だろうけど、せっかくの優しい気持ちが相手に伝わらないなんて悲しいことだもの。こうしてお手伝いしていたらいつかは……と言いたいところだけど、王都は遠いからたまにしか会えないんだよ。
「おじいちゃん。たまにしか会えないんだから、仲良くしようね」
だからってあきらめないけど。おじいちゃんに手を差し出す。
「おじいちゃんのお部屋まで、一緒に歩いてもいい?」
「……爺さんと歩いて何が楽しいのやら」
そういいながらも手を取ってくれた。嬉しくなって、つないだ手をぶんぶん振ったら叱られた。
「小さな子どもでもあるまいに」
「だって、おじいちゃんと手をつなぐのは初めてだもん」
あ、でも私がおじいちゃんと歩くとおばあちゃんが困るかな。夫婦は一緒に歩くものだよね。
「じゃあ、夫人のエスコートは俺がしようかな」
私の考えを読んだかのように、レイさんがおばあちゃんに手を差し出した。
「あら。こんなにもお若い紳士にエスコートしてもらえるなんて光栄だわ」
「私のお友達は格好いいし優しいでしょ?」
レイさんの優しさがうれしくて、つい、自慢してしまう。
家を飛び出したときは不安でいっぱいだったのに、今はこうして笑えている。
……グレースたちは大丈夫だろうか。
でも、こうして家から離れてみて分かったことがある。
私が心配なのは弟妹のことばかりで、両親のことは全然気にしていなかった。
……ううん。何なら雑草だなんて酷いことまで言ってしまったのだと、今日の自分を振り返る。
「どうした?」
ちょっと思考の沼にはまりかけていた私に、レイさんが声をかけてくれた。
「……うん。自分の気持ちに少し気が付けたなと思って」
私は怒っていたんだ。理不尽すぎると怒っている。
お母さんたちを叱ってほしいと思っていた。
でも、何よりも私が怒っているのだと、この気持ちは自分で言わなくちゃだめなのだと、ようやく自覚した。
「そっか」
あっさりと返す言葉に、不思議と寂しさは感じない。大仰に反応しないことがありがたいと思った。
それから四人で歩いた。大した話なんてしなかったし、何があったわけでもない。
「……ありがとうな。……フィリシアも早く寝なさい」
「フィリシアもレイさんも送ってくれてありがとう。おやすみなさい」
それなのに、おじいちゃんもおばあちゃんもありがとうと言ってくれた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとうって言ってくれてありがと! おやすみなさい!」
明日、お母さんたちとの話し合いがどうなるのかは分からない。でも、絶対に後悔しないように頑張ろう。




