EP.008
「──どういうこと?滞在って、そんな簡単に…」
「できるよ。俺が、手筈は全部ととのえてる」
その言葉とほぼ同時に、背後でドアの開く音がした。
振り向いたドアの方向に立っていたのは、先程去っていったレオナルド殿下とアルバートだった。
「レオナルド様…」
「…久しぶり、ロゼリア」
「もう戻ってきたのか」
兄の言葉にアルバートが即座にツッコミを入れる。
「いや、"もう"って言っても、なんだかんだ一時間くらい経ってるからな!?あ〜疲れた!」
そう言いながら空いているソファーに深く座り込むアルバートと対象的に、
彼は、少し距離を置いた位置に立ってこちらを見つめるだけだった。
「手筈って…どういう、」
言葉を選びながら殿下に尋ねると、一瞬視線を揺らしながら、静かに口を開いた。
「…ロゼリアが泊まるための部屋の準備とか。必要なものも…それから、あの家にあるロゼリアの私物も全て運ばせた」
「……え?」
思考が追いつく前に、先に言葉が零れ落ちる。
「待ってください、さすがに勝手がすぎるというか…それに、どうやってそんなこと──」
「とにかく」
私の声を遮るように、少し力のこもった殿下の声が響く。
「もうあの家には帰らなくていい。…いや、帰らせない。とにかく今はここにいてほしい」
(帰らなくて…)
その言葉が私の中で反芻する。
確かに、あの家で過ごしたこの五年間が暗闇で、息苦しく苦しい日々だったことは間違いない。
けれど同時に──、その一方であの屋敷は、私が持てる両親との唯一の思い出の場所だった。
(あの家は、アルベルト家のものなのに。
それなのに、私が出ていくの…?義両親に譲り渡せというの?)
そんな思いに葛藤して言葉を紡げなかったわたしをみて、マリアンヌが殿下を制してくれた。
「レオナルド様、その言い方だと少し誤解を招きます」
「それに、今日は本当に一度に色々なことが起きてロゼリアも混乱してると思うから…」
マリアンヌはそう言いながら、私の方を見て優しく微笑み、
「今日は"とりあえず宿泊する"として、以降のことはまた明日考えましょ?ね、ロゼリアも、殿下も、アーサー様も。それでいいでしょ?」
「…あぁ」
「え、俺には?聞かないの?」
「あなたは一旦黙ってて」
マリアンヌの提案に頷いた殿下。
そこに同調する形で、兄──アーサーも頷いた。
「私もそれがいいと思う。
ロゼリア、ひとまず部屋まで案内するから、着いておいで」
「おい、なんでアーサーが案内するんだよ。ここは俺の城だぞ」
「いくら城内とはいえ、夜遅くに未婚の男女二人で歩かせる訳無いでしょう。誰に見られてるかわからないし、兄の私が案内するのが普通です」
兄が淡々と言い切ったこともあり、殿下も、一瞬不満げな顔は見せたものの黙って頷くにとどまった。
───そうして私は、兄に案内された部屋へと着くと、知らず知らずのうちに張り詰めていた緊張が解けたのか、ベッドに身を沈めた途端に急激に睡魔が襲ってきた。
兄とは移動中一言も話さなかった。
兄だけではない。
全員とどこか気まずい空気を残したまま…いや、私が一方的に気まずく思っているだけなのかもしれないが。
細かな話し合いは明日へと持ち越しのまま、深い眠りに落ちていった。
それでも、いつもよりほんの少しだけ、温かい気持ちを感じながら眠りについたのは気のせいなのだろうか。
一章終了




