EP.027
そこにいたのは、見知らぬご令嬢だった。
淡い色合いの上質なドレスに身を包んだ、可愛らしい見た目をした令嬢。年は、私と変わらない位だろう。
「…えっと、申し訳ありません。存じ上げず…お名前は、」
「あぁ!失礼いたしました。私、フラテリーニ侯爵家の長女、サラと申します」
その名前にあの日のマリアンヌの話を思い出す。
──『…あ、あと、五年くらい前?に、養子を取ってたわね』
おそらく彼女がその養子なんだろう。
フラテリーニ侯爵家には、実子の娘はいなかったはずだ。
「まぁ、そうなんですね。こちらこそ大変失礼いたしました。アルフレッド公爵家のロゼリアと申します」
「存じております。私、ずっとお会いしたかったんです。うちの商会にご来店いただき、ありがとうございます!」
弾むような声色。五年前に養子になったということは、まだ市民生活が抜けていないところがあるのだろう。少し砕けたような雰囲気に、僅かに驚いた。
(そもそも、私のことを知っているのに、身分上目上の私に自分から声をかけるなんて、若干のマナー違反よね…?まぁ、マナーとかは覚えてる最中なのかしら)
「サラ様は、今日はどうしてこちらに?」
「少し用があってここに来ていたんです。裏にいたところ、貴族のご令嬢がいらっしゃっていると聞きまして。ぜひご挨拶をと思って来てみたら、帽子からピンクゴールドの髪が見えたので、ロゼリア様だとわかったんです」
ニコリと無邪気に笑う彼女。
「お会い出来てとても嬉しいです!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
少し愛想笑いのようになってしまったかもしれない。
ただ、サラ様の興味は、すぐに私ではなく付き添いの彼に移ったようだった。
「そちらの方は…ロゼリア様の恋人ですか?」
「こっ!?いえ!別に…えっと、友人です!友人!」
慌てて否定をしたら、横からは軽いにらみ、そして向かいからは大きな目をぱちりと開き、キョトンとした目線を向けられた。
「そうなんですか?」
そして彼女はそのまま屈託のない笑顔で無邪気にこう言った。
「だったら良かったです!」
「え?」
「ロゼリア様は、レオナルド殿下と良い仲だと聞いておりましたので。私、ロゼリア様が社交界に戻ってきたら、私のレオナルド様がまた取られてしまうと思ってとても心配していたんです」
思わず横にいたレオン様の顔をちらりと見る。
髪にかかって表情は見えにくくはなっているものの────明らかに引いた顔で彼女を見つめていた。
おそらくサラ様は、この隣の黒髪の男性が、まさかそのレオナルド殿下本人だとは思ってもいないのだろう。彼女は嬉しそうに話を続けた。
「私とレオナルド様…もう少しで婚約する予定なんです。でも、ロゼリア様がいたら、レオナルド様が私のことを好きでも私との婚約は難しいと言われていたんです。…だから、ロゼリア様に恋人がいるみたいで安心しました!」
(どうしよう、何から言えばいいのかわからないわ)
想定外の話に頭も追いつかず、とりあえず顔に笑顔を浮かべておくことが精一杯だった。
「なので…もし、レオナルド様との婚約の話が入ってきても、絶対に断ってくださいね。私達は愛し合っているので、絶対に婚約しないといけないんです!」
彼女はそうやって言いたいことを言い切ると、満足そうに微笑み、用事あるからと足早に立ち去っていった。
彼女が立ち去ると、あっという間に私達に静寂が訪れる。
店内のざわめきが、どこか遠く聞こえた。
改めてチラリと隣を見上げると、やはり真顔のレオン様がいて。
(えっと…どうしたらいいのこれ)
気を利かした従業員が私達に声をかけに来るまで、ただただ呆気にとられてしまったのであった。




