第61話 FROST-9からの招待
第61話は、共同冷却ライン編を終えた翌日から始まります。
累計1.243 CCに到達し、都市圏ランキングの対象にもなったユウト。しかし、その朝に届いたのは祝福ではなく、上位プレイヤー「FROST-9」からの短いメッセージでした。成り上がりの次の舞台が、静かに開きます。
月曜日、午前七時。
相馬ユウトは、アパートのベッドの上で目を覚ました。
身体が重い。
前日の夜。
旧待合所。
夜間配送待機所。
屋上の予備循環バルブ。
共同冷却ライン。
あれだけ走って、考えて、叫んで、判断した。
眠れたのは、ほんの数時間だった。
「……今日は休みたい」
ユウトは枕に顔を埋めた。
しかし、スマホが震える。
『共同冷却ライン・前日ログ確定』
目をこすりながら画面を見る。
『安全導線:正常』
『待機所・医療配送優先配分:継続中』
『会場噴霧V-3A:低出力維持』
『協働運用日次プール:0.050 CC』
『あなたの前日貢献配分:+0.018 CC』
「……0.018」
大きな限定チャレンジの後だから、小さく見える。
でもこれは、一晩だけのボーナスではない。
協働運用が続く限り、現場で役に立てば、少しずつ増えていくCCだ。
『累計:1.261 CC』
「積み上がる……」
ユウトは、少しだけ笑った。
小さな改善。
現場の確認。
人の声。
危険を避けた判断。
その積み重ねが、1.0 CCを越えた。
だが、次の通知を見た瞬間、眠気が飛んだ。
『新着メッセージ』
『差出人:FROST-9』
ユウトは、画面を見つめる。
都市圏ランキング対象の実績として登録された直後、自分のログを閲覧していた謎の上位プレイヤー。
メッセージは短かった。
『あなたの協働運用ログを読んだ。
今夜、話がしたい。』
さらに、位置情報。
『集合場所:中央冷却ターミナル
時間:20:00』
「中央冷却ターミナル……」
街外れとは反対方向。
都市圏の中心にある、大規模な冷却拠点。
ユウトは、画面をスクロールする。
『注記:
招待を受けるかどうかは自由。
ただし、返答は正午まで。』
「正午までって……急すぎるだろ」
ユウトはベッドから起き上がった。
◇
午前九時。
ユウトは、駅前広場のベンチに座っていた。
いつものミスト。
いつもの案内板。
『ここで休めます』
『無料です』
『申請不要です』
第四部の最初に、何度も見た言葉。
街外れで大きなチャレンジを終えたあと、この場所は妙に静かに見えた。
「悩んでますね」
声をかけてきたのは、WindArcだった。
ユウトは、少し驚く。
「久しぶりですね。」
「共同冷却ラインの話、聞きました。
街外れでかなり大きなことをやったそうで。」
「全部、なんとか間に合いました。」
「“なんとか”の規模じゃないですよ。」
WindArcは、ユウトの隣に座る。
「旧待合所の再接続。
会場噴霧の再調整。
夜間配送待機所の冷却配分。
協働運用の立ち上げ。
現場ログを見た人たちの間では、かなり話題になっています。」
「それで、これが来たのかな」
ユウトはFROST-9のメッセージを見せた。
WindArcの表情が少し変わる。
「FROST-9から?」
「知ってるんですか?」
「名前だけです。」
「名前だけ?」
「都市圏ランキングの上位に、ずっといるプレイヤーです。
個人で大きな冷却案件をいくつも回している、と言われています。」
「……個人で。」
ユウトは、昨日の運用者選定を思い出す。
自分は、一人で決める道を選ばなかった。
でもFROST-9は、個人で大きな案件を回している。
「どんな人なんですか?」
「顔も本名も、ほとんど出していません。
ただ、ランキングの記録を見る限り、
広域冷却の効率化で大きくCCを稼いできた人です。」
「効率化……」
その言葉が、少し引っかかる。
R-01。
地域最適化サーバー。
人の滞在を数字の外に置いた効率。
ユウトは、画面を見る。
『今夜、話がしたい』
「行くべきですかね。」
WindArcは、すぐには答えなかった。
「会うべきかどうかは、ユウトさんが決めることです。
でも、上位プレイヤーからの招待を断るなら、何を断るのかを分かった上で断った方がいい。」
「話を聞くだけなら。」
「それでいいと思います。」
ユウトはしばらく考えた。
FROST-9が何を求めているのかは分からない。
共同冷却ラインを褒めたいのか。
都市圏ランキングの世界へ誘いたいのか。
あるいは、協働運用を自分の効率的な案件に組み込みたいのか。
でも、知らないまま怖がるより。
会って、見て、判断する。
「行きます。」
ユウトは、返信を打った。
『相馬ユウトです。
20時に中央冷却ターミナルへ行きます。』
送信。
すぐに既読がつく。
そして、返信。
『了解。
あなた一人で来て。』
ユウトの指が止まった。
◇
午後。
共同冷却ラインの協働運用チャットに、新しいメッセージが入った。
『ハル:
日次ログ確認。会場側、問題なし。
V-3Aは6%固定。』
『ナギ:
待合所の換気と低出力冷却も安定。
ただし予備循環経路は、今夜もう一度点検したい。』
『蒼真:
夜間配送待機所、今夜も人多い。
片瀬さんが、仮置きの分け方を少し変えるって。』
『片瀬:
医療配送側は問題なし。
ただし、気温が上がれば再調整が必要。』
ユウトは、画面を見た。
昨日までなら、自分が現場を走っていた。
今は、みんながそれぞれの場所で動いている。
協働運用は、最初の一日をちゃんと回り始めていた。
「……俺がいなくても、回る部分がある」
少しさみしいような。
でも、安心するような気持ち。
そのとき、ナギから個別メッセージが来た。
『FROST-9に会う件、聞いた。』
「誰から?」
『ハル。
ハルは蒼真に言った。
蒼真は片瀬さんに聞いた。
片瀬さんが私に送った。』
「情報が早いな……」
『協働運用だから。
一人で危ない場所へ行くなら、共有して。』
『ユウト:
中央冷却ターミナル。20時。
話をするだけ。』
『ナギ:
“あなた一人で来て”って言われたんでしょ。』
ユウトは、少し驚く。
『ユウト:
どうして知ってる?』
『ナギ:
顔に出てそう。』
『ユウト:
メッセージですけど。』
『ナギ:
じゃあ、文面に出てる。』
少し間を置いて、ナギから続きが届く。
『行くなとは言わない。
でも、中央冷却ターミナルは見学施設じゃない。
広域設備の調整拠点。
入るなら、何を持ち帰るか決めてから行って。』
「何を持ち帰るか……」
ユウトは、その言葉をメモした。
情報。
交渉。
新しい案件。
あるいは、上位プレイヤーの考え方。
何も持ち帰れないなら、会う意味がない。
◇
午後七時四十分。
中央冷却ターミナル。
ユウトは、駅から降りて巨大な建物を見上げた。
街外れの旧待合所とは比べものにならない。
ガラス張りの壁。
高い冷却塔。
上を走る太い配管。
出入りする管理車両。
建物の正面には、大きな表示があった。
『都市圏冷却ターミナル
広域負荷調整・非常時供給拠点』
「……ここが、上位プレイヤーの世界か」
入口で、端末を持った受付スタッフが待っていた。
「相馬ユウトさんですね。」
「はい。」
「FROST-9様がお待ちです。
こちらへどうぞ。」
案内されたのは、一般の待合スペースではない。
認証ゲート。
管理用エレベーター。
数字だけが並ぶ制御フロア。
エレベーターの中で、ユウトのスマホが震えた。
『都市圏ランキング対象エリアに入りました』
『プレイヤー観測強度:上昇』
「観測強度?」
不穏な言葉だ。
エレベーターが止まる。
扉が開く。
そこには、巨大な制御室があった。
壁一面のモニター。
都市圏の地図。
無数の冷却ライン。
色で変わる負荷表示。
青。
黄。
赤。
そして、中央のモニターに。
『都市圏ランキング
1位:FROST-9』
数字が表示されていた。
『累計Cooling Credit:87.420 CC』
「……八十七?」
ユウトは、思わず立ち止まる。
自分は1.261 CC。
桁が違う。
「驚いたか。」
制御室の奥から声がした。
白いジャケット。
長い黒髪。
年齢はユウトより少し上に見える女性。
彼女はモニターの前に立ち、振り返った。
「相馬ユウト。
ようこそ、中央冷却ターミナルへ。」
「……あなたがFROST-9?」
「そう。」
FROST-9は、ユウトのスマホをちらりと見た。
「協働運用を選んだプレイヤー。
個人日次0.030 CCを捨てて、0.050 CCを分配する側に回った人。」
「ログ、全部見たんですか。」
「必要な範囲だけ。」
「何の話がしたいんですか。」
FROST-9は、都市圏の地図を操作する。
いくつもの冷却ラインが表示される。
その中で、ひとつのエリアが赤く点滅した。
『次期重点エリア候補:北第七码頭』
「ここを見てほしい。」
「北第七码頭?」
「明後日から三日間。
猛暑と大型貨物の集中が重なる。」
地図上の赤いエリアが、ゆっくり広がる。
「冷却余力が足りない。
物流、作業員、待機車両、近隣の休憩所。
全部を守ろうとすれば、誰かの優先順位を下げる必要がある。」
ユウトは、共同冷却ラインの夜を思い出す。
「俺に、何をしろと?」
FROST-9は、まっすぐユウトを見た。
「協力して。
ただし今回は、協働運用じゃない。」
モニターに、新しい表示が出る。
『北第七码頭・限定広域案件』
『報酬:最低 5.000 CC』
ユウトの呼吸が止まる。
5.000 CC。
これまでの最大報酬0.150 CCを、はるかに超える数字。
「条件は?」
ユウトが聞く。
FROST-9は、静かに答えた。
「私の指示に従うこと。
現場判断は、私が最終決定する。」
制御室のモニターで、北第七码頭が赤く光っていた。
ユウトは、5.000 CCという数字と、FROST-9の目を見比べた。
成り上がるための最大のチャンス。
けれど、それは自分が昨日、選ばなかった“一人の正解”の中へ入る誘いだった。
第61話では、共同冷却ライン編の翌日を描き、ユウトの前に都市圏ランキング1位の上位プレイヤー・FROST-9が現れました。
今回のポイントは、以下です。
協働運用の初日分として、ユウトには+0.018 CCが配分され、累計は1.261 CCになった
FROST-9は都市圏ランキングの上位プレイヤーで、累計87.420 CCという圧倒的な実績を持つ
ユウトは中央冷却ターミナルへ招待され、広域冷却の規模と上位プレイヤーの世界を初めて目にした
FROST-9は、北第七码頭で起きる猛暑と大型貨物集中への対応案件を提示した
報酬は最低5.000 CC。ユウトにとって、一気に成り上がる最大級のチャンスになる
ただし条件は、FROST-9の指示に従い、最終決定権を彼女へ預けることだった
第61話は、ユウトの物語が「街外れの協働運用」から、「都市圏規模の競争と高額報酬」へ移り始める回です。
5.000 CCは、ユウトがこれまで積み上げた1.261 CCを大きく上回る数字です。しかし、その報酬を受け取るためには、自分で現場の声を聞き、仲間と優先順位を作るやり方を、一度FROST-9に預ける必要があります。
次回は、ユウトがこの誘いを即答せず、北第七码頭の情報とFROST-9の運用方針を確かめようとします。
FROST-9は本当に冷酷な効率主義者なのか。それとも、都市圏全体を守るために厳しい選択をしているだけなのか。ユウトは5.000 CCの誘惑の前で、自分の勝ち方を試されることになります。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)




