第45話 千年の果てに
那須での出来事から、数ヶ月が過ぎた。
三輪総合警備保障は、讓治の失脚を受け、大きな再編を迎えていた。国防という表向きの看板は残しつつも、その運営体制は、これまでとは大きく様変わりしていた。
「新体制、まだ慣れないことばかりだけどな」
会議室、玲は、机の上に広げられた資料に目を通しながら、小さく息をついた。
「無理もないわ。あんたは、まだ始めたばかりなんだから」
隣に座る鷹宮が、そう言って、軽く肩を叩いた。
「玉藻計画は、正式に凍結。因子研究は、これから、もっと違う形で進めていくことになる」
「違う形?」
「そう。……力を"利用する"んじゃなくて、力と"向き合う"研究、ってところかしら」
その言葉に、玲は、小さく笑った。
「まるで、里みたいな考え方ですね」
「否定はしないわ。……あんたの兄貴に、色々教わったから」
鷹宮は、そう言うと、机の上の書類を、玲へと手渡した。
「これ、あんたの息子――じゃなかった、あんたの下で働きたいっていう若手の、面接記録よ。しっかり見てあげなさい」
「言い間違えましたね、今」
「うるさいわね」
鷹宮は、少し照れたように、そっぽを向いた。その表情に、玲は、小さく笑みをこぼした。
一方、草薙の里では、静かな儀式が、執り行われようとしていた。
「今日をもって、当主の座を、陸に譲る」
叢雲の声が、集まった里の者たちに、静かに響いた。
「これまで、至らぬ当主であったが……この里を、ここまで導いてくれたのは、お前たち一人一人の、力添えのおかげだ。感謝する」
深々と頭を下げる叢雲の姿に、里の者たちから、静かなどよめきが起こった。
陸は、緊張した面持ちで、父の前に進み出た。
「これより、草薙陸が、当主を継ぐ」
叢雲は、そう言うと、天叢雲を、陸へと差し出した。
「重い荷を、背負わせることになる。だが……お前なら、きっと、俺よりも良い形で、この里を導いていけるはずだ」
「父上」
陸は、剣を受け取りながら、静かに頷いた。
「俺は、父上のやり方を、大切にしていきます。……その上で、俺なりの形も、探していきたいと思います」
叢雲は、その言葉に、これまでにない、穏やかな笑みを浮かべた。
儀式の後、陸は、縁側で、巡と共に、夕暮れの空を眺めていた。
「当主、か。まだ、実感湧かないな」
「陸なら、大丈夫だよ」
巡が、いつものように、ポケットから金平糖を取り出した。
「はい、お祝い」
「毎回、これだな」
陸は、苦笑しながら、それを受け取った。
「めぐは、これからも、ずっと、ここにいてくれるか」
「もちろん。……ずっと、陸のそばにいる」
その言葉に、陸は、深く安堵した。
同じ頃、里の一角では、白澤の新しいシステムに、悠人が向き合っていた。
「白澤、この検索、もっと効率化できないか」
『うぬ、生意気なこと言うようになったな』
「お前に言われたくない」
軽口を叩き合いながらも、二人の間には、確かな信頼が芽生えていた。里の情報収集班――それが、悠人の、新しい居場所だった。
「なあ、白澤」
「なんじゃ」
「俺、ちゃんと、ここにいていいんだよな」
その問いに、白澤は、珍しく、優しい口調で答えた。
『当たり前じゃ。うぬは、もう、この里の一員なんじゃからな』
その言葉に、悠人は、これまで感じたことのない、確かな安堵を覚えた。
千年の時を経て積み重なった因縁は、こうして、一つの区切りを迎えた。
草薙と三輪、二つの家は、もう争わない。それぞれの道を歩みながら、時に支え合い、時にぶつかりながら、新しい時代を築いていく。
陸と玲、二人の兄弟の物語は、ここで一区切りを迎える。だが、その先には、まだ見ぬ世界が――海の向こうに広がる、新たな因子たちの物語が、静かに息づいていた。
いつか、その扉が開かれる日まで。
千年の因子は、今日も、静かに、次の時代へと、受け継がれていく。
(完)
この物語は、「妖怪の力を継いだ人間たち」というアイデアから、少しずつ形になっていきました。書き進めるうちに、当初考えていなかった設定同士が、思いがけず繋がっていく瞬間が何度もあり、書いている自分自身が、一番驚かされていたように思います。
金平糖ひとつ、名前ひとつにも、後から意味が重なっていく――そんな積み重ねを、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




