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27_白百合の地下室 レインハルトside

 地下の尋問室は、陰惨な拷問器具が並ぶような血生臭い場所ではない。

 僕が命じ、物置だった場所を整え上げた、静謐でどこか儀式めいた空間だ。


 部屋の奥には巨大な花壇が併設されており、そこにはシャルロットが愛してやまないノルディア産の白百合が、季節を問わず一面に狂い咲いている。


 僕が魔法術式を組み、徹底的に温度と湿度が管理されたその場所は、本来なら天国のように美しい光景のはずだ。

 しかし、今は濃厚すぎる百合の甘い香りと、鎖に繋がれた三人の男女から絶え間なく放たれる脂汗の匂いが混ざり合い、ひどく倒錯した、息の詰まるような恐怖の空気を生み出していた。


 僕はまず、壁際でガタガタと鎖を鳴らす、大柄な男と陰気な顔の男を見据えた。

 僕のシャルロットの純白のドレスを、赤ワインで汚した忌まわしい手足。


 彼らは僕の氷のような視線を浴び、猿ぐつわの奥で「ひぃっ」と情けない悲鳴を漏らした。

 僕は指先で、花壇の方を優雅に指し示した。


「君たちの罪は万死に値するが、僕は愛する妻が暮らすこの屋敷の地下を、汚い血で汚すのは好まない。だから、君たちにはシャルの好きな白百合の養分になってもらおうと思う」


 静かに、あくまで穏やかな声でそう告げる。


 次の瞬間、彼らの足元の石畳が泥沼のように変質し、花壇の方から真っ白な百合の太い根が、まるで生き物のように蠢きながら這い出してきた。


「むぐぅぅぅっ!? んんんんっ!!」

「あが―――ッ!?ふぐーッ!ふぐうう――!!」


 脈を打つように膨張と収縮を繰り返すその気味の悪い根は、瞬く間に男たちの足首に絡みついた。

 僕はそれを見計らうと手首を一閃させ、男たちが繋がれていた鎖をパキンと割り砕く。


 ギリリ、と骨が軋むほどの力で締め上げられ、彼らの身体はズルズルと花壇の柔らかい土の中へと引きずり込まれていく。

 男たちは絶望に目を見開き、必死に石畳に爪を立てて抵抗しようとする。

 ガリガリと硬い石を掻きむしり、無惨に血を滲ませても、無慈悲な根の牽引力に抗うことなどできはしない。


 足先から腰、そして胸へと、生き物のように這い上がってきた無数の細い根が、彼らの衣服の繊維を容易く貫通し、生きた肉体へと隙間なく巻き付いていく。

 血の一滴も流れない、しかし確実に命を土へと還元していくその凄惨な光景の中、泥に沈みゆく男たちの悲鳴はやがてくぐもった土の音に掻き消され、最後には泥の表面からプクンと小さな気泡が弾ける音だけを残して、完全に静寂へと戻った。


 彼らが吸い込まれた土の表面からは、啜り上げたばかりの極上の命を糧にして、先ほどよりも一層見事に、大輪の花を咲かせた白百合の群生が艶やかに揺れているだけだ。


 僕は一つ息を吐き、最後に残された金髪の女へと向き直った。

 共に捕まった仲間が目の前で生きたまま肥料にされた光景を見て、レオノーラは完全に正気を失いかけていた。

 碧眼は見開き、ガチガチと歯の根が合わない音を立てている。


「レオノーラ・ハーゼン。君には大事な役目をあげよう。僕は女性を手にかける趣味はなくてね。男は処理したが。命拾いして良かったね」


 僕が指先を軽く鳴らすと、パキィンという甲高い音とともに、彼女の口を塞いでいた拘束具が魔力の塵となって霧散した。

 言葉の自由を取り戻した瞬間、彼女は堰を切ったように醜い命乞いを始めた。


「ひぃぃぃっ! あ、あああ、お許しください! 命だけは、命だけは助けてっ! 殿下に命令されただけで、あたしは……っ、何でもします! 娼婦でも奴隷でも、閣下の靴でも舐めますからぁっ!」


 その美しかった顔は、ただの死の恐怖に怯える惨めな肉の塊と化している。

 他の男ならいざ知らず、僕にとってシャルロット以外の女の肉体など、異物でしかないというのに。

 僕はやれやれと、心底呆れたように深い溜息をついた。


「殺さない、という文脈を理解できなかったかな? それとも、……そんなに僕が怖い?」


 僕の冷たい声音に、レオノーラはビクッと身体を震わせ、ヒッ、と息を呑んで硬直した。


「……ふっ。まあいい。時に、ノルディア王太子、ジュリアンの様子はどうかな? 近況を聞きたいんだ」

「か、かれ……彼、彼は……っ!」


 僕の問いかけに、彼女は過呼吸のように喘ぎながら、ひきつった声で答えた。


「はぁ、はぁ、……女性を抱こうとしても満たされず……夜な夜な幻覚を見て壁に頭を打ち付けて……っ! 公爵閣下を、ひどく恨んでおられました……っ! はぁ、はぁ、はぁ……」


 彼女の報告を聞き、僕は顎に手を当てて思考を巡らせた。


「ふーむ、なるほど。やはり原液といえど数滴では、毒抜きができてしまうのかもしれないね……」


 僕はポツリと独り言のように呟いた。

 ノルディアの夜会で、あの愚かな王太子に僕が飲ませたあの小瓶。


 あの中身は他でもない、「シャルの体液」だ。

 淫魔の血を引く彼女由来の液体には、強烈な催淫作用と、宿主への絶対的な服従と渇望を強いる恐ろしい呪いを孕んでいる。


 僕自身が日々その甘い蜜を啜り、自身の膨大な魔力と寿命を対価にしてでも、彼女なしでは生きられないという狂気の闇に自ら喜んで堕ちている、まさに魔物の毒。


 あの絶対的な呪いに、発狂しながらも数滴で抗え、恨むだけの自我を保っているとは。

 一時的な摂取による毒抜き的治癒か、あるいはただの醜い執念か。


「…………??」


 僕の呟きの意味が理解できず、レオノーラが涙と鼻水に塗れた顔で、怯えたような疑問符を浮かべている。


「そうだな。思っていたより狂ってはいなかったようだ。であれば、もっと深い闇に堕ちてもらわねば。……僕と同じ深度に、より深く、より狂おしく僕の妻を愛する呪いを届けてあげよう」


 僕は冷酷な笑みを深め、懐から一つのガラス小瓶を取り出した。

 先日のものよりも一回り大きく、豪奢な装飾が施されたその小瓶には、数日かけて僕がシャルロットの奥深くからたっぷりと採取した、誘惑の香りを放つ蜜がなみなみと満たされている。


「ひっ……な、何を……」

「動かないで」


 僕は左手で指を鳴らし、鎖を割り、レオノーラの身なりを魔力で整えていく。

 泥だらけだったドレスは元の高級な外出着に戻り、乱れた金髪も綺麗に結い上げられる。


 そして、恐怖で見開かれた彼女の碧眼を、僕の黄金の瞳で真っ直ぐに射抜いた。

 絶対的な服従を強いる、精神操作の魔法。

 僕は、僕の声を彼女の脳髄の奥深くに直接刻み込むように、重低音の振動に載せて、甘い呪言を紡ぐ。


「君はこれからノルディアに帰国し、僕からのこの『贈り物』をジュリアン殿下に届けるんだ。そして、必ず全部飲み干させるように。一切の疑念を抱かせず、彼自身の意思で、最後の一滴まで飲み干すように誘導するんだ。……できるね?」

「……は、はい……必ず、殿下に、全部飲み干させ、ます……」


 レオノーラの瞳から光が消え、まるで精巧な操り人形のように虚ろな声で復唱した。

 僕の魔力に完全に縛られた彼女は、この命令を遂行するだけの完璧な伝書鳩となる。


 僕は満足げに頷き、彼女の震える手に小瓶を握らせた。

 これを一本丸ごと飲み干せば、あの男の理性は完全に焼き切れ、二度と正気に戻ることはないだろう。

 シャルロットの幻影を永遠に追い求め、自らの肉体を引き裂くほどの渇望にのたうち回りながら、地獄のような生を永遠に彷徨うだろう。


 ……もっとも、こんな暗示をかけずとも、一度あの蜜の味を知ってしまった男だ。

 蓋をあけてしまえば、そこから漂うむせ返るようなシャルの匂いに当てられ、獣のように勝手に口にしてしまいそうだが……。


 僕の最愛の妻に欲情した代償がどれほど重く、恐ろしいものか。

 その身をもって、永遠に味わい続けるといい。


「……ふ、ふふっ……ははははっ……!」


 地下の冷たい石室に、僕の微かな笑い声が静かに響き渡った。

 白百合の甘い香りが、僕の狂気を優しく肯定するように、より一層色濃く漂っていた。







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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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