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【完結】黄金の檻 〜冷淡だった最強魔導師が理性を失った理由〜  作者: 雪白めると
【終幕:月夜のプロポーズ、永遠の番(つがい)】
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番外編_名を呼ぶ夜

 その夜。

 魔石の灯火が揺らめき、月光が寝室の輪郭を銀色に縁取っていた。


 シャルロットは寝台で微かな吐息を漏らす。

 身体は重く、指先一つ動かすにも疲労がまとわりつく。

 けれど、その疲弊を塗りつぶして余りある重みが、腕の中にあった。



「……ふふ。本当に、ここにいるのね」


 柔らかなおくるみに包まれた、小さな、小さな命。

 つい先ほどまで自分の内側にいた存在が、いまは外の世界で呼吸している。

 それだけで、心の空白が埋まっていく。


 不思議な感覚だった。

 淫魔の末裔として、他者の精気を啜らなければ枯れ果ててしまうと思っていた自分。

 空虚な体を埋めるために、狂おしいほどの芳香を放っていた自分。

 その空虚が、今は物理的な重みと温もりによって、かつてないほど完璧に満たされている。


「……眠れないのかい、シャルロット」


 影の中から溶け出すように、低く、けれど真綿のように柔らかい声が響く。

 傍らには、普段の冷徹な小公爵としての威厳をどこかへ置き忘れてしまったレインハルトが座っていた。


 彼は魔法で温めたばかりの蒸しタオルを手に取り、シャルロット様の汗ばんだ額をやさしく拭う。

 その手つきは宮廷での交渉事や、複雑な術式の構築よりもずっと慎重で、切実な色を帯びていた。


「レインハルト様……。……ずっと、そうして起きていらっしゃるの?」

「ああ。……君とこの子が、同じ空間で息をしている。その奇跡を、一秒たりとも見逃したくないんだ」


 レインハルトはそう言って、シャルロットの横に腰を下ろした。

 王国最強の魔導師。

 一国の軍隊に匹敵する魔力を持つ彼が、今はただの、家族を愛する一人の男として、まどろむ赤ん坊を黄金の瞳で見つめている。


「……見てごらん。この子は、眠りながら魔力を練っている。……やはり、僕と君の血だ。まだこんなに小さいのに、無意識に周囲の元素と共鳴しているよ」

「まあ……。……将来、お父様のような立派な魔導師になるのかしら。それとも、わたしのような……」


 シャルロットが自嘲気味に呟こうとすると、レインハルトはその唇を、指先で優しく制した。


「シャル、それは違う。……この子は、僕たちの『罪』ではなく、僕たちの『愛』の証明だ」


 レインハルトは、赤ん坊の小さな額に、自分自身の魔力を微かに分け与えるように指を触れました。


「気づいているかい? 君からあんなに溢れていた蜜の香りが、今はもう、欠片も感じられない。……代わりに、今の君からは、もっと残酷なほどに僕を惹きつける匂いがしているよ」

「……わたしから、匂いが?」

「ああ。……母性という名の、清らかな、けれど誰にも踏み込ませない聖域の匂いだ。……正直に言おう。以前の君を『征服したい』と思っていた僕の欲望は、今、この子を守り、君を慈しみたいという『守護』の狂気に、完全にとって代わられた」


 彼は、シャルロットと赤ん坊を、その大きな腕で丸ごと包み込むように抱きしめた。

 かつてのような、彼女を屈服させるための激しい抱擁ではない。

 それは、自分の一部を、外界のあらゆる悪意から遮断するための、鋼のように硬く、羽毛のように柔らかな結界だった。


「……ねえ、レインハルト様。この子の名前……。……決めてくださる?」


しばらく沈黙が落ちる。

やがて彼は赤ん坊の寝顔を見つめ、穏やかに口にした。


「……『リオン』。僕の名……レインハルトの響きと、その魂を継承させたい。闇を切り裂き、愛するものを統べる、誇り高き獅子の名だ」


「リオン……。リオン・イル・ヴァルテンベルク。……ええ、とっても素敵ですわ、レインハルト様」


 その名が呼ばれた瞬間、赤ん坊は夢の中で微かに微笑んだように見えた。

 シャルロットの目から、一筋の涙が溢れ、リオンの頬に落ちて、ダイヤモンドのように光る。


「……わたし、怖かったのです。……この子が、わたしのように、誰かを狂わせてしまうのではないかと」


「……もしそうなったら、僕がそのすべてを焼き尽くしてあげよう。……だが、心配はいらない。この子には、僕の魔力が流れている。……自分を律し、大切な者を守り抜くための、冷静な理性がね」


 レインハルトは、シャルロットの涙を唇で拭い、そのまま彼女の唇に、静かな、けれど熱い誓いのキスを落とした。


 窓の外では、夜の闇が最も深くなる時間を過ぎ、東の空が微かに藍色に溶け始めていた。


 赤ん坊――リオンの小さな吐息。

 レインハルトの、重厚で安定した鼓動。

 そして、すべてを捧げたシャルロットの、充足に満ちたまどろみ。


 そこにあるのは、かつての「捕食者」と「被捕食者」という歪な関係ではなかった。

 互いの欠落を埋め合い、新しい命を核として結びついた、逃れようのない「家族」という名の運命。


「……おやすみ、僕の愛しい二人。……明日からは、もっと騒がしく、もっと美しい未来が始まるよ」


 レインハルトの最後の一言が、部屋の隅々にまで魔法のヴェールのように広がっていく。

 三人の初めての夜は、こうして、永遠の愛の記憶として、ヴァルテンベルクの歴史に深く刻み込まれたのだった。











=第一部 完=


これにて第一部本編、エピローグ、番外編、すべて完結となりました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


続く第二部は、近日配信開始となります。

(配信開始しました!→https://ncode.syosetu.com/n5908lw/)

『恋と覚醒』がメインテーマだった第一部、

第二部は、『幸せと罪の代償』、静かに、少しずつ血に濡れていくレインハルト。

そして、それを妻には決して悟らせないようにする静かな狂気。


また活動報告にて告知させていただきますので、チェックしていただけますと嬉しいです。

引き続きお楽しみくださいね。

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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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