28_朝陽の寝室、甘い鎖
公爵邸の寝室に差し込む朝の光は昨夜の熱を暴き出すかのように残酷で、それでいて奇跡のように穏やかでした。
重厚なカーテンの隙間から漏れる陽光が乱れたシルクのシーツと、そこに横たわるわたしたちを照らし出します。
身体の節々が重く、昨夜の余韻のような痺れるだるさが残っていました。
「……起きたのか、シャルロット」
耳元で響いたのは、昨夜の熱に浮かされたような吐息とは正反対の、低く落ち着いた、けれどどこか居心地の悪そうな声でした。
視線を上げると、そこにはすでに上身を起こし、わたしの寝顔を見つめていたレインハルト様がいました。
乱れた黒髪が朝日に透け、その黄金の瞳には昨夜の「やりすぎた」自覚からくる、微かな申し訳なさが浮かんでいます。
「身体は……大丈夫かい? 医師の言いつけを破って、あんなに……」
彼は言葉を濁しながら、大きな手でわたしの頬をそっとなぞりました。
その手つきは壊れ物を扱うように優しいものでしたが、わたしの肌に残った紅い跡を見つけた瞬間、彼の瞳にどろりとした独占欲が再び滲むのを、わたしは見逃しませんでした。
「……すまない。君を誰にも渡したくないという飢餓感で、理性が……少し、制御不能だった」
冷徹な魔導師としての仮面を脱ぎ捨て、一人の男として、わたしを求めたその代償。
彼の指先がわたしの肌に触れるたび、昨夜の熱い記憶が肌の奥でじりじりと再燃していくのが分かりました。
「いいえ……レインハルト様。わたし、とっても幸せですわ……」
わたしは重い身体を無理やり動かして、彼の逞しい胸元に顔を埋めました。
全身から彼の魔力を帯びた独特の芳香が立ち昇っています。
身体中、昨夜巡った彼の膨大な精気と魔力でまだ熱く、頭の先から爪先まで満たされているような充足感がありました。
かつて、わたしの存在を否定し、遠ざけていた彼。
けれど今、わたしの肌に刻まれているのは、彼の熱い執着そのもの。
「浄化」という大義名分を失ってもなお、彼はわたしを、その全てを削るようにして愛してくれました。
その事実が、わたしの淫魔としての本能を、この上なく甘やかに満たしていくのです。
けれど、この完璧な幸せが大きければ大きいほど、ふと暗い不安がよぎります。
先日のセドリック王子の来訪。
王家が本気でわたしたちを引き裂こうとしてきたら、この静寂はいつまで続くのでしょうか。
それに――このお腹の中に宿った新しい命が、もし、わたしと同じ道を歩むことになったら。
「あ、そういえば……、あの、子どもが生まれたら……、その子はまたわたしのようになってしまうのでしょうか」
「普通の人間として、平穏に生きられないかもしれないと?」
わたしの不安を察したのか、レインハルト様は一瞬だけ黄金の瞳を細め、冷たく昏い色を宿しました。
「心配ない。たとえ何に生まれつこうと、僕がすべて叩き潰して守り抜く。国が相手でも、魔導の理が相手でもね」
その底知れない狂気を含んだ声に、背筋が微かに粟立ちます。
けれど彼はすぐに、本当におかしそうに笑いながら、わたしの髪に顔を埋めました。
「君のように、フェロモンを放つようになるのかという心配なら……大丈夫、それはおそらくだが、無い」
「そ、そうなのですか?!」
驚いて顔を上げると、彼はわたしの鼻先を指で軽く弾きました。
「文献で見る限りでは、エリュシオン家直系の更に男系から生まれた女児に発現するらしい。他にも色々と複雑な要素が絡み合っている可能性が濃厚で、目下調査中だ。まあ、要するに、リリスのような高位デーモンが世に発現する可能性はかなり低い。先代が二百年前だったことも考慮すると、少なくとも僕らの代で再び先祖返りのようなことは起こらないだろう」
「なるほど……」
「ふっ、君だけならまだしも、娘までその辺の男をたぶらかしはじめたら、さすがの僕も気が気でないというか、王都中の男を灰にして回らなければならなくなりそうだ」
冗談めかして言っていますが、彼なら本当にやりかねません。
「もう……!」と怒ったふりをして膨れるわたしを、彼は慈しむように抱きしめ直しました。
「それに関連する話ではあるけれど」
レインハルト様はわたしの指先を絡め取り、その彫刻のような指でわたしの手の甲を撫でました。
「今、君の体質を安定化させ、かつ僕の魔力とリンクさせるための特別なお守り(アミュレット)を錬成しているんだ。僕自身の魔力と炭素を極限まで圧縮融合させてね。……もう少し時間がかかると思うけど、待っていて」
「レインハルト様の魔力で宝石を?」
それは、ただの宝飾品ではありません。
最強の魔導師が、自らの根源的な力とこの世で最も硬い絆の象徴である炭素を組み合わせて作り上げる、世界に唯一の結晶。
彼の説明によれば、それはわたしの居場所を常に感知し、彼がわたしのそばにいないときでも常に彼の魔力がわたしを「庇護」し続けるためのものだといいます。
……それはつまり、わたしを絶対に逃がさないための『首輪』と同じです。
けれど、その事実を理解してもなお、わたしの心は恐怖ではなく、甘い歓喜で震えていました。
わたし自身もまた、彼に所有されることを、彼なしでは生きられないようにされることを望んでいる。
一方的に支配されているのではなく、わたしも彼に依存することを自ら選んでいるのだと、深く自覚しました。
「楽しみですわ、レインハルト様。わたし、それを肌身離さず身につけます。……貴方の魔力に、四六時中縛られ、守られていると感じていたいですもの」
「ああ。君を誰にも、一瞬たりとも渡さないための鎖だと思ってくれていい」
彼の言葉は甘く、そして逃げ場のない独占欲に満ちていました。
わたしたちを繋いでいた「体質の治療」という絆は、今や「相互依存」という名の、より深く、より逃れられない狂気の鎖へと進化していたのです。
第四幕、ここまでお付き合いくださってありがとうございました!
今夜で第四幕は一区切り、明日から最終章に入ります。
“真実の光”で浮かび上がったものが、彼らの関係をどこまで変えてしまうのか――いよいよ回収に向かいます。
最後まで一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
もし刺さったら、ブクマ・評価で応援していただけると励みになります。




