23_真実の光、あるいは愛の証明
鏡面が、わたしの姿を映し出しました。
はじめは、通常の姿。
けれど、すぐにその内側から「魔力の流れ」が可視化されていきます。
トロリとした、粘度の高い、濃密な魔力の奔流。
クラリス様が身を乗り出しました。
「見なさい! この異常な魔力! やはり彼女は、不浄な何かを……」
しかし、次の瞬間。
鏡から溢れ出したのは、どす黒い闇の魔力でも、禁忌の術を使用した痕跡でもありませんでした。
それは、目を焼くような、あまりにも強烈で、そして純粋な「黄金の輝き」でした。
「な、……なんですの、この光は……!?」
クラリス様の絶叫が響きました。
鏡の中に映し出されたのは、シャルロット・エリュシオンという一人の人間を、内側からも外側からも、隙間なく埋め尽くすようにして支配している、圧倒的なまでの「供給の鎖」。
「これは……これはまさか、……『魔力供給』……!? いや、そんなレベルではない! 存在そのものを丸ごと上書きしてしまうような、……これは、魂の契約……!?」
教授の一人が、椅子から転げ落ちそうになりながら叫びました。
鏡が映し出した真実は、わたしの血の正体ではありませんでした。
それは、レインハルト・イル・ヴァルテンベルクという最強の魔導師が、その膨大な、一国を支えるほどの魔力を、すべてわたしという一個人のためだけに、しかも絶え間なく注ぎ込み続けたという、あまりにも重厚な「愛の記録」だったのです。
「……信じられん。これほどの魔量を人間に流し込めば、普通は肉体が崩壊する……。それを、彼女の身体が……、いや、希少な『魔力適応体質』が、すべてを受け入れて吸収してしまったというのか……??」
学園長の言葉に、わたしは顔から火が出るほど赤くなりました。
鏡が分析結果を冷酷なまでに弾き出します。
【鑑定結果】
魔力変異:正常(二次成長の加速)
原因:特定個人による過剰な魔力供給、およびそれに伴う細胞の活性化。
汚染の有無:無し。
残留思念:『独占』『渇望』『愛執』――すべて同一人物のもの。
「……な、……な、……」
クラリス様の顔から、血の気が引いていくのが分かりました。
『禁忌の魔術』の正体は、彼女が恋焦がれた完璧な貴公子の、度を越した「執着」そのものだったのです。
「……言っただろう、学園長。彼女が急激に成長したのは、僕が彼女を、一人の女性として、僕の魔力で隅々まで愛した結果に過ぎない」
レインハルト様が、冷ややかな、けれど昏い愉悦を含んだ声で告げました。
「あの『魔力波形の乱れ』も、同様だ。……僕があまりに彼女に魔力を注ぎ込みすぎたため、彼女の身体から溢れた僕の魔力が、周囲に影響を与えてしまった。……いわば、僕たちの『仲の良さ』が、学園の結界を少しだけ狂わせてしまった……。それだけの話です。……違いますか?」
レインハルト様は、呆然と立ち尽くすクラリス様に歩み寄りました。
その黄金の瞳は、蛇が蛙を見下ろすような、残酷な色を帯びていました。
「ヴァレンティーヌ伯爵令嬢。……君が暴きたかった真実は、これだったのかい? 僕がどれほど彼女を欲し、どれほど深く彼女を愛し、彼女を僕の魔力で塗り潰したか。……それを、わざわざ学園の重鎮たちの前で、公開したかったというわけだ」
「そ、そんな……そんなバカな……! わたくしは、正義のために……貴方の、貴方の本当の姿を……っ」
「本当の姿? …ああ、これこそが本当の僕だよ。……彼女を自分だけのものにするためなら、魔導の歴史を書き換えることさえ厭わない。……『凡庸な魔導師』には、一生理解できない領域かもしれないね」
「!!……っ………!……」
クラリス様は、まるで魂を抜かれたように、その場に崩れ落ちました。
彼女が誇っていた魔導の知識も、理性的な監査も。
レインハルト様という、最強の魔導士が持つ、一人の女への底なしの愛の前では、子供の遊びにも等しいものだったのです。
「……鑑定は終了だ。学園長、彼女に非がないことは、この鏡が証明した。……それとも、まだ何か確認したいことでもあるのかな? 今度は僕の魔力を直接、君たちに『供給』してあげてもいいが?」
「い、いや……もう結構だ。十分に理解した。……ヴァルテンベルク君、あまり羽目を外しすぎるなよ。学園の安全管理予算を、君の『惚気』の後始末で使い切るわけにはいかんのだ」
学園長が、疲れ果てたように手を振りました。
教授たちも、あまりにも濃厚すぎる「真実」に当てられたのか、気まずそうに視線を逸らしています。
レインハルト様は、わたしの肩に回した腕に力を込め、わたしを引き寄せるようにして部屋を後にしました。
廊下に出ると、お昼前の喧騒がわたしたちを包み込みました。
わたしは、安堵と恥ずかしさで、今にも泣き出しそうでした。
「レインハルト様……っ。わたし、本当に怖かったですわ……。もし正体が露見していたら、……と思うと……」
「シャルロット……、だから大丈夫だと言っただろう? あの程度の魔道具では君の中に眠るリリスの真実には辿り着けない。……僕の魔力が、君を完璧に『覆い隠している』からね」
誰もいない庭園まで来ると、彼は足を止め、不意にわたしの顎を掬い上げました。
「あの鏡に映ったのは、君の表面を覆う僕の魔力……いわば、僕という男の『所有印』だ。……リリスの痕跡は、僕の魔力と混ざり合い、もはや誰にも解き明かすことはできない。……学園長たちには、僕が君をめちゃくちゃに甘やかした結果だとしか、映らなかったんだろう」
「……計算、通りだったのですか?」
「……どうだろう、あの魔道具の特性は分かっていたから、おそらくこう転ぶであろうとは思っていたけれど。……思惑通りに運ばなかったとしても、彼らを別の方法で捻じ伏せようとは考えていたさ」
「……!…………」
「……ヴァレンティーヌ嬢が何を企もうと、僕の君への愛情が、すべての理屈を覆すことなど分かっていたよ。……おかげで、公に『君をこれ以上ないほど愛した』と宣言できた。……悪い気分ではないね」
彼の指が、わたしの首筋に刻まれた、彼だけの魔力の痕跡をなぞります。
その指先が触れるたび、わたしの身体から再びとろりと甘い「蜜の香り」が漏れ出していく。
「……さて。検査のストレスで君の魔力がまた乱れているようだ。……今夜も、公爵邸でじっくりと『調整』してあげないとね」
彼の黄金の瞳が、校舎の影の中でゆらりと光りました。
学園中に知れ渡った、二人の「濃厚すぎる愛」。
わたしは、彼が作り上げた黄金の檻の中で、一生逃げられない愛の地獄へと、再び堕ちていくことを受け入れるしかありませんでした。
廊下の向こうで、リオネルが「あーあ、姉貴、マジで地雷踏んじまったな……。今の公爵様は無敵だぜ……」と、遠い目で呟いている声が聞こえた気がしましたが、わたしはただ、レインハルト様の熱い胸板に顔を埋めることしかできなかったのです。




