14_成体への進化、羨望と“秘密”
昨夜までの「嫌われ者の婚約者」としての静かな絶望は、跡形もなく消え去っていました。
成体へと進化したわたしの身体は、一晩で別人のように作り替えられてしまったようです。
「……シャルロット、やはりその恰好で行くのかい?」
学園へ向かう馬車の中、わたしとレインハルト様は隣合って、指先を絡ませていました。
昨日までゆとりがあった制服は、一晩で成長した肢体にはあまりに窮屈でした。
スカートの丈は膝を上回り、スラリと伸びた十センチ分長い脚を露わにする。
特にブラウスの胸元は、少し深呼吸をするだけでボタンが弾け飛んでしまいそうなほど張り詰めています。
「これしかありませんもの……。お父様に頼んで、今日中に新しいものを仕立てていただきますわ」
レインハルト様は静かに目を伏せると、ふわりとご自身の大きなマントをわたしの肩に掛けました。
「レインハルト様……?」
「……少し、冷えるからね」
言い訳のような言葉とは裏腹に、彼はマントの襟元をわたしの首元までしっかりと合わせ、外から肌が一切見えないように包み込みました。
まだ少し顔色が青白かったものの、その黄金の瞳は静かで昏い熱を帯び、わたしを誰の目にも触れさせまいとする強い独占欲が、その丁寧な手つきから痛いほどに伝わってきます。
「エリュシオン侯爵邸には昨夜のうちに早馬で我が家にいることを伝えてあるから」
「あ、そう…でしたのね。ありがとうございます」
(婚姻前に外泊をしてしまったわ…)
今更ながら、両家が絡む事態の甘い深刻さに、頬を染めるしかありませんでした。
***
学園の正門を潜った瞬間、そこには異様な静寂が広がりました。
いつもなら、レインハルト様の周りには蝶のように令嬢たちが群がり、わたしは冷たくあしらわれる姿を嘲笑されるはずの場所です。
けれど今日、登校してきたわたしたちを見た生徒たちは、一様に足を止めました。
「あ、あれ、隣にいる美女は誰だ?」
「レインハルト様が…あんなに優しくエスコートして……?」
「まさか、あの緋色の瞳……エリュシオン家のシャルロット様……なのか?」
ざわざわと、波紋のように動揺が広がっていきます。
男子生徒たちの頬が赤く染まり、呆然と視線を奪われているのが分かりました。
一方で、女生徒たちの反応は様々です。
信じられないものを見るような驚愕、艶やかな変化を察知した羨望、そして、わたしにぴたりと寄り添うレインハルト様の姿に悔しげに唇を噛み締める嫉妬。
様々な感情が入り交じる視線の波に、わたしは思わず身をすくめました。
(わ、わたし、歩き方変じゃないかしら)
(スカート、風でめくれないわよね?)
(胸ボタン、耐えて……!)
「レ、レインハルト様……。皆さん、見ていらっしゃいますわ」
「気にする必要はないよ」
レインハルト様はすっと自然に距離を詰め、わたしの腰にそっと腕を回しました。
引き寄せられると、制服とマント越しでも分かるほど、彼の魔力がわたしの身体と共鳴するように熱く脈打ちます。
言葉には出さずとも、周囲へ見せつけるような、そしてわたしを囲い込むような力強いエスコートでした。
その瞬間、胸の奥がとくんと熱を持ち、肌の奥にさらりと何かが走ります。
わたしは必死に平静を装い、マントの中で深呼吸しました。
「普通科の教室までは送れない。目立ちすぎる」
「そ、それは……そうですわね……!」
そう、さすがに普通科の廊下まで『最強の魔導師が婚約者を護送』なんてことになったら、わたしは今日中に伝説になってしまいます。
ちょうど校舎へ続く石畳の分岐で、レインハルト様は足を止めました。
「じゃあ、気を付けて行っておいで」
「はい……ありがとうございます」
レインハルト様と別れ、一人で普通科の教室に足を踏み入れた瞬間。
ガタン、と椅子がひっくり返るような音が至る所から響きました。
「……お、おい。あそこに立ってるの、エリュシオン嬢か?」
「嘘だろ……? あんなに、その、デカ……いや、スタイル良かったか?」
「シャルロットさんて、あんな雰囲気でしたっけ……?」
男子生徒ばかりか女生徒まで、抗えない引力に惹かれるようにわたしの全身を上から下まで刺していきます。
担任の教師までもが、教壇の上で眼鏡をずり落としました。
「エ、エリュシオン君。……昨日の今日で、随分と……その、雰囲気が変わったようだが」
「せ、成長期ですわ、先生! わたし、寝る子は育つタイプなんですの。ええ、急激な成長期ですわ…っ!」
わたしは、はち切れそうな胸元を鞄で隠しながら、顔を真っ赤にして言い張りました。
そんなわたしの元へ、リオネルが複雑な表情で歩み寄ってきました。
「よぉ、シャルロット。……成長期、ねぇ。お前、それ……まさか昨日の夜……………レ、……いや、突っ込まねーよ。オレは命が惜しいからな。……ただ、これだけは言わせてくれ。ボタン、一個飛びそうだぞ」
「ええええっ!?」
慌てて確認すると、上から三番目のボタンが、今にも「パァン!」と弾け飛びそうな極限状態にありました。
「せ、成長期ですわ!」
「……そうか……成長期……そうか……」
そんな疑いの目で見ないでくださいましッ!
無事に今日を終えることができるのかしら……。




