Session.7 北極星は二つもいらない
「あなたにはポラリスを出てってもらう。空に北極星は二つもいらないんだから」
いつもの有亜が、こんなことを言うはずがない。
「今月入って来た転校生だよ。そんなことも知らないの?」
鼓が嘲笑うように言う。倉香も、普通ならしない表情で調をなめ回すように眺めている。
調は、彼らが正気ではないとはっきり分かった。
彼らをこんな風にしてしまう奴らといえば、ミューノイズしかいない。
この女には見覚えがあった。律真と言い争っていた時に奴らを引き連れていた。
調は一瞬、こいつを演奏で退治しようかと思った。だがここは学校の中だ。多くの人間の前で音代としての力を見られるわけにはいかない。
「調、挨拶」
ぎこちない調子で、盤子が言う。
「何だよ、盤子。あんたまで――」
「挨拶」
盤子は厳しい声で繰り返した。
「あなたが京子さんですね!? よろしくお願いします!」
調は最悪な気分だった。
周囲から常に冷たい視線を喰らうのだから。
あの女はいつの間にか馴染んでいた。
授業が終わってからも、調はどこにも行くことができず、廊下をさまよっていた。
すると調の後ろで、盤子が近づいてきた。何かを話したげな様子で、もじもじしている。
「盤子、どうしたの」
「その……話が」
「何。あんたもあの女の一味なの?」
調は苛立ちながら。
盤子の目元は髪のせいでよく見えないが、涙を流しているのは明白だった。
「ごめん……他にどうしようもなかった!」
「まさか、あなたは操られてない?」 はっとして、表情を緩める調。
「うん。あの白い女の人ににらまれた人が、みんな同じように洗脳されちゃった」
盤子はどうしていいか分からず、今にも泣き崩れそうな様子だった。
「ファントムファイブ第九話の怪人、モスクウィーラーと同じだ。あいつも、目で人をにらみつけることで操ったんだ」
特撮で説明する。まさか、そんなことができる人間が現実にいるとは思いもしなかったのだから、当然だ。
女は京子と名乗った。そしてすでに、生徒と先生からは数週間前から転校してきた少女ということになっていた。そして、
「有亜の演奏を聞かせてよ!」
有亜が、歌声をよくする人間であるということも、もう彼らは忘れ去っているらしい。
「うん。いいよ」
有亜が周囲からの名声をほしいままにしている間に、調は女に近づいた。
「六条調と言ったわね」
京子は言った。
「あなたが……みんなをおかしくしたんだな?」
「おかしくした? 勝手なことを言わないで。私はあの子の隠された才能を覚醒させただけよ」
「覚醒?」
「また勝手に音を鳴らして、自分の方が……なんて思わないでね」
(まさか、私が音代であることを知ってる!?)
調は慄然とした。この京子とやらは、間違いなく自分を追い詰めるつもりなのだと彼は悟った。
「やっぱり、あの時の女だったのか!」
京子の顔には妖艶な雰囲気があった。
「あの時のあなたの演奏は素晴らしかった。音代としての素晴らしい力を発揮している。その音をあの子にも分けてあげたい」
「何を言ってるの? 音を分ける……?」
違う。音を奪っているのだ。しかし、この女はそれを罪だとも思っていない様子だった。
「私は音楽を愛している。そして音楽とは何かを知りたい。だから私は音楽にまつわる人の営みを理解したいと思ったのよ」
調は、いよいよ激昂した。
「それで、みんなから音楽を奏でる力を奪ったり、音楽を思い出すための知識を消し去ったりしてるんだな?」
「違う。私は、みんなに音楽を磨いてほしいの。そうすれば、私たちがそれを使って一層素晴らしい音楽を奏でさせることができる……」
調は、慄然とした。もはや彼は自分の邪悪さに気づいていないのだ。
ミューノイズの目的が、こんな身勝手で我欲に満ちているものだとは!
「そんなひどいことして音楽を理解しようなんて――」
「さっきから何で調は京子さんにそんな横柄に接しているの?」
「京子さんはすごい人だよ? 何で調なんかが盾突いてるわけ?」
後ろでくすくすと野卑な笑い声をあげた。
「転校してきたなんて知らない……この人はみんなを騙しているの!」
だが、誰一人信じる者はいなかった。
調に対する嘲笑が聞こえてきた。腕は震えているが、ここで挙げた所で何の解決にもなりはしない。
(こんなの――いじめよりひどい)
京子が微笑を崩さない間に、有亜が口を弧に曲げて、
「昼休みになったら音楽室に来て。私がどれだけ調より素敵にギターを弾けるか、教えてあげるから」
もはや有亜は調など眼中にもない様子で傲然と言い放った。
そして調はシカトされた。生徒の誰もが調をまるでいないかのように扱った。
調は、とにかくこの状況を打開するための対策を練らねばならないと思った。
有亜の演奏が部室から聞こえてきた。
主観を捨てされば、それは紛れもなく秀逸な響きだった。
誰もが口笛を鳴らしていた。しかし、調は一向に嬉しくなかった。それは、演奏の音色その物に問題があるのではない。あの白い肌の女が部下を差し向け、他人から奪ったものであるからだ。
きちんとした練習を抜きにして手に入れた才能など、才能であるものか。全力で頭をかきむしりたくなるのを耐えた。
放課後すぐに調は学校を出た。
窓から聞こえる有亜のギターの音は実に巧みで、確かにそれは何も知らない人が聞けば素直に感心してしまうだろう。
(でも、違う。あれは、有亜の音色じゃない)
他人から盗んだあのギターの演奏からとにかく離れたい一心で、調は駆け出した。
律真はバイクを背後に、ごみ箱の上に偉そうに座っていた。側には投銭用の段ボール箱、ガムテープを幾重にも巻いて補強している。
律真の前に響く悲鳴。
「やっぱり……ダメっす! あーしじゃ律真さんの練習にゃついていけないっす!」
ふくよかな、眼鏡をつけた女性がウクレレを片手に、逃げて行った。
「ちぇっ! これだから若いのは嫌いなんだ!!」 いつものように気炎を吐く律真。
まさにそんな時に調は居合わせたのだ。
あまりの機嫌の悪さに、律真に話しかけることを
「あの……すみません」
「何だゲス! あの時の借りはデパートで返したはずだぞ」
「ええ、それはあれで終わったことですよ。でも今、別の厄介な問題に巻き込まれてるんです」
「何だい、それは?」
「その……かくかくしかじかで……」
おずおずと事情を説明する調。
「そんなことが俺に何の関係がある。学校のことにまで首つっこむ暇はねえよ」
「そんな~」
律真は落ち込みながら去って行く調をずっと眺めていた。なぜか、そのまま目をそらすつもりにはなれなかった。
もしこの時、鍵二なら迷いなく調の相談に乗っただろう。彼は女の子に優しいから。しかし律真には他人を自分から助ける趣味などなかった。それができるほど器用な人間ではない。
調はか弱い少女などではない。日木町でも、廃デパートでも彼は勇敢に戦った。
(あいつなら、それくらい自分で解決できるだろう)
と何となく確信していた。
だが調は、ただ単に勇気のある少女ではない。自分から首をつっこもうとする性分もあった。
律真はそんな調が好きではなかった。むしろ、彼を見ると、自分にない一面、ずっと積み重ねずに来た一面のことが思い出されて、胸が焼けるような思いに駆られるのだ。このままにさせておけるものか。
そこまで来ると、もはや衝動的に
「くそっ! 何であんな奴のことが気になるんだ」
背後に置いていたバイクに乗り、調を追う。
とぼとぼ歩く調は、突然後ろからバイクのエンジンが轟くのを聞いた。
横までやって来たライダーがヘルメットを外すと、それは律真だった。
「おい、ゲス。いや……調」
初めて名前で呼んだのは、別に調を認めたわけではなかった。ただ、あまり元気のない調を見て、さすがにこれ以上冷淡に当たるわけにはいかないと判断したからだ。だがそれを聞いた時、ずっと不安な表情だった調の顔に少しだけ光がさした気がした。
「何かあったらしいな」
「あったんですよ」
調の期待をこめたような顔で見られると、ますます律真は見捨てるわけにはいかなくなり、
「話して見ろ。怒らないから」
調は少し間を置いて、
「あ、ありがとうございます。じゃあ……私たちが初めて音代として共闘した時、謎の女が私たちの頭上に浮かんでいたことを覚えてます?」
「ああ」
「あの女が私の学校に潜入して、転校生のふりをしてみんなを惑わせているんです。それどころか、私のバンドを乗っ取って、私をメンバーから除名したんです」
有亜のことについてはあえて話さなかった。
「奴もミューノイズなのか?」
律真は、ミューノイズが人間の姿をしているとは全く知らなかった。
「少なくとも、彼らを指揮する奴なのは間違いないと思います。あいつがみんなから心の音色を奪ってるんです」
「よく分からねえが、鍵二に話しておく。あいつが聞いたら絶対に興味を持つからな」
その時、スマホに稲光が入ったことに彼は気づかなかった。
そして調は帰宅した。
「ただいまー」 元気のない声で。
「おかえり! どうしたの? 暗い顔して」
母――六条夢見には、まだ音代のことを話していない。
父の神楽弾斗は海外出張で、家にはいない。ゆえに二人暮らし。
音代など知らないのが、日常だった。この日常だけは、せめてそのままでいてほしい。
「何でもない! ちょっと男子たちの会話で嫌な思いしただけだよ」
適当なことを言っておくことにする。嘘ではないが本当のことでもない。
「クラスはまるで動物園みたいでさ。みんな下ネタの話しかしないんだもん……」
「まあ、そんなこと言っちゃだめよ。みんな自分自身の音色の元に生きてるんだから」
だが、今や調の言葉は冗談ではなかった。
いつも片手間にやるベッドの上での演奏も、あまり気を休ませてくれなかった。
京子と名乗ったあの女が学校中を洗脳していること。
もしかしたらあいつがミューノイズの親玉なのかもしれない。
ただ人の音色を奪うだけでは飽き足らず、人を操って
調は腸の煮えくり返る思いだった。有亜を乗っ取り、盤子を除くポラリスの面々すら洗脳してバンドを乗っ取ったことが何より許しがたかった。
しかし、怒りだけではなかった。なぜ、有亜はああなってしまったのだろう。
あの女は有亜に演奏の才能を与えた、と言っていた。そして有亜は知らないギターを携えていた。
有亜は演奏をしたがっていたが、結局どんなに練習してもらちが明かなかったので歌の道を進んだのだった。
けれど、有亜は音楽の道を諦めきれていなかった。そしてそれを態度で示していたのだ。
私は音楽祭のことに躍起になるあまり、もしかしたら有亜の気持ちに寄り添えていなかったかもしれない。
もしかしたらあの女から有亜を守ることだって。
行動次第では、有亜を止められたかもしれない。
有亜のためにどうしてやればよかったのだろう。
悩みから目をそむけるべく、最新のオリコンチャートを知ろうとスマホを触った。その時、調は驚いた。
「あ、あれ? 何で充電がこんなに減ってるの!?」
スワイプしようとした瞬間液晶画面が切り替わり、黄色い髪の知らない少女が映し出される。
「こーんにちーはー!」
「わはー!!」
電撃となって
「ちょっと、誰なの?」
両手のひらを見せて、とびっきり明るい声。
「私、八火紐奈!」
思い当たることがあった。確か、機械にとりつく生命体が遠い宇宙に生息していて、最近地球でも確認されているとかいう話だったが。
「さっきから、あなたたちの話を聞いてたんだ。何だかかわいそうだなって思って、ずっとついてきたの!」
「私が、あの女に困らされてること全部?」
アニメ的な動きをして、ピースサインを見せる。
「うん!」
「あの……スマホの電池が減るから、出てって欲しいんだけど!」
「うわーごめーん!」
電撃がほとばしり、調のスマホから抜け出した。
閃光が調の部屋を駆け巡り、しばらくして、液晶画面に出た通りの姿の少女が部屋の中に座っていた。服装も星のモチーフで、色合いは上下とも黄色でそろっている。
調は、見知らぬ人間が家の中にいることに恐怖を覚えた。
しかし、少女の軽い口調や、その幼い顔だちからすると、そこまで悪意などは感じ取れない。
「そうそう、自己紹介がまだだった。私、遠い星からやって来たの。家族に会いたくて、地球までたどり着いたんだけど……全然、あてがなくて」
「だから、ヒントを得るために金手市をさまよってたら、たまたまあなたの会話を耳にしたってわけ」
反応に困り、ジト目になってしまう調。
「いきなり押しかけられても、私、何も手伝えないんだけど」
「そ……そうだね。もちろん無理は言わないよ。ただ、私、困っている人を見たらほうっておけないんだ」
ただでさえ有亜のことで張り詰めているだけに、つい調はきつく当たってしまいたくなる気持ちが湧いてしまった。
しかし紐奈が本当に辛そうな顔をしているだけに、調は彼を冷たくあしらいそうになるのをすんでの所で抑えられたのだ。
紐奈は最後に、
「じゃ私は家族を探しに戻るよ。何かあったら、また来るね」
とやや心細そうな顔で告げると、電撃になって窓の外に消えて行った。
人間が光になるという非現実的な現象を目の当たりにして、しばらく調は固まっていた。
夢見が向こうから尋ねる。
「誰かと話してた?」
必死にごまかす調。
「あ~、ごめん。友達と電話してたの!」
紐奈と名乗った少女が本当にやって来るのかどうか、調は全く確証が持てなかった。そして鍵二や弓刃がまた力を貸してくれるかどうかも分からない。
明日起きれば、学校での辛い日々がまた始まる。京子は調にもっとひどいことをけしかけてくるだろう。しかし調はへこたれない。ハードロックの道は険艱なのだから。
(有亜、待ってろよ。私が絶対に助け出して見せるから)




