10 村へ行く準備は万端か?
間引きが終わった翌日の朝から、私は自分のダンジョンとハルちゃんのダンジョンを何度も往復して、近隣の魔物の調査と追加の間引きを行った。
間引きについてはもう必要ないくらいだったんだけど、ハルちゃんのダンジョンは依然としてDPが不足気味だったし。近場にいる魔物は生態系のバランスを崩さない範囲で、セバスの〈帰還〉を使ってダンジョンに拉致して狩らせていただきました。……こう書くと、まるで犯罪者にでもなった気分だ。
ともあれ、三日ほどそうやって調査とDPの獲得に努めてから、ハルちゃんと相談してダンジョンにいくつかの改造を施す。
具体的には第三層の入口に鍵付きの扉を設置して、その鍵を第二層にある落とし穴の一つの底に設置したキーボックスに隠したり、ダンジョンコアの間の扉の鍵の隠し場所に、ウサギ系モンスターを生きたまま乗せないと開かないギミックを加えてみたり。
後者はハルちゃんの体重と同じ重量のものをギミックの解除キーにしようかと思ったけど、真っ赤な顔でぽかぽか叩かれて断念いたしました。
うん、ごめん……デリカシーに欠ける行為だったね。思春期の女子の体重は、どこぞの国のミサイル配備計画並みのトップシークレットに属するものなのだ。
できるだけ簡単かつ素早くハルちゃんが鍵を入手できるようにと思ってのことだったけど、セバスが常に側についているのだからこれでも問題ないだろう。それにセバスの薫陶あってかダンジョン内のウサギはハルちゃんにも従うようになってきているので、仮にハルちゃん一人だったとしても鍵が入手できなくて困るということはあるまい。
で、他にも色々と必要なものを用意したり、ハルちゃんを人の住んでいる村に連れて行くにあたって必要な口裏合わせをしたり、最低限の常識レベルの知識を教えたり……
なんだかんだやってるうちにさらに二日ほどが過ぎ、間引き終了から数えて五日が経過したところで、ようやく人間の村に行くための準備が整ったのだった。
「……よし、これなら大丈夫。変に目立つこともないでしょ」
用意した衣服に着替えたハルちゃんを見て、私は笑顔でうなずく。サルサーギ村で購入してきた衣服をサイズ直ししたもので、見た目はシンプルな青灰色のワンピースだ。
長袖に立ち襟と露出は少なく、飾りらしいのは胸元に並んだ金属のボタンのみ。私ならともかくハルちゃんが着るにはあまりにも華やかさに欠ける気がしたので、裾を詰めた分の布地でリボンタイも作っておいた。
動きやすさを優先したので裾は膝下十センチほど。ギンに乗って移動するのも確実なので、下には膝丈のズボンも履いてもらう予定だ。靴はさすがに用意できなかったので、学校指定の黒のローファーのままだけど。
「あと、これ……あ、受け取らないって選択肢はナシだからね!」
最後にハルちゃんに渡したのは、私が付けているのと同じ『防御力向上の腕輪』だ。革製の外見は一緒だけど、銀のチャームはハルちゃんのイメージで桜の形にしてある。
「え? でも……」
「〈身体強化〉は取ってもらったっていっても、不慮の事故は怖いからね。ギンたちの負担を減らすためだと思って受け取って?」
遠慮するハルちゃんに半ば押しつけるようにして渡す。最初は防御力向上効果のある衣服を作ろうかと思ったんだけど(そのほうがDPの消費も軽いし)、もし着替えなければいけない場面が発生した場合に備えて、肌身離さず付けていられるアクセサリーにしたのだ。
割とこの世界の人間って着たきり雀っぽいけど、濡れたり汚れたりした場合はさすがに着替えないといけないだろうし。
それに宿に泊まる時くらい、きちんと寝間着に着替えて寝たいというのが現代日本人としての正直な気持ちだ。
「……ありがとうございます」
複雑な表情のままお礼を言うハルちゃんだが、あいにくそれで終わりではない。
「あとこれ、マジックバッグ。あんまり容量ないし耐久値が切れたら壊れるから入れすぎには気をつけてね。それとマントと、ハンカチと、お財布と……」
「ちょ、ちょっとミコトさん! これって……」
「大丈夫、マジックバッグ以外にはDPかかってないから! 素人の手作りで悪いけど、気に入ったのが見つかるまでは我慢して使って? ほら、私も同じの使ってるし」
口をぱくぱくさせていたハルちゃんが、渡されたマントや小物を見てがっくりと深くうなだれる。そんなに気に入らなかった? 一応、マント以外はなるべく可愛い生地選んだつもりだけど?
お料理だけじゃなく裁縫まで……とか、まさかこのワンピースも……とか呻く声が聞こえた気もするが、あまりにも深く落ち込んでいる様子なのであえて触れずにおく。
背中に縦線どころか、オドロ線でも背負っていそうな様子だったので。
とりあえずハルちゃんの準備はこれでいいとして、私の準備は……野営道具よし、水と食料よし、燃料(薪)よし、万一のための毒消しと回復薬もよし。
小屋の簡単な掃除も済んでいるし、ダンジョンに残していく食材はちゃんと食料庫か倉庫にしまってある……よし。
あ、今私たちがいるのは私のダンジョンのほうです。人間の村に向かうのだったら私のダンジョンのほうが近いし、設備も充実しているのでハルちゃんのダンジョンの戸締まり強化してからはずっとこっちに滞在している。
なお、ハルちゃんが一番感動したのはタライを用いてのお風呂でした。
気持ちはわかるけど……わかるけど! これまでの生活レベルのあまりの低さに、申し訳なく思うのを通りこして泣けそうでしたよ! 思わず蜂蜜たっぷりの簡易パンケーキとか蜂蜜クッキーとか作って、目一杯甘やかし(物理)ちゃいましたよ!
そうそう、現在の残存DPは私が9000ポイントほど、ハルちゃんは4000ポイントほどだ。
ギンたちの活躍のおかげでけっこう増えたけど、そのあとハルちゃんはスキルの取得やダンジョンの強化で、私はアイテムの作成やスキルの強化(具体的には〈帰還〉のレベルアップ)で消費したからね。
〈帰還〉はレベル上げも兼ねて積極的に使っていたけど、全然上がる気配がないのでDPで上げました……くっ、2100ポイントの出費は痛かった。
しかしレベル6だと、サルサーギ村より先は〈帰還〉の使用可能圏内に入らないのだ。
他のダンジョンが490キロの範囲内にあるとは限らないけど、〈帰還〉が使えなさそうなら一度ダンジョンに戻って出直すことも視野に入れてある。
あと、間引きだなんだと魔物を狩りまくっていたおかげで、ギンたちも大幅にレベルアップしておりました。
アッシュウルフ(ランク12:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ギン レベル11(3897) M
攻撃力:A+ 敏捷性:A 耐久性:B 生命力:A 知力:B 精神力:A
スキル〈瞬速〉〈号咆〉〈探知〉〈剛躯〉〈炎身〉〈炎爪〉〈伝心〉〈乗騎〉
ゲイルホーク(ランク12:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ヤシチ レベル11(4005) M
攻撃力:A 敏捷性:A+ 耐久性:B 生命力:B 知力:A+ 精神力:A
スキル〈瞬身〉〈千里眼〉〈強化〉〈尖槍〉〈空刃〉〈旋風〉〈伝心〉〈誘導〉
ブロンズゴーレム(ランク12:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ジンガ レベル:10(2701) N
攻撃力:A 敏捷性:C 耐久性:A+ 生命力:A+ 知力:A 精神力:B
スキル〈剛身〉〈吶喊〉〈倍返し〉〈鉄壁〉〈畏怖〉〈土魔法〉〈農作〉〈伝心〉〈格闘〉
ジンガのレベルが一段低いのは、ハルちゃんのダンジョンの一斉掃討や近隣の間引きに参加できなかったのだから仕方ない。
そのあとの間引きではジンガに優先的に魔物を片付けさせたとはいえ……むしろよくここまで上がったものだ。なんか〈農作〉とかスキルが増えてるし、戦闘以外でも経験値が入るという説が非常に現実味を帯びてきている。
なにしろ間引きで相手にしていたのはランクの低い魔物ばかりだったし、経験点的には一体あたりコンマいくつといった数値しか入らなかっただろう。
ギンたちのスキルがほとんど成長していないのも、おそらくそのあたりに原因があるに違いない。間引きではごくたまにランク高めの魔物に遭遇した時以外、スキルを使う場面ってなかったからね。
ちなみに、セバスも地味に成長しており、
ワーラビット(ランク8:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:セバス レベル9(1577) M
攻撃力:A 敏捷性:B 耐久性:C 生命力:C 知力:A 精神力:A+
スキル〈補助魔法〉〈気配察知〉〈瞬躍〉〈幻影〉〈統率〉〈帰還〉〈伝心〉〈格闘〉〈騎乗〉〈捕獲〉
セバスは逆に私のダンジョンのほうの間引きにはまったく参加していなかったため、経験値的には割を食っている。
ただ、おっそろしい勢いでスキルが増えてるんですよね……ていうか〈騎乗〉や〈捕獲〉はわかるけど、〈格闘〉って。ダンジョン内のウサギ軍団と話を付けるのに、そんなに肉体言語を多用してたんですか?
なお、モンスターのスキルはレベルが表示されないため、セバスの〈帰還〉の使用可能範囲を知るのにはちょっと難儀した。普通なら『レベル×レベル×10キロ』で計算できるけど、レベルそのものが不明じゃどうしようもない。
最終的には、ハルちゃんの〈看破〉でセバスのスキルを鑑定して(私じゃまだレベルが低いらしく判別不能でした)レベル9相当だとわかったけど……そうか、レベル9か。DPを消費してまで上げたレベルがあっさり抜かされていたと知った時の衝撃。
いや、いいんだ……おかげで行動可能範囲も増えたし、いざって時に〈帰還〉が使える人員が多いに越したことはないし。
……しかし、間引き兼DP稼ぎで〈帰還〉を使いまくっていたとはいえ、レベルが上がるの早過ぎやしませんかね(震え声)? モンスターってスキルの成長が早いんだろうか? それとも種族的に上がりやすいスキルとかがあったりする?
ちょっとした心の傷を思い出したりもしつつ、準備が完了したところでギンとヤシチ、それからセバスをお供に村に向かって出発だ。
ジンガは申し訳ないけど今回もお留守番。私とハルちゃん、セバスを乗せても時速40キロくらいで走れるギンがいるのだから仕方がない。
安定の固定値敏捷度C。ゴーレムの種族特性なのは確実だ。一応、レベルが上がるに従って少しずつ移動速度は速くなってるんですよ? 私の全力疾走くらいの速度でなら走れるようになってきてるし!
ただ、私の全力疾走くらいの速度じゃ村まで何日かかるかわからないし、ランク12の使役モンスターが突然増えた理由を説明するのも大変そうなので、ジンガにはダンジョンの警備と畑の管理をお願いすることにする。
……後者がメインじゃないかって? い、いいじゃないですか! 麦わら帽子と手拭い(準備の合間に自作)の似合う、農業用ゴーレムがこの世に一体くらいいたって!
魔物を倒した時よりも、新しく作った特大ジョウロ(不壊:10p)と鍬(不壊:10p)を受け取った時のほうがよっぽと嬉しそうだったんだぞ、うちの癒し系ゴーレムは!
あと念のため、1000ピースパネルを設置した大部屋に侵入者があった時にはわかるように、アラームを大部屋に設置して警告灯を持ち歩くことにしました。
ハルちゃんが持っているのと同じペンダント型だ。それと侵入者の姿がジンガにもわかるように、入口下のホールと廊下の100キロ地点にビジョンも設置。
100キロ地点の扉が開いた時にのみ反応するアラームも設置したので、ある程度知恵のある侵入者があった場合はすぐにわかるようになっている。普通の魔物などならよし、もし人間や高い知性を持つ魔物だったらすぐに連絡するようにジンガには強く言い含めてある。
「それじゃ、行ってくるね~」
お見送りのジンガに手を振って非常口から出ると、ギンに乗って一路東の村へ向かう。
私の前にはセバス、後ろにはハルちゃんが乗っている。セバスの腕の長さでは私にしっかりしがみつくのが難しいのでこの順番だ。まぁ、最終的には時速100キロオーバーで走るギンも乗りこなしていたセバスなので、私の助けは必要ないという気がしないこともないけど。
乗客が増えてもギンのダイナミックランニングは変わらず、ハルちゃんの悲鳴を背負いながら森を突っ切り林を抜け、四時間後には村までの距離残り半分というところまで到着していた。
ハルちゃんのために休憩を多めにとっていた割には早かった……と思ったら、ひっそりとセバスが補助魔法で強化していたという。ギンだけじゃなくてハルちゃんも。
うん、スピードが速いとは思っていたんですよ。ハルちゃんが楽勝でしがみついていたから時速40キロくらいだと思ってたけど、60キロくらい普通に出てたよね……
ふらふらしているハルちゃんに休んでいるように告げて、私は野営の準備を始める。
まぁ、必要なものは揃っているので火を焚いて食事の支度をする程度なんですが。その食事も作っておいた料理をウェストポーチに偽装したマジックバッグ(品質保持機能付き・破壊可能:40p)から取り出せば、わざわざ用意する必要もないという。
「……休んでていいんだよ、ハルちゃん」
広げたマントの上で横になっていたハルちゃんが、薪を組んで火をおこす私の手元を横からのぞき込んでいるのに気づいて言う。
絶叫マシーンもかくやのアニマルライディングに挑んでいたのだ、〈騎乗〉スキルがあったところで気分が悪くなってもおかしくない。
「だ、大丈夫です……乗り物にはけっこう強いほうなので。ジェットコースター系はあんまり得意じゃないですけど……」
それは悪いことをしました。でも、それなら後ろで大正解だったということか。
前に乗ったセバスはむしろノリノリで大はしゃぎしていたし。作成直後にギンに乗せたせいで変な嗜好がついてしまったのではないかと心配したくらいだ。
「あー、そうなんだ? でも乗り物平気なのはうらやましいかも……私、バスでも五分で酔う体質だし。そのせいで車の免許も取れなかったくらいだから、ジェットコースターなんてそもそも選択肢に上がってくることさえないよ」
「……え? でも……」
「なぜかギンだけは平気なんだよね。生き物だからなのか……私としては愛情のなせる業って説に一票入れたいところだけど」
笑いながらハルちゃんに言って、拾ってきた石で竈を組んでから薪に火を付ける。小屋の付属品の薪は火がつきやすく、煙も少ないので便利だ。そのへんで拾ってきた枝とかだったら、こんなに簡単にはいかないだろう。
そう思うと、なくなった時のことがちょっぴり不安になったり……出歩く期間が長くなれば簡単にダンジョンに戻って取ってくるってわけにもいかなくなるだろうし。
火が安定したところで水を入れた鍋を火にかけ、残り少ない塩漬け肉と小さくダイスカットした野菜を投入。
全体に火が通ってから塩で味を調え、あらかじめ練って荷物に入れておいた小麦粉の団子を入れて煮込む。その間に作ったサラダをセバスの分だけ取り分け、最後にギンたちの肉を切って皿に盛りつければ食事の準備は完了だ。
お昼は用意しておいた料理(チャパティに肉と野菜を挟んだ簡単サンドイッチ)で済ませたので、晩くらいは温かいものが食べたいと思ったのだ。晩というにはまだちょっと早い時間帯だけど、この先落ち着いて野営できる場所となるとけっこう距離が離れているし。
視界の悪い森の中や、湿地帯とかはできれば避けたいし……ついでにハルちゃんに確認してもらったところ、魔物の群れもちらほら見受けられるのでそれと遭遇するのも避けたい。
ギンたちがいれば楽勝とはいえ、野営場所の近くに魔物の死骸がごろごろ転がっているなんてのはね……精神的にも危機管理的にもありがたくない。
「今日のところは早めに休んで、明日の朝早く出発しましょ? 私もそうだったけど、ギンに長時間乗っているのってけっこう疲れるし……」
早めの夕食を摂りながらハルちゃんに言うと、はいという素直な返事が返ってくる。
「できればテントとか寝袋も作りたかったんだけど……さすがに手作りじゃ限度があるしね。DPで作っておくべきだったかなぁ……」
「……ミコトさん、どこまで職人道極めるつもりなんですか」
スプーンですいとん汁を口に運ぶ手を止めて、ハルちゃんが呆れたように言う。
「それにDPで寝袋とかテントとか……もったいないですよ。そこまで寒いわけでもないですし、マントで十分ですよ」
「いや、それがけっこう明け方とか冷えるのよ。それに地面って意外と固くて、マントや毛布だけじゃ身体が痛くなってくるし。ああ、やっぱり簡単な敷きパッドだけでも作ってくるべきだったなぁ……」
綿花っぽいものが見つかるか、羊毛系の素材が魔物から取れるまで保留とか考えていたせいで、作るタイミングを逃しました。
いっそ素材をDPで作るって手もあったんだよね……一立方メートルにみっちり固められた綿とか羊毛だったら、それはそれで処分に困ったような気がするけど。
ええ、綿系の素材はたいてい圧縮して売ってるから、買ったはいいけど消費するのに何年もかかるなんてのはよくある話だ。
クッションとかぬいぐるみ作ると一瞬で消えるんだけどね。それで中途半端に足りなくて、買ってきた綿がまた余って……なんてのもよくある話。裁縫をやってる人間あるあるだ。
腕を組んでぶつぶつ言ってる私をハルちゃんは呆れたとも、困ったともつかない表情で見やってから背後のギンに視線を移す。
「だったら、いっそギンさんにくっついて寝たらどうですか? 地面が固いのはどうしようもないけど、寒さはしのげると思いますよ?」
「……ハルちゃん天才! そのアイディアいただいた!」
ハルちゃんの提案に一も二もなく飛びつく私。いや、そうだよ。外(というかダンジョンの中)でギンを枕にしたまま寝たことあったじゃない! 若干腰とか足とか痛かったけど、あの至福の寝心地を忘れるなんて私もヤキが回ったもんだ。
自然と顔が笑み崩れるのをおさえきれないまま、ぱくぱくとすいとん汁を口に運ぶ私を若干残念なものを見るような目でハルちゃんは眺める。
ははっ、私のもふもふ愛はその程度でくじけるようなものじゃ……いや、うん、蔑むような目じゃなかっただけマシだと思おう。視線を合わせられないのはすいとんがスプーンから滑って落ちやすいせいですよ。ハルちゃんの顔をまともに見られないからなんて理由じゃありませんよ……
夕食と後片づけを終えたあと、少し日暮れまで間があったので近くで枯れ枝を集めてきて、なるべく固くて燃えにくそうな枝を焚き火に投じてギンを枕に横になる。セバスを挟んでハルちゃんと川の字になる格好だ。
ハルちゃんは遠慮していたけど、三人(というか二人と一体)乗せて法定速度で走れるギンにとっては負担にもならないと言い含めて一緒に寝ました。
よく考えてみれば、これならギンが起きるほどの魔物が近づいてくれば必然的に起こされることになるし、安全面から見てもいい方法だ。
……強敵の接近に気づかずに、ギンが寝こけていたらお終いだけど。いや、バトルジャンキーの気のあるギンのことだから、他の場合はともかく強い魔物が接近してきたら絶対に起きるに違いない。
もし万が一、ギンが起きなかったとしてもヤシチが気づいて強制的に起こしてくれると思うしね! ……本当に、ヤシチのパーティー仲間としての安心感ときたら。
最初は落ち着かないのか、ギンやセバスに配慮するように小さな声でぽつりぽつりと言葉をかわしていたハルちゃんだけど、疲れていたためかすぐに静かになった。
もうじきこの世界の人間に会えるということで、興奮したり緊張したりしている部分もあったのかな? 正直その気持ちには心当たりがなくもなかったり……最初に村に向かった時は、自分でもやたらとテンションが上がっていた気がするし。
とはいえ、朝っぱらから目にした巨大ヘビの死体でそんなテンションもどこかに吹っ飛んだけどね。今回はないといいなぁ……朝からSAN値チェックが必要な状況になんて直面したくないですよ、本当。
幸い一晩何事もないまま夜を明かし、無事に日の出を拝むことができました。夜半を回った頃にこっそり目を覚まし、〈暗視〉があるのをいいことに寝袋のガワだけちくちく縫っていたのは(ハルちゃんには)内緒だ。
あ、もちろんギンも一緒でしたよ? 私一人で見張りをしたところで、本当にギリギリまで危険な魔物が接近してこなければ気づかないのはわかりきってる。
だったら素直に寝ておけという意見には、あえてNOと言わせてもらうが。ハルちゃんをダンジョンから連れ出してきた手前、仲間に警戒を丸投げしてぐーすか寝てるなんて無責任な真似はできない。
ダンジョンの中にいれば絶対安全なんて保証はないけど、ダンジョンの外で危険な目に遭う確率のほうが比べようがないくらいに高い。
それを承知の上でハルちゃんを誘ったのだから、大人の端くれとしてはできる限りのことをするのが当たり前だ。
というか、日が落ちた直後くらいに寝たから睡眠時間は十分に確保できてるしね。
経験者というにはおこがましい程度の野宿経験しかないけど、〈身体強化〉や〈騎乗〉のスキル効果もあって疲れもそれほど溜まっていない。
でも、ハルちゃんが知ったら色々気にすることは確実なので、起きる直前くらいに完成した寝袋をマジックバッグにしまい、今さっき起きましたよ~という顔で「お早う」と挨拶しました。どこかで綿か羊毛を手に入れたら、詰めて縫い合わせて完成させよう。
「……おはようございます」
まだ半分ぼーっとしているハルちゃんに濡れ布巾と櫛を渡して、彼女が身支度を整えている間に朝食の準備を始める。
まだ日の出前だけど、青みを帯びた空は明るく作業に支障はない。縫い物の合間に枯れ木をくべていたため(私が寝ている間はセバスが面倒を見ていてくれたっぽい)燃え残っていた焚き火の火を大きくして、マジックバッグから出した昨日のすいとん汁の鍋を温める。
「あ、今度こそお手伝いしようと思ってたのに……!」
身支度を済ませたハルちゃんが頬を膨らませるが、お手伝いが必要なほどの準備じゃないんですよ……でも、そのうち火のおこし方とか料理とか色々教えてあげたほうがいいかな。
ダンジョンでは洗い物とか簡単な下ごしらえとか、ちょこちょこ手伝ってもらってはいたんだけどね。
腕前については単に経験不足なだけなので、時間をかけてゆっくりやれば手を切ったりする心配もそんなにない(皆無とは言わないが)。
少しずつできることを増やしていけば、いずれひととおりの家事くらいはできるようになると思う。野外だとあんまり時間をかけるわけにもいかないから、私がさっさとやってしまうんだけどね。
それじゃいつまでたっても覚えられないし、時間に余裕がある時にでも手伝いがてら覚えていってもらおうかな。色々自分でできるようになれば、ハルちゃんの選択の幅も広がるだろうし、変に私に対して遠慮することもなくなるだろうし。
温めたすいとん汁とフライパンで焼いた芋団子(塩味)で朝食を済ませて、後片づけを終えたら出発の準備だ。ちなみに芋団子はダンジョンでまとめて作って、あとは焼くだけの状態でマジックバッグ(生もの用)に突っ込んでおいたもの。冷蔵庫なんて目じゃないくらいの保存機能を活用しない手はありません。
今回は野営場所の近くに魔物の死骸が転がってるなんてこともなく、ハルちゃんとセバスとギンの背にまたがって東の村を目指す。
一応、休憩時にハルちゃんに〈探知〉で魔物の反応を探ってもらい、大きな群れや強力な個体がいないかも確認しておく。移動中の安全確保もあるけど、村に被害を及ぼしそうな魔物がいたら(ギンたちに対処可能な範囲で)狩っておきたいしね。
途中で遭遇したゴブリンの群れをヤシチが一瞬で薙ぎ払ったり、休憩中に襲ってきた牛型の魔物(ブラックバイソン:ランク7)をギンが爪の一振りで絶命させたり、それを解体するかどうか私が真剣に迷って、結局皮とモモ肉だけ取って残りはギンに燃やしてもらったり。
……いやだって、まともに解体しようと思ったら、今の私の腕前的に二、三時間くらいかかりそうだったんだもの。
ハルちゃんの目の前で解体して大丈夫かもわからなかったしね……慣れない人にはけっこうきついものがあるし。
でもまぁ、いずれ小さいものから慣れてってもらおうとは思ってるけどね。しかし、一番の問題は小さい魔物の代表格がウサギってことか。なんとなく出しにくくてウサギ肉の料理も避けてたけど(かわりにギンたちのお腹に入りました)、いずれは向き合わないといけない問題だよなぁ……
などと、多少のトラブルには見舞われつつも大きな問題に遭遇することはなく、やがて村の東に広がる草原とその向こうにぽつんと小さく固まった建物が見えてきた。
「……あれですか!」
私の後ろから顔を出したハルちゃんが、嬉しそうに弾んだ声をあげる。そういえば、話には聞いていても実際の村をハルちゃんが目にするのはこれが初めてだ。ダームフライの視野越しとはいえ、あらかじめ見ていた私とは感動の度合いが違って当たり前だろう。
「あそこに……この世界の人たちが住んでいるんですね」
呟く声に含まれているのは興奮と好奇心が八割、残り二割は緊張といったところか。
「みんないい人……とまでは言えないけど、ほとんどはいい人だから安心して。ハルちゃんと同い年くらいの冒険者もいるしね。おっさん連中は酒が入るとタチ悪いけど、普段はまあまあ親切だし」
ハルちゃんの緊張を解すように笑いかけて告げ、ギンに乗ったままゆっくりと村に近づいていく。たぶん、私たちがここまで来ていることは鍛冶屋のダイさんあたりは感づいているだろう。
前の時みたいに村の入口でお出迎え(with最大戦力)なんてことはないと思うけど、暇な人が顔見に来るくらいはありそうかな?
「まぁ、どんな人がいるかは行ってみてのお楽しみってことで。あ、村の食堂のご飯がすごく美味しいってことだけは保証しとくわ。食堂のおかみのヨーコさんがすごく親切で、ついでにすごい美人だってことも」
そんなことを言っている間にもう村は目の前だ。ハルちゃんの顔に浮かぶ好奇心と興奮が、緊張と半々になってきたところで村の入口にたどり着く。
さぁ、村はいつもと変わらず私たちを受け入れてくれるだろうか――なんて、私まで微妙に緊張してきてしまいましたよ。




