10 南には人魚の海岸、西には……?
ふらふらと小屋に戻って倒れ込むようにベッドに横になった翌日の朝。眠れないとか悪夢にうなされるなんてことは微塵もなく、朝までぐっすりでしたがなにか?
超合金製ロープと噂される神経の頑丈さを舐めないでいただきたい。現代日本で二十五年も生きていれば、多少のことでは打ち負かされない鋼の神経が手に入るのですよ!
ええ、特に就職活動とかストーカーとか人の話聞かない婚活脳の新人の相手とかを体験するとな!
起きたらまず顔を洗って朝ご飯の支度をする。昨日の夜はなにも作らなかったから残り物はないし、普通にジャガイモでも茹でるか……あ、細切りにしてスープにすればそれほど時間はかからないか。
肉もあるし、簡単なスープでも作ろうかな。できればなにか青物が欲しいところけど。
さくさく切った肉を鍋で炒めて刻んだジャガイモを入れ、ある程度火が通ったところで水を加える。煮立ってきたら塩で味を調えて、リンゴ酒を隠し味程度に入れれば完成だ。
芋は細く切ってあるのですぐに火が通るし、肉から出汁が出るので味が物足りないということもない。
食器棚の中から深めのボウルを探してスープを盛り、ギンとヤシチの食事も用意してラグの上に向かう。そうだ、昨日の晩ご飯を抜いた分ギンとヤシチにもちょっと美味しいものを食べさせてあげないと。二体とも気にしてないみたいだけど……
ちょっと考えて、ギンとヤシチのお皿にスープから拾い上げた肉を追加。
彼らにとって美味しいと感じられるかどうかは不明だが、少なくとも害になりそうなものは入ってないからいいだろう。玉ねぎは不使用だし、リンゴ酒も熱でアルコールが飛ぶ程度の量しか使っていない。薄味のスープなので塩分も問題になるほどの量じゃないはずだ。
「お早う~、ご飯にしようか?」
定位置についてご飯を待っている二体に声をかけ、ラグに腰を下ろして食事を始める。
一晩よく休んだおかげで気持ちも落ち着き、残るのはいささかの気恥ずかしさと胸の奥に残る苦さだけだ。
うん、ちゃんと整理できた。その証拠にご飯も美味しく感じているし、皿に顔を突っ込んでわふわふ言っているギンや黙々と肉を食べているヤシチを見て可愛いと感じる気持ちの余裕もある。スープの肉も気に入ってくれたようでなによりだ。
食事を済ませたら後片づけをして、小屋の外へ出て行く。納屋の前にはトンボ君たちの姿はなかったけど、〈伝達〉で呼びかけたら草原のあちこちから三々五々集まってきた。
昨日とは違ってその数は半分だけど……いや、考えまい。トンボ君たちの命は果てようともその意思は心の中で生き続けるのだ。
というか、ギンとヤシチのレベル上げで延々と蜘蛛教官とカマキリ先生を殺させ続けた自分に言えることじゃないし! ええ、よく考えたらそっちのほうがよっぽど非道だよ!
「では、これより第三小隊による南方面の偵察任務を行う。諸君らの健闘を祈る!」
色々と省略した号令のあと、非常口の扉を開けて出発していくトンボ君たちを見送る。
もちろん入口近辺の生物反応をチェックすることも忘れませんよ? 入口内部に生物の反応はなかったので、扉を閉める前に一瞬だけ向こう側に顔を出して周囲を見回す。
ウィンドウ上の画像イメージでは何度となく見たけど、実際目にするのはこれが初めてだ。
入口内部はデザインした通りの岩がむき出しになった洞窟風。少し離れたところに不規則な楕円形をした外との出入り口がある。奥のほうには地下へ繋がる階段。
そこまで見て取って素早く扉を閉めると、小さく息を吐き出してからトンボ君たちの視野に意識を移す。
第三部隊のトンボ君たちが向かうのは南方面。ダンジョンの入口付近を飛ぶのには(私が)慣れてきたので、周囲を警戒しながら南へ向かうルートを指示する。
相変わらず入口付近にあまり生物の姿は見えないけど、森の上空に抜けるまでは要注意だ。トンボ君たちがランク的には下から数えて二番目の弱い魔物であることを忘れてはならない。
上空に出るとそこからはまっすぐ南に向かってもらう。そういえばダンジョンの中と違って外では風が強かったり、雨が降ったりする場合もあるから必ずしも巡航速度ぴったりで飛べるとは思わないほうがいいかもしれない。
距離に換算する時もだいたいこのくらい的な大雑把な感覚でいたほうがよさそうだ。
幸いながら今日の天気は快晴。風もそんなに強くはないらしく、トンボ君たちは悠々と南に向かって進んでいる。昨日から思ってたことだけど、休憩もなしに何百キロと飛べるトンボ君たちって実はけっこうすごい気がする。
いったいどんなスタミナをしてるのか……能力的には体力Dで、決して高いほうではないんだけど。〈飛行〉スキルの影響なんだろうか?
まぁ、途中で度々休憩を取らなくていいのは助かります。空を飛んでいる間は全方位を警戒することもできるけど、地上に降りたらそうはいかない。
こっちも延々と森が続いているため、地上付近は枝やら葉っぱやらの障害物だらけで見通しが悪い。どんなに注意を払っていようと、物陰からいきなり襲いかかってこられたら避けるのも逃げるのも難しい。
とはいえ空は空で、昨日みたいに反応もできない速度で襲いかかってこられる場合もあるんだけどね。あと、どう足掻いても絶望的な相手とか。
……昨日のアレ、本当にドラゴンだったんだろうか。見間違いであって欲しいなぁ……もし本物だったら、300キロ程度の距離なんて発泡スチロールの壁みたいなものだ。
目撃した地点からどのくらい離れた場所にいたのかはわからないけど、多少の距離じゃまったく安心できない。できることならダンジョン抱えてさっさと引っ越しでもしたいくらいだ。できないけど。
とと、また考え事で注意をそらしてしまうところだった。今のところ襲ってきそうな生物の姿はどこにも見えないけど、警戒警戒。
あと地形のチェックもだ。こっちにはダンジョン近辺と同じような森がどこまでも広がっていて、特に目立つものはなにもない。だだっ広い森だけが延々と続いている。
二、三時間飛び続けても風景は変わらず。空にも時折鳥のような影が現れるくらいで、確認するなりコースを変えて回避するなり速度を落としてやり過ごすなりしている。
森にはできる限り近づかないようにして、近づく時は視界を確保できる場所にごく短時間のみといった具合だ。
そんな警戒の甲斐もあってか、昼が近づく頃には400キロメートル以上の距離を飛んで、森ばかりが続く風景にも変化が出てきた。
森の中に空き地が目立つようになってきたかと思うと、急にぷつりと途切れて土や岩ばかりが目立つ荒野に姿を変えたのだ。草も一応生えてはいるけど、枯れたような色合いで森の中の緑の豊かさとは比べようがない。
遮蔽物がなくなったおかげで、地表にはぽつぽつと生物の姿も見られるようになった。
とはいえ大型犬くらいもの大きさのあるネズミとか、それすら一呑みにできてしまいそうな大蛇とか、間違っても近づきたくないと思わせるものばかりだったけど。
地表の生物たちの注意を引かないように大回りで回避しながらさらに南下していく。
荒野を飛んでいたのは三十分くらいだろうか。一度巨大な(それこそ小型飛行機くらいありそうな)鷲に襲われそうになって慌てて地上に待避するというアクシデントはあったものの、なんとか無事に荒野を越えたところで――突然断ち切られたように大地が消える。
海です。数十メートルはあろうかという断崖絶壁の下で、荒々しく波を打ち寄せているのはどう見ても海だ。
いや、湖という可能性もあるんだろうか? これだけ激しく波が立っているところを見ると、ものすごく幅の広い川とかいうことはなさそうだが。生身でこの景色を目にしているなら潮の匂いで判別できたんだろうけど、映像だけじゃさすがに無理だ。
晴れ渡った空の下、それよりも濃い色にきらめいている海に目を奪われたのは一瞬のこと。すぐに我に返ったけどね! 偵察任務の最中に呆けるなんて自殺行為だ。実際に命がかかっているのは私じゃなくてトンボ君たちだけど。
慌てて周囲に視点を巡らせ、怪しい影がないのを確認してから少し思案する。海を渡るのはどう考えても無理だから論外として、だったらどちらの方角に進むべきか。
右に行ったら西、左に行ったら東……右一択だなこれは。東と言ったらあの魔王城近郊テイストの森のあるエリアですよ? 巨大芋虫とか石投げゴブリンとか謎の光の塊とかのいる。
うん、西はまだ未開発エリアだし、西に行こう。別にあのホラー風味の森に近づきたくないとかそんな理由じゃないですよ?
というわけで、西に進路を変更。海岸線に沿ってひたすら飛んでいく。
断崖絶壁は次第に低い丘になって、ところどころに森も見えてきた。どうやら西のほうにもかなり広範囲に森が広がっているもよう。
海のほうはというと海岸線が岩場になったり砂場になったり、はたまた断崖絶壁に戻ったりする程度で大きな変化はない。どこまで行っても対岸らしきものは見えないので、湖という可能性はかなり低くなっている。
生物の姿はあまり見られず、時折鳥っぽい影が見える程度。もちろん、発見したらすかさず隠れているけど。
海の中は地上以上に未知のゾーンなのでなるべく近づかないようにしている。ちょっとでも近づいたが最後、海の中から巨大なタコとかイカとかサメとがクジラとかが出てきてジ・エンドなんて光景があまりにリアルに想像できる。
なんて思いながら海岸線沿いに移動してると、なにやらトンボ君たちがおかしな挙動を見せ始めた。妙にふらふらした動きで、指示もしてないのに速度を上げて前方に突き出した岬を目指して進んでいる。
ちょっと、トンボ君? いや第三小隊? その岬はスルーして直進しますよ~?
まっすぐ進むよう指示を出しても、岬を目指すトンボ君たちの行動は変わらない。
あ、これってもしかしてまずい状況じゃ? 第三小隊、第三小隊応答せよ!? その進路は予定にない、ただちに指示通りの方向に進路を修正せよ!!
トンボ君たちはすでに完全に制御を離れて、岩場が連なる岬に向かって飛んでいく。うわぁメーデー、メーデー、緊急事態発生! 第三小隊、第三小隊! その岬はものすっごく危険な予感がする! ただちに進路を変更せよ!!
近づいてきた岬の波打ち際にいくつもの人影があるのが遠目に見えてくる。
いや、人型ではあるけど人間じゃない。海から上半身だけ出している姿は人間、それも髪を長く伸ばした見目良い女性そのものだけど、岩場に腰掛けている姿がですね! 下半身が魚になってる人間なんてファンタジー世界で見かけたら答えは一つしかないでしょうが!!
やばい、絶対やばいですよ!! この世界の人魚が知的生命体か凶悪なモンスターかはわからないけど、無抵抗に招き寄せられているこの状況は完全にやばい!!
焦ってトンボ君たちに呼びかけても進路は変わらず、ふらふら~っという感じで人魚たちの集う岩場へ引き寄せられていく。
そして海面まであと数メートルという高さを飛行していたトンボ君たちを、海の中から前触れもなく現れた巨大なウツボっぽい生物が三体まとめて一息で呑み込んだ。
……ウツボ、だよね? 開いた口の大きさだけで4、5メートルはあったような気がするんだけど。全長いったい何メートルだ? 正直考えたくもないというか、絶対海にはもう二度と近づくまいと心の中で誓った次第だ。
第三部隊が(一瞬で)全滅したあと、一度休憩を入れてから最後の西方面の偵察飛行を行うことにした。
例によって昼食は摂らないけど、小屋に戻ってリンゴ酒をごく薄く水で割って飲む。トンボ君たちに命がけの偵察を命じるのにアルコール摂取はどうかと思ったのもあるし、リンゴ酒の残りが心もとないのも理由の一つだ。
樽の重さからしてもう四分の一も残ってないんじゃなかろうか……そんなに呑んだつもりはないんだけどなぁ。
休憩のあと納屋の前に戻って、まず最初に時間を確認。
第三小隊がかなり頑張ってくれたおかげで時間はもう三時近い。日が暮れるまではだいたい三、四時間といったところか。安全を優先するなら明日の朝以降に延期するべきかもしれないけど、今は〈夜目〉もあるので偵察を決行する。
そもそも、昼間のほうが安全だという決定的な証拠もないのだし。
扉の前に集まってくれたトンボ君たちの数はついに三体を残すのみ。びしっと整列した姿を見るのもこれが最後かと思うと複雑な思いが胸の奥をよぎるが、あえて顔には出さない。ただ命じるだけだ。
「第四小隊、出撃準備!」
扉を開く時にももう余計な緊張はない。勢いよく開いた扉の向こうに飛び出していくトンボ君たちを見送り、心の中だけでありがとう、頑張ってと感謝と応援の念を送る。
第四小隊のトンボ君たちは入口を抜けてダンジョン上空に出ると、まっすぐに西を目指して飛んでいく。
ここまでの偵察飛行で飛んでいる間に襲われる危険性はそこまで高くないとわかっているので、森から極端に離れることはしない。むしろ上空を飛びすぎるほうが目立って鳥などに発見されやすくなる。
森の木の先端からだいたい7、8メートルくらいの高さを維持して飛行するトンボ君たち。景色はどんどん後方に流れ去っていく。
こちらも平坦な地形で森ばかりが続いているが、時々ぽっかりと空いた木々の隙間に池や湖らしきものが見える。見えても近づくことはしないけどね! 水の中からザパー、というのは今一番ホットな私のトラウマだ。
三時間ほど飛んだあたりから木々の密度がだんだん下がってきて、眼下の景色は草原と森が入り混ざったようなものに。
場所によってはかなりの面積の草原が広がっているが、完全に森が見えなくなるようなこともない。地形にもちょっと起伏が出てきて、草の生えたゆるやかな丘や木々に覆われた山なども目に付き始める。
もっとも山の標高は決して高くなく、北で見かけた大山脈っぽいものとは比べものにもならない。
さらに飛ぶこと一時間。傾いた日がそろそろ地面に付きかけてきた頃、トンボ君たちの行く手になにやら見慣れないものを発見した。……いや、ある意味見慣れたものではある。ただしこの世界でももとの世界でも、一度としてお目にかかったことのないもの。
ぎりぎり視認できる距離に立ち並ぶ、いくつかの粗末な木造の人家と思しきものだ。
「……え? 家?」
知らず口から呟きが洩れる。うん、家だよね? 他のなにかの見間違いだったりすることはないよね?
ああいや、家だったとしても必ずしも人間が作ったものとは限らない。それこそゴブリンの集落とかいう可能性もある! 人っぽい姿を見て一瞬どきりとして、それが人魚だとわかった時の衝撃と落胆を思い出せ!
だけど……久しぶりに見た人工物らしきものから、私はどうしても目を離すことができなかった。
やっと我に返ったのは十数秒後、はるか遠くに見えていた家の形がはっきりとわかるようになってからだ。
おお、いけないいけない。周辺の警戒とか完全に頭の中からすっぽ抜けてましたよ! ここまで来たのに不意の襲撃であっさり終了、なんて哀しすぎる。
でもとりあえず、どうしよう? このまま直進して家やその周りを観察する?
だけど仮にあれが本当に人の作ったものだったとして、なんの対策もせずに近づいていって大丈夫なんだろうか? それこそ北○の拳ばりのヒャッハーなモヒカンが生息している世界だったら、近づいた途端に攻撃されたりするんじゃ?
見た感じはいかにものどかな農村風だけど、必ずしも家と住んでる人間が一致するわけじゃないし、モヒカンに襲われる側ってこともあり得る。
よく見れば、家の周りにはそれほど高くはないけど木製の柵も張り巡らされている。もしかしなくてもそれって襲撃対策ですよね? やはり定期的に食料目当てのモヒカンが襲撃に来るんでしょうか?
ちょっと考えてトンボ君たちにスピードを落としてもらい、やや高度を上げて慎重に家へと近づいていく。
家まではまだ数百メートルの距離があるけれど、用心しすぎて困るということはない。後悔役に立たず、攻撃を受けてから色々やっとけばよかったと思っても遅いのだ。
近づいていくにつれて家の細かな部分が見えてくる。
壁は木製だけど、屋根は木の皮かなにかが瓦のように並べられている。大きさは私の住んでいる小屋とあまり変わらない。四、五軒かと思っていたがよく見れば家の数はもっと多い。十軒以上はあるんじゃないだろうか。
家が立ち並んでいる向こうには、広場らしき空き地と石造りの大きな建物も見える。
集会場とか教会とかかな? 特に宗教的なシンボルは見えないから、どちらかという前者の可能性が高そうだ。もしくは地位の高い人の家とか。
いや、それにしては権力を誇示するような装飾がまるで見当たらないので、村人のための建物と考えたほうがよさそうだ。
うん、ここまで来たら確信できる。これは間違いなく人間が作った家、そして村だ。
少なくとも東の森で見かけたゴブリンなどに、こんな家や村を作るような知能があるなんて思えない。それに荒れている様子もないから、この村がなにかの理由で放棄されたという可能性も低い。
つまり、この村には間違いなく人間が住んでいるということになる。あるいは人間と同等の知能と社会性を持った生物が。
ちょっと胸が詰まる思いで近づいてくる村の姿を見つめる。今にして思えば、ダンジョンの構造や仕掛けは人間、少なくとも人型の生物を対象としたものだとわかる。
廊下や部屋の基本的なサイズ、扉の大きさ、鍵の開け方……でも、それがこの世界の人間を対象としたものなのかはわからなかった。ダンジョンの中と外が、同じ法則に支配された世界という保証もなかった。
だけど、外の世界の情報を集めることで、ダンジョンのモンスターが外の世界の生物と同じ――もしくはよく似たものであることがわかった。
そして今、この世界に人間、もしくは知的生物がいるという確かな証拠が示されている。
こみ上げてくるものをぐっと呑み込み、注意深く村の様子を観察する。人の姿は見受けられないけど……まさか寝ているわけじゃないよね? いくらなんでも寝るには早すぎる。
夕食の支度でもしているんだろうか? そういえば、家のうちの何軒かから細く煙がたなびいているような気もする。
それにしても、いったいどんな人々が住んでいるんだろう? 普通に私と同じような容姿をした人間か、はたまたエルフとかドワーフとか? 獣人だったらよくあるケモミミ&尻尾なのか、二足歩行の動物タイプなのかがけっこう本気で気になります!
オーソドックスな耳付き尻尾付きも悪くないけど、個人的にはケモ度が高いほうが好みだ。頭と手足だけが動物というパターンでも可!
ちょっとわくわくする気持ちで村の観察を続ける。トンボ君たちには村から400~500メートルくらいの距離で旋回するよう指示。
あたりも暗くなり始めてきてるし、よっぽど目のいい人間でもいなければそう簡単には見つからないだろう。
村の観察もいいけど、ほどほどの時間で切り上げて夜を明かす場所を見つけておくべきかもしれない。村の周囲には草原が広がっており、トンボ君を襲いそうな生物の姿は見当たらないが、逆に身を隠す場所もあまり多くない。草丈はせいぜい20~30センチくらいで、トンボ君たちが隠れるには少々深さが足りないのだ。
いっそ村の中に入ってしまったほうが隠れる場所がありそうだが、発見されてしまった時の反応が読めないのが怖い。今は人の姿が見えなくても、なにかの拍子に誰かがひょいと窓から顔を出さないとも限らないのだ。
しばし迷いながら村の上空をうろうろする。いったん村の側を離れるにしても、せめて人の姿を確認してからにしたいなぁ……
なんて思ってたら、村ではなく草原の方向に人影が! いました、いましたよ!
第一異世界人発見!! 四、五人ほどのグループを組んで村へと向かって歩いてます!! まだ遠くて姿ははっきりわからないけど、なにか大きな荷物を背負って歩いているもよう!! 行商人とかでしょうか!?
距離を取ったまま上空から近づいてその姿を観察する。人型、というか人間の姿をしているのは間違いない。
特に毛深いとか頭が動物だとかいう特徴は(残念なことに)なく、翼や尻尾なども見当たらない。ごく普通の私と同じような人間の姿だ。
着ているものは丈夫そうな長袖の衣服に膝丈のブーツ。五人(今確認した)のうちの二人はフード付きのマントのようなものを羽織っている。
フードは外しているので顔は見えるけど、顔つきや髪の長さからして女性のようだ。一人は手に長い杖を持っていて……杖? それってもしかしてあれでしょうか? 歩行の補助のためとか振り回してぶん殴る専用とかじゃなく、魔法の発動体というやつでしょうか!?
よくよく見てみれば、マントを羽織っていない三人は衣服の上に胸や腹などをカバーする鎧らしきものを身につけている。
鎧といっても鎧武者とか、西洋の騎士鎧のようなものではなくむしろ現代のプロテクターに近いもの。というか、一番端的に言い表すのであればファンタジー系のゲームやアニメに出てくる鎧、というのが正解だ。
うち二人は手に長い棒状の武器――たぶん槍を持っていて、残る一人は腰から剣を下げている。
それぞれ背中には背負子というのだろうか、枠組みだけのリュックサックのようなものを背負って、そこに紐で縛り付けられているのは動物の皮やら木の葉に包まれた塊やら。
やや量は少ないものの、女性二人もしっかり運んでいるのがたくましい。
なんというかもう、まさしく絵に描いたような『冒険者』そのままの姿だ。いや荷物とかないけどね、ゲームやアニメだと。
そこらへんは妙にリアルというか、生活臭が漂っている感じだけど見た目的には他に表現のしようがない。この世界に冒険者という職業があるのかどうかは不明だが、名前が違ってても果たす役割はそんなに変わらないに違いない。
依頼を受けて採取や護衛をしたり、モンスターを倒して素材を手に入れてきたり、あるいはダンジョンに潜ってお宝をゲットしてきたりする職業の人々だ。
って、最後の一つは私の天敵みたいなものじゃないだろうか!? お宝なんて置いてませんが! ただ延々と廊下が続いてるだけの旨味のないダンジョンですよ、うちは!!
侵入防止のためにやたら厳重に戸締まりしているだけなので、奥に貴重なお宝が……なんて勘違いしないでくださいね!!
ああいや、うちのダンジョンまでは片道300キロ以上はあるから、そうそう簡単にはやって来られないはず。……来られない、よね? 大丈夫だよね? 実は300キロくらいなら平気で越えられるような乗り物とか魔法とか体力とかがあったりしないよね!?
戦々恐々としながら見守る私の視線の先で、冒険者っぽいその一団は村へと向かって歩いていく。なにか喋っているみたいだけど声は聞こえない。
距離のせいだけではなく、借りているのが視野だけなので音声は最初からカットされているのだ。さすがに読心術なんてマスターしてないし……というか、そもそも言葉が理解できるかわからないという問題もある。
異世界ものの漫画やアニメなんかだと、現地の言葉がなぜか理解できるという言語チートは定番だけど、この場合はどうなんだろう? もしかして〈翻訳〉スキルとかが必要になったりするんでしょうか……?
なんてことに気を取られているうちに、冒険者グループ一行はもう村の前だ。
ぐるりと柵の外側を回って村の西側に作られた出入り口から中に入る。出入り口は太い木の棒を閂代わりに渡した木の扉だ。扉は木の板を縦に並べた形で、幅は小型トラックなら通れそうなくらい……まさかこの世界にはトラックが!?
いや、常識的に考えるなら馬車だろうけど。出入り口からは西の方向に向かって、車輪の跡らしきものもうっすらと伸びている。
出入り口から村の中に向かって一人が声をかけると、近くの建物の中から出てきた人が扉にかけられていた閂を外してグループを中に入れる。
と、そこでマントを羽織った女性の一人がふり返り、手に持っていた弓に腰から引き抜いた矢をつがえた。というか、こっちの人は弓を持っていたわけですか。小さい弓だし、ほとんどマントに隠れていて見えなかった……
そんなことを考えた瞬間、トンボカメラの画像の一つが一瞬のうちにぶつっと切れました。なに、今のナニ? なんて考える余裕もなく続けて二台目、三台目も。
三台目の映像が切れる寸前にかろうじて見えましたよ。弓を構えた女性がトンボ君目がけて矢を撃ち放つ姿が。やっぱり見敵必殺、問答無用じゃないですか! トンボ君たちがいったいなにをした!?
というか見えてたんですか? 日も落ちてけっこう暗くなってきているのに、100メートル以上離れた空を飛んでいたトンボ君たちの姿が!? いったいどういう目をしてるんですか!?
ある意味昨日の恐怖映像以上にショッキングな映像を目にして、しばらく身動きもできないままブラックアウトした画面を見つめる。心のどこかで予想はしてたけど、この世界の人間の身体能力はけっこうおかしいことになっているようです。
あの距離でトンボ君たちを発見してさらに一矢で仕留めるなんて芸当、オリンピック選手にだって無理だと思うんだ。
やはりあれですか? モンスターを倒したり依頼を達成することで経験値を獲得してレベルアップしたりしてるんでしょうか? だとしたら、男性陣が胸当て程度の簡単な武装しかしてない理由もよくわかる。
だって普通に考えたら、あんな装備で地球上のどんな危険生物より強そうなこの世界のモンスターに立ち向かって、無事でいられるなんてとうていあり得ない。
頭なんて完全にむき出しですよ? 一撃もらったら、それこそ「見せられないよ!」な状態になっちゃいますよ!?
なのに無事ということは、あの人たちが相手にしてるのが私の知るモンスターよりはるかに弱いか、でなかったらあの人たちがとんでもなく頑丈にできているかのどっちかだ。
あるいは攻撃をすべてかわしてしまうような身体能力を持っているか。はは、どっちにしてもアニメやゲームの主人公ばりの化け物であることに違いはないけどね! サ○ヤ人とかド○クエの勇者とかモン○ンのハンターとか!
なんて現実逃避気味に考えていたら、やっと頭が再起動してきたみたいなので深くため息を吐いてウィンドウを消す。
うん……色々あったけど偵察しただけの成果はあった。少なくとも人類(見た目だけは間違いなく)がこの世界に存在していると確認できたのは大きい。
それがダンジョンにとってどのくらいの脅威なのか、あるいは対話が可能なのか、どんな文化や社会制度を築いているのか等々調べなければならないことは多々あるけど、大きな収穫であることには間違いない。
けど……色々ありすぎて、今日はもう疲れました。もたらされた情報が重大すぎて頭がいっぱいいっぱいです。完全にキャパオーバーしてなにも考えられない。あたりも暗くなってきたし、帰って寝ていいよね?
とりあえず今日明日モンスターの大群や人間の軍隊が攻め込んでくることはないだろうし、続きは明日考えればいいよね!? 明日という日がやってくることはなかったのです、なんてナレーションがここで入ったりしないよね!?
うん、もう自分でもなにを考えてるのかわからなくなってきたので、大人しく小屋に戻って寝ることにします。いっそここで寝てもいいくらい。もっふもふの毛皮付きの狼ベッドがあるしな! あ、駄目ですかここで寝ちゃ?
ヤシチが必死に肩を掴んで引っ張ろうとしているので、頑張って小屋まで戻ることにいたします。というか、すでにヨダレ垂らして寝ている狼はどう処理したらいいでんしょう?
起きて~、ギン起きて~、君の巨体を抱き上げて持ってくほどの腕力は私にはないんだ~ なんかヤシチが目を爛々とさせて爪を尖らせている気がするから早く起きて~~~




