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石橋系マスターのゆったりダンジョン運営記  作者: ひろねこ
第一章 ダンジョンマスターになりました。なお現地調査はセルフで行うもようです
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9 北にはドラゴン(?)、東には魔王(ホラー)の森



 え、なに今の!? いったい今なにが起きました!?

 トンボカメラのうちの一台の映像が急に乱れ、空やら大地やら黒っぽい影やら目まぐるしく映し出したかと思うとぶつっと途切れたんですが!? 応答せよ、一番カメラ応答せよ!?


 状況がつかめず混乱しながらも他のトンボ君たちに散開するよう指示する。ええと、たぶん敵だよね!?

 どんな相手かはわからないけど、敵に襲われて一番カメラ君(仮称)がやられたってことだよね? とりあえず全滅は避けたいので全速にてその場を離脱! ついでにトンボカメラの視点を動かして一番カメラ君を襲った相手の姿を探す。


 焦っていたせいで意味もなくぐるぐる視点を回してしまったけど、おかげで空の一点にそれらしき影を発見できた。鳥……だろうか? 距離があるためシルエットしか判別できなかったが、大きく翼を広げた姿はヤシチのような猛禽類を思わせる。

 にしても速っ! もう豆粒くらいにしか見えないんですが! あ、トンボ君たちも全速力で逃げてるから当然といえば当然か。

 見ている間にもその姿はどんどん遠ざかっていき、やがて完全に見えなくなる。



 周囲に生物らしき姿がないのを確認してから、トンボ君たちに巡航速度までスピードを落としてもらう。それにしても、やっぱり外敵はいるわけか。今まで襲われなかったから油断してました。

 一番カメラ君には本当に申し訳ないことをしてしまった。君の犠牲は決して無駄にはしないよ……一番カメラ君に敬礼!


 けど、トンボ君たちを襲ったのが鳥の姿をした生物ということは、もしかしてモンスターもこの世界の食物連鎖に組み込まれてるんだろうか?

 そうだよね、ダンジョンではモンスターという扱いになってるだけで、外の世界では普通にその辺にいる生物なんだし。というかこの世界の生物って、全部がモンスターだったりするんじゃなかろうか。


 だとしたら、外の世界では普通にモンスターの間に食物連鎖があって、ついでに繁殖行動によって子孫を増やしている可能性もある。

 でなかったら、食物連鎖のピラミッドの下位にいるモンスターはあっという間に全滅してしまうし。まぁ、その辺の地面とか木の股とかからぽこぽこ発生してる可能性もないわけじゃないけど。

 ただ、モンスターが自然の繁殖行動によって増えるのかもしれないというのは、私にとってけっこう重要な情報だ。

 まだ確信を持てたわけじゃないし、きちんと調べてみなければわからないけれど、もしダンジョン内のモンスターも自然繁殖で増やすことができるのなら、次の偵察部隊の編制が一気にやりやすくなる。一番の問題は部隊員の数を確保するのに必要なDPの量だったからね。


 とはいえ、実現するには色々調べたり実験してみる必要があるかな。

 まずダンジョンの中でモンスターが自然繁殖できるのかも不明だし、DPで作ったモンスターに繁殖能力があるのかも不明。仮に繁殖が可能だったとしても、どのくらいの期間で成体になるのか、成長するために特別な餌や環境が必要ではないか、それにこれが一番重要だけど、命令可能なモンスターから生まれた個体が親と同じ命令可能という特性を持っているか。

 全部調べてみないと自然繁殖という方法が戦力を増やすのに有効かどうかはわからない。


 おっと、つい考え込んでしまったけど第一小隊のトンボ君たちの様子も見ないと。せっかく真面目に偵察任務を遂行してくれているのにこっちが気もそぞろじゃ申し訳ない。第一カメラ君のような犠牲をまた出さないためにも、指揮に集中しないとね。


 もっとも私がどれだけ周囲に気を配ったとしても、トンボ君たちの野生の警戒本能にはかなわないと思うけど。

 先程の一件でちょっと進路は乱れたけど、トンボ君たちははるか彼方に見える山の稜線目指してまっすぐに飛んでいる。周辺に敵らしき影はなし。眼下に広がる森の様子にも特に変化はない。若干背の高い木が増えてきたかな、くらいの感じだ。


 そのまま北に向かって進み続けること約二時間。距離にしておよそ160キロメートル。

 ダンジョンからは240キロくらいの地点に到達したところで、地形にちょっとした変化が見られるようになった。ずっと平坦な地形が続いてきていたが、ゆるやかなアップダウンがそこいらで発生している。


 植生に変化はなく、依然として深い森。だけど全体的に大きな木が多くなってきて、中には100メートルを超えるのではないかという大木まであった。もとの世界だったらギネス級の大きさだろうけど、それが一本どころでなく何本も見受けられるのだから恐ろしい。

 そこそこ高度を取って飛んでいるので、森の中にいる生物の姿は確認できていない。でも、空にも時たま生物らしい影を確認できるようになった。

 襲われるのは勘弁なので、見かけ次第離れるようにコースを変更しているけどね!


 前方に見える山はこれだけ飛んでも、まったく近くなったような感じはしない。ほんの少し大きくなって稜線もはっきり見えるようになったかな? くらいだ。

 いったいどれだけ離れているんだか……いやそれ以前にどれだけ大きい山なんだろうね? 200キロ以上近づいてこれって、もはやエベレストも越えている気がするんですが。

 ちなみに、ここまで確認できた地形や目印になりそうな岩、木などはウィンドウのメモ欄を使って記録。ついでに簡単な地図も作った。ウィンドウの便利機能万歳ですよ。

 できればオートマッピング機能も欲しいところだったけど、ないものねだりをしても仕方がない。



 そうしてさらに飛ぶこと一時間。総飛行距離が300キロメートルを超えたあたりでさすがに休憩を入れたほうがいいのではないかと考えた、その時。


 雲一つなかった空の一点に、ぽつりと小さく影が浮かぶのが見えた。


 いつもの調子でコース変更を指示しかけた瞬間、影が十倍以上の大きさに膨れ上がるのを見て思わず目を剥く。ちょっと待って、なんですかあれ、まだはっきり視認もできない距離なんですが!?

 なんて思っている間にもまだ大きくなる影。ようやく形が見えてきたところで、鳥ではなくもっと別のシルエットをしていることに気づく。


 長い首に長い尻尾。胴体から生えた四本の足に明らかに鳥のものではない一対の翼。もとの世界ではアニメか漫画、でなければファンタジー映画の中でしか見たことのない姿だ。



「……ドラゴン?」


 思わず呟いてしまってから、慌ててトンボ君たちに指示を送る。

 回避回避! あれは絶対に近づいてはいけない種類の生き物だ! まだ距離はあるだろうけど、向こうから近づいて来られたら多少の距離になんて意味がない! できるだけ高度を落として姿が見えなくなるまでそこで待機!!


 トンボ君たちは即座に指示に従って高度を落とす。森の中も安全とは言いがたいだろうけど、ドラゴン(っぽい生物)に見つかるよりはマシだろう。まぁ、トンボ君たちが小さすぎて見つからない可能性もあるけど、万が一にもあんなものと相対したいとは思わない。


 ……確かドラゴンって、最低でもランク80以上のモンスターだったよね。

 種類によっては100を超えるものもいたり。トンボ君たちダームフライのランクは2。はっっは、トンボ君たちの五十倍のランクですよ。たった二つのランク差でも大苦戦になるくらいモンスターの力の差があるのに、五十倍となったらもう勝ち目がないどころか、通りすがりに身体がかすっただけでも消し飛ぶレベルだ。


 高い木のてっぺんあたりまで高度を落とし、木の枝に留まってもらったところで小さく息を吐く。このまま例の未確認生物の姿が見えなくなるまでやりすごそう。


 ……なんて思ってたら、トンボカメラの映像がまた一つ一瞬でぶつっと消えました。

 今度は敵の姿も映ってたけどね! でも反応なんてできなかった! なにしろ気がついた時にはものすごい速度で迫ってくる青黒い猿の姿がもう目の前だったから! 最後に映ったのは思いきり振り下ろされる猿の拳だ。

 そうか、ここの猿はグラップラーか! 猿拳とかたしなんでいたりするんでしょうか、こいつら!?


 残る一体のトンボ君に離脱するよう指示を出すけど、すでに手遅れだったみたいで別の猿に胴体を掴まれる。ぐあ~! 目の前に猿のどアップが! 完全に巨人に食べられる寸前の一般市民の視点みたいな映像になってる! ここはウ○ール・マ○アの壁の中ですか!?

 駐屯兵、駐屯兵の到着はまだか!? トンボ君とのサイズ対比的に考えて、この猿軽く5メートルはある大きさなんですが!!


 パニックになっているうちに映像は猿の口の大写しで途切れ、目の前にはなにも映ってないウィンドウが二つ。ええ、ものすごい牙が並んでましたよ。あまりにも衝撃的映像すぎて今夜また夢に見てしまいそうだ。



 心臓が落ち着くまでしばらくかかり、ようやく動き出せるようになったのは五分ほど過ぎたあとだった。

 まだ胸がドキドキ言ってるけどね……恋愛的な意味ではなくて恐怖的な意味で。

 ここまで恐怖を感じたのは大学時代、ほとんど話もしたことのない男子学生に付け回された挙げ句、毎日のように手作り弁当を要求するメールを送りつけられた時以来だ。

 大きく深呼吸して気持ちを落ち着け、まず犠牲になったトンボ君たちのために瞑目して深く黙祷を捧げる。第一小隊の諸君、君たちの勇姿と健闘は決して忘れない。君たちが身を犠牲にして得た情報と教訓は必ず役立ててみせるからね……敬礼!


 さて、第一小隊に黙祷を捧げてやっと頭が冷えてきたんですが、偵察を初めてけっこう長い時間がたっていたおかげでもうお昼過ぎだ。

 うん、次の偵察部隊を出す前にちょっと休もう。お昼ご飯を食べる気にはなれないけど、水だけでも飲んできたい……できるならお茶かコーヒーが欲しいところだけど。


 側に付いていてくれたギンたちも退屈している様子だし、整列したまま待機しているトンボ君たちにも休憩してもらったほうがいいだろう。

 というわけで休憩、休憩です! 次に集合の合図があるまでそれぞれ好きなところで自由に過ごすように! あ、ギンとヤシチは私の側にいてくださいね。今はなんとなく癒しが欲しい気分なんです。




 水を飲んだりリンゴをつまんだりなどして一時間ほど過ごし、気持ちが完全に落ち着いたと確信できたあたりでトンボ君たちに再集合の指示を出す。あんまりゆっくりしすぎても、日が暮れて暗くなってしまったら偵察どころでなくなってしまう。


 〈暗視〉スキルでも取れば話は別だけど……いや、トンボ君たちが夜間飛行可能かは確かめてないし、夜になったら敵に襲われる危険性が今以上に高くなるかもしれない。

 今はだいたい二時になるところなので、日が暮れるまでと考えると四時間……五時間が限界か。そこまで無事に飛んでいられれば。でも、あれだけ強そうな怪物が潜んでいる森の上を四時間以上も飛んでいられたのだから、それくらいの時間は持ちこたえられるんじゃないだろうか。


 どこまでも犠牲前提の計画に心の中でほんの少し落ち込みながら、集まってくれたトンボ君たちを見下ろす。

 なにも言わないうちから綺麗に整列し、三体のみが前に出ている。そうか、君たちが第二小隊か。後ろに並んだトンボ君たちは完全に見送りモードだ。微動だにしてないのになぜかエールを送っているようにも見える。

 よし、第二小隊の諸君、君たちにもこれから偵察任務に出てもらう。戻ってこいなんて口が裂けても言えないけど、日暮れまでなんて言ってられないくらい遠くまで飛んで私を冷や冷やさせてくれたまえ!



 第二小隊のトンボ君たちに出発の準備をさせて、前と同じように入口の周辺をマップで確認してから扉を開ける。

 間髪入れずに飛び込んでいくトンボ君たちを最後まで見送ることはせず閉めるのもさっきと同じ。いや、一応周りに生物がいないことは確認してるけどね。やっぱりダンジョンの外に対してはまだ恐怖心があるのだ。むしろ第一小隊のトンボカメラで見た衝撃映像の分、前よりも強くなっているかもしれない。


 勢いよく扉を閉じたあとは、ウィンドウにトンボカメラ映像を映し出して観察を行う。あと飛行距離の計測も。

 今度はダンジョン近辺の偵察は行わず、最初から東方面に向かって飛んでもらう。トンボ君たちの機動力はどちらかというと長距離偵察向きだし、近隣の偵察で時間を食うのはもったいない。


 第一小隊の貴い犠牲によって得た教訓で、森に近づきすぎるのは危ないとわかったのでなるべく高度を取ってもらい、空だけではなく森にも注意を払いながら進む。

 飛んでいる間はそこまで森に警戒しなくてもいいと思うけど……いや、どんな危険な生物がいるかもわからない以上、用心をしておくに越したことはない。たとえ時速80キロの速度で飛んでいようとも、あっさり撃ち落とせるような生物が潜んでいないとは限らないのだ。


 ダンジョンの東側も見えるのは深い森ばかりで、こちらにはどんなに地平線に目をこらしても山などの影は見えない。

 ただ北側とは違って森のところどころに地面が隆起してできたと思しき断崖や、深い地面の裂け目などが見える。一番大きな亀裂は幅が50~60メートルくらいはありそうで、飛行能力持ちのトンボ君たちでなければ偵察を断念するか大幅に遠回りするかの選択を余儀なくされそうだった。


 その亀裂を越えたのが出発して一時間半後くらいで、時間を確認した時、ここまで脱落者が出なかったことにひっそり感謝する。トンボ君たちも巡航速度で余裕があるし、お互いの姿を視界に収めるような形で警戒しているのも効果があったのかもしれない。

 できればこのまま、何事もなく飛行距離を伸ばしていって欲しいけど……

 なんて、我ながらフラグ臭いと思うことを考えてしまった自分。しまったと思って考えつく限りのフラグ台詞を思い浮かべてみたりもしたけど、幸いその必要はなかったみたいでトンボ君たちはその後も順調に三時間以上飛行を続けていた。

 あるいは積み上げたフラグでフラグをへし折ることに成功したのかもしれないけど。



 ここまででもう四時間半以上。距離に換算しておよそ350キロメートル。

 北方面よりも長い距離を飛行しているわけだけど、こちらも森が途切れる気配はまったくない。ちょっと植生が変わってきたかな、と感じられるくらいだ。

 ちらほらと目につくようになってきたのは、ねじくれた枝の木やどす黒い色をした蔦など。なんというか……すごく、魔王の森っぽいです。

 植物の種類そのものは変わっていないみたいだけど、やたら不気味な雰囲気を漂わせる姿にメタモルフォーゼしてしまっている。いったいどういう環境の影響を受ければこうなるんだろう?


 ちょっと心配になってトンボ君たちの様子をうかがうと、特に元気がないという様子もなく平然と飛行を続けている。

 よく体力が続くなぁ……という感想はさておき、植物に影響を及ぼすなんらかの要素が存在していたとしても、トンボ君たちが即座に影響を受けるほどのものではないようだ。長い時間さらされ続けていればわからないけど。


 日はかなり西に傾いて、あともう少ししたら地面に接してしまいそうだ。日が落ちたら一度どこか安全そうな場所に身を潜めて、夜明けを待ったほうがいいかもしれない。どこにそんな場所があるのかは皆目見当も付かないけどな!

 うん、まずは地表近くに下りて少しでも安全そうな場所を探すところからだ。戻ってこない前提の偵察だからって、無意味に死んで欲しいなんてことはまったく思っていない。


 地上と空に当分に注意を払いながらトンボ君たちに降下を指示。木々の密度は大分まばらになってきているので、見通しのいい場所を選んで着陸してもらう。

 着陸というか地面に突き出ている大岩の上なので着岩というべきか。木の上は駄目だ。枝で見通しが悪くなる上に猿の悪夢が頭をよぎる!


 大岩はトンボ君たちが三体余裕で留まれるくらいの大きさがあったので、周囲を警戒しつつここで夜を過ごしてもらうことにする。念のために〈暗視〉も取っておこう。もしもトンボ君たちの夜目が利かなかったとしても、私がかわりに警戒にあたることができるはず。

 ええ、今晩はここで第二小隊の指揮及びサポートに専念するつもりです!

 一晩くらい徹夜したってどうということはない。もともと寝なくても食べなくても平気な身だし、もとの世界ではイベント前の友達に付き合わされて何度となく修羅場も体験してるから! 主にご飯係としての参戦だったけど!


 ギンとヤシチは小屋に戻って……くれるわけないよね。ぴったり側に付いていてくれるのが実は頼もしかったりするので、このままでいてくれると嬉しいです。

 今晩はご飯も抜きになっちゃうけど、その分明日奮発するので我慢してね。トンボ君たちも解散していいんだけど……第二小隊の皆が気がかりなんでしょうか? あまりにも微動だにしないので、実は寝ているんじゃないかという疑惑が今持ち上がっているんですが。



 ともあれ、第二小隊のトンボ君たちには岩と同化する勢いで身を潜めてもらって、朝を待つことにする。近くに生物の姿はないけど……たぶんないと思うけど、日暮れが近づくにつれてどんどんホラー調の雰囲気に。

 あれです、夕暮れが近づく中道に迷って呪われた屋敷とかにたどり着く映画に出てくる森のような雰囲気。霧なんて出てきたらもう完璧だ。

 懸命にどうでもよさそうなことを考えて気をそらす。だってねぇ、トンボ君たちのところと同じようにこっちも日が暮れてきてるし、夜になったら真っ暗な中でホラームービーまがいの映像を観賞しなきゃいけないわけですよ! そりゃ実際その場にいるトンボ君たちに比べたらはるかに恵まれた身分ですが! 少なくとも身の危険はないし!


 〈暗視〉を使えば真っ暗ということはないんだろうけど……あ、トンボ君たちの視野を借りても使えるか試しておかないと。

 ええ、警戒に必死で〈鑑定〉を使うのもすっかり忘れていましたよ。これで自分の目で直接見ないとどっちも使えないなんてことになったら、スキル取っただけ損という結果になりかねない。


 ……うん、少なくとも〈暗視〉はトンボ君たちの視野を介しても使えるみたいです。周りは大分暗くなってきてるけど、昼間と変わりないくらいはっきり見える。よくある暗視カメラの映像みたいに色がわからないなんてこともなく、しいていえば全体的に色がちょっとくすんで見えるかな、くらい。

 まぁ、これで夜間の警戒も問題ないし、たぶん〈鑑定〉も視野越しに使うことができる……はず、たぶん。実際使ってみないことにはわからないけど。




 すっかり日も暮れて周囲が真っ暗になった中、草の上に腰を下ろしてひたすらウィンドウの映像に目を凝らしております。ちょっとくらい目を離しても大丈夫じゃ、と思う気持ちと一瞬でも目を離したらなにが起こるかわからない、という気持ちが胸の中で合戦中。

 わーわー言いながら竹槍を振り回し、なぜか接敵したらジャンケンを始める謎の合戦を繰り広げてる。


 なんて考えて気をそらしてないと、嫌な感じに胸がドキドキして収まらなくなる。

 ホラーはあんまり好きじゃないんですよ。じわっとくる怖さはそこまでじゃないんだけど、突然画面にお化けやモンスターが出てくる系のホラー映画は正直苦手だ。

 あのいつ来るか、いつ来るかという間がなんというかね。怖いというより驚かされる感じがして嫌なんですよ。


 幸いというべきか、トンボ君たちの周囲に今のところ他の生物らしき姿は見えない。

 周囲が開けている分、遠くて森の中までははっきり見えないけど。音も聞こえないので鳴き声や足音などで生物の居場所を掴むこともできない。そっちはトンボ君たちが自力で察してくれるのを期待するしかない。


 ウィンドウに集中する私の背中を、椅子代わりにギンが支えてくれている。

 ヤシチは草の上に座り込んで目を閉じているけど、私がちょっと身じろぎしただけで目を開けるので寝てるわけではなさそうだ。

 トンボ君たちは相変わらず整列したまま動かず……もうこれは寝てるんじゃないだろうか。時折、姿勢を崩してビクッとしてまたもとの姿勢に戻るという様子が見受けられるんですが、どう見ても居眠りしてるようにしか見えないよ……




 動きがあったのはそれから二時間後。あまりにも変化のない映像に、私もちょっとうとうとしかけていた時だった。

 森の方向に向けていたトンボカメラが木々の間から出てくる大きな影を捉える。それを見た瞬間眠気なんて跡形もなく吹っ飛び、私は無意識のうちに声をあげていた。


「敵接近、敵接近! 第二小隊、大至急その場を離脱せよ!」



 近づいてくるのは大きなダンゴ虫のような生物だ。見た目は虫だけど木の幹と比較してその大きさが2メートル近いものとわかる。やっぱりいるんじゃないですか、腐海の生物!

 のろのろとした動きで、でも確かにトンボ君たちのいる大岩に向かって進んできている。


 私の警告に反応してトンボ君たちはさっと大岩の上から飛び立つ。

 十分距離が取れたと確信したところで、思い出してダンゴ虫に〈鑑定〉を使ってみる。逃げるのは確定としても、その前にスキルが本当に使用可能か実験しておかないと!

 〈鑑定〉スキルを使ってみた結果、出たのは『??:ランク?:レベル?』というほとんど価値のない情報でした。

 うん、知ってた! 相手のレベルが高すぎるか自分のレベルが低すぎて使えないというオチですね! いや、〈鑑定〉スキルが〈視野借用〉越しであっても使えるというのは十分価値のある情報だ! とにかく、あとは逃げよう!


 トンボ君たちに森の上に一度待避するよう指示しながら、森の中や上空に視点を向けて他の生物の姿がないか確かめる。

 慌てて逃げて他の強敵にご対面、なんていうのは絶対に避けたいパターンだ。猿の時がまさしくそんな感じだったしね! 周囲を警戒しつつ、どこか他に安全に休めそうな場所がないか視点を巡らせる。


 と、そこで地上から飛んできたなにかがトンボ君の一体の羽を撃ち抜く。

 ちょっと待って、今のって石? 矢? 道具を使う生き物がこの森の中にいるってこと!? まさか人間だったりするんでしょうか? いくらなんでも遭遇するのが早すぎませんか!?



 羽を撃ち抜かれたトンボ君は体勢を崩し、残りの羽で必死に羽ばたきながらも森の中へ落ちていく。

 救助は難しい、というより無理だ。助けに行きたいという気持ちをねじ伏せ、残りのトンボ君たちに逃げるように指示を出す。くっ、イワンがやられた! 仇はきっと必ず取ってやるからな!!

 なんて思いながら逃げようとしたところで、森の中から次々に飛んできた石つぶてがトンボ君たちを襲う。うん、石つぶてだ。矢じゃなかったことにほんの少しだけ安堵するけど、握り拳くらいの大きさの石が唸りをあげて飛んでくるのも十分怖い!


 弓なりじゃなくてまっすぐ飛んでくるってどんなスピードですか!? 最高速度のピッチングマシーン並なんですが!!



 私がおたおたしてる間に、トンボ君たちは左右に身体を揺らして石を避けていく。

 機動力の勝利と言いたいところだけど木の梢を避けたところで一体が被弾! 今度はもろに頭に石を受けてカメラ映像はブラックアウト。本体はまっすぐ地上へ落ちていく。

 つられるように視点が動き、そこで地上から石を投げている生物の姿を発見した。ゴブリンですよ!

 いや〈鑑定〉したわけじゃないけど、緑がかった灰色の皮膚に鋭い爪を持つ手足、人の姿を思いきり醜悪にデフォルメしたような外見からは他に考えられない。エルフやドワーフと並ぶファンタジー世界の住人代表格のゴブリン様です!



 って、ゴブリンと言えば大抵の作品では弱小モンスターの代表格でもあるんだけど、こんな魔王城のご近所みたいな場所に普通に生息していていいんでしょうか!?

 それともこの世界のゴブリンは実はけっこう強かったりする!?  いや、作成できるモンスターの中にゴブリンの名前もあったけど確かランクは3だったはずだ。

 だとしてもランク2のトンボ君にとっては上のランクの強敵だし、見たところ一体や二体といった数でもない。数の暴力は恐ろしいんです。そもそもトンボ君には攻撃手段なんてろくにないので、ここはとにかく逃げるに限る!


 びゅんびゅん飛んでくる石つぶてをかわしてなんとか逃げることに成功。

 ほっと安堵の息を吐きたいところだけどまだ気は抜けない。こういうピンチを脱して一安心、みたいな時が一番危ないんです。主にホラー映画からの知識だけど。

 実際絶叫系のホラー映画と状況はたいして変わらないので、応用してもたぶん問題はない。


 できるだけ枝に近づかないようにして梢の間を抜け、森の上空に出る。

 安全に休める場所を探すのも大事だけど、最悪このまま空を移動するのも一つの手段だ。トンボ君の飛行速度から見て、確実に飛んでいる時より休んでいる時のほうが襲われる危険度が高い。


 あー、でも今気づいてしまったんですが。必死に逃げ回っているうちに、完全に方角を見失ってしまったみたいです。

 空には星も出てるけど、この世界に北極星みたいな指針になる星があるとも限らない。あったとしても見つけられないしな! ……うん、どうしよう。このまま近場で夜を明かして日の出を待つか、適当に方角を決めて偵察飛行の続きを行うか。



 考えに気を取られた、その一瞬が致命的だった。次に取るべき行動が決まらず、トンボ君の動きが目的のない漫然としたものに変わる。

 それを待っていたかのように、トンボ君の背後にふわりと現れた光の塊がトンボ君の背中に吸い付くようにぴたりとくっついた。


「――トンボ君!」


 やばい、と思った時にはもう遅い。トンボ君は光の塊を背中に引っ付かせたまま、ふらふらとした軌道で下りていく。

 これは……えーと、なんだ!? 慌てた頭でモンスターの知識を引っ張り出そうとするけどなかなか出てこない。というか正体なんてこの際どうでもいい、トンボ君、逃げて! そのふわふわしたの振り落として逃げて!!


 心の叫びも虚しく、トンボ君は木の枝の間に落ちていく。引っ付かれているだけでもダメージがあるのかそういう特殊能力なのかはわからないけど、すでに羽を動かす力も残っていないらしく羽ばたこうとすらしない。

 糸に引かれるように地上に落ちたトンボ君の背中から光の塊が離れる。体重が軽いせいか落下によるダメージはないみたいだけど、トンボ君は地面に横たわったまま動かない。

 まだ羽がかすかに動いているし、映像が切れていないので生きてはいるみたいだ。


 でもこの状況はもう絶望的としか言いようがない。ほら、近くの藪がざわざわ動いてるじゃないですか! 頼むからなにも出ないでくれという必死の願いも虚しく、藪の間から顔をのぞかせたのはトラックほどもあろうかという巨大なトカゲだ。

 ……トカゲだよね? どう見ても完全に恐竜としか思えないサイズなんですが!



 サイズの割に滑らかな動きでトカゲは身動きのできないトンボ君に近づいてくる。もう見ていられない気分だけど目を逸らすこともできない。

 この偵察を命じた責任者として私には最後まできちんと見届ける義務がある。


 音もない画面の中でするすると接近してくる巨大トカゲ。〈鑑定〉してみてもやっぱり出てくるのは『??:ランク?:レベル?』の文字だけだった。

 もっと〈鑑定〉のレベルを上げなきゃ、と頭の片隅で思うのと同時に大きく開いた口がぱっくりとトンボ君を呑み込む。映像が途切れたのはその直後だった。



 沈黙した三つの画面を前に、私はしばらくの間固まったように動きを止めていた。頭の中を色々な考えが駆けめぐる。胸の中は台風のように吹き荒れる感情でいっぱいだ。今なにか一言でも声を発したら、あたりもはばからず大声で泣き出してしまいそうな気がした。

 ……うん、しっかりしろ。少なくとも私は生きてる。死んだのはトンボ君たちであって私じゃない。

 臨場感たっぷりすぎる映像で感情が引きずられているだけ。最初から使い潰す予定でトンボ君、いやダームフライを作ったのは私だ。私なんだ。自分で決めて実行したことに今更くだくだ言っても始まらない。



「……よし、落ち込み終了!」

 胸の中の嵐が収まるのを待って、気合いを入れるつもりで声を出す。


 ついでに両手を使って頬をぱちんと強めに叩く。ちょっと力が入りすぎてしまったせいか、じんじんと頬が痛くて涙が出た。うん、痛さのせいなんで見なかったことにしてください。

 今日はもう遅いし、偵察の続きは明日にして小屋に戻って休むことにしよう。こういう時に無理をしたって、何一つ上手くいったりすることなんてないんです。



 大丈夫、こう見えても精神的にはけっこうタフなほうだ。超合金製ロープと言われた神経は伊達じゃない。ただ、ちょっと気持ちを立て直すための時間が今は欲しいだけなんです。

 一晩休んだら、きっと前向きに物事を考えられるようになっているはずだから。




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