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閉鎖区(1)

『ご乗車ありがとうございます。間もなくM駅に到着いたします。乗り換えのご案内をいたします。新幹線N3号O駅行は向かいのホーム、2番乗り場です。在来線、新快速O駅行は乗り換え口へお越しください。間もなくM駅です。お降りの方はお手回り品をご確認ください』

 ボストンバッグを抱えて席を立つ。ここで乗換えだ。狭苦しい新幹線の座席に辟易していたところだったので、開放される気分だ。車内は徐々に混雑してきて、窓際に座ってしまった理奈は他の乗客に遠慮しながら横歩きで出なければならなかった。以前祖父の家を訪ねたときも新幹線に乗ったはずだが、こんな狭苦しさを感じたことはなかった。それは理奈がまだ小さかったことと、両親と並びの指定席だったからなのだと降りる段になって気づく。

 ちょっとだけ、胸の奥がちくりと痛んだ。

 明らかに出張という感じのスーツの男性の後について、狭いドアから外へ出る。その瞬間むわっと生暖かい空気に包まれた。半分外になっているホームは空調が追いつかないのか、車内より温度が高かった。

 そのまま人の流れに乗り、新幹線から在来線の乗り換え口に向かう。途中から駅員らしき声で何やらアナウンスしているのが聞こえてくる。どうやらきっぷの通し方について注意を促しているようだ。理奈は朝のごたごたを思い出して恥ずかしくなった。

 そして同時に思い出した。駅員に言われた言葉を。

――乗り継ぎの際や降車される駅でも自動改札は通りませんので、有人改札にお廻りください。

 そうだ、忘れていた。自動改札は通れないのだった。理奈は慌てて人ごみを掻き分け、何とか有人改札へと続く一番端の列に並んだ。

「すみません、これお願いします」

 理奈が差し出したきっぷを駅員が受け取る。改札を通過した証明の印を押そうとして……その手が止まった。そのまましばらくじぃっ、ときっぷを凝視する。

 今度は何だ。身構えていると、案の定困惑した駅員から問われた。

「失礼ですがお客様、こちらのきっぷはどちらでお求めになられましたか」

「東京の、駅の券売機ですけど」

「東京ですか……」

 うーん、とうなって、考えている。その間にも後ろを他の乗客がどんどん行き過ぎていく。次に乗るのは新幹線ではないから急ぎはしないが、だんだんいらいらしてきた。何でここで足止めされなければならないのか。理由がわからなくてもどかしい。

 するとここでも、理奈は首をかしげることになった。

「申し訳ありません。現在この区間のきっぷは販売していないはずなので。確認してまいりますので少しお待ちください」

 ……え??


「じゃあ、今はこの駅までは行けないんですか?」

 駅員室の一角。仕切りが置かれた簡単な応接スペースで理奈は二人の駅員と向かい合わせに座り、状況の説明を受けている。ただそれは、さらに首を傾げたくなるような、どうにも解せないものだった。

 彼らの説明によれば、今から理奈が行こうとしているF市内では、現在電車自体が運行していないというのだ。だから当然、理奈が買ったきっぷの駅まで電車で行くことはそもそも不可能ということになる。だから駅員がきっぷを見たとき妙な顔をしていたのだ。そのようなきっぷは今存在しないはずだから。

 腑に落ちない気分できっぷを穴が開くほど見つめている理奈に対し、おずおずといった調子で駅員が説明を続ける。

「本来ですと、この区間のきっぷは販売していないはずなので、その東京の駅の券売機がたまたま設定を誤っていて販売されたものと思われるのですが。ただその後の流れがちょっと理解に苦しむところでして」

 高校生の小娘一人に対し、冷や汗をかきながら弁明を続ける二人の大人。客観的にみればひどくシュールな場面であることは間違いない。しかし今回の場合明らかに迷惑をこうむっているのはこっちなのだ。気後れするのは間違いだ、と居住まいを正す。

「仮にそうした設定ミスがあったとしても、そのようなきっぷは自動改札は通れないので、そこでブロックされるはずなのです」

「……あぁ!だから改札通れなかったんだ」

 一つ謎が解けたことで、思わず明るい声を出してしまった。気まずくなって再びきっぷに目を落とす。

「ですので考えられる原因としては、その駅員がこのことを知らずに、ただの機器トラブルと思い込んで通してしまったということかと思われます」

「大変申し訳ありません」

 二人の大人が、深々と頭を下げる。それをどこか他人事の気分で見つめる。彼らの説明にまだ納得できない自分がいる。はっきりしないが、何かが理奈の中で引っかかっている感じがする。

 結局きっぷがあっても駅までは行けないので、払い戻しの手続きをすることになった。M駅より先の分をすべて払い戻すか、現行で運転しているF市の手前の駅までに変更するかの二択だったのだが、その駅に行くまでに何回も乗り換えをしなくてはならず、さらに連絡も悪いということですべて払い戻してもらうことにした。

 朝あんなに一大決心をして買ったきっぷが、またお金に戻ってしまった。ほぅ、とまた大きなため息が出た。さて、これからどうするか。

 こうなってしまった以上、選択肢には「帰る」という項目を加えざるを得ない。バッグの中に放り込んである電源を落とした携帯のことを思う。今頃はきっと不在着信の山だろう。そう思うと電源を入れるのも気が重い。

 駅の中にいても仕方がないので、とりあえず外へ出た。駅前は広いロータリーになっていて、バス停やタクシーの停留所がある。周りにはビルが立ち並んでいるものの、お店などは見当たらない。

 ちょうど一台だけタクシーが停まっている。しかしさすがに乗ることはできない。電車のきっぷですらお小遣いで買うにはかなり高額だったのだ。ましてタクシーなど、一体いくらかかるのか想像もつかない。次にバス停の時刻表を見る。

「……」

 一時間に一本。しかも行き先の地名を見てもそこがどこなのかさっぱりわからない。これではまだ乗り換えが多くても電車のほうがよかったかもしれない。

「はあぁぁぁぁぁ」

 思わずバス停にもたれかかって盛大にため息をつく。これは本当にもう帰るしかないということか。

 と、そのとき。

 駅のロータリーには普通まず入ってこないはずの車両がぐるりと回って駅正面へと向かってくる。車体が迫ってくるとその大きさに理奈はぽかん、と呆けたように見上げてしまった。

 無理もない。そうして目の前に停まったのは、見上げるほど車高の高い大型トラックだったのだ。

 ロータリーの道幅いっぱいを使って器用に停められたトラックの運転席側から、小柄な人物が姿を現した。作業着のような格好をして、金髪を天辺でお団子にしている、ばっちりメイクの女性だ。その人がなぜか理奈の方へ歩いてくる。そして目の前でこう言った。

「F市に行けなくて困ってるのって、あんた?」

「はいっ?」

 まさか話しかけられるとは思っていなかったので、素っ頓狂な声で返してしまった。するとマスカラとつけまつ毛で盛りに盛られた大きな目でぎろりと睨まれる。

「こっちが質問してんの。F市に行きたいのってあんた?」

「はい、あの、そうですけど……」

「あぁ!よかった。間に合ったぁ」

 戸惑っている理奈をよそに、その女性はあからさまにほっとしたというように表情を緩めた。

「今から連れてってやるから。乗りな」

「へぇっ?」

 さっきから驚きすぎて変な声しか出していない。一体何が起きているのか、理解が追いつかない。

 目の前の女性が手を差し出してきた。

「あたしは葛城 しおり。これでも安全運転でいくから。よろしく」

「あ、矢月 理奈です。よろしくお願いします」

 握手を求められているのだと気づいて、差し出された手を握った。


「弟さん、ですか」

 安全運転、と言いつつ高速道路をどんどん飛ばす。人が三人並んで座れる広い席の真ん中から見える景色は、視点が高いのでとても開けている。

 隣でひどく大きなハンドルを操っている小柄な女性、葛城 しおりはことの経緯を運転しながら話して聞かせた。

 それによると、東京の駅で理奈を通した駅員はこのしおりの弟なのだという。その弟から理奈のことを聞いて、足止めを喰っているであろうM駅へ迎えに来たのだそうだ。

「ちょっと遅くなっちゃったからさ、あんたが別の手段で移動してたらって思って焦ってたんだ。間に合ってほっとしたよ。近辺まで行ったところでF市には入れないわけだし」

 しおりは饒舌に語っていたが、理奈にはその話があまり入ってこなかった。話の流れからすると、彼女の弟だというその駅員は状況を知っていて理奈を通したことになる。何のために?

「まったく、あたしだって仕事だってのに、姉遣いの荒い弟だよ。でもけっこういるんだよねぇ。マニアっていうのかなんていうのか。こう、入っちゃいけないって言われると入りたくなる奴がさ」

 そういえば、そもそもなぜF市内は電車が運行していないのか。線路が大きく損傷するような災害はここ最近は起きていない。そもそも、田舎とはいえF市内に土砂崩れなどで流されてしまうような鉄橋やふさがってしまうようなトンネルはなかったはずだ。

「あの……」

「だからあたしはいつもさ……ん?なんか言った?」

 マシンガントークを続けていたしおりが、控えめに話しかけた理奈に気づいて聞く態勢になった。そう改まられると気恥ずかしいが、素直に疑問を口にした。

「どうしてF市は電車が走ってないんですか?そもそも、F市には入れないんですか?」

「……あんた閉鎖区のこと知らないで来たの?」

「へいさく?」

 初めて聞く単語が出てきてさらに混乱する理奈に対し、しおりは今までと違う静かなトーンで話し始める。

「あぁ、そうだったのか。なんかいつもの人たちとは雰囲気の違う子だなとは思ってたけど。じゃああんたF市に何の用で来たの?」

「えっと、祖父の家があるんです」

「……そっか」

 さすがに「家出してきました」とは言えないものの、それもまた事実なのでそのまま言ったのだが、なぜかしおりはちょっと声を詰まらせた。変なことを言っただろうか、と気を揉んでいるうちに再びしおりが話し始めた。

「じゃあこれからあたしが言うことはショックかもしれないけど、事実だから言っとくな。F市は今、一般人は原則立ち入り禁止だ。あたしがこの仕事始めるちょっと前からだから、多分三年ぐらい前から。あんたのじいちゃんの家って駅周辺?」

「いえ……駅からバスで十分くらいのところです」

「そっか。あのさ、あたしさっきも言った通り仕事中だから、あたしならF市内には入れるけど、駅までしか送れないと思う」

「あ、充分です。ありがとうございます」

「一応言っとくけど、バスも走ってないよ」

「それは仕方ないので歩きます。道は多分わかるので」

 正直ちょっと辛いが、ないものを言っても仕方がない。しおりがいなければ駅にすらたどり着けていなかったかもしれないのだ。

 高速道路を降りて一般道に出る。しばらく走ると目の前に壁のようなものが見えてくる。それはよく見ると鉄格子でできた門で、前に人が立っている。

「ごめん、悪いんだけどちょっとだけ隠れててくれる?」

「え?えぇっとどうやって」

「足元に隠れて」

「どわっ」

 まごついている理奈をしおりが半ば強引に席の足元のスペースに引き摺り下ろす。ダメ押しにシートにかけてあったジャケットをその上からばさりと被せる。

 ややして、しおりがトラックを停めて窓を開けた気配がした。外の蒸し蒸しした空気が入り込んでくる。

「お疲れさん。滞在時間どれくらい?」

「いつもと変わんないよ」

「そうか。あ、演習場が変わってるみたいだから気をつけてな」

「はいよ」

 年配の男性と思われる人との会話がくぐもって聞こえてくる。何の話なのかは理奈にはわからなかった。

 窓が閉まってトラックが動き出す。しばらくして「もう出てきていいよ」という声が降ってきた。上に被せられたジャケットを除け、そろそろと顔を出す。門の中に入ったようだ。

「さぁ、そろそろ着くよ」

「あ、ありがとうございます」

「あたしの仕事が終わったら迎えに来るから、用が終わったら駅で待ってなよ」

「え?いえ、あの大丈夫です」

 しおりに言われて、理奈はすぐに帰るものだと思われていたのだと気づいた。そのつもりはないのだが、それをしおりに説明するのはひどく気まずいので黙ってしまう。ここに留まる適当な理由をあれこれ考えているうちに目的地である駅に着いてしまった。しおりが先に降りて助手席側から降りるのを手伝ってくれる。なぜかその表情は沈んで見えた。

「まぁ、あんまり無理するなよ。これ、あたしの連絡先。何かあったら電話しな」

「ありがとうございます……」

 どうしてここまでしてくれるのか、理奈にはわからなかった。その気遣いにただ頭を下げた。

 しおりは何か考えるような顔をして、少しの間理奈を見ていた。しかし踵を返してトラックに乗り込んだ。

 挨拶代わりにクラクションを一つ鳴らして、トラックは去っていった。トラックのあげた砂埃で一瞬視界がさえぎられる。

「……あれ?」

 その後に現れた目の前の光景に、理奈は思わず首をかしげた。


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